153 / 173
第十一章 「デッドクロス」
第109話 「幻惑の夜Ⅵ」
しおりを挟む
クロエの放った一撃は、ただの魔法じゃないことは明らかだった。
黒い手を構成していた闇が、悲鳴を上げることもなく、音もなく、輪郭から崩れていく。
「……消えた?」
カイルが、呆然と呟く。
「ふう……」
クロエは軽く息を吐き、肩を回した。
「相変わらず、後始末が一番めんどくさいんだよね、こういうの」
そんな軽い言葉とは裏腹に、丘全体の空気が変わっていた。
ダンジョンの入口――あの黒く歪んだ円環が、ゆっくりと沈み始める。
土に埋まるわけでも、崩れるわけでもない。
闇が闇に溶けるように、境界が薄れ、やがて何もなかった場所へと戻っていく。
「……消失、か」
レクスが、信じがたいものを見るように呟いた。
「虚牢の蕾が……完全に……」
「うーん、入口を閉じただけなんだけどね。今は、応急処置ね」
クロエはあっさり言う。
「今はもう、目を覚まさないよ。たぶんその必要もない……少なくとも、ここではね」
その言葉が終わるより早く、残っていた魔獣たちが動いた。
だが――
「行きますわよ」
澄んだ声。
フィリアだった。
エルヴィナが一歩前に出て、迷いのない動きで剣を抜く。
レイラも遅れず動くが、余裕のある調子のままだった。
「ほらほら、残り物はさっさと片付けようか」
次の瞬間。
閃光、衝撃、断末魔。
魔獣たちは、統率を失い抵抗らしい抵抗もできないまま次々と倒れていく。
もはや乱戦ではない、一方的な駆除だった。
数分も経たず丘には静寂が戻った。
残ったのは、荒れた地面と微かな焦げ臭さだけだ。
……そして。
沈黙の中でレクスが一歩、前に出た。
視線は、クロエとフィリアに向けられている。
「……説明してもらおう」
低く、抑えた声だった。
「今の魔法。ダンジョンの沈静。虚牢の蕾への対処」
一語一語を、噛みしめるように続ける。
「通常の魔法士にできる芸当ではない」
レクスの視線は鋭い。
カイルも剣を下ろしながら、同じ方向を見ている。冗談めかした余裕は消え、完全に仕事の顔だ。
「それにあなたは、虚牢の蕾が何なのか知っているようだ」
そしてレクスは、フィリアへも厳しい視線を向ける。
「……フィリア・アリスタル。あなたもだ……あなたは、奴隷オークションへの関与が疑われている」
空気が、再び張り詰めた。
フィリアは、静かに微笑んだ。
「あら?……なんのことかしら」
声音は柔らかく、一切の動揺はないように見える。さすがの胆力だ。
「ならば説明を」
レクスは一歩も引かない。
「あなた方は、我々が追っていた案件の核心に触れている。そのうえで、この場を力で収めた。疑問を抱かないほうが不自然だ」
「……はぁ」
クロエは、あからさまにため息をついた。
それは緊張を解くためのものではない。
フィリアは、レクスの視線を正面から受け止めたまま、首を傾げた。
「疑われる理由が分かりませんわ。わたくしは、王女殿下の結婚式に参列するためにここに来ただけ。今夜の騒ぎも、たまたま巻き込まれただけですわ」
澄ました口調。
だが、レクスは納得しない。
「偶然にしては出来すぎている。虚牢の蕾が顕現した場所、時間、そしてあなた方の行動――」
「疑うのは自由ですわ」
フィリアは、そこで言葉を切った。
微笑みは崩さないが、声音にわずかな冷えが混じる。
「ですが、事実でないことを確信されても困りますの」
そのやり取りを、クロエは完全に他人事のように眺めていた。
そして――
「……はぁ」
わざとらしいほど大きなため息。
「やっぱ、こうなるよね」
クロエは肩をすくめると、突然かばんを足元に下ろした。
「ちょっと待ってね。説明するの、めんどくさいから」
そう言って、かばんを逆さにする。
「おい、クロエ……?」
俺が声をかける間もなく――
ごとごとごと、と音を立てて中身が地面に広がった。
古びた魔導具、用途不明の水晶、壊れかけの指輪、錆びた鍵、紙束、骨のようなもの。
「……なにこれ」
カイルが呟いた。
ガラクタが、文字通り溢れ出した。
「昔からそうだ」
レイラが、腕を組んで呆れたように言った。
「必要なものほど、すぐに出てこないんだ」
「うるさいなあ」
クロエはぶつぶつ言いながら、ガラクタをかき分ける。
「えーっと……ない、ない……あ、これ違う……これも違う……」
そして――
「……あった」
クロエの手が止まった。
取り出されたのは、古びた小さな金属製の記章だった。
黒い手を構成していた闇が、悲鳴を上げることもなく、音もなく、輪郭から崩れていく。
「……消えた?」
カイルが、呆然と呟く。
「ふう……」
クロエは軽く息を吐き、肩を回した。
「相変わらず、後始末が一番めんどくさいんだよね、こういうの」
そんな軽い言葉とは裏腹に、丘全体の空気が変わっていた。
ダンジョンの入口――あの黒く歪んだ円環が、ゆっくりと沈み始める。
土に埋まるわけでも、崩れるわけでもない。
闇が闇に溶けるように、境界が薄れ、やがて何もなかった場所へと戻っていく。
「……消失、か」
レクスが、信じがたいものを見るように呟いた。
「虚牢の蕾が……完全に……」
「うーん、入口を閉じただけなんだけどね。今は、応急処置ね」
クロエはあっさり言う。
「今はもう、目を覚まさないよ。たぶんその必要もない……少なくとも、ここではね」
その言葉が終わるより早く、残っていた魔獣たちが動いた。
だが――
「行きますわよ」
澄んだ声。
フィリアだった。
エルヴィナが一歩前に出て、迷いのない動きで剣を抜く。
レイラも遅れず動くが、余裕のある調子のままだった。
「ほらほら、残り物はさっさと片付けようか」
次の瞬間。
閃光、衝撃、断末魔。
魔獣たちは、統率を失い抵抗らしい抵抗もできないまま次々と倒れていく。
もはや乱戦ではない、一方的な駆除だった。
数分も経たず丘には静寂が戻った。
残ったのは、荒れた地面と微かな焦げ臭さだけだ。
……そして。
沈黙の中でレクスが一歩、前に出た。
視線は、クロエとフィリアに向けられている。
「……説明してもらおう」
低く、抑えた声だった。
「今の魔法。ダンジョンの沈静。虚牢の蕾への対処」
一語一語を、噛みしめるように続ける。
「通常の魔法士にできる芸当ではない」
レクスの視線は鋭い。
カイルも剣を下ろしながら、同じ方向を見ている。冗談めかした余裕は消え、完全に仕事の顔だ。
「それにあなたは、虚牢の蕾が何なのか知っているようだ」
そしてレクスは、フィリアへも厳しい視線を向ける。
「……フィリア・アリスタル。あなたもだ……あなたは、奴隷オークションへの関与が疑われている」
空気が、再び張り詰めた。
フィリアは、静かに微笑んだ。
「あら?……なんのことかしら」
声音は柔らかく、一切の動揺はないように見える。さすがの胆力だ。
「ならば説明を」
レクスは一歩も引かない。
「あなた方は、我々が追っていた案件の核心に触れている。そのうえで、この場を力で収めた。疑問を抱かないほうが不自然だ」
「……はぁ」
クロエは、あからさまにため息をついた。
それは緊張を解くためのものではない。
フィリアは、レクスの視線を正面から受け止めたまま、首を傾げた。
「疑われる理由が分かりませんわ。わたくしは、王女殿下の結婚式に参列するためにここに来ただけ。今夜の騒ぎも、たまたま巻き込まれただけですわ」
澄ました口調。
だが、レクスは納得しない。
「偶然にしては出来すぎている。虚牢の蕾が顕現した場所、時間、そしてあなた方の行動――」
「疑うのは自由ですわ」
フィリアは、そこで言葉を切った。
微笑みは崩さないが、声音にわずかな冷えが混じる。
「ですが、事実でないことを確信されても困りますの」
そのやり取りを、クロエは完全に他人事のように眺めていた。
そして――
「……はぁ」
わざとらしいほど大きなため息。
「やっぱ、こうなるよね」
クロエは肩をすくめると、突然かばんを足元に下ろした。
「ちょっと待ってね。説明するの、めんどくさいから」
そう言って、かばんを逆さにする。
「おい、クロエ……?」
俺が声をかける間もなく――
ごとごとごと、と音を立てて中身が地面に広がった。
古びた魔導具、用途不明の水晶、壊れかけの指輪、錆びた鍵、紙束、骨のようなもの。
「……なにこれ」
カイルが呟いた。
ガラクタが、文字通り溢れ出した。
「昔からそうだ」
レイラが、腕を組んで呆れたように言った。
「必要なものほど、すぐに出てこないんだ」
「うるさいなあ」
クロエはぶつぶつ言いながら、ガラクタをかき分ける。
「えーっと……ない、ない……あ、これ違う……これも違う……」
そして――
「……あった」
クロエの手が止まった。
取り出されたのは、古びた小さな金属製の記章だった。
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる