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第十一章 「デッドクロス」
第111話 「幻惑の夜Ⅷ」
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シギルの視線は、丘の中央で剣を握ったまま立つヒカリを確実に捉えていた。
まるで、そこにいる「人」ではなく、内側にある何かを見透かすような目だった。
「……」
ヒカリは、まだ剣を握ったまま動かない。
さっきまでの異様な気配は薄れつつあるが、完全に元に戻ったとは言い難い。
シギルは、ほんの一瞬だけ、口角を歪めた。
「――なるほど」
低く、なぜか楽しげな声音。
「その忌々しい力……」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「勇者、ですか」
その瞬間。
「……チッ」
短く、鋭い舌打ち。
クロエだった。
明確な苛立ちを隠そうともせず、視線をシギルに向ける。
「最悪……」
吐き捨てるような声音。
その反応だけで、あの言葉がどれほど厄介な意味を持つのかが伝わってきた。
「……勇者?」
俺は思わず、その言葉を反芻する。
だが、すぐに違和感が込み上げた。
「待て。おかしいだろ」
視線をヒカリに向ける。
剣を握ったままの少女は、確かに今、異常な力を振るった。
だが――
「この世界には、勇者が倒すべき存在なんていないはずだ」
口にした瞬間、自分でもはっきりと分かる。
魔王もいなければ、世界を滅ぼす存在もいない。
戦争はある。陰謀もある。理不尽もある。
だが、それらは「誰か一人が剣を振るって終わる話」じゃない。
「勇者ってのは……物語の役割だろ」
俺の言葉に、シギルは小さく喉を鳴らした。
笑いとも、嘲りともつかない音。
「そう! 役割! 力をどう定義するかによって呼び名など変わるのです」
「どういうことだ!?」
思わず声が荒くなる。
勇者――その言葉が、あまりにもこの世界にそぐわない。
シギルは、俺の方へ視線を向けた。
その目には、はっきりとした上下の差があった。
人を見る目じゃない。
「人間風情が、知る必要はありません」
切り捨てるような口調。
だが、次の瞬間、その視線がわずかに変わった。
俺を、もう一度だけ測るように見据える。
「……もっとも」
シギルは、顎に手を当て、興味深そうに続けた。
「あなたも、なかなか厄介な力をお持ちのようだ」
「……俺が?」
反射的に聞き返す。
だが、心当たりがないわけじゃない。
魔力を持たないという異常。
トークンコアと接続する、歪な存在。
それらが、ただの偶然で済まされるとは、俺自身もう思っていなかった。
「直接的な力ではない。だが――干渉する力だ」
シギルの声が、わずかに低くなる。
「因果に触れ、流れを狂わせる。実に、不快だ」
――不快、だと?
怒りよりも先に、背筋が冷えた。
「あなた方が干渉したせいで」
シギルは、空を仰ぐように視線を上げる。
「少々、魔力が不足してしまいました」
吐息混じりの声。
「まったく……嘆かわしい」
まるで、予定していた収穫が減ったとでも言うような言い草だった。
「仕方ありませんね」
淡々とした声。
「青龍の力も、使わねばならないでしょう」
その言葉に、空気が凍りつく。
「……なに?」
俺の声は、かすれていた。
「もっと後の予定でしたが」
シギルは、わずかに口元を歪める。
「鍵となる少女も、この国にいるようですし。都合がいい」
「何を……言ってる……?」
理解が、追いつかない。
だが、黒衣の男は、ゆっくりと踵を返す。
「待て!」
思わず、声を張り上げた。
「青龍って何だ。鍵ってなんだ。ヒカリは――」
問いは、最後まで届かなかった。
シギルは振り返らない。
ただ、肩越しに、淡々とした声を残す。
「必要な時が来れば、嫌でも知ることになります」
そのまま、シギルの姿は闇に溶けていく。
「……くそ」
俺は、無意識に拳を握っていた。
意味の分からない言葉ばかりだ。
「クロエ……今の話、どういう意味だ」
振り返ると、クロエはすでにヒカリの方を見ていなかった。
視線は、もっと遠く――街の方向を見据えている。
そして、はっきりと分かるほど、顔色には焦りが見える。
「……まずいね」
冗談めいた調子は、完全に消えている。
アイラが不安そうに尋ねる。
「クロエさん……?」
クロエは、ゆっくりと息を吐いた。
「……青龍」
低く、噛みしめるような声だった。
「鍵がこの国にいるって言った」
俺の胸に、嫌な予感が一気に膨れ上がる。
「鍵……それって――」
クロエは、こちらを見た。
いつもの軽薄さは影も形もない。
「血だよ」
短く、断定する。
「力につなぐための、血と因縁を持った存在」
その瞬間、脳裏に浮かんだ顔があった。
褐色がかった肌、緊張しがちで、でもどこか芯の強い目。
「……ニナか?」
喉が、ひくりと鳴る。
クロエは、視線を逸らさなかった。
「勘がいいね、アル」
クロエは、視線を街に向けたまま続けた。
「ニナちゃんは、血筋的に条件を満たしてる。香料諸島に残った最古の系譜、失われしロピ族の末裔。その長の娘だ」
クロエの言葉は、遠い神話をひとりの少女と結びつけた。
俺の中で、散らばっていた言葉が、一本の線でつながっていく。
まるで、そこにいる「人」ではなく、内側にある何かを見透かすような目だった。
「……」
ヒカリは、まだ剣を握ったまま動かない。
さっきまでの異様な気配は薄れつつあるが、完全に元に戻ったとは言い難い。
シギルは、ほんの一瞬だけ、口角を歪めた。
「――なるほど」
低く、なぜか楽しげな声音。
「その忌々しい力……」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「勇者、ですか」
その瞬間。
「……チッ」
短く、鋭い舌打ち。
クロエだった。
明確な苛立ちを隠そうともせず、視線をシギルに向ける。
「最悪……」
吐き捨てるような声音。
その反応だけで、あの言葉がどれほど厄介な意味を持つのかが伝わってきた。
「……勇者?」
俺は思わず、その言葉を反芻する。
だが、すぐに違和感が込み上げた。
「待て。おかしいだろ」
視線をヒカリに向ける。
剣を握ったままの少女は、確かに今、異常な力を振るった。
だが――
「この世界には、勇者が倒すべき存在なんていないはずだ」
口にした瞬間、自分でもはっきりと分かる。
魔王もいなければ、世界を滅ぼす存在もいない。
戦争はある。陰謀もある。理不尽もある。
だが、それらは「誰か一人が剣を振るって終わる話」じゃない。
「勇者ってのは……物語の役割だろ」
俺の言葉に、シギルは小さく喉を鳴らした。
笑いとも、嘲りともつかない音。
「そう! 役割! 力をどう定義するかによって呼び名など変わるのです」
「どういうことだ!?」
思わず声が荒くなる。
勇者――その言葉が、あまりにもこの世界にそぐわない。
シギルは、俺の方へ視線を向けた。
その目には、はっきりとした上下の差があった。
人を見る目じゃない。
「人間風情が、知る必要はありません」
切り捨てるような口調。
だが、次の瞬間、その視線がわずかに変わった。
俺を、もう一度だけ測るように見据える。
「……もっとも」
シギルは、顎に手を当て、興味深そうに続けた。
「あなたも、なかなか厄介な力をお持ちのようだ」
「……俺が?」
反射的に聞き返す。
だが、心当たりがないわけじゃない。
魔力を持たないという異常。
トークンコアと接続する、歪な存在。
それらが、ただの偶然で済まされるとは、俺自身もう思っていなかった。
「直接的な力ではない。だが――干渉する力だ」
シギルの声が、わずかに低くなる。
「因果に触れ、流れを狂わせる。実に、不快だ」
――不快、だと?
怒りよりも先に、背筋が冷えた。
「あなた方が干渉したせいで」
シギルは、空を仰ぐように視線を上げる。
「少々、魔力が不足してしまいました」
吐息混じりの声。
「まったく……嘆かわしい」
まるで、予定していた収穫が減ったとでも言うような言い草だった。
「仕方ありませんね」
淡々とした声。
「青龍の力も、使わねばならないでしょう」
その言葉に、空気が凍りつく。
「……なに?」
俺の声は、かすれていた。
「もっと後の予定でしたが」
シギルは、わずかに口元を歪める。
「鍵となる少女も、この国にいるようですし。都合がいい」
「何を……言ってる……?」
理解が、追いつかない。
だが、黒衣の男は、ゆっくりと踵を返す。
「待て!」
思わず、声を張り上げた。
「青龍って何だ。鍵ってなんだ。ヒカリは――」
問いは、最後まで届かなかった。
シギルは振り返らない。
ただ、肩越しに、淡々とした声を残す。
「必要な時が来れば、嫌でも知ることになります」
そのまま、シギルの姿は闇に溶けていく。
「……くそ」
俺は、無意識に拳を握っていた。
意味の分からない言葉ばかりだ。
「クロエ……今の話、どういう意味だ」
振り返ると、クロエはすでにヒカリの方を見ていなかった。
視線は、もっと遠く――街の方向を見据えている。
そして、はっきりと分かるほど、顔色には焦りが見える。
「……まずいね」
冗談めいた調子は、完全に消えている。
アイラが不安そうに尋ねる。
「クロエさん……?」
クロエは、ゆっくりと息を吐いた。
「……青龍」
低く、噛みしめるような声だった。
「鍵がこの国にいるって言った」
俺の胸に、嫌な予感が一気に膨れ上がる。
「鍵……それって――」
クロエは、こちらを見た。
いつもの軽薄さは影も形もない。
「血だよ」
短く、断定する。
「力につなぐための、血と因縁を持った存在」
その瞬間、脳裏に浮かんだ顔があった。
褐色がかった肌、緊張しがちで、でもどこか芯の強い目。
「……ニナか?」
喉が、ひくりと鳴る。
クロエは、視線を逸らさなかった。
「勘がいいね、アル」
クロエは、視線を街に向けたまま続けた。
「ニナちゃんは、血筋的に条件を満たしてる。香料諸島に残った最古の系譜、失われしロピ族の末裔。その長の娘だ」
クロエの言葉は、遠い神話をひとりの少女と結びつけた。
俺の中で、散らばっていた言葉が、一本の線でつながっていく。
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