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第十一章 「デッドクロス」
第112話 「幻惑の夜Ⅸ」
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「……血筋、って言ったな」
声が、思った以上に低くなった。
クロエは、小さく頷く。
「偶然じゃない。選ばれたわけでもない。ただ……そう生まれた。それだけ」
淡々とした言い方だった。
「ロピカルハにはね、今でも古い因縁が残ってる。龍と人が、まだ近かった神話の時代の名残が」
クロエは、眼鏡を押し上げる。
「ニナちゃんは、青龍の因子を強く持っている、唯一無二、これ以上ない器だよ」
アイラが、思わず胸元を押さえた。
「そ、そんな……ニナちゃんが……」
そこで、フィリアが口を開いた。
「神話……青龍がニナさん、というのなら……」
フィリアは、ゆっくりと顔を上げた。
「赤龍の鍵は、ロピカルハ王女――サリア様、ということになりますわね」
「……赤龍ね」
クロエが、低く呟く。
フィリアは、静かに続けた。
「ロピカルハ王家は、神話と連なるカルハ族の家系ですの。王権の正統性は、赤龍との結びつきで語られてきましたわ」
その声音には、確信があった。
「ですが――」
フィリアは、視線を伏せる。
「わたくし、王女殿下を拝見したとき、違和感を覚えました」
「違和感?」
俺が問うと、フィリアは頷く。
「何と言いますか、魔力の質が……違いましたの」
淡々と、だがはっきりと。
「赤龍の系譜に連なる者の魔力は、もっと澄んで、力強い。以前……子供の頃のサリア様の魔力はそうでしたの。ですが、今回あの方から感じたのは……」
言葉を選ぶように、一拍置く。
「濁り、そして暗さ。強い魔力でしたけど、それだけですわ」
背筋に、冷たいものが走る。
「……つまり」
俺が続きを促すと、フィリアははっきりと言った。
「あの王女は、別人ですわ」
アイラが、息を呑む。
「じゃあ……本物の王女様は……」
「すでに、鍵として使われている可能性が高いわね」
クロエの言葉に、言葉を失う。続くアイラの声も、かすかに震えていた。
「……使われている、って……なんのためなんですか?」
クロエは、少しだけ眉をひそめる。
「通貨だよ」
その一言で、場の空気がさらに重くなる。
「ロピカルハが始めた新しい通貨システム。稼働させるには必要な膨大な魔力が必要だ」
クロエは、静かに言葉を続ける。
「恐らくあのシステムはね――赤龍の力を使って、この世界そのものの魔力の流れを掴むように設計されている」
指先で、空をなぞる。
「この国の言葉を借りるなら、龍脈だよ」
その一語で、すべてが腑に落ちた。
トークンコアとは異なる原理、世界そのものを循環する魔力を、直接引き抜いて回すシステム。
クロエの声が低くなる。
「赤龍の鍵が、すでに使われているなら」
フィリアは、静かに頷いた。
「王女殿下の結婚式……あれは儀式ではなく、隠蔽ですわね。本物の王女は、すでに赤龍の鍵として龍脈に繋がれている。だから、あの場にいたのはニセモノ」
「ご本人は、生きてはいても、人ではない状態……」
言葉が、喉に刺さる。
「……じゃあ」
俺は、声を絞り出した。
「ニナも……同じ目に遭うってことか」
クロエは、即答しなかった。
その一瞬の沈黙が、答えだった。
「青龍の鍵。血筋ゆえに、逃げ場はない」
クロエは、歯を噛みしめる。
「赤龍がすでに使われているなら、次は青龍だ。予定を早めたって、あいつは言った」
「……やっぱり、ニナが危ないんだな」
誰かに確認するような言い方だったが、答えは最初から分かっていた。
クロエは、短く頷く。
「急がないと、手遅れになる」
その瞬間だった。
ヒカリが、ふらりと体を揺らした。
「っ……!」
剣を支えにしていた身体が、限界を迎えたように崩れ落ちる。
「ヒカリ!」
レイラがすぐに駆け寄り、身体を抱きとめた。
「少年、大丈夫だよ。今は力を使いすぎただけだ」
ヒカリの呼吸は荒く、目も焦点が定まっていない。
アイラが、反射的に回復魔法を使おうとして――止まった。
「……あ」
顔色が変わる。
「魔法が……戻ってません……」
俺も、アルカナプレートを確認する。
反応は無く、トークンコアとの接続は途切れたままだった。
レイラが、ヒカリを抱えたまま状況を見渡す。
「この状態で、全員で動くのは無理だね」
さっきまで、あれほどの力を振るっていた反動だ。
「この子は、私が預かる。アイラの嬢ちゃんも一緒に残りな」
「でも……!」
アイラが声を上げかけるが、クロエが首を振る。
「今の状態で動いたら、アイラちゃんも危ない。レイラがそばに居てくれれば安心だ」
アイラは、悔しそうに俯いた。
俺は、一瞬だけ言葉を探した。
「ヒカリを頼む。それが、今できる一番大事な役割だ」
アイラは、少しだけ目を見開いてから、静かに頷いた。
「……分かりました。必ず、ヒカリさんを守ります」
レイラも、短く笑う。
「任せな少年。二人は絶対に守ると約束しよう」
「お願いします」
俺は、短く息を吸った。
「行こう」
街へ続く坂道を、俺たちは一気に駆け下りた。
街の中央通りを突っ切り、海岸区画へ入る。
石畳を蹴る音が、やけに大きく響いた。
ホテルの看板が見えた瞬間、胸が一瞬だけ軽くなる。
「――もうすぐだ!」
ロビー扉を押し開ける。
「ニナ!」
反射的に名前を呼ぶ。
返事は、ない。
ロビーは静まり返っていた。
夜番の従業員が、不思議そうな顔でこちらを見る。
胸の中で、嫌な予感が膨れ上がる。
階段を駆け上がり、部屋の前まで一気に走る。
祈るような気持ちで、扉を押し開けた。
「ニナ!」
返事がない。
部屋を見回す。
荷物はある。
ベッドも乱れていない。
だが――
そこにいるはずの少女の姿だけが、きれいに消えていた。
声が、思った以上に低くなった。
クロエは、小さく頷く。
「偶然じゃない。選ばれたわけでもない。ただ……そう生まれた。それだけ」
淡々とした言い方だった。
「ロピカルハにはね、今でも古い因縁が残ってる。龍と人が、まだ近かった神話の時代の名残が」
クロエは、眼鏡を押し上げる。
「ニナちゃんは、青龍の因子を強く持っている、唯一無二、これ以上ない器だよ」
アイラが、思わず胸元を押さえた。
「そ、そんな……ニナちゃんが……」
そこで、フィリアが口を開いた。
「神話……青龍がニナさん、というのなら……」
フィリアは、ゆっくりと顔を上げた。
「赤龍の鍵は、ロピカルハ王女――サリア様、ということになりますわね」
「……赤龍ね」
クロエが、低く呟く。
フィリアは、静かに続けた。
「ロピカルハ王家は、神話と連なるカルハ族の家系ですの。王権の正統性は、赤龍との結びつきで語られてきましたわ」
その声音には、確信があった。
「ですが――」
フィリアは、視線を伏せる。
「わたくし、王女殿下を拝見したとき、違和感を覚えました」
「違和感?」
俺が問うと、フィリアは頷く。
「何と言いますか、魔力の質が……違いましたの」
淡々と、だがはっきりと。
「赤龍の系譜に連なる者の魔力は、もっと澄んで、力強い。以前……子供の頃のサリア様の魔力はそうでしたの。ですが、今回あの方から感じたのは……」
言葉を選ぶように、一拍置く。
「濁り、そして暗さ。強い魔力でしたけど、それだけですわ」
背筋に、冷たいものが走る。
「……つまり」
俺が続きを促すと、フィリアははっきりと言った。
「あの王女は、別人ですわ」
アイラが、息を呑む。
「じゃあ……本物の王女様は……」
「すでに、鍵として使われている可能性が高いわね」
クロエの言葉に、言葉を失う。続くアイラの声も、かすかに震えていた。
「……使われている、って……なんのためなんですか?」
クロエは、少しだけ眉をひそめる。
「通貨だよ」
その一言で、場の空気がさらに重くなる。
「ロピカルハが始めた新しい通貨システム。稼働させるには必要な膨大な魔力が必要だ」
クロエは、静かに言葉を続ける。
「恐らくあのシステムはね――赤龍の力を使って、この世界そのものの魔力の流れを掴むように設計されている」
指先で、空をなぞる。
「この国の言葉を借りるなら、龍脈だよ」
その一語で、すべてが腑に落ちた。
トークンコアとは異なる原理、世界そのものを循環する魔力を、直接引き抜いて回すシステム。
クロエの声が低くなる。
「赤龍の鍵が、すでに使われているなら」
フィリアは、静かに頷いた。
「王女殿下の結婚式……あれは儀式ではなく、隠蔽ですわね。本物の王女は、すでに赤龍の鍵として龍脈に繋がれている。だから、あの場にいたのはニセモノ」
「ご本人は、生きてはいても、人ではない状態……」
言葉が、喉に刺さる。
「……じゃあ」
俺は、声を絞り出した。
「ニナも……同じ目に遭うってことか」
クロエは、即答しなかった。
その一瞬の沈黙が、答えだった。
「青龍の鍵。血筋ゆえに、逃げ場はない」
クロエは、歯を噛みしめる。
「赤龍がすでに使われているなら、次は青龍だ。予定を早めたって、あいつは言った」
「……やっぱり、ニナが危ないんだな」
誰かに確認するような言い方だったが、答えは最初から分かっていた。
クロエは、短く頷く。
「急がないと、手遅れになる」
その瞬間だった。
ヒカリが、ふらりと体を揺らした。
「っ……!」
剣を支えにしていた身体が、限界を迎えたように崩れ落ちる。
「ヒカリ!」
レイラがすぐに駆け寄り、身体を抱きとめた。
「少年、大丈夫だよ。今は力を使いすぎただけだ」
ヒカリの呼吸は荒く、目も焦点が定まっていない。
アイラが、反射的に回復魔法を使おうとして――止まった。
「……あ」
顔色が変わる。
「魔法が……戻ってません……」
俺も、アルカナプレートを確認する。
反応は無く、トークンコアとの接続は途切れたままだった。
レイラが、ヒカリを抱えたまま状況を見渡す。
「この状態で、全員で動くのは無理だね」
さっきまで、あれほどの力を振るっていた反動だ。
「この子は、私が預かる。アイラの嬢ちゃんも一緒に残りな」
「でも……!」
アイラが声を上げかけるが、クロエが首を振る。
「今の状態で動いたら、アイラちゃんも危ない。レイラがそばに居てくれれば安心だ」
アイラは、悔しそうに俯いた。
俺は、一瞬だけ言葉を探した。
「ヒカリを頼む。それが、今できる一番大事な役割だ」
アイラは、少しだけ目を見開いてから、静かに頷いた。
「……分かりました。必ず、ヒカリさんを守ります」
レイラも、短く笑う。
「任せな少年。二人は絶対に守ると約束しよう」
「お願いします」
俺は、短く息を吸った。
「行こう」
街へ続く坂道を、俺たちは一気に駆け下りた。
街の中央通りを突っ切り、海岸区画へ入る。
石畳を蹴る音が、やけに大きく響いた。
ホテルの看板が見えた瞬間、胸が一瞬だけ軽くなる。
「――もうすぐだ!」
ロビー扉を押し開ける。
「ニナ!」
反射的に名前を呼ぶ。
返事は、ない。
ロビーは静まり返っていた。
夜番の従業員が、不思議そうな顔でこちらを見る。
胸の中で、嫌な予感が膨れ上がる。
階段を駆け上がり、部屋の前まで一気に走る。
祈るような気持ちで、扉を押し開けた。
「ニナ!」
返事がない。
部屋を見回す。
荷物はある。
ベッドも乱れていない。
だが――
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