俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました

白河リオン

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第十二章 「レラティブバリュー」

Intermission 38 「経済特区」

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 アルヴィオ達がアバタオ島へと航海に出た後、レクスとカイルは商業地区へと足を踏み入れていた。

 質の良いが目立ちすぎない服装、胸元にはさりげなく縫い込まれた紋章。

 カエルム機関の偽装商会――アルセディア商会。

 ロピカルハでも名の知れた大店として通っている。

「似合ってますよ、先輩。完全に商人です」

「お前もな」

 レクスは短く返す。

 カイルは肩を回し、声色まで少し柔らかく変えていた。

「いやぁ、それにしても……空気が変わりましたね」

 カイルの視線が、街の向こうへ向く。

 山の稜線。

 そこに沿うように、黒い石柱がいくつも立っていた。

 昨日までは、ただの遺構のように沈黙していたそれが――今朝は違う。

 淡い光が、内部から脈打つように明滅している。

「……起動しているな」

 レクスが呟く。

「そうですね」

「抑制装置か、あるいは増幅器か」

「どっちでも嫌ですね、それ」

 カイルが苦笑する。

 だがレクスの視線は、すでに街の内部へ移っていた。

「……気づいたか」

「はい」

 商店の前で、客がアルカナプレートをかざしている。

 決済音が鳴る。

 問題なく通っている。

「昨日は使えなかったはずですよね」

「おそらく商業地区だけだ」

 レクスは静かに周囲を見渡す。

 一定の区画のみ、ディム決済が復活している。

 それ以外の区画では、違う光景が広がっていた。

 役人らしき者が並び、住民からアルカナプレートを回収している。

 代わりに配られているのは――

「ルミナプレート、ですね」

「1ディムは1リルの固定レートというわけか」

 住民は戸惑いながらも受け取っている。

 説明書きが掲げられていた。

 『残高はそのまま保証されます』

 計画された通貨の切り替えだ。

「商業地区は言わば経済特区……ですか」

 カイルが呟く。

「この区画だけディムを流通させる。外はリル決済だけだな」

「それを可能にしているのは、おそらくあの石柱」

 龍脈の干渉を抑え、商業地区だけトークンコアとの接続を維持している。

「計画的だ」

 レクスの声は低い。

 昨日の混乱は、まるでなかったかのように整えられている。

 商業地区ではディム決済が復活し、外国商人も安心して取引を続けられる。

 一歩外へ出れば、ルミナプレートが標準。

 リルでの価格表示。

 同じ街の中に、二つの通貨圏が並立している。

「上手いですよね」

 カイルが感心したように言う。

「いきなり全部切り替えたら混乱しますけど、商業地区だけディムを残せば、対外信用は保てる」

「その間に、内側をリルで固める」

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 そして二人は、役所の仮設窓口へ向かった。

「アルセディア商会の者だ。ルミナプレートの発行を」

 提示した書類を確認され、ほどなく二枚のルミナプレートが手渡される。

「外国商人向けにも即日発行、ですか」

「周到だな」

 カイルは小声で続ける。

「聞きました? ロピカルハの現地の有力商人には、すでに配布済みだったそうですよ」

 レクスの目がわずかに細くなる。

「……事前配布」

「……後手に回った」

 レクスは小さく呟く。

「え?」

「何でもない」

 インテリジェンスとしての矜持が、ほんのわずかに削られる。

 カエルム機関は常に“先に知る側”でなければならない。

 だが今回は、ロピカルハが一枚上を行った。

「まあまあ、先輩」

 カイルが軽く笑う。

「国家丸ごとの秘密ですから。全部見抜けってほうが無茶ですよ」

「慰めにならんな」

「すみません」

 だがその軽さに、わずかに救われる。

 そして二人は、次の目的地へ向かう。

 ロピカルハの銀行街――建物の前には、すでに列ができていた。

 商人、貴族の代理人、国外の取引業者。

 皆、新通貨に乗り遅れまいとしている。

 受付で名乗る。

「アルセディア商会だ。事業拡張のため、リル建て資金の調達を申請したい」

 提示された担保目録。

 魔力石の一覧。

 精製度の高い結晶が、テーブルに並べられる。

 銀行側の担当者は、目を見開いた。

「……相当量ですね」

「これは、ほんの一部です。王子殿下の慧眼にいたく感動いたしました。ですので、今後ロピカルハでの商売をさらに拡大させるつもりでして」

 カイルが柔らかく微笑む。

 商人の顔だ。

 審査は驚くほど速かった。

 国家主導通貨の立ち上げ期。

 流動性は歓迎される。

「承認します。上限枠もさらに拡大可能です」

「助かります」

 書類に署名が重ねられる。

 次の銀行。

 また次。

 同じやり取りが繰り返される。

 リル建ての資金が、アルセディア商会名義で積み上がっていく。

 カイルが、歩きながら小声で言った。

「借りすぎじゃないですか?」

「まだ足りん」

「担保は十分ですが……」

「問題ない」

 レクスの声は冷静だ。

 魔力石は本物。

 信用もある。

 だが目的は、単純な事業拡張ではない。

「これだけリルを集めて、どうするんでしょうね?」

「さぁな、俺達は、経済の話は門外漢だ。ましてやディム以外の通貨などこの千年なかった話だ、だが――」

「盤面を動かすには、駒がいる」

 レクスが静かに言う。

「駒?」

「今は、その駒に甘んじよう」

 カイルは、ちらりと横目で先輩を見た。

「駒、ですか。珍しく受け身ですね」

「受け身ではない」

 レクスは足を止めずに答える。

「盤上に立つ位置を変えるだけだ。画を描ける人間が画を描く。それが組織というものだ」

「そんなもんなんですかね?」

 カイルが首を傾げる。

「少なくとも今回は、そうだ」

 レクスは短く言った。

 リルの資金は積みあがっていく。帳簿上は、アルセディア商会がロピカルハ市場に本格参入するための拡張資金。外から見れば、それ以上でもそれ以下でもない。

「……とりあえず、今日はこれで終わりですか?」

「いや」

 レクスは首を振る。

「まだだ」

「どんだけ借りるんですかね?」

「借りれるだけだ」

 カイルは苦笑しながら後を追う。

 再び人波に紛れ、次の金融機関へと向かう二人の背があった。
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