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第十二章 「レラティブバリュー」
第117話 「アバタオ島」
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船底が、浅瀬の砂を擦る音を立てた。
アバタオ島は、思っていたよりも小さく、そして静かだった。
大きな港湾施設はない。桟橋が一本、海に突き出しているだけ。白い砂浜と、背後に広がる濃い緑。カルハ島の喧騒とは、まるで別世界だ。
「……帰ってきた」
ニナの目が、きらきらと輝いている。
桟橋に足を乗せた瞬間、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「この匂い……懐かしいです」
リーリアが横で笑う。
「ニナ! ここめっちゃキレイだね!!」
リーリアと話すニナの横顔は、王都で見せる顔とは少し違う。肩の力が抜け、年相応の少女に戻っている。
妨害は、ない。
検問も、監視も、追手もいない。
拍子抜けするほど、あっさりと桟橋に船を横付けできた。
――静かすぎる。
俺は桟橋に足を下ろしながら、周囲を見渡す。
小さな船小屋がひとつ。漁具が干されている。潮風に揺れる布。人の営みの痕跡はある。
だが、人影がない。
「誰もいませんね」
エルヴィナが低く言う。
「皆さん漁にでも出かけているのかしら?」
フィリアが穏やかに返す。
「……そうだといいが」
俺は視線を奥へ向ける。
島の中心部へ続く小道が一本、緑の中へ伸びている。
まずは拠点だ。
いきなりダンジョン区域へ向かうわけにはいかない。足場を固める必要がある。
「ニナ」
「はい」
「実家はここから近いのか?」
「はい、村はすぐです。歩いて十分くらい」
「案内してくれ」
ニナは、力強く頷いた。
俺たちは桟橋を離れ、土の道へ足を踏み入れる。
潮の匂いが、徐々に草木の匂いに変わる。
やがて木々が開け、小さな集落が見えた。
藁葺きの屋根。石と木で組まれた素朴な家々。井戸と、干された網。畑も見える。
だが、人影はまばらだった。
「あ……」
ニナが、足を止める。
村人が、こちらに気づいた。
一瞬、目が合う。
そして――逸らされた。
扉の陰へ引っ込む影。
洗濯物を取り込む手が、慌ただしく動く。
何もなかったかのように、背を向ける。
「……ニナ?」
リーリアが戸惑う。
「みんな、気づいてるよね?」
「……はい」
ニナの声が、わずかに震える。
「でも……どうして……」
俺は無言で周囲を観察する。
確実に視線はある。だが、誰も声をかけてこない。
警戒――? 俺たちへのものか? それとも――
「急ごう」
俺は短く言った。
ニナはうなずき、足を速める。
村の奥、少し大きめの家の前で立ち止まった。
「ここです」
深呼吸を一つして扉を叩く。
「お父さん、私です。ニナです。帰ってきました」
中から、わずかな物音がした。
そして、扉がゆっくりと開く。
現れたのは、日に焼けた男だった。四十代半ばほどだろうか。広い肩に、無骨な手。だがその目は、どこか優しい。
ニナを見るなり、目を見開いた。
「……ニナ」
一瞬の間。次の瞬間、表情が崩れる。
「おかえり」
低い声。だが、確かに安堵が混じっている。
「はい……!」
ニナは、子どものように笑った。
男――ニナの父親は、視線を俺たちへ移す。
「リーリアさんのことは手紙で知っていたが……」
後ろに並ぶ面々を数え、苦笑する。
「ずいぶんと、大所帯だな」
リーリアが、急に畏まる。
「リーリア・ノーヴェと申します。初めまして! 魔法学校ではニナと同室で――」
言いかけて、リーリアは自分で照れたように笑った。
「えっと、とにかく、いつもお世話になってます!」
父親は目を細める。
「こちらこそ、娘が世話になっている。キアヌだよろしく頼む」
その声は穏やかだった。だが、どこか力が入っている。
俺は一歩前に出た。
「キアヌさん。アルヴィオ・アディスと申します。急に大勢で押しかけて申し訳ございません」
「いや……ニナが無事に帰ってきた。それだけで十分だ」
そう言いながらも、視線は一瞬、俺たちの後ろ――村の入り口の方へ流れた。
「とにかく、立ち話もなんだ。中へ」
キアヌは扉を大きく開けた。
俺はうなずき、靴底についた砂を軽く払ってから敷居をまたいだ。
その直前、エルヴィナが小さく俺の袖を引く。
「私は外に残ります」
低い声。
「村の様子が、気になります」
「ああ、頼む」
エルヴィナは無言で頷き、家の脇へ回る。視線は常に周囲をなぞっている。あの静まり返った村で、警戒を解く気はないらしい。
俺たちは家の中へ通された。
中は、外見よりも広かった。
木の床は丁寧に磨かれている。壁には乾燥させた香草が吊るされ、奥には小さな祭壇のような棚が見えた。素朴だが、整えられている。
「まあ……」
奥から声がした。
台所らしき場所から、女性が姿を現す。
ニナと同じ色の髪。柔らかな目元。
「ニナ……!」
「お母さん!」
次の瞬間、二人は抱き合っていた。
母親は、何度もニナの肩や頬に触れ、確かめるように言う。
「無事でよかった……本当に、よかった……」
「はい……心配かけて、ごめんなさい」
その光景は、疑いようもなく家族だった。
リーリアが小さく息を吐く。
「よかったね……」
フィリアも、わずかに頬を緩める。
キアヌが、照れくさそうに咳払いをした。
「さあ、みなさんもどうぞ。狭い家ですが」
俺たちは卓を囲むように座る。
木製の長机。椅子も不揃いだが、手入れは行き届いている。
そのとき、俺の視線が机の端に止まった。
光沢のある板状の魔導具――ルミナプレート。
見慣れたアルカナプレートとは少しだけ雰囲気が違う魔道具だ。
俺の視線に気が付いたキアヌが、わずかに視線を落とした。
アバタオ島は、思っていたよりも小さく、そして静かだった。
大きな港湾施設はない。桟橋が一本、海に突き出しているだけ。白い砂浜と、背後に広がる濃い緑。カルハ島の喧騒とは、まるで別世界だ。
「……帰ってきた」
ニナの目が、きらきらと輝いている。
桟橋に足を乗せた瞬間、胸いっぱいに空気を吸い込む。
「この匂い……懐かしいです」
リーリアが横で笑う。
「ニナ! ここめっちゃキレイだね!!」
リーリアと話すニナの横顔は、王都で見せる顔とは少し違う。肩の力が抜け、年相応の少女に戻っている。
妨害は、ない。
検問も、監視も、追手もいない。
拍子抜けするほど、あっさりと桟橋に船を横付けできた。
――静かすぎる。
俺は桟橋に足を下ろしながら、周囲を見渡す。
小さな船小屋がひとつ。漁具が干されている。潮風に揺れる布。人の営みの痕跡はある。
だが、人影がない。
「誰もいませんね」
エルヴィナが低く言う。
「皆さん漁にでも出かけているのかしら?」
フィリアが穏やかに返す。
「……そうだといいが」
俺は視線を奥へ向ける。
島の中心部へ続く小道が一本、緑の中へ伸びている。
まずは拠点だ。
いきなりダンジョン区域へ向かうわけにはいかない。足場を固める必要がある。
「ニナ」
「はい」
「実家はここから近いのか?」
「はい、村はすぐです。歩いて十分くらい」
「案内してくれ」
ニナは、力強く頷いた。
俺たちは桟橋を離れ、土の道へ足を踏み入れる。
潮の匂いが、徐々に草木の匂いに変わる。
やがて木々が開け、小さな集落が見えた。
藁葺きの屋根。石と木で組まれた素朴な家々。井戸と、干された網。畑も見える。
だが、人影はまばらだった。
「あ……」
ニナが、足を止める。
村人が、こちらに気づいた。
一瞬、目が合う。
そして――逸らされた。
扉の陰へ引っ込む影。
洗濯物を取り込む手が、慌ただしく動く。
何もなかったかのように、背を向ける。
「……ニナ?」
リーリアが戸惑う。
「みんな、気づいてるよね?」
「……はい」
ニナの声が、わずかに震える。
「でも……どうして……」
俺は無言で周囲を観察する。
確実に視線はある。だが、誰も声をかけてこない。
警戒――? 俺たちへのものか? それとも――
「急ごう」
俺は短く言った。
ニナはうなずき、足を速める。
村の奥、少し大きめの家の前で立ち止まった。
「ここです」
深呼吸を一つして扉を叩く。
「お父さん、私です。ニナです。帰ってきました」
中から、わずかな物音がした。
そして、扉がゆっくりと開く。
現れたのは、日に焼けた男だった。四十代半ばほどだろうか。広い肩に、無骨な手。だがその目は、どこか優しい。
ニナを見るなり、目を見開いた。
「……ニナ」
一瞬の間。次の瞬間、表情が崩れる。
「おかえり」
低い声。だが、確かに安堵が混じっている。
「はい……!」
ニナは、子どものように笑った。
男――ニナの父親は、視線を俺たちへ移す。
「リーリアさんのことは手紙で知っていたが……」
後ろに並ぶ面々を数え、苦笑する。
「ずいぶんと、大所帯だな」
リーリアが、急に畏まる。
「リーリア・ノーヴェと申します。初めまして! 魔法学校ではニナと同室で――」
言いかけて、リーリアは自分で照れたように笑った。
「えっと、とにかく、いつもお世話になってます!」
父親は目を細める。
「こちらこそ、娘が世話になっている。キアヌだよろしく頼む」
その声は穏やかだった。だが、どこか力が入っている。
俺は一歩前に出た。
「キアヌさん。アルヴィオ・アディスと申します。急に大勢で押しかけて申し訳ございません」
「いや……ニナが無事に帰ってきた。それだけで十分だ」
そう言いながらも、視線は一瞬、俺たちの後ろ――村の入り口の方へ流れた。
「とにかく、立ち話もなんだ。中へ」
キアヌは扉を大きく開けた。
俺はうなずき、靴底についた砂を軽く払ってから敷居をまたいだ。
その直前、エルヴィナが小さく俺の袖を引く。
「私は外に残ります」
低い声。
「村の様子が、気になります」
「ああ、頼む」
エルヴィナは無言で頷き、家の脇へ回る。視線は常に周囲をなぞっている。あの静まり返った村で、警戒を解く気はないらしい。
俺たちは家の中へ通された。
中は、外見よりも広かった。
木の床は丁寧に磨かれている。壁には乾燥させた香草が吊るされ、奥には小さな祭壇のような棚が見えた。素朴だが、整えられている。
「まあ……」
奥から声がした。
台所らしき場所から、女性が姿を現す。
ニナと同じ色の髪。柔らかな目元。
「ニナ……!」
「お母さん!」
次の瞬間、二人は抱き合っていた。
母親は、何度もニナの肩や頬に触れ、確かめるように言う。
「無事でよかった……本当に、よかった……」
「はい……心配かけて、ごめんなさい」
その光景は、疑いようもなく家族だった。
リーリアが小さく息を吐く。
「よかったね……」
フィリアも、わずかに頬を緩める。
キアヌが、照れくさそうに咳払いをした。
「さあ、みなさんもどうぞ。狭い家ですが」
俺たちは卓を囲むように座る。
木製の長机。椅子も不揃いだが、手入れは行き届いている。
そのとき、俺の視線が机の端に止まった。
光沢のある板状の魔導具――ルミナプレート。
見慣れたアルカナプレートとは少しだけ雰囲気が違う魔道具だ。
俺の視線に気が付いたキアヌが、わずかに視線を落とした。
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