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第十二章 「レラティブバリュー」
第118話 「ルミナプレート」
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「ああ、それか」
キアヌは、少しだけ言い淀んでから続けた。
「昨日、役人が置いていった」
「役人?」
俺は視線を上げる。
「ああ。カルハ島から来たと言っていた。これからは島でも新しい通貨を使うことになると」
キアヌは机の上のルミナプレートを、指先で軽く押した。
「アルカナプレートが使えないこの島でも、これなら使える。便利になる、と」
その言葉には、どこか力がなかった。
俺はルミナプレートを手に取る。
薄く光る板状の魔導具。縁にはロピカルハの紋章。裏面には、リル残高を示す簡易表示。
見た目は洗練されている。
だが――。
「……それで?」
俺は静かに問う。
キアヌは、視線を落としたまま言った。
「便利……だそうだ」
わずかに、口元が歪む。
「だがな、アルヴィオ殿。この島は……これまでアルカナプレートが使えなかった。だから、島の者は別の形で財産を蓄えてきた」
「虹貝、ですわね」
フィリアが静かに言う。
「ああ」
父親は頷いた。
「この海で獲れる虹貝は、古くから価値のあるものだ。光の入り方で七色に輝く。装飾品にもなるし、内側の核は魔力をわずかに蓄える」
ニナが小さく言う。
「おばあちゃんが、虹貝は海の祝福だって」
「そうだ」
キアヌは娘を見て、ほんの少しだけ笑った。
「島の者は、虹貝を貯めてきた。必要なときは商人に売る。あるいは島内で物々交換の基準にする」
虹貝は、まさにこの島の通貨だった。
「……だが、やつらは」
キアヌの声が低くなる。
「虹貝との交換は認めない、と言った」
部屋の空気が、わずかに重くなる。
「ルミナプレートに切り替えろ。これまでの蓄えは関係ない。今後はすべてこれで管理する、と」
「これまでも――」
低い声が、続く。
「虹貝とディムとの交換比率は、決して良いものではなかった」
苦い笑い。
「カルハ島の商人が持ってくるレートは、ディムの物価が上がっていくのにずっと固定だった」
リーリアが目を丸くする。
「え、それ、ひどくない?」
「ひどいさ」
キアヌはあっさりと認めた。
「だがな、それでも交換はできた」
その一言が、重く落ちる。
「不利でも、換える道はあった。虹貝をディムに変え、税を払い、借りを返すことができた」
机の上のルミナプレートを、指で叩く。
「だが、今回は違う」
キアヌは、はっきりと言った。
「虹貝は認めない。交換もしない。価値はない、と」
ニナが小さく息を呑む。
「そんな……」
フィリアの表情が静かに引き締まる。
「つまり、これまでの蓄財は、事実上の没収ということですわね」
「ああ……島の者の大半は、虹貝で財産を蓄えていた。家の改修も、船の修繕も、子どもの学費も、全部その蓄えをあてにしていた」
村に入ったときの光景が、脳裏に蘇る。
視線を逸らす村人。
扉の陰へ引っ込む影。
あれは、俺たちへの警戒ではなかった。
絶望だ。
「……だからか」
俺は小さく呟く。
「誇りがあったんだ」
キアヌは、静かに言う。
「貧しくとも、海の恵みである虹貝と生きているという誇りが」
その誇りが、昨日一日で切り捨てられた。
「借金も税金も、すべてルミナプレートで支払え、ということらしい」
キアヌの声は、平坦だ。
「虹貝は受け取らない。ディムにも換えない。ルミナプレートに入っているリルで払え、と」
リーリアが、声を荒げる。
「でも、島の人は最初からリルなんて持ってないじゃん!」
「そのとおりだよ。リーリアさん」
キアヌは、静かに頷く。
「だからな」
言葉が、重く沈む。
「今朝、エドの娘が連れていかれた」
ニナの顔色が、変わった。
「……エドさんの、娘……?」
「借金があった。漁船の修理費だ。これまでは虹貝で少しずつ返していた」
父親は拳を握る。
「だが、虹貝は認めないと言われた。ルミナプレートで払え、と」
「……払えなかったのか」
「ああ」
キアヌの目が、わずかに赤くなる。
「カルハ島の奴らだ。『労働で返済してもらう』と言って、連れていった」
ニナが立ち上がる。
「アキちゃんが……?」
震える声。
「アキちゃん、まだ私より一つ下なのに……」
キアヌは、目を閉じた。
「止めたさ」
短い言葉。
「部族の長として、止めた」
その声に、わずかな震えが混じる。
「だが、奴らは王命を盾にした。新制度への移行に従わぬ者は、強制労働で差し押さえる、と」
部屋の空気が、冷たく固まる。
「……長として、私は村を守る立場だ」
キアヌは、ゆっくりと拳を開いた。
「だが、出来なかった」
机の上のルミナプレートを、見つめる。
「虹貝を差し出しても、笑われただけだ。それは通貨ではないと」
唇が、きつく結ばれる。
「エドは泣いていた。娘を抱きしめて。だが、やつらは構わず引きはがした」
ニナの目に涙が滲む。
「どうして……どうしてそんなこと……」
キアヌは、答えない。
答えられないのだ。
部族の長である男が、制度ひとつで無力になる。
武力ではなく、帳簿で、板一枚で。
「……我らロピ族は誇りを奪われた」
かすかに呟く。
「金ではなく、誇りを」
静まり返った室内で、誰もすぐに言葉を返せなかった。
キアヌは、少しだけ言い淀んでから続けた。
「昨日、役人が置いていった」
「役人?」
俺は視線を上げる。
「ああ。カルハ島から来たと言っていた。これからは島でも新しい通貨を使うことになると」
キアヌは机の上のルミナプレートを、指先で軽く押した。
「アルカナプレートが使えないこの島でも、これなら使える。便利になる、と」
その言葉には、どこか力がなかった。
俺はルミナプレートを手に取る。
薄く光る板状の魔導具。縁にはロピカルハの紋章。裏面には、リル残高を示す簡易表示。
見た目は洗練されている。
だが――。
「……それで?」
俺は静かに問う。
キアヌは、視線を落としたまま言った。
「便利……だそうだ」
わずかに、口元が歪む。
「だがな、アルヴィオ殿。この島は……これまでアルカナプレートが使えなかった。だから、島の者は別の形で財産を蓄えてきた」
「虹貝、ですわね」
フィリアが静かに言う。
「ああ」
父親は頷いた。
「この海で獲れる虹貝は、古くから価値のあるものだ。光の入り方で七色に輝く。装飾品にもなるし、内側の核は魔力をわずかに蓄える」
ニナが小さく言う。
「おばあちゃんが、虹貝は海の祝福だって」
「そうだ」
キアヌは娘を見て、ほんの少しだけ笑った。
「島の者は、虹貝を貯めてきた。必要なときは商人に売る。あるいは島内で物々交換の基準にする」
虹貝は、まさにこの島の通貨だった。
「……だが、やつらは」
キアヌの声が低くなる。
「虹貝との交換は認めない、と言った」
部屋の空気が、わずかに重くなる。
「ルミナプレートに切り替えろ。これまでの蓄えは関係ない。今後はすべてこれで管理する、と」
「これまでも――」
低い声が、続く。
「虹貝とディムとの交換比率は、決して良いものではなかった」
苦い笑い。
「カルハ島の商人が持ってくるレートは、ディムの物価が上がっていくのにずっと固定だった」
リーリアが目を丸くする。
「え、それ、ひどくない?」
「ひどいさ」
キアヌはあっさりと認めた。
「だがな、それでも交換はできた」
その一言が、重く落ちる。
「不利でも、換える道はあった。虹貝をディムに変え、税を払い、借りを返すことができた」
机の上のルミナプレートを、指で叩く。
「だが、今回は違う」
キアヌは、はっきりと言った。
「虹貝は認めない。交換もしない。価値はない、と」
ニナが小さく息を呑む。
「そんな……」
フィリアの表情が静かに引き締まる。
「つまり、これまでの蓄財は、事実上の没収ということですわね」
「ああ……島の者の大半は、虹貝で財産を蓄えていた。家の改修も、船の修繕も、子どもの学費も、全部その蓄えをあてにしていた」
村に入ったときの光景が、脳裏に蘇る。
視線を逸らす村人。
扉の陰へ引っ込む影。
あれは、俺たちへの警戒ではなかった。
絶望だ。
「……だからか」
俺は小さく呟く。
「誇りがあったんだ」
キアヌは、静かに言う。
「貧しくとも、海の恵みである虹貝と生きているという誇りが」
その誇りが、昨日一日で切り捨てられた。
「借金も税金も、すべてルミナプレートで支払え、ということらしい」
キアヌの声は、平坦だ。
「虹貝は受け取らない。ディムにも換えない。ルミナプレートに入っているリルで払え、と」
リーリアが、声を荒げる。
「でも、島の人は最初からリルなんて持ってないじゃん!」
「そのとおりだよ。リーリアさん」
キアヌは、静かに頷く。
「だからな」
言葉が、重く沈む。
「今朝、エドの娘が連れていかれた」
ニナの顔色が、変わった。
「……エドさんの、娘……?」
「借金があった。漁船の修理費だ。これまでは虹貝で少しずつ返していた」
父親は拳を握る。
「だが、虹貝は認めないと言われた。ルミナプレートで払え、と」
「……払えなかったのか」
「ああ」
キアヌの目が、わずかに赤くなる。
「カルハ島の奴らだ。『労働で返済してもらう』と言って、連れていった」
ニナが立ち上がる。
「アキちゃんが……?」
震える声。
「アキちゃん、まだ私より一つ下なのに……」
キアヌは、目を閉じた。
「止めたさ」
短い言葉。
「部族の長として、止めた」
その声に、わずかな震えが混じる。
「だが、奴らは王命を盾にした。新制度への移行に従わぬ者は、強制労働で差し押さえる、と」
部屋の空気が、冷たく固まる。
「……長として、私は村を守る立場だ」
キアヌは、ゆっくりと拳を開いた。
「だが、出来なかった」
机の上のルミナプレートを、見つめる。
「虹貝を差し出しても、笑われただけだ。それは通貨ではないと」
唇が、きつく結ばれる。
「エドは泣いていた。娘を抱きしめて。だが、やつらは構わず引きはがした」
ニナの目に涙が滲む。
「どうして……どうしてそんなこと……」
キアヌは、答えない。
答えられないのだ。
部族の長である男が、制度ひとつで無力になる。
武力ではなく、帳簿で、板一枚で。
「……我らロピ族は誇りを奪われた」
かすかに呟く。
「金ではなく、誇りを」
静まり返った室内で、誰もすぐに言葉を返せなかった。
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