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まーらや

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 気づけば教室には俺しかいなくなっていた。教材を開いてはいるが、ペンを動かすということをしていない。俺は窓際の席で窓を開け、肘を窓のへりに立てて体を倒し、外を見ていた。目の前には大きなトラックと、その中にサッカーゴールがあって、サッカー部と陸上部が練習している。サッカー部はシュート練習みたいだ。ドンっと大きな音を立ててボールがつま先からはじき出される。しかし、ボールは勢い余ってゴールのはるか上を過ぎ、「くっそー!!」と、シュートしたやつであろう叫び声がここまで聞こえてくる。陸上部はさっきからずっと走ったままだ。女子は少し際どい服装をしていて、視線の置き場を探すのが難しい。ふと、風が教室内に入ってきた。風は俺の肌や髪を撫で、廊下側にすり抜けていく。ノートも風にあおられ、パラパラとめくれている。ゆっくりとした時間がこの場を流れていた。体が緩やかに溶けて、意識だけが教室に取り残されていくような、そんな感覚。悟への罪悪感はもう体とともに溶けてなくなってしまったようだ。結局悟は一人でカラオケに行ってくると言っていた。そろそろ入室して、あいつの十八番を歌うころなんだろうなと想像する。

「あいつの歌、音量だけは大きいけど音程が最悪で、まるでブブゼラみたいなんだよな...。」

自分で言っておいてなんだが、ブブゼラは言い過ぎかもと思い出して笑ってしまった。

「何笑ってるの?」

その声は、一瞬で俺の頭の全集中力を奪ってしまった。心の準備はしていたんだ。けど、彼女の透き通るような声は、脳すらも震わせてしまい、正常が保てなくなる。外に向けていた視線を声の方向に向けると、そこに彼女はいた。少し意地悪そうな顔をして、俺の顔を覗き込むようにして立っている。顔にかからないように、その肩口までかかるきれいな黒髪をちょっと手で分けていて、そのしぐさが愛らしかった。そこからのぞく透き通った大きな瞳に、少したじろいでしまう。セーラー服のスカートは少し短めで、太ももが少し見えかかっている。ちょっと短めな黒い靴下、暑いからこの長さなのだろうが、彼女のきれいな脚ではそれがあまりにも暴力的手段になってしまっている。

「俺は身に余るような宝石を手に入れてしまったのかもしれないとおもってね。」

つい口から本音が漏れてしまった。凡庸な俺にとって彼女は比べるのもおこがましいほどきれいだ。

「ん?どういうこと?」

俺の気持ちを彼女が察することができないのは当たり前なのかもしれない。けれど、彼女が少しでも、自分が俺と釣り合っていないと思っていたらどうしようと思ってしまった。実は察していて、それをはぐらかしているという説。いや、少し卑屈すぎるだろうか。

「なんでもないよ。それより晴香こそ美術部の方は大丈夫だった?」

「うん。次の作品の画材を準備するだけだったから。次はねー、油絵に挑戦しようと思っているの。」

「そっか。油絵って普通の絵と何が違うんだ?」

ふと疑問に思ったことを口に出してしまったが、すぐに後悔に変わる。

「え?油絵に興味があるの!?うーんとね!まずアクリルや水彩と大きく違うのは、絵具自体に油特有の光沢感があるということ!まあ油ってつくくらいだから当たり前だよね。けど普通の絵具は主成分が水で、薄めるときも水なの。対して油絵は色を薄めるのも油を使うの!油を油で薄めるって感覚もちょっとおかしいよね!あれ、おかしいかな?まあいいや。それでね、油絵って絵具自体に質量感があるから、タッチも荒々しくて奥行きのある絵になるんだ!それでね、それでね!油絵ってキャンパスにそのまま描けばいいわけじゃないんだよ?まず下塗りをしなくちゃいけないくて...」

彼女はその大きな瞳をさらに大きく開いて、興奮をあらわにしている。右手を少し強めに握っているのを見て、愛らしいなと思う一方で本当に絵が好きなんだなということが分かる。彼女のそんな表情を見れるだけでも幸せだった。幸せなのだが、好きな話を振られた彼女のその熱量に押されてしまっている自分がいる。すごく興味があるわけでもないのに、好きなものの話を振ってしまうのは彼女にとっても俺にとってもきっと得はない。けれど、最近LINEの画面越しでしか会話していなかった彼女と、久しぶりに話せるこの時間を今は大事にしたくて、俺は彼女の声に耳を傾け続けた。
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