Situation

まーらや

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「なあ!この後どっか行こうぜ!カラオケとかさ!」

悟が声をかけてきた。

「長かった期末もようやく終わりだよ!やっと遊びに行ける!!」

悟は俺が座っている机に手をついて、身を乗り出すようにして迫ってくる。当然行くだろ?と言わんばかりの目、きっと彼の中で俺が放課後に一緒に遊びに行くのは決定事項なんだ。確かに昨日の夜一緒に通話しながら勉強したときも、俺は予定があるだなんて一言も言わなかった。

「おい。」

俺は悟の手の下に挟まる問題用紙を指さす。

「しわくちゃになるんだけど。」

精一杯不機嫌そうな顔を作って訴える。

「ああ、悪い悪い。」

悟はパッと手をどけるが、その手には悟の手汗で半紙がぺったりとくっついていた。えへへとはにかみながら紙をはがして、悟は坊主で髪なんてないのに、わざとらしく頭をかく素振りをして後ずさる。ようやく圧迫感から解放された。ホッと息をつく。

「で、どうなんだ?もちろん行くだろ?他にもクラスメイト誘ってさ、パーっとやろうぜ!!」

「そうだな...。」

テスト期間中は部活動は一部を除いて休止となり、昼前には学校が終わる。そしてテスト最終日は次の日にテストが無い上に昼前に終わるのだから、浮かれている連中は遊びに行くことが多い。特に目の前に夏休みがちらついていることもあって、みんな浮足立っている足がさらに浮いていた。けれど俺はこの誘いを断る何か適当な理由を探していた。期待している悟の約束をやんわりと断れるかつ、傷つけない、そんな理由を。

「ごめん、悟。今日は無理だ。」

俺はちゃんと目を見て言う。

「え!?どうしてだよ!?昨日何も言ってなかったじゃん!?」

悟は豆鉄砲を食らったような顔をしていた。声が大きかったのか、近くのクラスメイトの視線が俺たちに集まってしまっている。俺は大したことないよと言って彼らの注意を散漫させた。クラスメイト達はまた元の話題に戻っていったようだ。悟に体を向き直す。

「テスト勉強中にわからないことがあったから、森山先生に聞きに行くんだ。昨日は言い忘れてた。ごめん。」

「テスト終わりにまだ勉強のこと聞きに行くのかよ!?明日でもいいじゃん!なんで今日なんだよ!」

悟は体を大きく使い、手をワタワタさせてこれでもかというくらいアピールしてくる。どれだけ俺とカラオケ行きたいんだよ。

「今日朝先生に会って話しかけられてな。ちょうどその時、数学が難しくてわからないところが多いという話をしたら放課後に見てもらえることになったんだ。」

「なんだよ!俺が後で教えるから、それでいいだろ!?」

悟が食い下がる。ここまで俺と一緒にいたいとは驚きだ。罪悪感が芽生え始めた。

「いやお前こそ今回赤点だったら夏休み返上で補修地獄って聞いたぞ。大丈夫なのかよ?」

俺は机に手をつきながらあきれた顔をする。断る理由をこじつけているとはいえ、悟の赤点の話は本当に心配だ。こいつはアホなくせに自分で勉強をしないから、わざわざテスト期間中は通話してやっている。あとはこいつの親と俺の親が仲が良く、勉強させろと頼まれているからでもある。

「まあ、それはな、これから追い上げていくんだよ。最初から山が小さいと登山した気にならないだろ?俺は今後の自分のために山場を作ってるんだよ。」

悟は目を泳がせながら必死に意味わからない言い訳をしている。

「俺らももうすぐ受験生だぞ?そろそろ山場作りは終わりにして、越えることに力を入れたらどうだ?」

こんなことを言っているが、別に俺もすごくできる部類ではない。塾に行ってはいるが、この学校では40%に入るか入らないかくらいの微妙な成績だ。しかし悟に対してだけは勉強面で負けたことはなく、こうして上から叱るようなことを言える。

「わかったよ。けどな、今日だけは羽を伸ばしてもいいだろう?お前も最近塾に寄るからとかで一緒に帰ってくれないじゃんか。寂しいよ。1年生の頃は毎日帰りは一緒だったのに。だからさ、森山先生への用事が済んだ後でもいいんだ、久しぶりに遊ばないか?」

悟は手をもじもじさせながら俺に目を合わせてきた。ここまで言われると悟と一緒に遊びたい欲に駆られる。悟は純粋なやつだ。ただ俺と遊びたいだけと、痛いほど伝わってくる。けれどごめん悟。今日だけは無理なんだ。今日だけは。

「悪いな。その後は塾なんだ。悟の気持ちはわかるよ。俺も遊びたい。だけどさ、俺の兄ちゃんのこと知ってるだろ?だからさ、俺が頑張らなくちゃいけないんだ。」

俺は至極真面目な顔をして悟に言った。兄を出汁に使って悟の約束を断る口実を作ることに、二重で罪悪感に苛まれる。2つ上の兄が受験で失敗したことは悟も知っている。兄は俺なんかよりももっといい高校に通っていて、ずっと成績もよかった。母と父の期待を一身に背負い、難関大学に受かることを期待されていた。そんな兄は今年の冬、共通テストを受け、自己採点を受けてきた当日に家のリビングでしていた。俺はその場に居合わせたが、顔も体も時間も凍り付くような、そんな空気が流れていた。採点が終わり、母は泣き、父はそんな母に寄り添っていた。口が本当に凍り付いてしまったかのように、誰も声が出せなかった。幾ばくかの時間が流れ、ついに兄が口を解かして、俺に「反面教師にして見せろよ。」とにへらと笑いながら言ってきた。俺の脳裏にはずっと兄の、あの気持ち悪い顔が張り付いている。けれど、俺はそれすらも今日だけは約束ができない理由に仕立て上げる。

「...そっか。俺もお前の兄ちゃんのことは知ってるよ。だから、お前の覚悟も分かった。ごめんな邪魔して。お前の目から見れば俺は勉強せず遊んでるだけで鬱陶しいんだろうな。けど、この話を聞いたからと言って、すぐに受験勉強に頭を切り替えられるほど、俺は勉強に対してストイックになれないや...。今日のところは帰るよ。」

悟の顔には申し訳ないという文字が大きく書いてあった。悟は力ない足取りで自分の席に戻っていった。悟は純粋なやつだ。テストが終わった今日ですら本当に俺が勉強すると信じてしまっている。心の罪悪感はさらに大きくなって、俺の心臓に巻き付き、チクチクと刺激している。吐き出す息が重く、胸には質量のない大きな塊が詰まっている。嗚呼、友達を欺くという感覚はきっといつまで経っても慣れることはないだろうな。少し離れた席に座る悟は、寂しい目をしていた。

「よーし、じゃあホームルームを始めるぞー。」

静観していた先生が手を叩きながら生徒たちを着席させる。教室の空気は緩み切っているが、先生の号令で各々席に着き始める。まだ少し教室はざわざわと揺れていて、けどそれも先生が話し始めれば次第に小さくなっていった。代わりに、セミの声が聞こえてくる。

「こんなにうるさかったんだな。」

自分も気づかないうちに、そっと口からこぼれていた。入道雲が青空を覆い、空を白く染め上げる。窓から吹き抜ける風は生ぬるく、気持ちいいわけではないが、どこかこの緩み切った教室の雰囲気を映しているかのような、そんな気がした。夏休みは目前まで迫っている。けれど去年のような自堕落な夏休みにはならないんだろうなと、この先の展開に少し期待している自分がいた。
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