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後日談(短編)

一世一代の①

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「婚約おめでとうございます!」
「どうもありがとう」

祝福の言葉を告げるとヘレナ様が少しはにかんだように微笑む。

ここはリュクセ王国の王都にあるティールーム。本日ここでヘレナ様の婚約をお祝いするべくソフィア様と私でお茶会を計画したのだ。
二人に会うのは久しぶりだが、リクハルド様の元婚約者候補同士でここまで友情が続くとは正直思っていなかった。以前は貴族の友達なんか必要ないと思っていたが、イヴァロンに行ったことで私も変わったのか人と交流することが楽しいと思えるようになっている。

「お相手はどんな方なの?」
スヴェント領うちの一部を任せている子爵家の嫡男なの」

ほぉ…ということはヘレナ様は将来子爵夫人か。以前謁見の時国王様に“私を愛してくれる殿方が良い”と言い切っていたので政略結婚ではないのだろう。

「同業者でライバル関係なのだけどね、営業に行く先々で鉢合わせるものだからお互い段々気になり始めて」

ふふ、と少し恥ずかしそうに微笑むヘレナ様に、そういう漫画読んだことあるわ!と言いたくなったが口を噤む。
私の今世だって漫画みたいな展開なのだ。突っ込んだらお前が言うなと倍になって返ってくるだろう。

「それで…どんなプロポーズだったの?」

ソフィア様が少し恥ずかしそうにヘレナ様に尋ねる。ソフィア様にも意中の人や恋人がいるのだろうか、興味津々といった感じで可愛らしい。

「彼と通りを歩いていたらすれ違った方が突然踊り出したのよ。それが一人二人と増えて…あれよあれよという間に大人数になってね」

(ん?)

「何かのパフォーマンスかしらと眺めていたら隣にいた彼も急に一緒に踊り出して…ダンスが終わった瞬間にプロポーズされたの」

(フラッシュモブか!)

その姿を想像するに前世で見聞きしたことがあるフラッシュモブだろう。そういうサプライズが好きな人には感動ものかもしれない。
私にしてみたら公開処刑にしか思えないくっそ恥ずかしいプロポーズだが、ソフィア様は目を輝かせていた。

「まぁ、それは素晴らしいプロポーズでしたのね!」
「うーん、でもヘレナ様はそういったことが好きそうには見えませんでした。どちらかと言えば嫌悪する方かと」
「そう言われると確かに…私もヘレナ様にはそういうイメージを抱いていたわ」

率直に意見を述べるとソフィア様も同調した。無駄…といったら失礼だが余計なことするのは嫌いそうなイメージだ。

「そうね。私も本来ならそういうタイプなのだけど」
「やはり愛する人が自分のためにしてくれたとなると嬉しいものなのかしら?」

その言葉にヘレナ様が首を横に振った。

(え、ちゃうの!?)

「これをご覧くださる?」

ヘレナ様が取り出したのは一枚の新聞。その端っこの方に載っている絵付きの記事を指さした。

そこには『王都のオリアン通りで突如始まった大規模パフォーマンスはプロポーズの演出だった!…(略)…先月オープンした化粧品店“フェラン”の前で男性が花を差し出し愛を乞うと黒髪の美しい女性が目に涙をためて頷いた。とてもロマンチックな演出に通りかかった人も感動の拍手をおくったのだ』などとプロポーズの一部始終が書かれているではないか。

「新聞に載ったんですか!?すごいですね!」
「たまたま新聞記者が居合わせたみたいで記事になったの」
「へぇ…そんなこともあるんですね」

確かにこれは一生記憶と記録に残るプロポーズだろう。その記事を食い入るように熱心に読んでいたソフィア様が小さく声をあげた。

「あら?この新店舗“フェラン”とはヘレナ様の化粧品店ではなくて?」
「そうなの!記事が載ったことでものすごい宣伝効果があったのよ!おかげさまで毎日大盛況よ!」
「……あぁ」

プロポーズの喜びよりも熱が入った口調。結局ヘレナ様の頭の中はいかに儲けを出すかということの方が重要だったようだ。
何というかまぁ…平常運転で妙に安心した。

「それはそうとクリスティナ様はどうなの?もうすぐリクハルド殿下の卒業パーティーよね?」
「あー…そうですね。一応出席する準備はしているのですが」

王子王女が王立学校に通った場合卒業パーティーの際に婚約者をお披露目する、という迷惑な慣例がリュクセ王国には代々残っている。
しかしあんな形で退学処分となった自分が卒業パーティーに行くのも気が引けるし、リクハルド様だってほとんど学校に行っていないのだ。本当にその場で婚約発表をするのが相応しいのかどうか正直よくわからない。

「あの件に関してはクリスティナ様に非はないのだし堂々としてれば良いのではないかしら」
「そうよ。逆に肩身が狭い校長の姿が楽しみだわ。殿下にしこたま睨まれるでしょうし」
「……ソウデスネ」

正式に発表したわけではないが、隠しているわけではないので私がリクハルド様の婚約者であることは既に貴族の間には知れ渡っている。皆が興味があるのはひと悶着あった校長とのやり取りの方だろう。

(あ~あ…嫌だなぁ…)

結局は好奇の目に晒されることになるのかとパーティーを目前に段々憂鬱になってきたのであった。


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