58 / 62
後日談(短編)
一世一代の②
しおりを挟む「ドレスの準備は終わったか?」
「はい、今日やっと最終チェックが終わりました」
卒業パーティーの準備のため、二週間ほど前からティナとアレクシが王城に滞在している。
「王妃様がどんどん派手なドレスにしようとするので阻止するのに必死でしたよ」
「はぁ…ホントにもうあれはどうしようもないな…」
ティナを婚約者としてパートナーにするのは初めてだからドレスやら宝石やらは一緒に決めるつもりだったのだがその役割もいつの間にか王妃に取られた。
最初は提案程度だったが段々とダメ出しを連発し始め、最終的には俺だけが閉め出されてしまったのだ。最近は何だかんだと二人の時間をジャマしてくる母親に怒りしか湧かない。
「はぁ~…だけどやっぱり緊張します。私が参加して大丈夫でしょうか?」
「まぁそんな大層に考えなくても何とかなるだろ」
「…また適当なこと言って」
卒業パーティーは式典後の二次会的な位置付けだ。出席者の多くは婚約者をパートナーとして連れていくのが慣わしであるから俺もティナを連れて出席するが、大々的に発表するつもりは毛頭ない。
入場して一曲踊ったらサッと会場を出て、その後そのまま王都の外れにある別邸で二人きりで過ごす予定だ。
(そこでついに……)
ようやく巡ってくるだろう甘い展開を妄想しニヤニヤしているとジト目で見られていた。ごまかすように小さく咳払いし、何か違う話題はないかと見渡せばテーブルの端に置いてある新聞が目に入る。
「お?なんだこれ」
「あ、それは昨日ヘレナ様にもらった新聞です」
「どれどれ…」
新聞の地域のニュース欄にはヘレナ嬢の事が載せられているという。
「ふ~ん…踊ってプロポーズ?」
「ええ。この記事のおかげで新店舗の売り上げが倍増したらしくて新聞も買い占めて配っているんだそうです」
なるほど、商魂たくましいヘレナ嬢らしいと記事を読み進めていく。
(プロポーズ…プロポーズか……)
「ハッ!?」
「うん?どうかしましたか?」
「あ、いや…」
今更ながら大変なことに気がついた。
(俺プロポーズしてなくないか!?)
記憶を隅々まで掘り起こしてみてもあの子供の頃のお茶会でプロポーズもどきをしたことしか覚えていない。
甦るあのお茶会の記憶――
『決めた!お前を俺のフィアンセにしてやろう!』
………
……
…
『誰だか知りませんがおことわりします』
(黒歴史!!)
上から目線で言い放ち、すげなく断られて泣かされたあの残念なプロポーズ!
「ヤバい…これはマズい…」
好きだとは何度か言ったが結婚してくれとははっきり伝えていない。そしてプロポーズもしていないのにごにょごにょしようと計画を企てている…
(無責任!!)
卒業パーティーはもう目の前だ。それまでにちゃんとしたプロポーズをしなければ男としてまずいんじゃないか!?
(だが何の用意もしてないのに今から完璧なプロポーズなんかできるか…?)
「どうかされましたか?なんか顔色悪いですよ」
「は、あ…いや…」
「?」
考えがまとまらずに悶々としていると、扉をコンコンとノックする音が響きアレクシが顔を覗かせた。
「お姉さま、お兄さまただいま!」
「アレクシ!」
部屋に入ってきたアレクシは一目散にティナの元に駆け寄りぎゅっと抱きつく。
ティナの気が逸れてとりあえず助かったと小さくため息を吐いた。
「しつれいします」
「お邪魔するよ」
「あ、アマリアちゃんにスレヴィ様、おかえりなさい」
アレクシに次いで部屋に入ってきたのはスレヴィに従妹のアマリアだ。アマリアは王妃の末の弟の娘で現在七才。内向的で無口な性格ではあるがとてもしっかりしている女の子だ。
何の因果か今日とある公爵家で貴族の令息令嬢を招いてのガーデンパーティーがあり、アレクシもシルキア家の令息として招かれていた。こういった集まりに参加するのはまだ早いのではないかとティナは心配していたが、すでに慣れているアマリアが出席するので一緒に出てはどうかと提案したのだ。
シルキア伯爵家の跡取りになるのであれば貴族との交流は避けられない。今のうちに少しでも慣れて味方をつけていた方が良いだろう。特にシルキア家はユーリアのことがあったため風当たりは強い。立場的にアレクシを庇うことは容易だが本人の強さも必要だ。
「意地悪されなかった?」
「う~ん…お前みたいな元平民が参加していいお茶会じゃないんだぞ!って言われた」
「なぬ!?」
ティナはいきり立っているが、貴族あるあるだろう。しょうもないことで難癖つけてくるヤツはどこにでもいるもんだ。
「あの…ですがアレクシ様はとてもりっぱに言い返しておられました」
「そうなの?何て?」
「僕が本当に来ちゃダメだったら門で止められたよって言ったんだ」
「お~ド正論~」
「それにアマリア様もたすけてくれたんだよ!」
アマリアは照れくさいのか顔を赤くしてもじもじと口を開く。
「たすけるだなんてたいしたことは…ただアレクシ様に“お姉様はリクハルド王太子殿下の婚約者ですから殿下ともよくお会いになるのですか?”とたずねたら令息たちはみるみるうちに真っ青になって……とてもおもしろかったです」
「……」
「あ…アレクシ様にいじわるを言った令息のリストをまとめましたので…」
「ああ、それは僕が引き受けるよ」
アマリアが何事か書いた紙をスレヴィに渡している。なぜかはにかんで面白かったと言い、リストまで作ったアマリアに末恐ろしいものを感じるが、さすがにこの辺りは自分たち(特にスレヴィ)と通じるものがあると感心する。……ティナは引いているが。
「とにかくアレクシの貴族デビューは上々だったってことだね。僕たちのお茶会とは違って」
「!」
にっこり笑って言うスレヴィに思わず俺もティナも言葉に詰まった。思い出したくない記憶なのは二人とも同じだろう。
…いや、待てスレヴィ。お前もそんなに良い思い出ではないだろう。そんな思いを込めてじろりと睨むとスレヴィは意味深に俺が手にしていた新聞に視線を送る。その途端体がビクッと反応してしまった。
「…あ。それってヘレナ嬢のプロポーズのやつでしょ?」
「う、ああ…」
「素晴らしいプロポーズだったらしいね。ね、兄さん」
「クッ…」
何かもお見通しというようににっこり微笑まれ俺は余計に焦りを感じ始めたのであった。
17
あなたにおすすめの小説
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
悪役令嬢だけど、男主人公の様子がおかしい
真咲
恋愛
主人公ライナスを学生時代にいびる悪役令嬢、フェリシアに転生した。
原作通り、ライナスに嫌味を言っていたはずだけど。
「俺、貴族らしくなるから。お前が認めるくらい、立派な貴族になる。そして、勿論、この学園を卒業して実力のある騎士にもなる」
「だから、俺を見ていてほしい。……今は、それで十分だから」
こんなシーン、原作にあったっけ?
私は上手く、悪役令嬢をやれてるわよね?
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う
甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。
そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは……
陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか
【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと
淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品)
※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。
原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。
よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。
王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。
どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。
家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。
1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。
2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる)
3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。
4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。
5.お父様と弟の問題を解決する。
それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc.
リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。
ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう?
たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。
これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。
【注意点】
恋愛要素は弱め。
設定はかなりゆるめに作っています。
1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。
2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる