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ピンチの連続、そんな時…
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広大かつ巨木が立ち並ぶジャングル。天然の要塞であるその密林に囲まれるように、その集落は存在した。否、正確には、彼らがその集落を意図して造り上げたのだ。この密林独自の環境から、密林に生きる命、そしてその習性に至るまで、彼らは熟知している。
それらを理解しつくした上で、彼らはこの自然の全てに最大限の畏敬の念を抱き、赦しを得、そして密林と共生する集落を造り上げた。
彼らはエルフ。ファンタジーと言えばこの種族と言っても過言ではないだろう、知恵と魔法の種族。基本的な外見の特徴も、これを読んでいる読者の方々はよくご存知のはずだ。
長い耳に金髪、あるいは人間とは全く異なる髪の色をし、そしてそのことごとくが端整な顔つきをしている。また、作品にもよるが、大抵のエルフは長寿とされており、それ故に知能も高く、そのせいか他の種族と距離を置くきらいがあるというのも、世間一般で考えられているエルフ像の一つだろう。
「エルの民衆よ!奥の方へ向かえ!急ぐのだ!」
MoEの世界観を描いた公式ガイドブック『ヒストリー・オブ・ガルドヘイム』によれば、エルフと言うのは人間の言語で表すとそうなっているだけであり、彼らは自分達を『エルの民』と称している。
エルフは、このガルドヘイムに生まれ落ちた最初の人型生命であり、彼らもそれを知っている。加えて、彼らの美的感覚はある程度人間に近いものがあるらしく、特に容姿に関しての美的感覚は、エルフよりも後に出現した人類―ガルドヘイムでは『ヒュー』と呼ばれている―とほぼ同じであるという。つまり、自分達の容姿の美しさを知っているのだ。
その為か、彼らはどこか傲慢である。悪意があるわけではない。ただ、彼らは客観的に物を捉える事に長けている為、そうなってしまうだけなのだ。無論、自分よりも優れた存在と相対すれば、素直にそれを認めるのだが。
そんな高度な知性と優れた外見、そして独自の文明・文化を持つ彼らだが、一つだけ不得手とされているものがある。
「駄目です!姫様!彼奴らめ、もう既に回り込んでおります!」
それは、争い。如何なる生命であっても、生きている限り避けられないもの。進化と発展の為に必要とされるそれを、彼らエルの民は苦手としていた。
怒号と悲鳴の飛び交うエルフ、もといエルの民の集落。火の手が上がっている、という事はないが、代わりにあちらこちらから、木材の砕ける乾いた音が聞こえてくる。
「ええい!弓兵は何をしておる!?」
「既に破られております…」
「…ならば近衛は!?あやつらは精鋭揃いのはず…」
「しかし姫様、精鋭とは言っても、奴らとは違い、我々側は圧倒的に実戦経験が不足しておりますが故…」
「…よもや、近衛どもも全滅した、などと言うのではないだろうな…?」
「…残念ながら」
「ぬぅぅ…!」
そんな集落の通りで、装飾が目立つ革の鎧を纏い、小振りな弓を手にした見目麗しい女性と、彼女のそれよりもやや素朴な装備で背中に長弓を背負った、これまた端整な顔立ちの男が何やら言い合っている。
どちらもエルフのようだ。だが、どうやらエルフの中でも更に高貴な身分らしい。
そして、どちらも背中に背負った矢筒に、一本も矢がない。
「グ、ギギィ!」
「グ、ガル、ア!」
「…!姫様!もう奴らがすぐそこまで!」
男の言う方向を見てみれば、複数の人影がこちらに向かってくるのが見える。
だが、その体型はどう見ても、エルフの持つ華奢なそれではない。
それに服装も、そして顔も、まるでエルフとは似ても似つかない。
エルフよりも恰幅が良く、それどころか若干肥満体型気味の身体。
蛮族と称されても不思議ではないぐらいに文化的な生活とは真逆な、腰にボロボロの布切れを巻いているだけのスタイル。
極め付けには、水浴びでお間抜けにも火を浴びたのかと勘違いされそうな程に、醜く爛れた肌。
そしてその声は、明らかに人間はおろか、エルフの発するような言語と呼べるようなものではない。どちらかと言えば、獣の鳴き声や唸り声に酷似している。
彼らはオーク。エルフの言語発音で言えば、『オルク』と称される異形の人種。こちらは、一般的に知られている外見とはほとんどかけ離れている。
エルフよりも後に生まれたとされる種族である彼らは、言うなれば原始人のようなものだ。
一般的に知能は低いとされ、人間やエルフのように文明や文化を築く事すらできない。
だが、その代わりに他の人種よりも長けている事があった。
「ええい!たかだか下賤なオルク如きに…!」
「そうは仰られますが…悲しい事に、戦いの事に関して言えば、彼奴らに一日の長を認めねばならないかと…」
オークの肉体は、一見すれば肥満体型。しかしその実、その内側に詰まっているのは、ほぼ全て筋肉。言ってしまえば、オークとは筋肉で出来ているのだ。
知能無き生命が生き残る為には、他で補うしかない。そして彼らは、自らの肉体でそれを補ってきたのだ。
その結果、彼らは人型の生命体としてカウントされながら、まるで魔物のような扱いを受ける事となった。加えて、争い事に関してはそれなりに知恵が回るのか、周りの自然から力技で生み出した棍棒などの武器を使い、そこにオーク特有の恐れを知らない気質が合わさり、正面からまともにやり合えばこちらの命がないとすら言われるほどである。
現に、今この集落を襲っているオークの身体には何本ものの矢が突き刺さっているが、彼らはそれをものともしない。
彼らの頭にあるのは、ただ一つ。『侵略し、蹂躙する』。…もっとも、彼らはそんな言葉自体を知らないのだが。
「ひっ、姫様!?」
「むっ…何ぃ!?もうここまで追い詰められたというのか!?」
そして気付けば、二人のエルフ達は村の奥の奥、彼らが『神樹様』と崇め奉る巨木のところまで追い詰められてしまっていた。ここは、彼らエルフが最終的な避難場所として指定している神殿のような場所。ここまで追い詰められるという事がどういう事なのか、言わなくても分かるだろう。
奥の方を見てみれば、雄大にそびえ立つ巨木が、それに見合った巨大な緑の傘を開き、エルフの民衆がその足元で集まっている。
巨木周辺まで避難していた民衆は、姫の姿を見るなり、安堵と危機感が混ざった複雑な表情を見せる。
全ては、彼らエルフの戦いに対する意識の低さ、そして経験の無さが招いた事だった。
『姫様』と呼ばれたエルフは、すがるように奥の巨木へと視線を向けるが、神と称された樹は、普段と何ら変わらず、日の光を浴びてのんびりと葉を揺らすだけ。雄大ではあるが、頼りにはならない。
「…これで、終わりなのか」
オーク種についての話は、伝聞ではあるが聞いている。
恐れ知らずの異形の種族。暴力の信奉者。それと同様に伝え聞く、嫌な噂。
―オークは、どんな生き物が相手でも、女性、雌なら構わず生殖行為に移ろうとする。
曰く、オークは女性の絶対数が圧倒的に少なく―そもそも女が存在しないとも―、その為、如何なる相手であろうとも、どれだけ血が混ざろうとも、何としてでも子孫を残さんとする本能だけで、如何なる種族とでもまぐわうのだという。
それでオークに襲われた種族は数知れず。
ちなみに、これに文化とは完全真逆の性質、そして見た目の醜さと合わせて、オークの三大汚点と言われるのは、完全なる余談である。
「…くそッ!」
エルフの姫は嘆く。下劣なオルクに追い詰められ、その後に待ち受ける運命は、ただ一つ。残酷な結末を、易々と受け入れねばならぬのか、と。
そうして振り返ってみれば、通りの向こう側から人影が見える。…オークだ。それも、一体や二体ではない。八、九、十…と、そこからは数えていない。それほどまでに、オークが大挙してこちらに押し寄せてきているのだ。
そして、終いにはオーク達が神殿を取り囲んでいた。
「姫様…」
側近の男が心配そうに姫に語り掛けようとする。その語調からは、不安が滲み出ている。
分かる。分かるとも。それはもう痛い程に。だが―
「…くッ!」
キッ、と眼前のオークの群れを睨みつける。だが、所詮オークからしてみれば、ただの小娘に過ぎず。相変わらずオーク達は、不気味な呻き声、あるいは鳴き声を上げるのみ。
特に意味はないであろうそれらが、今の姫には、自分達エルフを嘲笑っているかのように思えて仕方が無かった。
そして、姫は意を決し、口を開いた。
「くっ!殺せ!」
******
「…と、言っていますが。如何いたしましょう」
「そんな事を言われても…」ヴィクターは口を開く事さえしなかったが、彼の目と表情が、暗にそれを告げていた。
今から数分前。ようやくエルフの集落に辿り着いた彼ら一行ではあったが、マキナの言う通り、エルフ達は危機的状況に陥っているらしかった。
「いやぁ、まさかマジでそんな台詞を聞けるとは思わなんだ。しかも美人。強気な感じの。こりゃあびっくりだ。いやはや、一周回って感動すら覚えるね」
だと言うのに、ヴィクターの隣に座るジョンは、崖下の集落の様子を伺いながら、呑気にそんな事を言っている。
…というか、集落の方はかなり切羽詰まった状況らしいというのに、そんな呑気に構えていていいのだろうか。
そう疑問に思わざるを得なかったが、先程否定的な意見を述べた手前、ヴィクターは何も言い出せずにいた。
だがしかし、それで助けにいかないというのも、提案したマキナの想いを反故にするようで、それはそれでよろしくない。拗らせた人間というのは、えてしてめんどくさいものだ。
「…それにしても、オークってマジで不細工だな…いや、もう不細工どころじゃねぇっていうか。なんて言うかな、真に迫ったリアルさ?」
まるで話題を逸らすように発せられたヴィクターの一言だが、ジョンもコクリと頷いて同意した。
ゲーム『MoE』も実際、かなりグラフィックにこだわってリアリティのある世界を演出していた。そこに登場するオークも、まるでホラーゲームに出てくるような怪物のようで非常に気味が悪かったものだ。
だが、恐らく現実であろうこの世界で見るオークは、もはやグラフィックがどうのこうのという範疇に収まりきらない程に、実に気色悪い。例えで言うなら、廃墟で懐中電灯を使って辺りを見回してたら、偶然にもゴキブリやらムカデやらといった、生理的な嫌悪感を催してしまうような虫がぞろぞろと集まっているのを見てしまった時と似ている。
「で、恐らくあいつらがこの後やる事はと言えば…」
ジョンが続ける形でそう呟き、そして隣のヴィクターに目配せをすれば、ヴィクターが気まずそうに顔を逸らす。
ヴィクターは内心で己に言い聞かせる。
―飲まれるな。ジョンは昔から、こういう時の口が達者なのだ。アイツの口車に乗せられるな。
そう自分に言い聞かせる度に、己の良心が自らを傷つけていく。ぶっちゃけた話、彼の取るべき道は一つしかないというのに、ヴィクターは言葉では説明できない、プライドのような何かで抗っていた。
「…なぁ。まさかとは思うが…」
「当たり前だのクラッカー。ここは助けに向かうべきだろうが」
「でもよぉ…奴さん、結構数いるぜ?」
「馬鹿野郎。話の通じそうな連中に出会えたんだぞ。なら、ドラゴンもとい俺の嫁の情報が手に入るかもしれねぇじゃねぇか」
「修正するところそこかよ。てか、言葉通じんのか…?ここ、絶対日本語通じねぇだろ…」
「マキナには通じてんだ。よしんば俺らの言葉が通じなくても、マキナがいれば大丈夫だろ」
「ご都合主義め…」
そんな一人妙に纏う空気が違うヴィクターの姿を見て、ジョンは、やれやれと首を振る。そして、何を思い立ったのか、ジョンは同じように崖下を覗き、優れた集音機能と視覚で監視を続けているマキナの方に向かうと、何やら耳元で囁いた。
若干の抵抗を見せたマキナだが、ジョンの言に何か納得のいくものを見出したのか、すぐに静聴の姿勢を取った。
僅かな時間の後、ジョンは再び、ヴィクターの隣に戻った。とてもイイ笑顔を浮かべながら。
「…おい。マキナに何吹き込んだ?」
「なぁに。ちょっとしたアドバイスさ」
ニヤニヤと濃い笑顔を浮かべるジョンに対し、ヴィクターは不機嫌そうに顔のあちこちをへの字に曲げる。
「…マスター」
すると、マキナが無表情のまま、ヴィクターの元へと音も無く浮遊し近寄ってくる。
「さぁ、何を吹き込まれたんだ」と、ヴィクターは口を一文字に引き締め…
「駄目、ですか…?」
「ハイヨロコンデー!」
可愛らしく小首を傾け、若干上目遣い気味にマキナにそう言われ、ヴィクターはあっさり陥落した。これが俗に言う、惚れた弱みというやつである。
ジョンは満足げに、太い笑みを浮かべた。
それらを理解しつくした上で、彼らはこの自然の全てに最大限の畏敬の念を抱き、赦しを得、そして密林と共生する集落を造り上げた。
彼らはエルフ。ファンタジーと言えばこの種族と言っても過言ではないだろう、知恵と魔法の種族。基本的な外見の特徴も、これを読んでいる読者の方々はよくご存知のはずだ。
長い耳に金髪、あるいは人間とは全く異なる髪の色をし、そしてそのことごとくが端整な顔つきをしている。また、作品にもよるが、大抵のエルフは長寿とされており、それ故に知能も高く、そのせいか他の種族と距離を置くきらいがあるというのも、世間一般で考えられているエルフ像の一つだろう。
「エルの民衆よ!奥の方へ向かえ!急ぐのだ!」
MoEの世界観を描いた公式ガイドブック『ヒストリー・オブ・ガルドヘイム』によれば、エルフと言うのは人間の言語で表すとそうなっているだけであり、彼らは自分達を『エルの民』と称している。
エルフは、このガルドヘイムに生まれ落ちた最初の人型生命であり、彼らもそれを知っている。加えて、彼らの美的感覚はある程度人間に近いものがあるらしく、特に容姿に関しての美的感覚は、エルフよりも後に出現した人類―ガルドヘイムでは『ヒュー』と呼ばれている―とほぼ同じであるという。つまり、自分達の容姿の美しさを知っているのだ。
その為か、彼らはどこか傲慢である。悪意があるわけではない。ただ、彼らは客観的に物を捉える事に長けている為、そうなってしまうだけなのだ。無論、自分よりも優れた存在と相対すれば、素直にそれを認めるのだが。
そんな高度な知性と優れた外見、そして独自の文明・文化を持つ彼らだが、一つだけ不得手とされているものがある。
「駄目です!姫様!彼奴らめ、もう既に回り込んでおります!」
それは、争い。如何なる生命であっても、生きている限り避けられないもの。進化と発展の為に必要とされるそれを、彼らエルの民は苦手としていた。
怒号と悲鳴の飛び交うエルフ、もといエルの民の集落。火の手が上がっている、という事はないが、代わりにあちらこちらから、木材の砕ける乾いた音が聞こえてくる。
「ええい!弓兵は何をしておる!?」
「既に破られております…」
「…ならば近衛は!?あやつらは精鋭揃いのはず…」
「しかし姫様、精鋭とは言っても、奴らとは違い、我々側は圧倒的に実戦経験が不足しておりますが故…」
「…よもや、近衛どもも全滅した、などと言うのではないだろうな…?」
「…残念ながら」
「ぬぅぅ…!」
そんな集落の通りで、装飾が目立つ革の鎧を纏い、小振りな弓を手にした見目麗しい女性と、彼女のそれよりもやや素朴な装備で背中に長弓を背負った、これまた端整な顔立ちの男が何やら言い合っている。
どちらもエルフのようだ。だが、どうやらエルフの中でも更に高貴な身分らしい。
そして、どちらも背中に背負った矢筒に、一本も矢がない。
「グ、ギギィ!」
「グ、ガル、ア!」
「…!姫様!もう奴らがすぐそこまで!」
男の言う方向を見てみれば、複数の人影がこちらに向かってくるのが見える。
だが、その体型はどう見ても、エルフの持つ華奢なそれではない。
それに服装も、そして顔も、まるでエルフとは似ても似つかない。
エルフよりも恰幅が良く、それどころか若干肥満体型気味の身体。
蛮族と称されても不思議ではないぐらいに文化的な生活とは真逆な、腰にボロボロの布切れを巻いているだけのスタイル。
極め付けには、水浴びでお間抜けにも火を浴びたのかと勘違いされそうな程に、醜く爛れた肌。
そしてその声は、明らかに人間はおろか、エルフの発するような言語と呼べるようなものではない。どちらかと言えば、獣の鳴き声や唸り声に酷似している。
彼らはオーク。エルフの言語発音で言えば、『オルク』と称される異形の人種。こちらは、一般的に知られている外見とはほとんどかけ離れている。
エルフよりも後に生まれたとされる種族である彼らは、言うなれば原始人のようなものだ。
一般的に知能は低いとされ、人間やエルフのように文明や文化を築く事すらできない。
だが、その代わりに他の人種よりも長けている事があった。
「ええい!たかだか下賤なオルク如きに…!」
「そうは仰られますが…悲しい事に、戦いの事に関して言えば、彼奴らに一日の長を認めねばならないかと…」
オークの肉体は、一見すれば肥満体型。しかしその実、その内側に詰まっているのは、ほぼ全て筋肉。言ってしまえば、オークとは筋肉で出来ているのだ。
知能無き生命が生き残る為には、他で補うしかない。そして彼らは、自らの肉体でそれを補ってきたのだ。
その結果、彼らは人型の生命体としてカウントされながら、まるで魔物のような扱いを受ける事となった。加えて、争い事に関してはそれなりに知恵が回るのか、周りの自然から力技で生み出した棍棒などの武器を使い、そこにオーク特有の恐れを知らない気質が合わさり、正面からまともにやり合えばこちらの命がないとすら言われるほどである。
現に、今この集落を襲っているオークの身体には何本ものの矢が突き刺さっているが、彼らはそれをものともしない。
彼らの頭にあるのは、ただ一つ。『侵略し、蹂躙する』。…もっとも、彼らはそんな言葉自体を知らないのだが。
「ひっ、姫様!?」
「むっ…何ぃ!?もうここまで追い詰められたというのか!?」
そして気付けば、二人のエルフ達は村の奥の奥、彼らが『神樹様』と崇め奉る巨木のところまで追い詰められてしまっていた。ここは、彼らエルフが最終的な避難場所として指定している神殿のような場所。ここまで追い詰められるという事がどういう事なのか、言わなくても分かるだろう。
奥の方を見てみれば、雄大にそびえ立つ巨木が、それに見合った巨大な緑の傘を開き、エルフの民衆がその足元で集まっている。
巨木周辺まで避難していた民衆は、姫の姿を見るなり、安堵と危機感が混ざった複雑な表情を見せる。
全ては、彼らエルフの戦いに対する意識の低さ、そして経験の無さが招いた事だった。
『姫様』と呼ばれたエルフは、すがるように奥の巨木へと視線を向けるが、神と称された樹は、普段と何ら変わらず、日の光を浴びてのんびりと葉を揺らすだけ。雄大ではあるが、頼りにはならない。
「…これで、終わりなのか」
オーク種についての話は、伝聞ではあるが聞いている。
恐れ知らずの異形の種族。暴力の信奉者。それと同様に伝え聞く、嫌な噂。
―オークは、どんな生き物が相手でも、女性、雌なら構わず生殖行為に移ろうとする。
曰く、オークは女性の絶対数が圧倒的に少なく―そもそも女が存在しないとも―、その為、如何なる相手であろうとも、どれだけ血が混ざろうとも、何としてでも子孫を残さんとする本能だけで、如何なる種族とでもまぐわうのだという。
それでオークに襲われた種族は数知れず。
ちなみに、これに文化とは完全真逆の性質、そして見た目の醜さと合わせて、オークの三大汚点と言われるのは、完全なる余談である。
「…くそッ!」
エルフの姫は嘆く。下劣なオルクに追い詰められ、その後に待ち受ける運命は、ただ一つ。残酷な結末を、易々と受け入れねばならぬのか、と。
そうして振り返ってみれば、通りの向こう側から人影が見える。…オークだ。それも、一体や二体ではない。八、九、十…と、そこからは数えていない。それほどまでに、オークが大挙してこちらに押し寄せてきているのだ。
そして、終いにはオーク達が神殿を取り囲んでいた。
「姫様…」
側近の男が心配そうに姫に語り掛けようとする。その語調からは、不安が滲み出ている。
分かる。分かるとも。それはもう痛い程に。だが―
「…くッ!」
キッ、と眼前のオークの群れを睨みつける。だが、所詮オークからしてみれば、ただの小娘に過ぎず。相変わらずオーク達は、不気味な呻き声、あるいは鳴き声を上げるのみ。
特に意味はないであろうそれらが、今の姫には、自分達エルフを嘲笑っているかのように思えて仕方が無かった。
そして、姫は意を決し、口を開いた。
「くっ!殺せ!」
******
「…と、言っていますが。如何いたしましょう」
「そんな事を言われても…」ヴィクターは口を開く事さえしなかったが、彼の目と表情が、暗にそれを告げていた。
今から数分前。ようやくエルフの集落に辿り着いた彼ら一行ではあったが、マキナの言う通り、エルフ達は危機的状況に陥っているらしかった。
「いやぁ、まさかマジでそんな台詞を聞けるとは思わなんだ。しかも美人。強気な感じの。こりゃあびっくりだ。いやはや、一周回って感動すら覚えるね」
だと言うのに、ヴィクターの隣に座るジョンは、崖下の集落の様子を伺いながら、呑気にそんな事を言っている。
…というか、集落の方はかなり切羽詰まった状況らしいというのに、そんな呑気に構えていていいのだろうか。
そう疑問に思わざるを得なかったが、先程否定的な意見を述べた手前、ヴィクターは何も言い出せずにいた。
だがしかし、それで助けにいかないというのも、提案したマキナの想いを反故にするようで、それはそれでよろしくない。拗らせた人間というのは、えてしてめんどくさいものだ。
「…それにしても、オークってマジで不細工だな…いや、もう不細工どころじゃねぇっていうか。なんて言うかな、真に迫ったリアルさ?」
まるで話題を逸らすように発せられたヴィクターの一言だが、ジョンもコクリと頷いて同意した。
ゲーム『MoE』も実際、かなりグラフィックにこだわってリアリティのある世界を演出していた。そこに登場するオークも、まるでホラーゲームに出てくるような怪物のようで非常に気味が悪かったものだ。
だが、恐らく現実であろうこの世界で見るオークは、もはやグラフィックがどうのこうのという範疇に収まりきらない程に、実に気色悪い。例えで言うなら、廃墟で懐中電灯を使って辺りを見回してたら、偶然にもゴキブリやらムカデやらといった、生理的な嫌悪感を催してしまうような虫がぞろぞろと集まっているのを見てしまった時と似ている。
「で、恐らくあいつらがこの後やる事はと言えば…」
ジョンが続ける形でそう呟き、そして隣のヴィクターに目配せをすれば、ヴィクターが気まずそうに顔を逸らす。
ヴィクターは内心で己に言い聞かせる。
―飲まれるな。ジョンは昔から、こういう時の口が達者なのだ。アイツの口車に乗せられるな。
そう自分に言い聞かせる度に、己の良心が自らを傷つけていく。ぶっちゃけた話、彼の取るべき道は一つしかないというのに、ヴィクターは言葉では説明できない、プライドのような何かで抗っていた。
「…なぁ。まさかとは思うが…」
「当たり前だのクラッカー。ここは助けに向かうべきだろうが」
「でもよぉ…奴さん、結構数いるぜ?」
「馬鹿野郎。話の通じそうな連中に出会えたんだぞ。なら、ドラゴンもとい俺の嫁の情報が手に入るかもしれねぇじゃねぇか」
「修正するところそこかよ。てか、言葉通じんのか…?ここ、絶対日本語通じねぇだろ…」
「マキナには通じてんだ。よしんば俺らの言葉が通じなくても、マキナがいれば大丈夫だろ」
「ご都合主義め…」
そんな一人妙に纏う空気が違うヴィクターの姿を見て、ジョンは、やれやれと首を振る。そして、何を思い立ったのか、ジョンは同じように崖下を覗き、優れた集音機能と視覚で監視を続けているマキナの方に向かうと、何やら耳元で囁いた。
若干の抵抗を見せたマキナだが、ジョンの言に何か納得のいくものを見出したのか、すぐに静聴の姿勢を取った。
僅かな時間の後、ジョンは再び、ヴィクターの隣に戻った。とてもイイ笑顔を浮かべながら。
「…おい。マキナに何吹き込んだ?」
「なぁに。ちょっとしたアドバイスさ」
ニヤニヤと濃い笑顔を浮かべるジョンに対し、ヴィクターは不機嫌そうに顔のあちこちをへの字に曲げる。
「…マスター」
すると、マキナが無表情のまま、ヴィクターの元へと音も無く浮遊し近寄ってくる。
「さぁ、何を吹き込まれたんだ」と、ヴィクターは口を一文字に引き締め…
「駄目、ですか…?」
「ハイヨロコンデー!」
可愛らしく小首を傾け、若干上目遣い気味にマキナにそう言われ、ヴィクターはあっさり陥落した。これが俗に言う、惚れた弱みというやつである。
ジョンは満足げに、太い笑みを浮かべた。
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処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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