緋色の竜狩り

やまねん

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サルブ村救出戦

瘴気に覆われた村サルブ④

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邪悪な気配のする中心街へ向かうとルルの作戦通りに誘き出された2人の魔族が立っていた。

「我が配下のアンデッド達の気配が数分ですべて消え去るとは…余程の使い手が村の奪還に来ているようですねぇ」

「ふん!どんな輩が来ようと我が剣で切り刻むだけだ!」

「相変わらず頼もしいですねぇ。ダンゾウ、頼りにさせてもらいますよ」 

「勝手にするがいい…お前の敵はすべて俺が斬ってやる」

執事の様に物腰の柔らかい紳士の様な魔族はダンゾウと呼ばれた背中に大きな剣を背負った赤い髪の屈強な鎧を着込んだ魔族と会話を交わしている。

「おや?ダンゾウ、早速お客がいらっしゃったようですよ?」

執事風魔族の言葉に促され、ダンゾウと呼ばれた鎧の男が3人の方へゆっくりと向き直る。赤く鋭い双眸が闇夜に灯る。

「貴様らが我らの軍勢を蹴散らした小娘共か。面白い」

太い喉が震え低く嗤う。背中の大剣を抜き放つと同時に風圧が周囲を震わせた。

「貴方達ね!聖印の紋を奪い神殿を堕天させ村中を瘴気で満たしたのは!」

ルルが紳士風の魔族をまくしたてると魔族の男は物腰柔らかく答えた。

「ふふふ…その通りですよ。貴女方がここで喚こうとこの村はもう我が主の手中。あのお方が望んだ新たな拠点となるのです。おっと…申し遅れました。私は魔王軍、六魔将が1人、悪魔召喚士のフォルネウス。この地にて魔族の指揮を執っております」

丁寧にお辞儀をするフォルネウス。

その後ろでダンゾウが静かに剣を構える。

「そしてこちらが我が一番隊隊長。鬼人族の戦士ダンゾウ。彼の剣に斬れない物はありませんよ?」

「我はダンゾウ。貴様らの血肉を糧に我が主への供物としよう」

「おや?貴女はもしや…緋色の竜狩りの異名を持つ魔法使い、ルル=フォーサイスでは?厄災の八竜、ジャバウォックとヤマタノオロチを倒した凄腕の魔法使いに会えるなんて光栄ですねぇ」

「魔王軍にも一目置かれるとは…ルル様の高名…大陸中に知らぬ者はいないのではないでしょうか?」
シオンは感嘆した様子でそう述べる。

「それに噂以上の美人ではないですか…敵でなければ我が宮殿へ招待したい所ですが…そういうわけにはいきませんねぇ」

「ありがと、今からあなた達を倒して聖印の紋を返して貰うけど…問題ないよね?」

ルルは敵意の籠った鋭い視線をフォルネウスに向けた。

「ほう…噂通りの強気なお嬢さんだ…これは捕まえてたっぷりお仕置きをしてあげなければいけませんねぇ」

フォルネウスは扇子で口元を覆いながら嗤った。
その声音にはねっとりとした嗜虐性が滲む。

「私としては是非ともベットの上で啼かせたいのですが……残念ながらここは戦場……」

一瞬の沈黙が落ちると同時に

「やれやれ…話が長くなるのはお前の悪い癖だ…俺が片付けてやる」

ダンゾウが冷たく呟くと赤髪が逆立ち筋肉が膨張。背中の大剣を担ぎ上げる。

「緋色の竜狩りとやら…その命…貰いうける!!」

大地を砕くほどの踏み込みとともにダンゾウの巨躯が疾風のごとく突進してきた。大剣が一直線にルルへ迫る。
瘴気を吸い妖しく煌めく刃。斬られれば人体など容易く両断されてしまうだろう。

ダンゾウは一気に勝負を決めようとルルの首筋に向けて大剣を振り下ろした。しかしその一閃がルルの首筋に到達することはなかった。

「速い……でも目で追えない程ではありません。ルル様はやらせません!」

シオンが瞬時にルルの前へ飛び出し2本のダガーナイフで大剣を受け止めていたのだ。激突した鉄塊同士の軋み音が夜を引き裂く。

「ほう…この一撃を防ぐか…やりおるではないか小娘…しかしいつまで持ちこたえられるかな!?」

ダンゾウが狂笑しながら体重をかける。

「う……ぐ…!!」シオンの華奢な身体が徐々に押し潰されていく。

「シオン!!今助ける!穿け岩槍!ロックランス!」

ルルが地面に手を触れると地中から鋭い岩石の槍が突如として出現しダンゾウの胴体を目掛けて勢い良く伸びていった!

「ぬぅ!?」

ダンゾウが咄嵯に身を捻り岩槍を躱しバックステップで一気に距離を取る。

「チィッ!!小賢しい真似を……!!」忌々しげに舌打ちし距離を取ったダンゾウ。その瞬間。

ドゴォォォン!!

神殿の方向から突如として轟音が響き渡り、暗黒に染まった空を明るく照らす光柱が立ち上った。

「なっ……!?」

フォルネウスの穏やかな表情が一瞬で歪む。完璧に堕天させたはずの神殿の異変に狼狽が隠せない。

「何事だ……!?あれは……まさか……!」

「あたし達の仲間が神殿の奪還を始めたみたいだね」

「私が何の策も講じてないとでもお思いですか?部下に魔殿を守らせていますよ?」

「ふ~ん?でも押してるのはあたしの仲間じゃないかな?神殿の奪還も時間の問題だと思うけど…」

神殿の方から連続で光柱が上がっているのを見てルルが得意気にフォルネウスを煽るとフォルネウスの表情はどんどん険しくなり怒りを滲ませている。

一方でダンゾウは何事もないかのように落ち着いている。

「フォルネウス!挑発に乗るな!ここは我1人で充分だ!魔殿を奪われれば魔王様の計画に支障をきたす!貴様は魔殿へ戻って対応しろ!!」

ダンゾウがフォルネウスに檄を飛ばす。
フォルネウスは苦虫を噛み潰したような表情で頷くと

「わかりました…ここはまかせますよ、ダンゾウ!奴らを生け捕りにし縛りつけておきなさい!この屈辱、後でたっぷりとその身に味あわせ恥辱の限りを尽くしてあげますからねぇ!」
フォルネウスは憎悪に満ちた表情でルル達を睨みつけながら魔殿の方へ飛び出していく。

「ルル様!ここは私にお任せを!フォルネウスを追ってください!いくら女神様といえど2対1は不利です。」

「わかった!シオン!相手のダンゾウはかなりやり手…無理しないでね…」

「かしこまりました……私は魔族程度に負けたりしませんのでご安心を」

「ルミナちゃん!急ごう!」

「は…はい!!」

シオンが微笑みながら答えるとルル達はフォルネウスを追って駆け出していった。

「追わせはせんぞ……!」

ダンゾウがルル達の行く手を阻もうと踏み出すがその眼前にシオンが2本のダガーナイフを十字に構えながら立ちはだかった。

「行かせませんよ?貴方はここで私のお相手していただきます」

シオンは今まで見せたことのない冷徹な表情でダンゾウを睨みつけている。

ダンゾウはルル達の後を追おうとしたが眼前に立ちはだかるシオンに目を細めニヤリと笑みを浮かべる。

「威勢の良い小娘よ。お前1人で俺を止められるとでも思うのか?」

ダンゾウは嘲笑を浮かべたまま問いかける。その赤い瞳には侮蔑の色が滲んでいた。
しかしシオンは一切動じることなく、静かに答える。

「もちろんです。貴方程度の相手ならば私だけで十分です。」

「生意気な……その言葉の意味、存分に教えてやろう」

ダンゾウは大剣を肩に担ぎ、地面を抉るほどの勢いで一歩踏み出す。大剣の切っ先が瘴気を反射し凶暴な輝きを放つ。

「行くぞ……!」

ダンゾウの声と同時に彼の巨体が爆ぜるように飛びかかる。目にも止まらぬ速さで肉薄し、頭上高く掲げられた大剣をシオン目掛けて振り下ろす。

「はぁぁっ!!」

シオンは寸前で体を捻り回避。髪の毛一本分の隙間を掠めていく大剣の刃から放たれる凶悪な風圧に頬を打たれる。

「ほほう……今のを躱すか……!」

ダンゾウが口角を吊り上げ、即座に斬り返す二の太刀へと移る。

「だが小娘よ、これはどうだ!!」

水平斬りが轟音と共に薙ぎ払われる。石畳が砕け塵が舞い上がる。

シオンは後方に跳躍しながら両手のダガーを十字にクロスさせ防御姿勢を取る。

(このパワー……受けきるのは危険です)

ガキィン!!
ダガーと大剣が火花を散らす。鋼鉄製の刃が軋み悲鳴を上げる。

「くっ……!!」

衝撃で地面にヒビが入る。足元が大きく揺らぎ体勢が崩れかけるが

「まだです!」

瞬時に魔法詠唱開始するシオン。

「切り刻め!螺旋の旋風!スパイラルゲイル!!」

彼女のダガーを中心に翠色の嵐が生まれる。斬り合いの最中に渦巻いた風がダンゾウ目掛けて襲いかかる。

「ほう……風魔法か」

ダンゾウは眉をひそめる。だが表情には余裕が残っていた。

「そんな儚い風程度で我が剣が止められると思うな!」

大剣を振り上げ、裂帛の雄叫びと共に真上から叩きつける。
ドゴォォン!!

地面が破裂し瓦礫が爆ぜた。
土煙が幕のように視界を遮る中――

「どこに行った……!?」

ダンゾウが周囲を見回す。

だが……すでに遅い。

「……貴方の死角は読めています」

鋭い風音と共にシオンのダガーから放たれた風の斬撃がダンゾウの脇腹を浅く裂いた。

「ぐっ……!?」

不意打ちに驚愕するダンゾウ。視界の端を素早くよぎる影。

「まだです!」

更に死角に回り込み斬撃を浴びせていく。
シオンの素早い動きと連続で浴びせられる風の斬撃にダンゾウの反応が追いつかない

「ちょこまかと……鬱陶しい!」

ダンゾウの怒号。だがその声には苛立ち以上に驚きが含まれていた。シオンの動きが尋常ではない速さでパターンを変え続けるからだ。左から右へ跳びながら斬撃、そのまま身を捻って後方へ逃れつつ風弾を放つ。まるで風そのものが意思を持って相手を翻弄しているようだった。

「ぬぅ……!!」

遂にダンゾウの反応が限界を超える。彼の剛力ゆえに速度対策が疎かになっていたことが仇となった。

「終わりです!」

シオンが背後へ滑り込み風を纏ったダガーで腰骨近くを狙う――

「舐めるな!!」

しかしダンゾウも伊達に戦士を名乗っていない。左腕だけで大剣を背後に振り回し牽制する。振り抜かれた切っ先がシオンの白いドレススカートを裂き鮮血を散らす。
「くっ……!」

わずかに右脇腹を浅く削られシオンの動きが鈍る。その一瞬を狙いダンゾウが体勢を立て直す。

「今度こそ仕留める!!」

一瞬動きが鈍ったシオンの隙を狙いダンゾウはシオンではなくシオンの足元を狙い地面をえぐりシオンを転ばせ動きを封じる

シオンが右脇腹の浅い傷に意識を向けたまさにその一瞬だった――

「甘いッ!!」

ダンゾウの大剣が唸りを上げて地面へと叩き込まれる。標的はシオンの肉体ではなく、その足元の石畳。巨大な質量が叩きつけられた衝撃で砕けた瓦礫が鋭い礫となって四方に飛び散り、土煙が濛々と舞い上がる。

「くっ……!」

予想外の攻撃目標に虚を突かれ、シオンの動きが完全に停止する。次の瞬間、彼女の両足が地面に空いた巨大な亀裂へと吸い込まれるように沈み込んでしまった。バランスを崩し、彼女の華奢な体は為すすべもなく前方へ傾き――

「うあっ……!」

派手に倒れ込んだ。擦り切れた制服の裾が泥に塗れ、銀のダガーが転がる。

「愚かな小娘め……貴様の“速さ”は確かに厄介だが」

ダンゾウが土煙の向こうからゆっくりと現れる。赤い瞳が嗜虐的な光を宿していた。

「その足場を奪ってしまえば意味を成さぬ!」

巨漢の足がゆっくりと倒れたシオンに迫る。逃げ場はない。

(まずい……!)

シオンは咄嗟に左手を伸ばし、地面に転がるダガーの柄を掴もうとする。だがその行動より速く

「これで終わりだ!」

ダンゾウの右脚が容赦なくシオンの胸部を踏みつけにしようと振り上げられる。

「ぐぅっ……!」

強烈な衝撃が腹部に走り、シオンは息を詰まらせた。肋骨が軋む。意識が一瞬途切れかける。血の味が喉奥に広がる。

「これでもう動けまい…」

ダンゾウは彼女の細い手首を踏みつけ、武器を完全に無力化する。

「一撃で葬ってやろう!」

ダンゾウは大剣を高く掲げた。

(まだです!)


「舐めないで下さいと言いましたよね?」

倒れたままのシオンの唇が微かに動いた。出血で薄紅く染まった口元が不敵に歪む。

「……何?」

ダンゾウが眉をひそめた瞬間――

「切り刻め!螺旋の旋風!スパイラルゲイル!!」

倒れた姿勢のままシオンが短く詠唱する。足元から螺旋状の竜巻が突如発生し、周囲の瓦礫や土埃を吸い込みながら急成長する。

「ぐぉっ!?」

予期せぬ至近距離からの風魔法にダンゾウの巨体が一瞬浮き上がる。バランスを崩して後方へよろめいた。

「今です!!」

拘束が緩んだ瞬間、シオンは自由になった左腕で素早くダガーを拾い上げる。足を地面に食い込ませ跳ね起きると同時に身を翻し、竜巻に巻き込まれて視界を失ったダンゾウへ向けて低い姿勢で疾走。

「喰らいなさい!」

閃光のような斬撃がダンゾウの大腿部を深く抉る。

「ぐおぉおっ!?」

初めて明確な苦痛の叫びが漏れた。足を引き摺りながら後退するダンゾウ。だが即座に踏みとどまる。

体勢を崩した隙を狙いシオンは斬撃による連続攻撃でダンゾウを追い詰めていく。
ダンゾウも左腕と大剣で抵抗するがシオンの速さに対応できずにどんどん体力を消耗していく。やがて膝をつきついにダウンしてしまう。

「どうです?まだまだこれからですが……やりますか?」

シオンは息を切らしながらも毅然と言い放つ。血の滴るダガーを構え、不屈の意志を宿した瞳がダンゾウを射抜く。

だが――彼女の肩は細かく上下し、脇腹の傷から新しい血液が制服を染めていた。無理を重ねた代償が色濃く表れている。

ダンゾウは歯を食いしばりながら、大剣を杖代わりにゆっくりと立ち上がる。負傷した大腿部を庇いながらもその眼光は未だ衰えていない。

「よくぞここまで我を追い詰めるとはな…称賛に値する…お前に敬意を評し本気で相手せねばなるまい!」

シオンが警戒を強めた直後、異変が始まった。

ダンゾウの唸り声と共に全身から目に見えるほど濃密な赤黒いオーラが噴出し始めた。それはまるで煮えたぎる溶岩のよう。傷ついた大腿部の出血がピタリと止まり、裂けた皮膚が逆再生映像のように繋がっていく。抉られた筋肉組織が蠢きながら盛り上がり、破れた筋繊維が修復されていくのだ。

「なっ……!?」

シオンの目が見開かれる。ありえない速度での治癒。これは普通の回復魔法ではない。
生命力そのものを強引に燃やしているような荒々しい自己再生だった。

ダンゾウの眼窩が不気味な赤い光を放つ。両拳が固く握られ、血管が隆起する。

「これが……我の…鬼人族の肉体の真価だ」

巨躯がゆっくりと前傾姿勢を取る。重心が沈み込む。大剣がまるで玩具のように軽々と担ぎ上げられる。

「本気を見せてくれますね……私も全力でお相手しますよ」

シオンは血を含んだ唾を吐き捨て、ダガーを両手に握り直した。風の流れが彼女の周りで渦を巻き始める。

「ふん……その威勢もいつまで続くかな?」

ダンゾウの全身から湧き上がる赤黒いオーラが周囲の空気を歪ませる。その巨体が突如として消失したかのように見え――次の瞬間、シオンの眼前に現れた。

「はぁぁぁっ!!」

咆哮と共に振り下ろされる大剣。その速度と重量が尋常ではない。以前とは比較にならない速さで迫る刃。

「くっ!?」

シオンは咄嗟にダガーをクロスして防御態勢を取る。金属同士が激突した瞬間、ガキンという轟音が炸裂した。

「ぐぅっ……!!」

衝撃が骨を砕かんばかりに両腕に突き刺さる。ダガーの柄が軋み、折れそうなほどの負荷がかかる。歯を食いしばるが徐々に押し下げられていく。足元の地面がミシミシと音を立てて陥没し、踵が土の中に埋まっていく。

「どうした小娘!その程度か!?」

ダンゾウの巨体から放たれる圧力は想像以上。単純な膂力の増幅では説明できない。それは生命力そのものが炎となり噴き出しているような荒々しい力だった。

「くっ…!このままでは…」

「こんなものか!!」

ダンゾウの嘲笑と共に、大剣が唸りを上げて横薙ぎに振られる。刃先がシオンの腕をかすめ――その瞬間、シオンの右手からダガーが弾き飛ばされた。翠色の魔法が一瞬煌めいた後、弧を描いて空に吸い込まれていく。

「あっ……!!」

シオンの右腕が痺れて感覚を失った。二つの武器のうち一つを失い、防御の要を奪われた。致命的な状況である。

「これで終いだ……!」

ダンゾウが勝利を確信した咆哮を上げ、残されたダガーへ向けて大剣を振り下ろす。その軌道は正確にシオンの胸元を狙っていた。

「ルル様…申し訳ございません…」

シオンは諦めるように静かにつぶやく。

しかし大剣がシオンの胸に届くことはなかった。

髪を1つに縛り袴をきた侍の様な青年が透き通る様な美しい刀でダンゾウの大剣を受け止めていた。

「シオン、すまない…遅くなった」

「酒呑童子!!」

ダンゾウの殺気を帯びた大剣が、侍姿の青年──酒呑童子によって止められた。彼の構えた刀身は漆黒の闇の中で蛍火のように仄かに燐光を放ち、切先から伝わる圧力で大剣の刃を微動だにさせない。

「誰だ貴様! 小僧!我の邪魔をするなら容赦はせんぞ!」

ダンゾウが猛牛のように吼える。しかし酒呑童子は動じない。澄んだ泉の底のような冷静な瞳で相手を見据える。

「私の名は酒呑童子。我が主、ルルの命に従いお前の相手をしよう」

その声音には静かな殺気が宿っていた。

「面白い……!貴様もそこの小娘と同じように叩き潰してくれるわ!」

ダンゾウが獣じみた気迫で大剣を引き戻し再び薙ぐ

対して酒呑童子の刀は最小限の動きでこれを弾く。澄んだ金属音が森の静寂を引き裂く。

「ふむ……なるほど。貴様も相当の手練れだな」
ダンゾウは愉しげに唇を歪めた。

「褒めても何も出ないぞ」

酒呑童子は言葉少なに応じると同時に反撃に転じる。音もなく踏み込み刀を一閃。空気を裂く澄んだ音と共に大剣の柄頭を正確に打つ。衝撃でダンゾウの腕が痺れ大剣がわずかに揺らぐ。

「ちぃっ!」

ダンゾウが咄嗟に身を翻し間合いを取り直す。赤黒いオーラが全身から噴き出し皮膚が泡立つように蠢いた。再生能力がフル稼働しているらしい。

「どうやら簡単には終わらせてくれないようだな…ならば!」

ダンゾウの狂暴な笑みが凍りつく。酒呑童子の動きは一見すると自然そのものだった。流れる水のごとく歩を進め、風が過ぎるように刀を構える。だが次の瞬間──世界から音が消えた。

「ー月閃破ー」

彼の唇から零れた技名は極限まで研ぎ澄まされた集中の証だった。刀身が虚空に消え、大気が裂ける。目にも留まらぬ速さで放たれた一刀がダンゾウの大剣の中心線を正確に捉えた。

「な……!?」

ダンゾウの驚愕の声は遅すぎた。刃先が触れ合う刹那、酒呑童子の刀はまるで幻のように滑り込み──大剣を両断する。分厚い金属塊が豆腐のごとく綺麗に割れ、断面が光を受けて鈍く輝いた。
ガランッ!
切断された刃先が地面に転がる音が響く。ダンゾウの手には柄だけが残り、その重みに耐えきれずバランスを崩した。

「馬鹿な……! 我の大剣が……!?」

信じられない光景に言葉を失うダンゾウ。

「さぁ、どうする?まだやるか?」

酒呑童子は静かに問いかけた。ダンゾウの性格からして武器を失っても戦意までは失わない、どちらか果てるまで戦うと思われたが帰ってきた言葉は真逆であった。

「得物を失っては今の我では貴様には勝てんな…潔く引くとしよう…」

ダンゾウは一言そう言うと夜の闇に溶ける様に消えていった…

「追わなくて良かったんですか?」

シオンが不思議そうな顔で酒呑童子に問いかける。

「ルルの目的はあくまでも村の奪還。魔族に固執して時間を費やすわけにはいかない。それに奴は今は得物を失っているが…次会う時はもっと手強い相手になっているだろう…」

酒呑童子は淡々と答えた。

「わかりました……それではルル様の元へ参りましょう」

「いや、まずはお前の怪我の治療が先だ」

「これくらいかすり傷です!問題ありません!」

シオンは強気な表情で言い切る。しかし脇腹からは鮮血が滴り既にスカートの裾を濡らしていた。

「無理するな。大人しく治療を受けろ。」

酒呑童子の声は低く、だが有無を言わせぬ響きがあった。

「我らが主はあの程度の相手に負けることはない。シオン、お前の身に何かあればそれこそルルが悲しむぞ?」

「わかりました…」

シオンは拗ねた子供のように小さく頷いた。

「お前は本当に自分が傷つくことに対して頓着がないな……」

「……ルル様をお守りするのが私の役目です。あの人の背中を預かるなら多少の傷など…」

「それでも限界はある」

酒呑童子の指が彼女の腰帯を解き始める。

「ちょっと!? いきなり何をするんですか!?」

シオンが慌てて身を捩るが、既に帯が緩んでいた。

「安静にしていろ。このままでは動けなくなる」

「治療なら自分でできます!回復魔法が使えますから!」

酒呑童子は手を止めることなく淡々と告げる。

「他人に任せるのも必要なことだ」

酒呑童子は回復用の魔水晶をシオンの傷口にあてると魔水晶の魔力でシオンの傷が緩やかに塞がっていく。

シオンの頬がかすかに染まる。

「あの…ありがとうございます…」

「気にするな。その格好では歩けまい…これを羽織るといい。」

広げられた羽織の布地から漂う微かな香りを感じな
がら肩にかける。その刹那――

「っ!」

足元がふらつく。まだ傷が完全に癒えていないのだ。酒呑童子の腕が瞬時に伸び彼女を支えた。

「やはり無理をしているな」

「すみません……思ったより力が……」

その言葉が終わる前に酒呑童子は素早く彼女の背と膝裏に腕を差し入れた。ひょいと軽々持ち上げられシオンの体が宙に浮く。

「え? あの……これは……」

予想外の体勢に慌てる。騎士の救出劇さながらに軽やかに抱き上げられてしまったのだ。

「暴れるな。治療の後で無茶をさせるわけにはいかない」

「で……でもこれはちょっと恥ずかしいと言うか……!」

「教会まで少し距離がある。歩かせるより安全だ」

「変なとこ触ったらルル様に言いつけますからね…」

シオンは恥ずかしそうに顔を横に逸らした。

「それは遠回しに触って欲しいと言っているのか?」

「そんなわけないです!バカなのですか!」

顔を真っ赤にしながら言い返すシオン。しかし酒呑童子は全く動じていない。

「冗談だ……」

「あなたが言うと冗談に聞こえないんですよ!」

「褒め言葉として受け取っておくとしよう」

酒呑童子は苦笑すると足取りを確かめるように一歩踏み出した。腕の中のシオンを横抱きにしたまま教会へ向かっていった。
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