地獄で捧げる狂死曲(ラプソディー)~夢見る道化は何度死んだって届けたい、笑顔を君に~

norikurun

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地獄体験~あれ? 思ったよりも~

再出発~火炎旋風を追い風に~ 1

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ここは、高台。切り立った断崖の上。

 目の前に広がるのは、マグマと炎が荒れ狂う大きな大きな湖だ。対岸は見えない。
 海といっても過言でない広さだったが、同じように、天井も鍾乳石のつららがびっしり生え、終わりが見えなかったのだ。おかげで、一応ここも大洞窟のどこかだろうと予測がついた。
 なのでここは、たぶん“地底湖”だ。

 ボクは気づいたら『大きな赤い湖』を“大人しく”眺めていた。

 心がとても凪いでいた。

 ボクのは、未知の光景に翻弄されっぱなしなので、落ち着くことはまずない。
 にもかかわらず、この絶景を前に平静そのものなのは、ここに来る前の状況が苛烈過ぎたからだ。

 記憶が薄れる少し前の光景が、ボクの脳裏に上映される。

『ザ・地獄‼ ~世界の崩壊、奇跡の大脱出劇~』

 突如として大地震が平和な地獄を襲った!! 
 荒れ狂う溶岩の海、降り注ぐ巨岩とマグマの雨!!
 崩壊する地下世界に独り取り残された、少年!
 迫りくる超自然の猛威に、少年は生き延びられるか⁉
 涙あり、笑いあり、感動必至の一大スペクタクル!
 絶体絶命の危機! その時、少年が下した決断は⁉

 ――期待に胸を焦がす視聴者を置き去りにして、“どうにか逃げ切った”というナレーションが流れるΩ級の映画だった。
 
「誇張され過ぎた映画の宣伝と同じでさ、前振りは壮大なのに肝心の中身が無いんだよね。もんのすごいドラマがあったとは思うんだよ⁉ なのに、何も思い出せないなんて……」

 悲しいかな切ないかな、避難行動中の一切が思い出せないのだ……。

 目の前の灼熱の湖も、きっとあったであろう、直前に体感した大迫力3Dアトラクションと、擦り切れる程のスリルと興奮に比べると……心が一切、揺れ動かなかった。
 きっと体が覚えているんだろう。

「無我の境地のデメリットだね……」

 無自覚のまま、全神経と全思考を『逃げ出す』ことだけに費やした。
 その弊害がコレというわけだ。
 だが、その程度のリスクで、超ド級の窮地を突破できたのだ。

 その結果は称賛されてしかるべき――にもかかわらず、全くもって納得がいかなかった。
 心の奥底の方から贈られてくる拍手喝采は、宛所不明で送り返されていた。

 ……何が納得いかないんだろ?

 心の均衡を保つために何かが働きかけたのか、これまた無自覚に言葉が漏れる――

「……怖い。……なんでそんな選択をしたんだろう」

 天地が崩壊し、赤い溶岩の濁流が迫りくる凄絶な光景そのものが恐怖であった。
 そして、危機感の欠如――ダンスに没頭しすぎて、防衛本能なんかがすっぽ抜けた状態も、よくよく考えれば恐ろしいことだったが、そちらはケアレスミス程度のわずかな減点対象だ。名前を書き忘れたから0点なんて暴理暴論が通るはずもない。

 だが、そんなことより何よりも――

「……“慣れ”が許せない。……おかげで……ちょっとやそっとの絶景じゃ、物足りなくなっちゃった……」

 そう、ボクはそこにこそ最大の絶望を感じていたのだ。

 心の奥底で、大災害の爪痕……というか、迫力満点の3Dアドベンチャー映像が、マジックミラー越しに再生されているのだ。どこからか漏れ聞こえてくるその歓声に、感動を邪魔されていた。

 厄介なことに、その記憶は、催眠療法でもしないと取り出せない。
 これを解決しないことには、大抵の光景が、近所の山を見るのと何ら変わらないままなのだ。

 それに、心の原動力は『未知の光景を見たい』という衝動である。
 いつの間にか居座った『既視感』にヤル気が根こそぎ奪われてしまっていた。
 ゆえに、茫然自失の状態で湖面を眺めるしかできくなっていた。

 ――由々しき問題であった。
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