笑うヘンデルと二重奏

KaoLi

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第十四話

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 二十八年前――私たちは天才ピアニストだった母の美音雪子のもとに生まれた。父親のことはあまり知らない。お母さんが言うにはかっこよくて素敵な音楽家らしい。もっとも会ったこともその演奏を聞いたことも無いのでよくは分からなかった。お父さんは飛行機事故で亡くなったらしい。まだ私たちが二歳になったばかりの話だった。演奏会の帰りに墜落したと、どこかで聞いたことがあった。
 それから一年後、お母さんの指導の下、私たち双子は音楽家の子として日々楽器の練習を重ねた。ピアノから始まり、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ。弦楽器が主だった。お母さんの弾くピアノが一番好きでピアノを習いたかったけれど、お母さんはどうしても私たちに弦楽器を教えたかったらしい。その理由は大人になった今でも分からなかった。
 そうして十年が経った頃、転機は突然やってきた。

「「デュオ?」」
「そうよ。あなたたち二人の初舞台を用意したわ。頑張りなさい」

 お母さんは演奏会をよく開く人ではあったが私たちにはあまり開いてはくれなかった。だから、その言葉を聞いて、私はとても嬉しくなったのを憶えている。だって、初めての披露会。それも個人ではなく、雫お姉ちゃんと一緒に。

「わあっ、やった! ね、お姉ちゃん! ……お姉ちゃん?」

 けれど、雫はあまり喜んではいなかった。そこに表情は無く、ただ次の仕事があるため去って行くお母さんを睨みつけていた。

「……うん。そうだね」
「……どうしたの?」
「なにが?」
「なんで、そんな顔してるの?」
「そんな顔って?」
「……楽しくなさそうな、顔?」
「ははっ、なあに、それ。疑問なの? 別に、そんな顔してないよ」
「楽しくない?」
「そんなことないよ」
「……それならいいんだけど……。あっ、そう言えばね、今度の演奏会でね、郁さんは見に来てくれるんだって。だからいっぱい頑張らないとね!」
「……茜」
「ん?」

 やっとちゃんと目を見てくれた雫は、どこか悲しそうな顔をしていた。その顔をする時はいつも私は不安になるのだ。

「頑張りましょうね」

 柔らかく、優しい声音で私を落ち着かせてくれるのに、不安は拭い切れない。

「……お姉ちゃん?」
「うん?」
「……。ううん。なんでもない」

 その時の違和感に私は口を出すことが出来ず、そのまま閉じてしまった。いつもそうだった。有無を言わせない目をして、私の意見を言わせない。
 でも、その理由は分かっていたし、だから何も言わない。いつもそうしてきた。
 だからだろうか、私はこの日を酷く後悔することになる。
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