【完】チェンジリングなヒロインゲーム ~よくある悪役令嬢に転生したお話~

えとう蜜夏

文字の大きさ
31 / 49

三十一 大舞踏会でのデビュー

しおりを挟む
 そんなある日、私は意を決してお父様のいらっしゃる温室に向かった。土の匂いと独特の蒸した匂いが嫌になって、大きくなってからはあまり入ったことが無かったわ。中ではお父様は霧吹きで苔たちに水を上げていた。

「やあ、ジェシーちゃん。ご機嫌いかがかな? マリアンヌちゃんも良い感じだね」

 中には座れるようにところどころベンチも置いてあるのでそこに座って苔に話しかけるお父様を黙って眺めていた。

    ――小さい頃はここに入り浸っていたわね。一緒に苔に話しかけたものよ。

「おや、アーシアがいるじゃないか。どうしたんだね。ここに入って来るなんて珍しいね」

「……お父様。では無くて、侯爵様。お話がありますの」

「アーシアが小さい頃はそこでよくダンゴ虫を転がしていたなぁ」

 くるくるっと丸めてねなどとお父様はしみじみお話するものだから、言い出しにくいわ。

「あの頃は可愛かったなあ。天使のようだったよ。……あ、いや今も天使のように可愛いよ。アーシアは」

 お父様は目じりを下げてそんなことを言いながら他の苔や植物に水を掛けている。可愛いと言われて私は続く言葉がどうしても出なかった。だけど深呼吸をしてから私は口を開いたの。

「……あの、私、お父様の子ではないのです」

 ――やっと言えたわ。お父様。いえ、侯爵様はきょっとんとしてこちらを見ているわ。目をぱちぱち瞬いている。

「また、ルークの悪戯かい? まだそんなことを言ってるなんて。アーシアもデビューして大人になるといってもまだまだ子どもだねぇ」

「お兄様、いえ、ルーク様の命令とかではありません」

「そうかい?    昔、ルークに樹の下で拾われた子だと言われて大泣きしていたじゃないか。はははは」

 お父様、侯爵様はゆったりとした動作で作業を続けていた。

「それに私の子じゃないなら大変じゃないか、マデリンが不貞をした子なんて冗談でも言ったらまた夕食抜きにされるよ。いやおやつも抜きだな」

「お母様の、いえ、侯爵夫人の不貞の子では無くて、取り違えられて……。おやつは困りますわ」

 全く取り合ってくれない上にもっととんでもない誤解を生んでしまったようだった。そのとき温室のドアが開いて風と共に草花がざっと揺れて誰かが入ってきた。

「アーシア。お帰り! 兄のお帰りだよ。さあ、顔を見せてごらん」

 後光が差しそうな明るさでルークお兄様が足早に私達の方に駆け寄ってきた。

「おかえり。ルーク。今回も大丈夫だったかい? 聞くだけ野暮だったかな」

「おかえりなさい。ルーク様」

 私はルークお兄様に向き直って挨拶をした。いよいよ断罪の時よ。私は大きく息を吸い込んだ。

「ええ、父上。首尾は上々ですよ。おや、アーシア……。大事な兄が抜けているじゃないか?」

「……」

「ああ、アーシアは拾われっ子ごっこをしているんだよ。可愛いねぇ」

「お父……、侯爵様。違いますわ。拾われでは無く取り違えです……」

 そう言いかけるとルークお兄様の目がきらりと光った。

「ごっこ……。そんな暇があるなら、ダンスの練習はどうなっているのだ? 当日、ステップを忘れたり、奏上の言葉を忘れたりしたらどうなるのか分かっているのだろうな?」

「は、そ、それは勿論準備は怠らず……」

「この兄が帰ったからにはデビューまできっちりと仕上げてみせようじゃないか。アーシア。気合を入れなおすのだぞ」

「は、はいっ」

 私はルークお兄様に会うと蛇に睨まれた蛙のようになってしまうの。今も直立不動で返事をしたわ。そして、ルークお兄様の言葉通りしごき……、いえ、レッスンは強化されてしまったせいで、取り違えをリークするなんて気力は無かったわ……。






 あっという間に大舞踏会の日はやって来た。私は真新しいローブデコルテに身を包みしずしずと王宮に入った。お父様にエスコートされてね。お兄様とお母様は後ろからついていらっしゃるわ。

 ひそひそと遠巻きに噂されている。ルークお兄様はその美貌から女性陣からは羨望の眼差しと男性陣からは妬みとやや尊敬の入り混じった感じの視線を受けていた。そして、私には……。あれが新たなとか興味津々の言葉が耳に入ってきた。デビューするだけなんです。私の方は嫌がっているの。あまり目立ちたくないんですからね。


 今日までに何度か王宮には練習にきていて、この大舞踏会の始まる直前には別室で両陛下からデビューするものは特別にお言葉を頂けるのよ。勿論伯爵家以上の子女に限るんだけどね。

 私は無事お言葉も頂いてお父様達と大広間に向かう。そこにはこの国の貴族が大方集まっていた。国王陛下の開会のお言葉のあと、王妃様とお二人で始まりのダンスを踊られる。それから、今年デビュー者達が踊り出すのだけど私のパートナーはお兄様の筈だった。何度も練習したし。だけど今私のお隣には何故か王太子様が! 周囲からは突き刺さるような視線が痛い。これは何かの間違いではないでしょうか?

 だが、無情にも国王陛下のあと、私は王太子様と踊り始めたのよ。それも広間中央の一番目立つところでね! 

「直前にルークから言われて驚いたよ。それにしても緊張してるね。デビューだから仕方ないかな。私もダンスは下手な方では無いので心配ないよ」

 王太子様がお相手だと超緊張するわよ。でもダンスはオートモードだから大丈夫な筈。大丈夫じゃないのは私の心の中だわ。よりによって何故に王太子様のエスコートでデビューしなくちゃならないのよ。目立って仕方ないじゃない。

 私の内心の怒りと動揺とは関係なく、曲が始まると身体はオートモードになる。ええい。もうどうにでもなれよ!  
 
「ほお、スッテプが軽いね。とても上手だ。さてはルークがしごいたな?」

「はい。ルークお兄様は完璧主義ですのでしっかりと。畏れながら、申し上げるに殿下に私のデビューのパートナーにお願いしたとは思ってはおりませんでした」

 知っていれば全力で逃走したのに。今は全力で踊っているけどね。オートモードだから便利ね!

「このステップも……。驚いた。君はあまりというか、今まで王宮に来ることが無かったからまさかここまで上手いとはね」

 アベル王太子様はそうおっしゃると真剣な表情をなさっていた。ステップはオートモードだけど猛特訓しましたわ。ルークお兄様のスパルタでね。

 でも、本来は国王夫妻のあとは王太子様とジョーゼットのダンスが入る筈よね。私は視界の隅でジョーゼットを探した。ジョーゼットを見つけると他の男性と踊っていた。お身内方かしら? 王太子様を取っちゃってごめんなさい。これはルークお兄様の陰謀なのです。私は無実なんです。王太子様などとは恐れ多いわよ。ましてや、王太子様妃の座など狙ってません。ルークお兄様は狙ってるらしいけど……。

 私はアベル王太子様のお言葉は何れは糾弾される結末を思うと気が晴れなかった。ジョーゼットのこともあるし。

「私と踊っていて他のことを考える余裕があるとは、これでどうかな?」

 どうしようと思う間もなく、くるりとアベル王太子様に大きくターンをさせられてしまった。だけどそこはオートモードなこの体。もっと映えるようにとさらに手を優雅に広げて周囲にアピールしていたわ。恐るべし。

 周囲の称賛の眼差しから王太子様の驚きの表情は見ものだったわ。踊り終わるとその場で挨拶するのだけど王太子様が私の手をもって素晴らしいデビューである旨のことを宣言されたのよ。お分かりでしょうね。その後、話しかけてくる方々の多さに何度も逃走しかけたことか。両隣にルークお兄様とお母様がいなければ潰されていたわ。

「モードレット侯爵家のお嬢様は素晴らしい方ですわ」

「まるでダンスの妖精が舞い降りたかのようでしたな」

 そんなことを口々に皆様は仰っていた。私は微笑をしてお礼を言うマシーンと化した。でもジョーゼットを見つけたので微笑もうとしたら、視線を逸らされてしまった。それに彼女の表情は酷く青ざめていたの。もしや、誤解してないでしょうね。

「それにしても、ローレ公爵家のご令嬢のデビューのときは王太子様のエスコートは無かったと言いますし、これはアーシア様の方がアベル王太子様も……」

 いやいや。それは違うわ。私もお兄様、もといルーク様の予定と聞いておりましたよ? ジョーゼットを悲しませるようなことはしないわよ。そもそも、私はユリアン様一筋だし、庶民ですしね。

 なんだか庶民になる筈がどろどろの宮廷絵巻に巻き込まれそうなんだけど。どうなっているのよ! これって、『ゆるハー』じゃ無かったの?
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします

恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。 王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい? つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!? そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。 報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。 王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。 2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……) ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

処理中です...