誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

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新たな居場所

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「とりあえず、場所を移動しようか?」

慌てている伊能さんは周りをキョロキョロと見渡して、ひらめいた様に近くのコーヒーショップへと私を連れて行く。伊能さんは座る場所を見つけて私を誘導してから、コーヒーを二つオーダーしてから戻って来た。

伊能さんは、スーツの裏ポケットからハンカチを取り出して私に手渡した。ハンカチを握り締めて使うのを躊躇している私に「あ、大丈夫ですよ。予備のハンカチなので、使用して無いものです」と言って慌てていたる。借りたハンカチが汚れているかも?と思った訳ではなく、化粧で汚してしまうかもしれないからと躊躇していたのだが……、逆に気を遣わせてしまった。

「そ、そうだ!こっちなら、さっき貰ったばかりで綺麗ですから大丈夫です」

営業バッグのチャックを開き、ガサガサと取り出したのはポケットティッシュ。広告の入った真新しいティッシュの蓋を開けた。ティッシュを一枚引き抜き、私の目尻へとポンポンと軽く押し当てる。昨日から泣き過ぎた為、瞼や目の縁が痛い。

無意識に顔が近付いた。俯き加減だった瞼をふと開いた時に目が合う。

「俺はすっごくドキドキしてますけど、佐藤さんはしてないでしょ?」

コツン、と頭を触れる程度にぶつけた伊能さんは突然、そんな事を聞いてきた。こんなに顔が近いのに嫌じゃないのは伊能さんに嫌悪感が無いだけで、確かにドキドキはしない。試す様に聞いてきた伊能さんは、きっと何かに気付いている。

「先日の電話、男の人の声が漏れちゃってたんだ。佐藤さんは悩んでるんでしょ、その男の人の事を。何だか、そんな気がしてきた」

思わせぶりな態度をして、私は伊能さんを傷付けている。感の良い伊能さんは全てをお見通しの様だった。

「率直に聞くね。佐藤さんはその人の事、好きなんでしょ?隠さなくて良いよ」

パッとくっつけていた額を離し、ニコッと笑った伊能さんが痛々しく見えた。

「本当に馬鹿だよね、俺。佐藤さんがクリスマスは俺の所に来てくれるって思い込んじゃって、プレゼントまで用意しちゃってさ……。こんなだから、元カノにも振られるんだよなぁ……」

私が口を開く間もなく、伊能さんは元カノの事を話し出した。元カノさんは大学時代の同級生で、中々結婚に踏み切らずにいた伊能さんは振られたらしい。その理由が、元カノさんが職場で管理職になったばかりで仕事に打ち込んでいたので結婚を切り出すのを躊躇っていたそうだ。しかし、早々に結婚をしたかった元カノさんと喧嘩になり、喧嘩別れになってしまったらしい。

「本当言うと、元カノは佐藤さんに似てるんです。雰囲気とか色々。だから、佐藤さんにどんどん惹かれていきました。重ねて見ていたのかもしれません……」

それを聞いてしまうと複雑かもしれない。日下部君に置き換えると、私と秋葉さんは全く似てないけれども、日下部君にとっては私は身代わりの様なものだから。伊能さんと付き合っても、結局は身代わりだったと言う事か……。

「短い間でしたけど、楽しい夢を見せて下さりありがとうございました」

伊能さんは営業スマイルの様な爽やかな笑顔を見せた。

「この場で佐藤さんを置いていくのも心苦しいんですが、俺もダメージを受けてるんで失礼します。今度はまた笑って話せるようにしときます。じゃ、佐藤さんの健闘を祈りますね!」

伊能さんは自分の事を話終えると席を立ち上がって、私に向かって一礼をしてからコーヒーショップを去ろうとした。

ガタンッ!私はハンカチを返してない事に気付いて咄嗟に立ち上がり、「伊能さん!ハンカチは洗ってお返しします」と声をかけた。伊能さんは戻って来て、「いや、大丈夫です。今日、返して下さい!当分、会うのは辛いかもしれないので……」と言い、私からハンカチを受け取った。

伊能さんが寂しそうだったのでお節介にも、「私の事を気にかけて下さり、ありがとうございました。伊能さんも後悔しないように……もう一度、元カノさんにアタックしてみては?」と語りかける。伊能さんは一瞬、驚いた表情をしたが、「検討してみます」と言って私に背を向けた。

私も伊能さんが去った後にコーヒーを飲み干し、心を落ち着かせた。伊能さんを傷付けてしまった。本当に申し訳ないと思ったが、今でも元カノさんを想っている様子だったので、私よりも元カノさんと幸せになって欲しいと心から願う。
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