本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~

桜井 響華

文字の大きさ
11 / 70
配属先が提案されました。

しおりを挟む
翌日、私と中里さんはルームメイク(客室清掃準備)のヘルプに来ていた。先日、支配人と清掃したので粗方の事は知っていたが、細かい部分の指導を受けながら作業をしている。

「プランによっては、女性のアメニティが特別な時もあるから気をつけてね。特にアニバーサリープランと当日がお誕生日の方には入浴剤が付与されるから、チェックリストを見逃さないで」

「はいっ」
「了解しました」

ルームメイクの方々は業者委託しているが、統率者のルームキーパーの三枝さえぐささんはホテルの社員で事細かに指導をしてくれる。

私達は元気よく返事をして、黙々と作業をこなし、終了後にはルームキーパーの太鼓判を貰えた。

「支配人には二人は完璧だと伝えておくわね。しかし…二人の何が駄目なの?こんなに一生懸命に仕事をしているのに…。他の部署は貴方達二人に仕事を教えないなんて、どうなっているのかしら?」

三枝さんは物腰柔らかな女性で、私達に対して物凄く優しく接する。

支配人や私達が言った訳ではないのだが、社員達が仕事を教えてくれないので支配人の所有化にいるとの噂が広がり、三枝さんが心配して親身になって話を聞いてくれた。

「貴方達なら大丈夫よ」って笑いかけてくれる姿は女神様のようだった。

ルームメイクの作業が終了すると、女神様のような三枝さんの元を離れて遅めのお昼に向かう。

「恵里奈ちゃん、イメチェンしたんだね。元々可愛い子だなって思ってたけど、イメチェンしたら綺麗になったね」

「…ふふっ、ありがと」

支配人のお姉さん、美容室の店長に教わったメイクを何とか頑張って再現してきた。今まではメイクの仕方が間違っていたらしく、支配人の指摘通りに幼稚に見えていたようだった。

中里さんとは一緒に仕事をこなす内に"ちゃん付け"で呼び合うようになっていて、信頼関係を築けてきといると思う。

私と中里  優月なかざと  ゆなちゃんは、同い年で短大卒業と同時にホテルに就職したという境遇同士。

以前のホテルでは予約担当だったらしいが、私同様にいざこざがあり、支配人に所有されている身だ。

職場のホテルは違うが同じ境遇で過ごしてきた者同士、話が合う。

「お疲れ様!今から食事?」

従業員食堂に辿り着き、お皿におかずを盛り付けていると後方から声をかけられた。

「今日はルームメイク行って来ました。今からお昼なんです」

宴会マネージャーの星野さんが、自分の立場も気にせずに気軽に声をかけてきたのだった。

「そっかぁ、研修は大変だけど頑張って!……?そう言えば…篠宮さん、雰囲気変わったよね?」

「実は…支配人に幼稚だって言われたんです。努力しなきゃいけないな、って思います」

支配人が私自身が輝くようにしてくれたんだもの、努力を惜しまず身だしなみに時間をかけることにした。

年齢を重ねる事にもっと綺麗な女性になりたい、貴方の隣に立っても不釣り合いにならないように───……

「そっか、そっか!可愛いね、篠宮さんっ」

星野さんは笑みを浮かべ、まるで子供にするかのように私の頭を優しく撫でる。

そんな私の横で優月ちゃんが呆然と立ち尽くしていた事に気が付いたが、私よりも先に気付いたのは星野さんだった。

「中里さんも頑張ってるよね、偉い、偉い!」

同じ様に頭を撫でられると優月ちゃんは、ほんのりと頬が赤くなった。

おかずの盛り付けが終わり席に着くと、星野さんは優月ちゃんの横に座り、問いかける。

「食べながらでいいんだけどさ、ちょっと聞いてくれるかな?会ったら話そうと思っていた事があって…中里さんにオファーなんだけど料飲事務やらない?派手さはないけど、食材の原価計算とか楽しいよ?…もし良かったら考えておいてね」

「……はい、考えておきます」

「勝手な行動をすると真壁総支配人に怒られちゃうから、後程、きちんと話をして推薦しときます。それまでは聞かなかった事にしておいて」

「……はい」

終始、俯きっぱなしの優月ちゃんは緊張しているかに見える。

優月ちゃんの方向を見ながら話している星野さんだったけれど、緊張して固まっているのに気付いたのか、話を終えると前向きになり、私の方を見て話す。

お箸を持ったままで箸が進んでなかった優月ちゃんは、星野さんの視線から外れるとやっと口に食べ物を運んだ。

優月ちゃん、顔が真っ赤だ。

「篠宮さんは以前のホテルではフロントに居たんだよね?確かに接客向きだと思うよ。レストランでも大歓迎だからね、希望の部署は前向きに考えてみて」

「ありがとうございます!」

星野さんからのお誘いは勿論嬉しいのだけれども、婚礼サービスはめちゃくちゃ疲れました。

仕事スイッチが入った星野さんは人が変わったように厳しく、それでいてお客様の前では極上の笑顔でサービスをする、正にプロなのだ。

レストランサービスは嫌いではないが、配膳会の方々のレベルにも着いていけず、自分の限界が見えた気がした。

星野さんは『慣れもあるよ』と言うけれど、慣れだけではない、持って生まれた天性もあるので私には向いていないかもしれない。

いつの日か、婚礼の介添人はしてみたいとは思うけれど…。

「今夜のブッフェは小規模だから、そんなに大変じゃないと思うよ。休憩が終わり次第、会場に来て。俺は先に行くから、時間までゆっくりしてね」

星野さんは忙しいのか、食べ終わると直ぐに席を立ってしまった。食器を下げた後にバイバイと手を降る姿は、まるで少年の様に若々しかった。

「……はぁっ、緊張したぁ。私、カッコイイ男性って免疫がなくて近くに居るのが苦手なの」

星野さんが居なくなった後に優月ちゃんが漏らした本音。

緊張してたのは気付いていたけれど、そんな理由だったとは思いもよらなかった。

「私も緊張するよ。星野さん、アイドルグループに居そうだもんね。あの笑顔にキュンってくるよね」

「キュンってするけど、苦手なの!高校生の時に大学生の気になる人が出来て告白した時があって…その人、本当にカッコイイ人だったけど、性格が凄く残念な人だった。

お前なんかが俺に告白してきて恥ずかしいとか散々言われたの。それからトラウマになっちゃって、怖いの…」

「…優月ちゃん」

間違っても星野さんはそんなタイプの男性には見えないが、優月ちゃんにとっては同じカテゴリーに入ってしまうのかもしれない。

何て声をかけたら良いのか戸惑っていると、ガタンッと椅子を引く音が隣側から聞こえた。

誰だろう?と振り返ると支配人で、気が付いた時には頬杖をつきながら座っていた。

「そんな男はロクでもない奴だから、付き合わなくて正解だったな。性格が歪んでるんだから、顔も大した事はなかったんだろう。中里の目の錯覚だったと思うぞ?」

キッパリと言い切る支配人は不敵な笑みを浮かべる。

容姿端麗、聡明な貴方からすれば、大抵の男性は見劣るでしょう。その事を本人は分かっているのか、いないのかは謎だが、自信に満ち溢れているのは確か。

優月ちゃんは支配人の言葉で救われたのか、「はい、錯覚だったと思う事にします」と答えてにこやかに微笑む。

毒舌も役立つ時があるんだと関心していると、隣に座り頬杖をついている支配人の目線が気になった。明らかに私の事を見ているような視線に身体が固まる。

「ごちそうさまでした」

後から食べ始まったのに先に終わった優月ちゃんが食器を片付けようと立ち上がり、席を外すと見計らうように耳元で囁かれた。

「仕事が終わったら、一人で支配人室に来い」

誰にも気付かれない為に言い終えた後は自然の流れのように、この場を去る支配人。

私の顔が見える位置には誰も座ってなくて良かった。

不意打ちをくらい、私の顔が熱を帯びる。職場での接近行為並びにからかい行為は止めて欲しい。

いちいち反応してしまい、周囲も気にしていたら心臓が持たないもの。

「支配人は星野さんに用事があったみたいだけどすれ違いだったみたい…。いつの間にか来たからビックリしたぁ」

戻って来た優月ちゃんは、従業員食堂の出口で支配人とすれ違った時にそう言われたらしい。

そっか、星野さんに用事があったから来ただけで私はたまたま居たからついでだったのね。

「ブッフェ会場にまた顔出すって言ってたよ」

「そうなんだ?」

もしかしたら片付けのヘルプに来てくれるのかもしれない。

そう言えば今日も配膳会の方々が三人来ると星野さんが言っていたけれど、こないだの大学生には会いたくないな。支配人が注意を促してくれたけれど、根掘り葉掘り聞かれそうで怖いから…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

処理中です...