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騎士―想い初め―
しおりを挟む三週間が過ぎた。
どこかぎこちなかった共同生活も、いつしか役割分担ができ、互いがそこにいることが当たり前になっていた。
村人とも交流する機会が増え、道ですれ違えば用事を頼まれることさえある。
夕方には神殿に彼女を迎えに行く。
歩けそうであれば彼女の意思を尊重し、共にゆっくりと帰路を進む。
見ていられない日は背負って帰る日もあった。
背に感じる温かな体温。安心しきった心音に、全てを委ねられた感覚。
あるときは夕焼けの中を、あるときは星降る夜を歩いた。
ここに根を下ろすつもりはなかった。
束の間の休息。そのはずだったのに。
「オスレー! ネリーが逃げ出したわ!」
焦ったように駆け込んできたベランガレアに、はっと意識が浮上する。
ネリーは彼女の愛馬だ。
愛嬌のある駿馬だが、こうして主人を困らせ楽しむ癖のある厄介な奴でもあった。
「またか」
とにかく探さねばと立ち上がる。
幸い日はまだ中天。
暗くなるまでには確実に見つかるだろう。
「ネリー! 出ておいでー!」
さわさわと草木をかき分けながら進む。
迷いなく前を行く彼女の髪や服に、小さな葉がいくつも落ちた。
まだあまり土地勘のない俺では、こうはいかないだろう。
せめて、とその葉を払ってやれば、振り返った彼女が嬉しそうに笑った。
「騎士様に世話されるお嬢様の気分ね」
「……騎士か、悪くない」
本当にそうだったなら、どれほど良かっただろう。
何のしがらみも、迷いもなく、彼女の傍にいられたのに。
目をそらしても、現実は変わらずそこにある。
先送りにすればするだけ、腹に沈んだ鉛は徐々に重みを増していくだけ。
それでも、弟の刃を受け止めるだけの気概もなければ、白刃にかかる度胸もない。
やはり俺はどうしようもない臆病者だった。
「騎士様?」
反射的に顔を上げると、すぐ目の前に眉を寄せた彼女がいた。
「大丈夫?」
心配しているのか、からかっているのか。
恐らくその両方なのだろう。
「あぁ、お前の騎士は大丈夫だ」
そう答えると、彼女は愉快そうに笑った。
これまで数多くの騎士を従えてきた俺が、一体何を言っているのかと、こちらまで可笑しくなってくる。
「……本当に、お前の騎士なら良かったのにな」
堪えきれず溢れた呻きに、彼女は何故か俯いた。
気楽な同意が返ってくるとばかり思っていたのに、一体どうしたというのだろう。
「ベランガレア?」
呼びかけてもゆるゆると首を振るばかり。
髪に隠れた口元は、微かに自嘲していた。
「……私はきっと貴方の淑女には相応しくない」
喉の奥で何かを呟いたようだったが、上手く聞き取れない。
「何だ? もう一度言ってくれ」
よほど情けない声に聞こえたのだろう。
彼女は急いで顔を上げると、安心させるように朗らかに笑った。
「そのときは、貴方に恥じない私にならなきゃね」
何を言うのかと目を見張った。
明らかにそれはこちらの台詞だった。
自らの使命の為に、命と精神を削りながら、祈り、飛び続ける彼女。
その強さが、どれほど眩しいことか。
「ベランガレア……」
そう言いかけたところで、弾むような馬の鳴き声が辺りに響いた。
「ネリーだわ!」
途端に彼女は駆け出す。
不安定な足場など、物ともせずに。
こちらを振り返り、「早く!」と急かし、また駆ける。
「……恨むぞネリー」
俺は憮然とした表情を隠しもせずに、彼女の後に続いた。
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