王家の巫女

江馬 百合子

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大団円―明日の朝日を―

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 それから、城に帰ったその日のうちに彼女との婚約を発表した。
 突如城中を大混乱させた罪悪感は、ないでも無かったが、何より幸せが優った。
 そしてその数ヶ月後、俺たちは恙無く夫婦になった。

 彼女との馴れ初めは瞬く間に国中へ広がっていった。
 哀れな巫女ベランガレアと王太子の物語は、今や子供たちの寝物語にまでなっているらしい。
 多少の恥ずかしさはあったが、その結果、国中から祝福の声が上がっているのだから、それで良しとせねばならない。
 彼女には、誰もに愛される花嫁になってほしい。

 城内でも、反対の声はなかった。
 むしろ、魔力の薄まった王家の血に、彼女ほど相応しい相手はいないと、諸手を挙げて賛成している始末だ。
 これにはすっかり拍子抜けしてしまった。

 アラシュは謹慎の後、近衛隊長に任命することとなった。
 危うく死罪判決となりかけた日を思い出すと、今でも胃が痛くなる。
 順序立て、事情をすっかり話してしまえば、上層部も納得したようで、結局咎無しの判決となった。
 この件も、兄を思う弟の美談として、既に国中に広まっている。
 国民の間で奴の株は急上昇しているらしい。

「何を考えているの?」

 軽装で、ひらりと俺の隣に腰掛けた彼女。
 こちらを覗き込む瞳は好奇心に満ちている。

「……結婚式の日のタチアナを、思い出していた」

 あの日、澄んだ空気の中で、柔らかな光に照らされた彼女は、まさに天女のような美しさだった。
 純白のドレスが揺れ、照れたように笑ったあの情景を、俺は生涯忘れないだろう。

 王として即位した今、息つく暇もない日々を送っているが、こうして彼女を視界に収めると、それだけで肩の力が抜けていく。

 彼女も彼女で忙しい毎日を過ごしているが、それでも度々こうして様子を伺いに来てくれた。
 歴史にマナーに天文、国語に外国語、果てはダンスに裁縫、習字まで、あらゆる分野の物事を休む間も無く学んでいるらしい。
 流石に心配になり、幾度となく「大丈夫か」と問いかけているのだが、彼女は「本当に心配性なんだから」と笑うばかりだ。
 
「蓄えてきた知識のおさらいみたいなものよ。ダンスやマナーはてんで駄目だけど、新しい分野を知っていくのは楽しいことね」

 そんな風に言われてしまえば、俺も強くは言えなかった。
 臣下にさえ「心配性」「過保護」と肩を叩かれる始末だ。
 俺の威厳のためにも、あまり傍で騒がない方が良いのかもしれない。
 正妃教育係のカトリーヌ夫人は、日々様々なことを吸収していくタチアナを、こう評している。

「彼女はまるで数千年生きて来たかのような知識と知恵を備えています。これほど王妃に相応しい方は見たことがありません。少々元気が良すぎるのが玉に瑕ですが」

 思わず笑い出しそうになるのを堪え、「元気が良いに越したことはない」と答えると、彼女もまた「えぇ」と笑った。

「彼女を見ていると、私自身、十は若返るような気がいたします」

 実際、城中で多くの笑い声が飛び交うようになった。
 こんなことは、母が他界して以来、初めてのことだ。
 この城にとっても、彼女はかけがえのない存在となってしまったらしい。

 無論、王宮である以上、彼女を傷つけようとする者、利用しようとする者も、少なからずいた。
 しかし、それらの者にも彼女は全く怯まない。
 周囲がハラハラするような状況も、持ち前の朗らかさで難なく乗り越えているらしい。
 侍女からの日報は、笑わずにはいられないような報告ばかりだった。

「そうだ、タチアナ、今度は西国に視察に行くことになった。一緒に行くか?」

 そう問うと、いきいきとしたその目がさらに輝く。

「もちろんよ! 楽しみ。どんなところなのかしら」

 彼女にとって、世界は驚きの連続だった。
 鳥のように飛び回ってきた世界を、一歩一歩踏みしめて歩けることが信じられないのだと言う。
 これからも、ありとあらゆるものを見せてやりたい。
 彼女とともに見る世界は、俺にとってもまた新鮮な光に満ちていた。

 花咲くような笑顔。
 楽しげな笑い声。
 世界はこんなにも自由で、美しい。
 
 二人で眠りにつくその日まで、きっといつまでも明日の朝日が待ち遠しいと思うのだろう。
 そして目覚めるそのときには、今日という新たな日に、奇跡のような喜びを感じるに違いない。



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