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第一章
“精神の死”との邂逅 Ⅰ
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「流石に、お前に時間を使いすぎた」
頭を抱えていたタナトスの第一声がそれだった。
聞けばこの人はかなりタスクを抱えているようで、そもそも日本に出張してきて色々な業務の主任を任されていたらしい。なんで一人の人間にこんなに時間を割いているんですか、本当に。
「流石にこれ以上仕事をしないと首を切られる」
「お疲れ様でした、わたしは死神さんがいなくなったら完全全自動で死んでおきますので」
ネックウォーマーの首根っこを掴まれて、先ほどの言動を咎めるように吊られる。首が絞まらないギリギリだが、加減が分かっているらしいので無抵抗でだらんと手足を投げ出しておいた。
「貴様のそういう物わかりの悪いところが案外癖になってきたかもしれない。嫌だな」
「これから毎日言ってあげましょうか、味噌汁代わりに」
「やめろ、ちゃんと生きろバカが」
そう話しながらタナトスが部屋の暖炉に火をつけて、何やら燃やし始める。……随分古そうな書物の、メモのような。新聞も混じっている。
……その燃えた書物が少しずつ灰になり、形を成していった。これは、おそらく…。
「使い魔、神使、的な…」
「眷属、だな。よく知っているじゃないか」
「ファンタジーは好きなので、へへ」
灰から作られた小さな生き物は、ちょうどタナトスのような灰色のローブをまとったような姿をしていた。顔のありそうな部分は、空洞のような黒があるのみ。正直、ちょっと怖い。でも、仕草はなかなか忙しくてリスみたいで可愛らしい。
「これが、お前を見張っている。お前がいつものように変な気を起こしても、こいつがお前を止める。止められそうになかったら、私が来る」
「明らかに非力そうですけど、止められるんですか」
「なめるなよ、大体のことは出来るぞこいつは」
足元にわらわらとタナトスの眷属が集まってくる。眷属が小人サイズなのも相まって、自分が怪獣か何かになった気分だった。…そんな目で見ているのを察されたのか、タナトスがじとりとこちらを見てくる。
「私は仕事に行くからな、絶対に眷属に対して変な気を起こすんじゃないぞ」
「変な気ってなんですか、もうちょっと具体的に言われないとわからないかもしれないです」
「面白がっているだろう貴様…!もういい、行くからな。ちゃんと夜は食べろ。」
ばさっ。
烏が飛び去るような音と一緒に、タナトスは居なくなっていた。
何もしなくても眷属はずっとこちらを見てくる。ちょっとだけ、気が休まらない。
「口に含んでみたら溶けるのかな、この子」
絶対にやめろ、と怒るタナトスの顔を思い浮かべながら眷属のうち一匹をつまむ。もう、すっかり夜だった。電気を付けるどころか、消して寝静まるような夜。
あ~、とわざとらしく脱力した声を出しながら眼前まで眷属を運ぶ。その時だった。
コン、コン、コン。
窓の外から、ノック音が聞こえてきた。
ぞわり、と肌が粟立つ。すぐ右側の窓に、人影が見える。それは、常識的に考えて直ぐにおかしいことだとわかる。
だって、ここは2階だ。そんなことができるのは、重機で身体を持ち上げられた人間だとか、
幽霊、とか。
「…やばい」
布団の中に体を全て隠す。
こういうとき、足先が出ていると駄目だとか聞いたことがある。何の映画だっけ。
パキ、と窓が割れた音。どうやって割られたかは分からないけど、あまり派手にものを叩きつけられて割られた感じではなさそうだった。
「こんばんは~、仔羊ちゃん」
…少し男性にしては高めの甘ったるい声だった。でも、それはこの状況に際して異様で、「この人は普通の人間ではない」と思い知らされた。
「ねえ、起きてるんでしょ?わかってるよ」
無視、無視無視。声を出したら死ぬ。
絶対カマをかけてる。ここで反応したら負けだ。
「お兄ちゃん、こんなガキ…女の子を手籠めにしようとしてたんだぁ、知らなかったな~。いや、常に監視は欠かしてないから、知ってるけど」
お兄ちゃん?もしかして、お兄ちゃんというのはタナトスのことを指している可能性が微粒子レベルで存在するのだろうか。監視とか言ってるし、碌でもない人な気はする。
「手籠めではないですねぇ…」
「…あ、やっぱり起きてんじゃん」
「あ゙っ」
完全に気が抜けていた。さてどうする。
「ほーら、起きて起きて。話そうよ。キミみたいな女の子って興味しかないんだよね、ボク」
うわぁ、怖い怖い怖い。精神的距離が近い。
布団をとんでもない力でぐいぐい引っ張ってくる。これ、異常事態として処理されて死神さんが来てもおかしくないはずなのに、どうして…?と思っていたら、眷属が全員顔部分を紙のようなものでべったりと塞がれている。
嘘でしょ?そんなに対策方法が簡単なんですかこの子たちって。
「いやシンプルに怖いんで近づかないで頂けますか、距離感バグ人間は現実でもネットでもヤバいって相場が決まっていますので」
「えーっ、ひどーい。お兄ちゃんに近づいた女を半殺しにしてないどころかこうやって情状酌量の余地を持たせて接してる時点で偉いと思うんだけどな、今のボクって」
叫びそう。ヤンデレ妹みたいな弟がいるんだ、タナトスさんって。私もさっきの眷属みたいに顔面とか気道を塞がれて死んじゃうんだ。
「ほーらっ、さっさと顔見せろガキ~!」
「…あっ」
布団を剥がれて一番初めに見たものは、
光を通さない夜なのにきらきらしたプラチナブロンドを肩までの太い三つ編みにした、青い目とユニコーンのような角が印象的な中性的な可愛らしい顔の男性だった。…ただ、身長がタナトスと同じくらい高い。それが威圧感も感じさせた。
「……本当にあのひとの弟?」
「よく言われる~!ボクの名前はね、ヒュプノス。タナトスの双子の弟…ねえ、折角顔も合わせたことだし」
お兄ちゃんについて聞かせてよ、お前の口から。
それを言う彼の目はギラギラ輝いていて、凡そ断れる感じではなかった。
最初キミって呼んでたのがお前になってるし最初こそ女の子って濁してたのがガキ呼びになってるし本当に怖かったけど、また新たな始まりの予感を感じて、……それ以上にワクワクしていた。
頭を抱えていたタナトスの第一声がそれだった。
聞けばこの人はかなりタスクを抱えているようで、そもそも日本に出張してきて色々な業務の主任を任されていたらしい。なんで一人の人間にこんなに時間を割いているんですか、本当に。
「流石にこれ以上仕事をしないと首を切られる」
「お疲れ様でした、わたしは死神さんがいなくなったら完全全自動で死んでおきますので」
ネックウォーマーの首根っこを掴まれて、先ほどの言動を咎めるように吊られる。首が絞まらないギリギリだが、加減が分かっているらしいので無抵抗でだらんと手足を投げ出しておいた。
「貴様のそういう物わかりの悪いところが案外癖になってきたかもしれない。嫌だな」
「これから毎日言ってあげましょうか、味噌汁代わりに」
「やめろ、ちゃんと生きろバカが」
そう話しながらタナトスが部屋の暖炉に火をつけて、何やら燃やし始める。……随分古そうな書物の、メモのような。新聞も混じっている。
……その燃えた書物が少しずつ灰になり、形を成していった。これは、おそらく…。
「使い魔、神使、的な…」
「眷属、だな。よく知っているじゃないか」
「ファンタジーは好きなので、へへ」
灰から作られた小さな生き物は、ちょうどタナトスのような灰色のローブをまとったような姿をしていた。顔のありそうな部分は、空洞のような黒があるのみ。正直、ちょっと怖い。でも、仕草はなかなか忙しくてリスみたいで可愛らしい。
「これが、お前を見張っている。お前がいつものように変な気を起こしても、こいつがお前を止める。止められそうになかったら、私が来る」
「明らかに非力そうですけど、止められるんですか」
「なめるなよ、大体のことは出来るぞこいつは」
足元にわらわらとタナトスの眷属が集まってくる。眷属が小人サイズなのも相まって、自分が怪獣か何かになった気分だった。…そんな目で見ているのを察されたのか、タナトスがじとりとこちらを見てくる。
「私は仕事に行くからな、絶対に眷属に対して変な気を起こすんじゃないぞ」
「変な気ってなんですか、もうちょっと具体的に言われないとわからないかもしれないです」
「面白がっているだろう貴様…!もういい、行くからな。ちゃんと夜は食べろ。」
ばさっ。
烏が飛び去るような音と一緒に、タナトスは居なくなっていた。
何もしなくても眷属はずっとこちらを見てくる。ちょっとだけ、気が休まらない。
「口に含んでみたら溶けるのかな、この子」
絶対にやめろ、と怒るタナトスの顔を思い浮かべながら眷属のうち一匹をつまむ。もう、すっかり夜だった。電気を付けるどころか、消して寝静まるような夜。
あ~、とわざとらしく脱力した声を出しながら眼前まで眷属を運ぶ。その時だった。
コン、コン、コン。
窓の外から、ノック音が聞こえてきた。
ぞわり、と肌が粟立つ。すぐ右側の窓に、人影が見える。それは、常識的に考えて直ぐにおかしいことだとわかる。
だって、ここは2階だ。そんなことができるのは、重機で身体を持ち上げられた人間だとか、
幽霊、とか。
「…やばい」
布団の中に体を全て隠す。
こういうとき、足先が出ていると駄目だとか聞いたことがある。何の映画だっけ。
パキ、と窓が割れた音。どうやって割られたかは分からないけど、あまり派手にものを叩きつけられて割られた感じではなさそうだった。
「こんばんは~、仔羊ちゃん」
…少し男性にしては高めの甘ったるい声だった。でも、それはこの状況に際して異様で、「この人は普通の人間ではない」と思い知らされた。
「ねえ、起きてるんでしょ?わかってるよ」
無視、無視無視。声を出したら死ぬ。
絶対カマをかけてる。ここで反応したら負けだ。
「お兄ちゃん、こんなガキ…女の子を手籠めにしようとしてたんだぁ、知らなかったな~。いや、常に監視は欠かしてないから、知ってるけど」
お兄ちゃん?もしかして、お兄ちゃんというのはタナトスのことを指している可能性が微粒子レベルで存在するのだろうか。監視とか言ってるし、碌でもない人な気はする。
「手籠めではないですねぇ…」
「…あ、やっぱり起きてんじゃん」
「あ゙っ」
完全に気が抜けていた。さてどうする。
「ほーら、起きて起きて。話そうよ。キミみたいな女の子って興味しかないんだよね、ボク」
うわぁ、怖い怖い怖い。精神的距離が近い。
布団をとんでもない力でぐいぐい引っ張ってくる。これ、異常事態として処理されて死神さんが来てもおかしくないはずなのに、どうして…?と思っていたら、眷属が全員顔部分を紙のようなものでべったりと塞がれている。
嘘でしょ?そんなに対策方法が簡単なんですかこの子たちって。
「いやシンプルに怖いんで近づかないで頂けますか、距離感バグ人間は現実でもネットでもヤバいって相場が決まっていますので」
「えーっ、ひどーい。お兄ちゃんに近づいた女を半殺しにしてないどころかこうやって情状酌量の余地を持たせて接してる時点で偉いと思うんだけどな、今のボクって」
叫びそう。ヤンデレ妹みたいな弟がいるんだ、タナトスさんって。私もさっきの眷属みたいに顔面とか気道を塞がれて死んじゃうんだ。
「ほーらっ、さっさと顔見せろガキ~!」
「…あっ」
布団を剥がれて一番初めに見たものは、
光を通さない夜なのにきらきらしたプラチナブロンドを肩までの太い三つ編みにした、青い目とユニコーンのような角が印象的な中性的な可愛らしい顔の男性だった。…ただ、身長がタナトスと同じくらい高い。それが威圧感も感じさせた。
「……本当にあのひとの弟?」
「よく言われる~!ボクの名前はね、ヒュプノス。タナトスの双子の弟…ねえ、折角顔も合わせたことだし」
お兄ちゃんについて聞かせてよ、お前の口から。
それを言う彼の目はギラギラ輝いていて、凡そ断れる感じではなかった。
最初キミって呼んでたのがお前になってるし最初こそ女の子って濁してたのがガキ呼びになってるし本当に怖かったけど、また新たな始まりの予感を感じて、……それ以上にワクワクしていた。
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