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第一章
“精神の死”との邂逅 Ⅱ
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数時間近く、この招かれざる来訪者…ヒュプノスと話していた。初めの強烈すぎる印象からは考えられないほどに彼は話が通じた。口こそ悪いものの、タナトスのことを慮っているのは本当なのだと感じて少し気を許せた。
「ええーッ、本当にそれだけの理由でお兄ちゃんに肩入れされてんだ。珍しいね~、どうせ仕事絡みなんだろうけどさ」
「…はい。今度こそちゃんと死ねるかと思ったらめちゃくちゃ自殺を止められてて。別に、仮に死後の世界があったとしても死神さんについては何も言わないのに」
「ばーか、天界の奴らはそういう融通がきかないの~!それをお兄ちゃんだってよくわかってるんでしょ。ほーんと、いつも貧乏くじ引いてるよな…」
あー、と言いながら片手で自分の三つ編みを弄くるヒュプノス。話す時の癖らしかった。
彼が目線をこっちに遣ったのを見て、彼の顔を見る。可愛らしいという印象を抱かせる大きな目がちょっとだけ伏せられていて、その表情は兄のタナトスに少し似ていた。
「あのね~、ボクさ。数百年前からなんだけど、お兄ちゃんからめちゃくちゃ避けられてるのね」
避けられる、どう考えてもさっきのヤバい言動と監視とか言ってるやつのせいじゃないかな、と思いながらも静かに頷く。
「初出情報なんだけど、ボクってかなり天才でさ。神童って呼ばれてたし今も天才のままで、周りにはボクの地位と顔しか見てないカスみたいな神格がいっぱいいる。ボクが迫害されたり孤独にならないために、お兄ちゃんはボクから離れたはずでさ」
「お兄ちゃんはボクの幸せを願ってくれてるけど、でもボクはお兄ちゃんがいなきゃ幸せじゃない。それを、お兄ちゃんはどうやら解ってない」
幸せを願って離れる、それもまた一つの愛の形だと聞いたことはある。ヒュプノスの話を真剣に聞くのなら、もしかしたらタナトスはそのタイプなのだろうか。それは、随分。
「寂しいというか、水臭いと言うか、ですね」
「そうなんだよ!分かってんじゃん、ガキ!」
「ガキ呼びはやめてくださいよ、マジで」
「だからね、お前を囮にしてまた話したいの」
「結構はっきり言いますね、お前を利用するぞってこんなにあけすけに言われるのはなかなかないですよ」
「無駄に濁される方がキモいでしょこんなの。で、どうするの。YES以外の返答はもちろん不許可だけど」
「怖すぎる、俺様系なのかヤンデレ妹なのかどっちかにしてくださいよ。でも、そうですね。」
お、と言う顔をしてヒュプノスがこちらを覗き込んでくる。
「あの人、わたしのこと以外にもたくさん抱えてそうだから。一番しっかりした柱だろうヒュプノスさんがいたらタナトスさんも大丈夫になるんじゃないですか。だから、協力はしますよ」
「……」
ヒュプノスがずっとこちらを見て黙っている。
「え、あの、返答ミスりました?」
「たった数日しか一緒にいないのにわかった気になってんじゃね~よ、ガキ。…でもね、」
お前のこと、ちょっとは信用してやるよ。
くしゃり、と頭を撫でられる。
そこから照れ隠しのようにぐしゃぐしゃに髪の毛を乱されて、髪の毛がめちゃくちゃになる。
「…おとな同士の仲直りに付き合わされるわたし、もう何要求しても許されますよこんなの」
「調子乗んなば~か。はは!じゃあ決まりね、」
あの堅物お兄ちゃんのこと、一緒に攻略しちゃお。
そう言ったヒュプノスに頷いて、布団に潜る。
なんだか不思議と晴れやかな気持ちだった。
「よく眠りな、ガキ。仕事するまでもなさそうなくらいにお前はねんねちゃんだったね」
いつの間にか絶えず吹いていた夜風は止んでいて、遠くからヒュプノスの声がする。
「そうそう、ボクのことさ。お兄ちゃんに呼んでるみたいにしてよ。そうだな~…」
「“睡魔さん”とかどう?」
…この人の前ではタナトスを“死神さん”なんて呼ばなかった。聞いているんだ、日常会話を。
「日常会話まで聞いてるの、流石に怖すぎますよ睡魔さん」
「そう言いながら呼ぶんだね~。物わかりのいいガキは好きだよ」
…だってこの人に歯向かったら何されるかわからないし。それだけだ。
「窓も使い魔も、起きたら全部全部元通りっ。だってボクってば」
天才だからね。
彼がそう言ったのを最後に、わたしの意識は途切れた。
朝の陽光を浴びながら、控えめに揺さぶられる。
この揺さぶっている手の主は、きっと。
「…おい、起きてるか。よくこの時間帯まで何もなく寝ていたな…。」
眼の前にタナトスがいた。彼はわたしを見てちょっと驚いたような…安心したような顔をしていた。
「昨日は特に何もなく過ごしていたんだな、眷属に見張らせていたが何も変な気は起こさなかったようだし、出来るならずっとこのままいてほしいんだが」
「……」
「…どうした。具合でも悪いか?軽口をたたいてこないなんて、お前らしくもない」
「大丈夫ですよ、…前に死神さんが言ってたみたいに、今日ちょっとだけ外に出る時間も作ってみようと思います。」
「どうした!?本当に平気か!?!!……いや、すまない。お前の心持ちが前向きな方に変わったのはいいことだ。喜ぶべきことだな…。」
取り乱すと声が大きくなるんだなぁ、この人。
ひとつ、彼に言えない秘密を抱えたままだけど。
日常がどんどん色付いていくのを感じた。
「ええーッ、本当にそれだけの理由でお兄ちゃんに肩入れされてんだ。珍しいね~、どうせ仕事絡みなんだろうけどさ」
「…はい。今度こそちゃんと死ねるかと思ったらめちゃくちゃ自殺を止められてて。別に、仮に死後の世界があったとしても死神さんについては何も言わないのに」
「ばーか、天界の奴らはそういう融通がきかないの~!それをお兄ちゃんだってよくわかってるんでしょ。ほーんと、いつも貧乏くじ引いてるよな…」
あー、と言いながら片手で自分の三つ編みを弄くるヒュプノス。話す時の癖らしかった。
彼が目線をこっちに遣ったのを見て、彼の顔を見る。可愛らしいという印象を抱かせる大きな目がちょっとだけ伏せられていて、その表情は兄のタナトスに少し似ていた。
「あのね~、ボクさ。数百年前からなんだけど、お兄ちゃんからめちゃくちゃ避けられてるのね」
避けられる、どう考えてもさっきのヤバい言動と監視とか言ってるやつのせいじゃないかな、と思いながらも静かに頷く。
「初出情報なんだけど、ボクってかなり天才でさ。神童って呼ばれてたし今も天才のままで、周りにはボクの地位と顔しか見てないカスみたいな神格がいっぱいいる。ボクが迫害されたり孤独にならないために、お兄ちゃんはボクから離れたはずでさ」
「お兄ちゃんはボクの幸せを願ってくれてるけど、でもボクはお兄ちゃんがいなきゃ幸せじゃない。それを、お兄ちゃんはどうやら解ってない」
幸せを願って離れる、それもまた一つの愛の形だと聞いたことはある。ヒュプノスの話を真剣に聞くのなら、もしかしたらタナトスはそのタイプなのだろうか。それは、随分。
「寂しいというか、水臭いと言うか、ですね」
「そうなんだよ!分かってんじゃん、ガキ!」
「ガキ呼びはやめてくださいよ、マジで」
「だからね、お前を囮にしてまた話したいの」
「結構はっきり言いますね、お前を利用するぞってこんなにあけすけに言われるのはなかなかないですよ」
「無駄に濁される方がキモいでしょこんなの。で、どうするの。YES以外の返答はもちろん不許可だけど」
「怖すぎる、俺様系なのかヤンデレ妹なのかどっちかにしてくださいよ。でも、そうですね。」
お、と言う顔をしてヒュプノスがこちらを覗き込んでくる。
「あの人、わたしのこと以外にもたくさん抱えてそうだから。一番しっかりした柱だろうヒュプノスさんがいたらタナトスさんも大丈夫になるんじゃないですか。だから、協力はしますよ」
「……」
ヒュプノスがずっとこちらを見て黙っている。
「え、あの、返答ミスりました?」
「たった数日しか一緒にいないのにわかった気になってんじゃね~よ、ガキ。…でもね、」
お前のこと、ちょっとは信用してやるよ。
くしゃり、と頭を撫でられる。
そこから照れ隠しのようにぐしゃぐしゃに髪の毛を乱されて、髪の毛がめちゃくちゃになる。
「…おとな同士の仲直りに付き合わされるわたし、もう何要求しても許されますよこんなの」
「調子乗んなば~か。はは!じゃあ決まりね、」
あの堅物お兄ちゃんのこと、一緒に攻略しちゃお。
そう言ったヒュプノスに頷いて、布団に潜る。
なんだか不思議と晴れやかな気持ちだった。
「よく眠りな、ガキ。仕事するまでもなさそうなくらいにお前はねんねちゃんだったね」
いつの間にか絶えず吹いていた夜風は止んでいて、遠くからヒュプノスの声がする。
「そうそう、ボクのことさ。お兄ちゃんに呼んでるみたいにしてよ。そうだな~…」
「“睡魔さん”とかどう?」
…この人の前ではタナトスを“死神さん”なんて呼ばなかった。聞いているんだ、日常会話を。
「日常会話まで聞いてるの、流石に怖すぎますよ睡魔さん」
「そう言いながら呼ぶんだね~。物わかりのいいガキは好きだよ」
…だってこの人に歯向かったら何されるかわからないし。それだけだ。
「窓も使い魔も、起きたら全部全部元通りっ。だってボクってば」
天才だからね。
彼がそう言ったのを最後に、わたしの意識は途切れた。
朝の陽光を浴びながら、控えめに揺さぶられる。
この揺さぶっている手の主は、きっと。
「…おい、起きてるか。よくこの時間帯まで何もなく寝ていたな…。」
眼の前にタナトスがいた。彼はわたしを見てちょっと驚いたような…安心したような顔をしていた。
「昨日は特に何もなく過ごしていたんだな、眷属に見張らせていたが何も変な気は起こさなかったようだし、出来るならずっとこのままいてほしいんだが」
「……」
「…どうした。具合でも悪いか?軽口をたたいてこないなんて、お前らしくもない」
「大丈夫ですよ、…前に死神さんが言ってたみたいに、今日ちょっとだけ外に出る時間も作ってみようと思います。」
「どうした!?本当に平気か!?!!……いや、すまない。お前の心持ちが前向きな方に変わったのはいいことだ。喜ぶべきことだな…。」
取り乱すと声が大きくなるんだなぁ、この人。
ひとつ、彼に言えない秘密を抱えたままだけど。
日常がどんどん色付いていくのを感じた。
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