惨死終に(さんしじゅうに)

ちいちご

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第一章

“精神の死”との邂逅 Ⅲ

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あれからヒュプノスとの密会――けして疚しい意味などではない――は続き、健康になってきたフリをしてタナトスを安心させてきていた、ものの。

「最近、やけに大人しくないか貴様。」
タナトスの第一声がそれで、わたしは焦り散らかした。そう、そうなのだ。段階というものを踏まずに急に死の話をしなくなった私のことを、彼は怪しみ、心配している。

「べ、別に。改心したんですよ、わたしは」
「……改心とかそういうベクトルの話ではないだろう、本当に大丈夫か。私がこういうのもなんだが…」

心配はしているからな。
そう言ったタナトスが仕事に出ていってしまったのを見て、少しちくりと胸が痛んだ。




「えーッ、お兄ちゃんの前でもう死ぬ死ぬ言ってないんだ。ボクの前ではこんなに自殺未遂すんのにね。なーに、人間がよく描いてるNTRってやつなんじゃないの、これ。」

ヒュプノスがとんでもない事を言ったのに対して気道にコーヒーが入って噎せる、本当にやめてほしい。
「マジでやめてください、脳破壊モノなんで」
「はいは~い。…しかしさぁ。」

そろそろ仕掛け時なんじゃない、罠。

彼がそう言ったのを聞いて、わたしは…眉間に皺を寄せた。
「罠、とは」
「言ったでしょ。お前を囮にしてお兄ちゃんとエンカして仲直りしたいって。それをやりたいからさぁ。」



「とりあえず外に出ようよ。夜の空中散歩といこーじゃん」

空中散歩って、何?そんな問いの隙も与えないほど、ヒュプノスの行動は早かった。



「ほーらほらほら!ちゃんと足動かさないと落ちるよ~!はは!」
「運動不足のクソ陰キャ石の下の虫にやらせるにはちょっと荷が重いんじゃないですかねこれ…!」

わたしは、謎の力で宙に浮かされて、ヒュプノスと両手を繋いで一緒に空中を歩いていた。
いや、歩くなんて生易しいものじゃない。これは…

「スイミングスクールの泳ぎ覚えたてのガキが大人の手につかまって一生懸命バタ足してるみたいでかわいーい!無様だねえ!あははは!」
「……ほんっっと黙ってくださいよ、マジで」

わたしのような体力のない人間にとっては、空の散歩は拷問だった。なんで、なんでこんな回りくどい真似をしてタナトスを誘き寄せないといけないんだ。本当に辛い。いっそ運が悪ければこのまま死ぬ。

「あ、だめ、落ちる……」
「あ、落ちる?ほいっと。」

その言葉の次に急に手を離されて、悲鳴が漏れそうになる。目をギュッと瞑って、碌でもない走馬灯が見えて…。あれ。

「落ちない…?」
「そりゃそう。陽動で死なれたら困るもん」

この男。足を動かし続けないと落ちるという虚偽の申告をしてクソ雑魚体力のわたしを弄び続けたらしい。

「ゆ、ゆ、許しませんから………………!!」
「…はいはい、いいよ~。もっと寄っといで。」
わたしが本気で怒っているのにも関わらず、ヒュプノスは余所見をして何かに語りかけている。

その相手は、タナトスの眷属たちだった。


空中散歩に行く、少し前のこと。
ヒュプノスはこう話していた。
 
「眷属はね~、疑似的な監視カメラとしてめちゃくちゃ性能がいいんだよ。それを逆手に取って煽り散らかしたら絶対来ると思うんだよね」
「さっきのNTR発言といい、なんかビデオレター的なことやろうとしてませんか?御影堂にエッチなことする気でしょ!同人誌みたいに!」
「お前みたいな受精卵ごとき、全然対象外なんだよな~」

この人、見た目がめちゃくちゃ若いけど本当は何歳なんだろう。タナトスさんがかなり落ち着いた大人だから、その双子となると思っている推定年齢よりもずっと歳上なのかもしれない。

「……年増若作りおじさん」
「あ~?なんか言った?殺すぞ。」

結構な地雷だったらしい。開いた目が笑ってない。なんでもないです、と続けて外に出て、……先程の空中散歩に至る。



眷属たちは何やら慌てているようで、一匹はわたしの方へ、数匹はヒュプノスの方へ、残りの一匹は何処かへと高速で飛んでいった。

「ほらほらもっと苦しんでよ~。深刻さが出てなかったら多分お兄ちゃんも来ないからさぁ、ね?」
「この鬼畜バイコーン男…!!!」
「角も羽もあるもんねえ、ボク。教養ギャグかも、案外好きだよ~それ。」

 
その数秒後、空間に亀裂が入る。
「…ヒュプノス!!!!!」

息を切らせてやってきたのは、ヒュプノスとわたしが今一番登場の時を待っていたタナトスだった。

彼――タナトスは先程の叫びと打って変わって弱々しくヒュプノスに問う。
「……わたしは、やはりお前に恨まれるようなことをしたか…?こんな子供を、手にかけて…」

一瞬、ヒュプノスとわたしは視線を合わせる。
何か、ヒュプノスとの関わりの中で致命的な勘違いをしているのだ、このタナトスという男は。

一瞬黙っていたヒュプノスがまた話し始める。あ、どうせ碌なこと考えてないんだろうな。
「……ははは~!そうだ!人質としてこのガキは預かった!身代金として~…」

タナトスの側から痛いほど緊張が伝わってくる。
もう、もう少しの辛抱だ、わたし。
  
「お兄ちゃんからのハグを要求します♡」
「「…は?」」

やっぱりこんな狂った男に対して気を許したのは間違いだったのかもしれない、そう思った。



舞台は空の上から、御影堂邸に移る。

「いや~!会いたかったよ~!!話しかけようとすると国単位でどっか行っちゃうんだもん!本当に寂しくてぇ、故郷を破壊しそうになっちゃったぁ…」
「…悪かった。だから、故郷を破壊するのを選択肢に入れるのはやめなさい、お願いだから」

190cmの男が190cmの男を抱きしめている。本来ならむさ苦しい図のはずなのに、ヒュプノスの顔が少年そのもので可愛らしかったために、あまり視覚的なダメージは少なかった。

正直、帰りたい。あとは若い2人に任せて…と言って退散したい気分だった。だが、タナトスが長いスカートの裾を握ってきたので…頼られたのが嬉しくて動けずにいる。

「ねえ、お兄ちゃん。ずっと忙しいんでしょ。それなのにこんなガキに捕まってさ、大変も大変じゃん」
「……大変では、ある。でも、私の至らなさの所為でもある…」
「そこで、なんだけどっ」

ヒュプノスとタナトスの顔と顔がくっつきそうな距離に近づいて、わあ、と言いそうになる。

「ボクがこのガキの面倒見るから復縁しようよ」

「…それは、どういう…?」
「………えっ」

二人でとんでもなく間抜けな反応をしてしまったのを見て、ヒュプノスは笑いながら続ける。

「いや、Win-Winってやつじゃん?このガキは死ななくなるし。お兄ちゃんは仕事に行ける。こんなにいいことなくない?」
「…分かった、分かった。これ以上顔を近づけるな。いたいけな少女にトラウマを植え付ける気か。了承するから…。」

もう何を見せられているのか分からなかったけど、私はこの男ともう少し一緒にいなければならないらしい。それも、毎日。


…気が遠くなりそうで、

でも、今までの人生より彩度の高い今が、これからもっと染まるのを期待していた。
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