惨死終に(さんしじゅうに)

ちいちご

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第二章

継ぎ足される安寧 Ⅰ

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――何もかもが曖昧な中、真っ白な空間を歩いていく。街路樹のように、展示品のように道を彩るそれが、像を結ぼうとする。なにかに邪魔されるように霧散しては、また像を結ぼうとして形を作ろうとする。

その邪魔をしてくる存在は、自分よりも視点が低く四足歩行の大きな生き物だった。首元からちりん、と音も鳴っている。

猫?それにしては大きい。山羊?いや違う。
この生き物らしいものの像が霞んで見えるのは、これはおそらく、柔らかい体毛に包まれているから。

「羊…?」

自分の声で、目を覚ました。
 
「……………あれ、夜だ」
「…起きたか、小娘」

ぼんやりした思考のまま目を開けると、眉間に皺を寄せたりこちらを叱っているいつもの時よりずっと酷い顔をしているタナトスが立膝になりながらベッドに眠る自分の手を握っていた。

「えっ、どうしたんですか。めちゃくちゃ疲れた顔してますよ、糖分糖分、糖分が絶対に足りてないです。あと絶対働きすぎ」
「こちらの身を案じる前に自分の身を案じろ、…でも心配自体はその、痛み入る。ありがとう。」

タナトスの話によると、わたしは2日くらいぶっ通しで一切起きずに眠っていたらしい。
「2日!?イベント走れてない期間が2日もあってランキングには流石に載れないですね~~~、うわ~~~…」
「だから自分の身を案じろと言ってる、…眠る前のことは、覚えていないのか。そうか。」

自分の身を案じろ、の次にぼそりと呟かれた言葉は、不思議と聞き取れなかった。この人っていつも声が通るしはっきり喋るから、聞き取れないわけがないのに。

この人、自分のことを心配してくれてるのかな。
 
「…ご心配かけちゃいましたねえ、またちゃんと挨拶代わりに死にますので止めに来てくださいよ」
「っ、お前は本当に………。いや…でも、そうだな。お前がそうでなくては、私も務まらない」

受容を、されている。前は死ぬ死ぬ言うとすぐ怒ったり叱ったりしたのに。

「なんか、こういうと失礼かもしれませんけど………わたしに対して優しくなりました?死神さん有給取ってぇ、紫苑ね、あなたのこと1日だけ独り占めした~いって戯言言っても本気にしそうな感じじゃないですか」

このちょけ方、睡魔さんから影響を受けすぎかも。嫌だな。好きな人の前でやるのは本当にいかがなものか、というダル絡みすぎる。

その言葉を受けてちょっと小首を傾げてから、彼は短く言った。
「いいぞ、独り占めをされてやっても」

流石に焦った。だって、本気で言ってないし。
「え゙っ、いや今のは言葉の綾というか戯言って言ったしあのそのえっと待ってくださいよ」
「…くく、焦りすぎだ馬鹿。…有給自体、今日と明日で2日取ってる。お前は前から外に出る機会を作っていたんだったな、殊勝なことだ。大方、あの時はあいつの差し金だろうが…。」

初めてタナトスが笑ったところを見てしまった衝撃で言葉があまり入ってこない。目尻が優しく下がって口が少し横に開いて、弟のヒュプノスとは違って喉で笑うんだな、この人…。

「それで、どうする。明日お前の好きな店にでも行くか」
「エッ、そういう話でしたか。じゃあ、その…」


人生で一度は、パンケーキ屋さんに行ってみたくて。


飲食店特有の賑やかさに、きらびやかな装飾。
「本当に来ちゃいましたよ…」
「何を注文してもいい、手持ちはあるから」
「イヤーッ、助けて下さいスパダリがいる」
「お前の言う言葉でまたわからない日本語が出たな、すぱだり……」

タナトスもとい彼のような神格というのは、人間側の認知を歪めてどんな不自然な格好でいても疑問に思わせないことも出来るらしい。ヒュプノスが前に教えてくれたのは、そういうことだった。

その上で、彼は。

人間に紛れるために不自然でない私服を今回の外出のために用意していたらしかった。

その姿というのが――
(灰色のタートルネックに黒のストレッチジョガーパンツ、首から掛かってるのって眼鏡ですか!?眼鏡!?!?)

全体的にモノトーンのシンプルな冬の装いだったが、元の素材の良さも手伝ってかありえないほど様になっていた。


「ひえ…股下東京スカイツリー…」
「さっきからどうした。見過ぎだろうが、私を」
「いや見ますけどこんなにレアな姿、目に焼き付けますけど」
「大袈裟な…ほら、この中から頼むぞ。」

 メニューには様々な種類のパンケーキが並んでいた。甘そうな物が大半だったが、主食代わりになりそうな、塩気のありそうな味付けのものも混じっている。

その中で特に目に留まったのは…

「ベリーベリーチョコパンケーキ、いいですね」
「それにするのか、わかった。…わたしも同じものにしたいんだが構わないか。人間のちゃんとした食事は勝手がよく分からなくてな」
「ええーッ、畏れ多…いやうれしいです…」

そうか、と短く返事を返してワイヤレスチャイムを押したタナトスはこれが初めてなのか疑わしくなるほど鮮やかに注文を済ませて…


雑談をして時間がある程度経ったタイミングで注文したベリーベリーチョコパンケーキが2つとも来た。

「写真撮っちゃお、もう二度と行けないかもしれないから」
「……お前が望むなら2度目も用意してやるぞ」
「いや~、明日も頑張って死ぬので…」

その言葉を吐いてすぐ、タナトスの表情が曇る。
まただ。この人、前日もわたしがいつも通りにしていただけですごく心配そうにしていた。

本心では、ないけど。
「…や、次はかき氷屋さんですかね」
「…、そうか。もう少し暖かくなったらな」

ふわ、とタナトスの目元が緩む。
この人。この人ほんとに、わたしのことどう思ってるんだ。なんなんだ。暴れたい。

その後は、ゆっくり雑談をしながらタナトスのゆっくりとしたペースの食事に付き合った。
「食感が、やわらかい…」
「いつもブドウ糖ばっかり食べてますもんね」
「口当たりがいいとは、こういうことを言うんだな」

結局、その日の夜はちょっと首元に刃物を当てる程度でいつもほど希死念慮に駆られず過ごした。

 
 

ちりん、ちりんちりん。 
羊の形をした眷属のうち一匹が首元のベルを鳴らしながらボクに擦り寄ってくる。

「いいぞお兄ちゃん~…頑張れ頑張れ。」

ガキ…御影堂紫苑のほうに仕込んだ盗聴器から、二人の穏やかな談笑が聞こえる。
「いや、未知の技術って自分のモノにするときが一番楽しいんだよね~、マジでさ。」

ま、それにしては。

「大分手に負えなそうなシロモノではあるけどさ~~~~…!」

『追憶の蔵書庫』の性質の内に、認知と記憶を定期的に弄らないと『その性質を持った人間が自分の持つ記憶の氾濫により突然壊れる可能性がある』というものがあって、…前はそれを既のところで無理矢理止めた。今は彼女の認知の部分を自分の眷属を介入させて少しだけ歪ませている。

あいつが自分の役割を思い出すことは、まだ、あってはならない。壊れさせても、いけない。

「技術班はこっちで頑張っとくからさぁ!なんとかやれよ、お兄ちゃん…!」

ボクは、じりじりと少しずつ大きな何かが迫ってくるような緊迫感に、眉を寄せながら笑みを浮かべていた。
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