神紋と魔紋

霜野清良

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使者

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 僕、リンドネル・ファジランスは、眩しく、温かい朝日で目が覚めた。見回りの休憩時に、寝てしまったのか?いや、違うな。体が軽い。見回りの時は万が一のため、剣や回復薬を常備しているはずなのに、その重さがない。つまり……

 目を開けて、体を起こす。周りは消毒液の匂いがわずかに香る、本部の治療室だった。
 周りのベッドにも、今日一緒に見回りに行った仲間たちが寝ている。みんな特に重症なわけではなく、普通に眠りこけているようだった。そのことに安堵しつつ、胸を撫で下ろしていると、ピリッと、左手に痛みが走った。痛みのする方へ目を向けると、ほとんど血が止まっている浅い傷口があった。本当に浅い傷で、回復魔法を使うまでもないため、消毒で終わらせていたのだろう。

 なんだ、この傷?この傷に覚えがない。それだけじゃなく今日行った見回りの記憶もない。厳密に言うと、ここから出発した記憶はあるのだが、途中まで見回りに行って……その先が覚えていない。

 ベッドに横たわるような傷をつけられたわけでもないのにベッドに運び込まれている。つまり自分で治療等ができない状況だったと言うことだ。それも、一人二人なら対処できる。他の仲間がそいつを起こす、もしくは治療すればいいからだ。
 だからこうやって周りを見てみると、ベッドに横たわっている人は、数名いない人はいるが、昨日行った仲間のほとんどが今ここにいる。つまり、全員が一瞬で戦闘不能になる何かをされたと言う事だ。それで、誰かが倒れている僕たちを見つけて、ここに運び込まれたということか。信じられないが、そういうことなのだろう。

 自分の頭でそう結論付けたが、一つどうしてもわからないことがある。それは、そこの記憶がないということだ。最初はただ普通に見回りをしていたはずだ。その後、僕が全く気づかない位の早さで何かをされたということなのか?仕方ない。仲間の誰かから今の状況を聞くしかない。何人かが今この場にいるということは、今の僕たちより重症、もしくはもう目が覚めたところなのだろう。

 後者であることを祈りながら、僕はベッドから降りた。服は見回りに行った時とそのままで、重い荷物はベッドの下に置かれていた。回復薬に、愛用している剣。その剣の鞘。てきぱきと荷物を身に付け、最後に金のブレスレットを手に取った。改めてじっくり見ていると、本当に綺麗だな、と思わず考えてしまう。

 きれいに整った装飾。わずかな歪みもない本体。光に反射して、より輝いて見える。一番目に入るのが中心につけられた丸い宝石。これが自分の力を操作する大切な道具なんだと、改めて自分に言い聞かされた気がした。手慣れた手つきで腕にブレスレットを通すと、少しサイズが大きかったブレスレットが、すっと腕にぴったりなサイズになった。

 本当にこの効果は便利だな。きつすぎず、ゆるすぎず、ちょうどいいサイズになったブレスレットをそっと撫で、治療室を出ようとした。その時、治療室のドアがガチャリと開き、隊長が入ってきた。

「おお、起きたか。体調に異変はないか?」

 隊長は、怖い顔でよく助けた子供を泣かせたりしてしまっているが、内面はとても優しい。この人の下に来れて本当によかったと今まで何度も思っている。本人は、もうちょっと優しい顔だったらなぁとつぶやいているが、怖い顔だから良いのだと思う。そういうものは、わずかに相手を狼狽えさせたりして、相手の隙を取るのに使える。隊長には悪いが、今の隊長が一番好きだ。

「はい。驚くほど目覚めが良いです。」

 これは強がりなどではなく本音だった。最近は夜の見回りが多くて、朝寝れるわけでもなく、睡眠不足な生活を送っていたのだ。だが、今日気絶している間に、よく眠れたのか、頭も体もスッキリしている。久しぶりの良い目覚めだった。

「そうか。よかったな。それで質問なんだが……昨日の見回りの記憶、あるか?」

 一瞬、息が止まった。

「……え?申し訳ありませんが、記憶にありません。……もしかして、隊長もですか?」

 隊長でも、昨日のことを覚えていないんだろうか。

「悔しいことに、記憶が全くない。今何が起こったか皆に聞き回っているところだが、今起きているもの全員がその記憶がないと言っているのだ。おそらく、何か魔人の能力で、その記憶が消されたと思われる。」

 そこまで聞いて、嫌な予感がした。その情報に合うものを、僕は知っている。それだけでは確定できないが、おそらくこれが正解なのではないだろうか。

「隊長、『裏影の疾風』。という噂を聞いたことがありますか?」

 それを聞くと、隊長は少し考えているようだったが、やがて首を振った。

「知らぬな。それはなんだ?」
「あくまで噂なのですけど、『裏影の疾風』はとある魔人のことを指しているいると思われているのです。裏影に突如現れて、何も記憶を残させずに消えるのです。その場の現場からとんでもない力を持っていると思われるのですが、その魔人に出会ったと思われる人たちは、全員軽症で、今のところ死者は確認されていません。そして、その人たちに何があったのかと聞くと、何も覚えていないと返すのだそうです。今までは魔人としてありえない行動だったため、ただの噂話かと思っていましたが、そうでは無いようですね。」

 それを聞くと、隊長は真剣な顔になって、うなずいた。

「なるほど。一度その情報集めてみる必要がありそうだな。人を殺さないと言う事は、何か裏で計画があるのかもしれない。……わからぬな。」
「まともな精神を持っている、と言う可能性はないのですか?」

 ふと思いついてその言葉を口にしたが、自分自身でも、それはありえない、とすぐに思い直した。

「ないだろうな。お前は、魔人に関連する事件を、身近に受けた事があるだろう。」
「……はい。」

 遠い昔の、慕っていた人を思い出す。もう顔も覚えていない、その人を。

 魔人。人を殺す化け物。それは人が何故か突然強い力を持ち、そして暴走することだ。魔人になってしまった人は、元の原型すらも残らず、精神がめちゃめちゃになる。ただ人を殺したい。人を苦しめたい。と言う考えしかできなくなる。しかも厄介なのが、その悪夢は、その悪夢の元凶を殺すまで止まらない。何故か魔人は、魔人になった瞬間から一切歳を取らなくなる。時によっては何百年も生き、とんでもない力を手にしているものなどもいる。

 そんな魔人がまともな精神を持っている?何を馬鹿げたことを、自分は言っていたのだ。そんなことあるわけないじゃないか。少なくとも、今までそんな事例は一つもなかった。

 拳を強く握りしめていたのが見えたのか、隊長は僕の肩に、そっと手を乗せた。

「とりあえず、休んでおけ。落ち着いたら、調査を開始しよう。皆を守る『使者』として、まず自分を元気にしないとな。」
「……はい。」

 そう返事すると、隊長は軽くうなずき、部屋を出ていってしまった。僕は自分が寝かされていたベッドに戻り、座った。そして嫌な気分を吐き出すように深呼吸する。皆を守る使者として、まず自分が元気にならないと、魔人から他の人を守れない。僕は、できる限りあの人のような人を減らしたい。
 リンドネルは自分の目標を再確認し、ブレスレットを撫でるのだった。
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