神紋と魔紋

霜野清良

文字の大きさ
2 / 6

使者

しおりを挟む
 僕、リンドネル・ファジランスは、眩しく、温かい朝日で目が覚めた。見回りの休憩時に、寝てしまったのか?いや、違うな。体が軽い。見回りの時は万が一のため、剣や回復薬を常備しているはずなのに、その重さがない。つまり……

 目を開けて、体を起こす。周りは消毒液の匂いがわずかに香る、本部の治療室だった。
 周りのベッドにも、今日一緒に見回りに行った仲間たちが寝ている。みんな特に重症なわけではなく、普通に眠りこけているようだった。そのことに安堵しつつ、胸を撫で下ろしていると、ピリッと、左手に痛みが走った。痛みのする方へ目を向けると、ほとんど血が止まっている浅い傷口があった。本当に浅い傷で、回復魔法を使うまでもないため、消毒で終わらせていたのだろう。

 なんだ、この傷?この傷に覚えがない。それだけじゃなく今日行った見回りの記憶もない。厳密に言うと、ここから出発した記憶はあるのだが、途中まで見回りに行って……その先が覚えていない。

 ベッドに横たわるような傷をつけられたわけでもないのにベッドに運び込まれている。つまり自分で治療等ができない状況だったと言うことだ。それも、一人二人なら対処できる。他の仲間がそいつを起こす、もしくは治療すればいいからだ。
 だからこうやって周りを見てみると、ベッドに横たわっている人は、数名いない人はいるが、昨日行った仲間のほとんどが今ここにいる。つまり、全員が一瞬で戦闘不能になる何かをされたと言う事だ。それで、誰かが倒れている僕たちを見つけて、ここに運び込まれたということか。信じられないが、そういうことなのだろう。

 自分の頭でそう結論付けたが、一つどうしてもわからないことがある。それは、そこの記憶がないということだ。最初はただ普通に見回りをしていたはずだ。その後、僕が全く気づかない位の早さで何かをされたということなのか?仕方ない。仲間の誰かから今の状況を聞くしかない。何人かが今この場にいるということは、今の僕たちより重症、もしくはもう目が覚めたところなのだろう。

 後者であることを祈りながら、僕はベッドから降りた。服は見回りに行った時とそのままで、重い荷物はベッドの下に置かれていた。回復薬に、愛用している剣。その剣の鞘。てきぱきと荷物を身に付け、最後に金のブレスレットを手に取った。改めてじっくり見ていると、本当に綺麗だな、と思わず考えてしまう。

 きれいに整った装飾。わずかな歪みもない本体。光に反射して、より輝いて見える。一番目に入るのが中心につけられた丸い宝石。これが自分の力を操作する大切な道具なんだと、改めて自分に言い聞かされた気がした。手慣れた手つきで腕にブレスレットを通すと、少しサイズが大きかったブレスレットが、すっと腕にぴったりなサイズになった。

 本当にこの効果は便利だな。きつすぎず、ゆるすぎず、ちょうどいいサイズになったブレスレットをそっと撫で、治療室を出ようとした。その時、治療室のドアがガチャリと開き、隊長が入ってきた。

「おお、起きたか。体調に異変はないか?」

 隊長は、怖い顔でよく助けた子供を泣かせたりしてしまっているが、内面はとても優しい。この人の下に来れて本当によかったと今まで何度も思っている。本人は、もうちょっと優しい顔だったらなぁとつぶやいているが、怖い顔だから良いのだと思う。そういうものは、わずかに相手を狼狽えさせたりして、相手の隙を取るのに使える。隊長には悪いが、今の隊長が一番好きだ。

「はい。驚くほど目覚めが良いです。」

 これは強がりなどではなく本音だった。最近は夜の見回りが多くて、朝寝れるわけでもなく、睡眠不足な生活を送っていたのだ。だが、今日気絶している間に、よく眠れたのか、頭も体もスッキリしている。久しぶりの良い目覚めだった。

「そうか。よかったな。それで質問なんだが……昨日の見回りの記憶、あるか?」

 一瞬、息が止まった。

「……え?申し訳ありませんが、記憶にありません。……もしかして、隊長もですか?」

 隊長でも、昨日のことを覚えていないんだろうか。

「悔しいことに、記憶が全くない。今何が起こったか皆に聞き回っているところだが、今起きているもの全員がその記憶がないと言っているのだ。おそらく、何か魔人の能力で、その記憶が消されたと思われる。」

 そこまで聞いて、嫌な予感がした。その情報に合うものを、僕は知っている。それだけでは確定できないが、おそらくこれが正解なのではないだろうか。

「隊長、『裏影の疾風』。という噂を聞いたことがありますか?」

 それを聞くと、隊長は少し考えているようだったが、やがて首を振った。

「知らぬな。それはなんだ?」
「あくまで噂なのですけど、『裏影の疾風』はとある魔人のことを指しているいると思われているのです。裏影に突如現れて、何も記憶を残させずに消えるのです。その場の現場からとんでもない力を持っていると思われるのですが、その魔人に出会ったと思われる人たちは、全員軽症で、今のところ死者は確認されていません。そして、その人たちに何があったのかと聞くと、何も覚えていないと返すのだそうです。今までは魔人としてありえない行動だったため、ただの噂話かと思っていましたが、そうでは無いようですね。」

 それを聞くと、隊長は真剣な顔になって、うなずいた。

「なるほど。一度その情報集めてみる必要がありそうだな。人を殺さないと言う事は、何か裏で計画があるのかもしれない。……わからぬな。」
「まともな精神を持っている、と言う可能性はないのですか?」

 ふと思いついてその言葉を口にしたが、自分自身でも、それはありえない、とすぐに思い直した。

「ないだろうな。お前は、魔人に関連する事件を、身近に受けた事があるだろう。」
「……はい。」

 遠い昔の、慕っていた人を思い出す。もう顔も覚えていない、その人を。

 魔人。人を殺す化け物。それは人が何故か突然強い力を持ち、そして暴走することだ。魔人になってしまった人は、元の原型すらも残らず、精神がめちゃめちゃになる。ただ人を殺したい。人を苦しめたい。と言う考えしかできなくなる。しかも厄介なのが、その悪夢は、その悪夢の元凶を殺すまで止まらない。何故か魔人は、魔人になった瞬間から一切歳を取らなくなる。時によっては何百年も生き、とんでもない力を手にしているものなどもいる。

 そんな魔人がまともな精神を持っている?何を馬鹿げたことを、自分は言っていたのだ。そんなことあるわけないじゃないか。少なくとも、今までそんな事例は一つもなかった。

 拳を強く握りしめていたのが見えたのか、隊長は僕の肩に、そっと手を乗せた。

「とりあえず、休んでおけ。落ち着いたら、調査を開始しよう。皆を守る『使者』として、まず自分を元気にしないとな。」
「……はい。」

 そう返事すると、隊長は軽くうなずき、部屋を出ていってしまった。僕は自分が寝かされていたベッドに戻り、座った。そして嫌な気分を吐き出すように深呼吸する。皆を守る使者として、まず自分が元気にならないと、魔人から他の人を守れない。僕は、できる限りあの人のような人を減らしたい。
 リンドネルは自分の目標を再確認し、ブレスレットを撫でるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ドアマットヒロインって貴族令嬢としては無能だよね

みやび
恋愛
ドアマットにされている時点で公爵令嬢として無能だよねっていう話。 婚約破棄ってしちゃダメって習わなかったんですか? https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/123874683 と何となく世界観が一緒です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

R・P・G ~転生して不死にされた俺は、最強の英雄たちと滅ぼすはずだった異世界を統治する~

イット
ファンタジー
オカルト雑誌の編集者として働いていた瀬川凛人(40)は、怪現象の取材中、異世界の大地の女神と接触する。 半ば強制的に異世界へと転生させられた彼は、惑星そのものと同化し、“星骸の主”として不死の存在へと変貌した。 だが女神から与えられた使命は、この世界の生命を滅ぼし、星を「リセット」すること。凛人はその命令を、拒否する。 彼は、大地の女神により創造された星骸と呼ばれる伝説の六英雄の一人を従者とし、世界を知るため、そして残りの星骸を探すため旅に出る。 しかし一つ選択を誤れば世界が滅びる危うい存在…… 女神の使命を「絶対拒否」する不死者と、裏ボス級の従者たち。 これは、世界を滅ぼさず、統治することを選んだ男の英雄譚である。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...