神紋と魔紋

霜野清良

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調べ物

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 目の前には、大きな図書館。本好きだったらたまらないだろう。

「これだけ大きかったら、少なくとも何かしらの情報はあるだろ!」
「だといいですね~」

 セフィネルとそう会話をしながら、俺は受付に進む。

「いらっしゃいませ。入場料は、大人は一人小銀貨一枚、子供は銅貨五枚です」
「わかりました」

 左腰につけている袋から銅貨を二十五枚出した。
――確か、銅貨十枚で小銀貨一枚だったはずだ。あいにく細かい小銭しかなかった。

「確かに受け取りました。一度退出されると再入場には料金がかかりますのでご注意下さい」

 特に警備とかもなく、簡単に入ることができて安堵する。だが、同時に警備する必要もない資料しかないということだ。

「どうする、リュレン。手分けするか?」
「そうだな。セフィネルは物語の逸話のあたりを探してくれ。物語は実話を参考にしてあることも多くて馬鹿にできないからな」
「わかりました!」

 セフィネルが絵本や、物語置いてある場所を探しにいくのを見送った後、二人は書棚に陳列されている分厚い歴史書や、魔人の研究書に目を向ける。

「俺たちはこの辺のやつだな」
「ああ」

 ため息をつきながらも、知りたい情報があることを祈って、ずっしりと重みのあるその本を手に取った。

 それから、三、四時間はたっただろうか。案の定というべきか、情報はほとんど見つからなかった。

「ルレファ、魔人の研究書はなんか有益な情報はあったか?」

 試しに、情報を共有することにして、ルレファに尋ねてみる。

「いや。そっちの歴史書はどうだ?」
「魔人が出現し始めたあたりの歴史をたどってみたけど、前後で特に知られていない兆候はなかったよ。強いて言うなら魔物が増えてた、という統計ぐらいだ」
「そうか。この本も、研究書と書いてあるわりには情報がない。魔人の身体的特徴、『紋章』についてはそこそこ書いてあったが」
「ちなみに、どんなことが書いてあったんだ?」
「『魔人は、人が魔人となったときに体のどこかに決まった形の紋章が刻まれる。その紋章を、悪魔の紋章、魔紋と呼ぶ。』だとか、『魔紋が刻まれている場所を切除しても再生されてしまうので、一度魔人化した人間は二度と元には戻れないと考察される』のようなもう知っていることだけだ。元に戻る方法も、人が魔人化する原因も、立証されるどころか、考察すらされていないようだ」
「もう知ってることばかりか~。俺たちは特に収穫なし、だな」

 はぁ、とため息をつき、二人はセフィネルを探すことにした。そろそろ昼なので、昼食を取るかどうするか決めようと思う。

「セフィネル!どこだ~?」
「こっちです!」

 他の利用者の迷惑にならない程度に尋ねると、比較的早くセフィネルの返事が返ってきた。

「セフィネル、何か情報はあったのか?」

 ルレファがセフィネルの抱えている絵本を見てそう尋ねる。

「情報と言うことではないかもしれませんが、昔読んだことのある本の内容が少し変わっていまして」
 そう言って、セフィネルはその絵本をペラ、とめくり、最初から読上げ始めた。

 ―――昔々、人々は平和に暮らしていました。その人々が生きる時代は、魔物も、魔人も存在しない平和な世界でした。
 ところが、ある時、『悪魔』が現れました。その悪魔は、人々は襲い、苦しめ、生きる場所を奪いました。人の力ではかなわない相手だったのです。
 そんな時に、とある神を祭っていた一族に、神の声が聞こえたのです。
『悪魔と戦う力をあなた方に与えましょう。その力で、悪魔を滅ぼしてください。』と。
 その神の力を受け取った一族は、神の『使者』と呼ばれ、悪魔と必死に戦いました。その戦いは、何十年にも及ぶものでした。
 ですが、使者は諦めませんでした。人々を守るために戦い、ついには、悪魔を滅ぼしたのです。
 それから長い時を経て、その一族は三つに分かれ、御三家となりました。
 その御三家は、悪魔が死の間際に残した『魔物』を退治していくことで、子孫代々その力を人のために役立てています。
 そして今、人が突如理性を失い、『魔人化』してしまう現象が起きています。使者は、今日この時でも私たちを守ってくれているのです。

 セフィネルが読み上げ終わり、絵本をパタン、と閉じた。俺は昔のこの絵本を思い出し、うなずいた。

「なるほどな。魔人の記述が増えて、現代につながる形で終結しているのか」

「俺は昔の方を知らないからなんとも言えないが、魔人の存在がはっきりと確認されたのは比較的最近だからな。ここ十年ほどである程度情報が分かり、物語を修正したのだろうな」
「はぁ、何時間も探してほとんど収穫ないかぁ」

 また収穫なし。十数年もこの調子だと慣れてくる。だが、そろそろ危険な場所にも乗り出さないといけないと思った。

「やはり、王都が狙い目でしょうか」
「そうだろうなぁ」

 セフィネルの言う通り、王都には重要な資料があると思う。だが、もちろんその分警備は厳重なはず。注意が必要だ。

「ま、とりあえず気分転換にでも行こうか。ここにはもうあまり良さそうな情報はなさそうだしな」
「そうだな。保存食も減ってきたところだ。他の備品の補充、宿の確保も行ってしまおう」
 調べものもほどほどにして、俺たちは一度図書館を出ることにした。

 図書館を出て、しばらく歩くと屋台や露店が多く見られるようになってきた。祭り真っ只中ということもあり、とても賑わっている。 

「二人は、何か食べたいものはあるか?」
 一応尋ねてみたが、想像通り、二人は首を振った。
「いえ、朝の串焼きで十分です」
「俺も十分だ。それより、さっきの図書館でかなり出費がかさんだ。節約するためにも、しばらく保存食がいいだろう」

 なんというか、もったいない。

「そりゃそうなんだが……確かに俺たちはそんなに食べなくてもいいけどさ、もうちょっとほら、食は楽しみでもあるんだぞ?」
「「生き延びるためのものの方が大事だ」」
「「生き延びるためのものの方が大事です」」
「はい……」

 流石に無理やりは食わせられない。諦めて、改めて周りを見渡す。さっきまでは屋台の割合の方が多かったが、こちらに来ると道具などの露店の方が増えてくる。
 薬草や、魔石などが多く売られている場所に近づくと、セフィネルが興味深そうに露店を眺め始めた。

「見たことのないものばかりです……!!」

 あまりにもキラキラとした目で見ていたので、ついに、ふっ、とルレファが口元を隠しながら笑いをこぼした。

「あ!今笑いましたね?!」
「笑ってない」
「笑いました!!」
 だめだ。耐えられない。
「ははは!」

 恥ずかしそうにむくれる姿が可愛らしくて、つい俺まで吹き出してしまった。

「リュレンさんまで!!」

 ついにすねてしまったセフィネルだが、薬草を見る目は相変わらず輝いている。

「なんか買うか?」

 思わず声をかけると、セフィネルはキラキラとした目をバッ、とこちらに向けた。

「い、良いんですか?!でも、節約した方がいいのでは……」
「今朝使った薬の在庫補充も頼みたいし、セフィネルの研究が進めば何かと便利だしな。いいだろ、ルレファ」
「……まぁ、必要出費だな」
「だとさ。買っちゃえ」
「あ、ありがとうございます!」

 本気で喜ぶ様子を見ると、役に立つかどうか関係なく、本当にセフィネルは薬を作るのが好きなんだな、と伝わる。嬉しそうにする様子を見ると、まるで本当に自分の妹のように思えてくる。きっと、ルレファも同じだろう。

「それじゃあ――」
 一旦別行動にしよう、と言おうとしたその時だった。全身に何かが駆け巡るような感覚と共に、ゾワッ、と全身に鳥肌がたった。その感覚に引っ張られるかのようにバッ、と振り向くと、つい数秒前すれ違った四人家族の、おそらく長男が苦しそうに腕をかきむしっていた。

「まさか?!」
「――っ、こんなところで……!」 

 瞬時に状況を理解したルレファは、固まっているセフィネルの腕を半ば強制的に掴み、青年と距離を取った。

 周りの人にも警告しなければ、と思ったその時。

「皆さん、その方から離れてください!!」

 ハリのある声が大通りに響き、周りがシン、と一瞬静まり返り、自然と道を開け、声の主と青年を繋ぐ道ができた。
 赤髪に、純白の隊服。そして、御三家の一つ、ファジランス家の家紋。
 間違いない。間違えようがない。

「使者様だ!」
「道を開けろ!邪魔になるぞ!」

 人々の声がまた大きくなり、使者と青年の周りから離れる。

「はは……マジかよ」

 状況は、想像したより何倍も厳しいようだ。
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