1 / 1
Ω騎士は敵国α英雄に愛される
しおりを挟む
Ω騎士は敵国のα英雄に愛される
【登場人物】
エル・ド・オルフェン
偉大な騎士を数多く排出するオルフェン伯爵家の次男で、Ωとして産まれてまい、父親には見放され育った。唯一味方だった母は6歳の時に結核で死亡してしまう。
そこからは孤独に努力し、18歳でルミエール王国の騎士団に入った。
長い赤髪を後ろで束ねている。瞳は紫色
背は176cmと高めだが、体の線は細く色白。Ωは筋肉が付きにくいので、αばかりの騎士団で幼少期からの努力だけでのし上がった努力家。Ωとして差別を受けている。
敵国エルグラドの英雄、ラグナ・ヴァレリアン。25歳という若さで、王族側近騎士団団長。数々の戦場で名を馳せる怪物。
背は198cmと恵まれた体格。褐色の肌と銀色の髪と赤い瞳が特徴。
他国からはエルグラドの怪物と恐れられているが、孤児だったところを前団長に拾われた温厚でコミュニケーション能力が高い人気者。団員や国民からの支持率が高い。
元々恋愛対象は男なので、勇ましく美しいエルに一目惚れしてしまった。
アル・ド・オルフェン
エルの兄でオルフェン家長男
24歳で王国騎士団団長に上り詰めたエリートα。弟には昔から冷たい言葉をかけてきたが、本当は弟思いの優しい男。
背は182cm、赤髪短髪で筋肉質な体格。
-----------
-------
――私の名は、エル・ド・オルフェン。
偉大な騎士を幾人も輩出してきた、オルフェン伯爵家の次男として生まれ、そして不幸にもΩだった。
Ω、という第2の性。その事実だけで私の価値は最初から決まっていた。
7歳のときに行われた検査でΩと判明した瞬間、父は私を見下ろし短く息を吐いた。
「……使えんな。」
それが、父が私にかけた最後の言葉だった。
一方、兄であるアルはオルフェン家に相応しいαとして期待され、幼い頃から剣を教えられ、褒められ愛された。
私はその背中を、ただ遠くから見ていた。
同じ家に生まれ、同じ血を引いていても立つ場所は最初から違った。
唯一、私の味方だったのは母だけだ。
母は赤い髪のΩで、元騎士だったそうだ。父とは同じ団で働いていたという。
母はいつも穏やかに笑っていた。
「大丈夫…、大丈夫だよ…私の可愛いエル。」
そう言って、私の頭を撫でた手の温度を今でも忘れない。
母は私が9歳の冬に当時の流行病で死んだ。
それからの日々は、孤独な地獄だった。
誰も私を叱らない、誰も褒めない。まるで最初から存在しなかったかのように扱われた。
だから私は、あえて剣を選んだ。
Ωは筋肉がつきにくい。体格も、力も、αには敵わない。それでも、速さなら誰にも負けないと信じた。
朝も夜も寝る暇なく剣を振った。
手の皮が裂けても、血が滲んでも、やめなかった。剣を持たない時は、近くの森を数時間も走り込んだ。スピード、体力、持続力では負けないように。
「Ωの分際で騎士を目指すなんて…」
「でも、亡くなった奥様もΩで騎士だったとか…」
「あの方は特別だっただけよ…」
「…可哀想だな。」
その言葉を聞くたび、私の剣はさらに速くなった。そして何度も受け続けた試験に合格し、18歳でルミエール王国騎士団に入団することができた。入れたこと自体が奇跡だと、人々は言った。
「ルミエール王国の若き焔よ、貴殿は燃える場所すら選べんぞ。」
騎士になる瞬間、国王にそう言われ王にも歓迎されていないのだと悟った。この奇跡は人々の理解を拒むのだと。
「どうせ体で取り入ったんだろ」
「伯爵家のコネに決まっている」
「Ωのくせに、前線に出る気か?」
「もしかして、自分の兄に抱かれてるんじゃないかー?」
「おい、団長のことは穢すな!」
数々の低俗な視線が、背中に突き刺さる。
廊下を歩けば、声は自然と低くなり、私の名が混じる。笑い声は、刃物のように歪んでいた。
聞こえていないふりはもう慣れた
反論もしない
弁解もしない
意思は剣で示せばいい
それだけが、私に許された表現だった。
模擬戦で、私は何度もαを打ち負かした。
力ではない。一瞬の隙、呼吸の乱れ、踏み込みの癖を見極め、反応できない速度で相手を斬る。
入団して暫くすると上司らに実力が認められ
「王国の焔」と期待されるようになった。
赤髪が燃えるような赤色だからだとか、
剣筋が炎のように見えるからだとか。
異名など、死んでしまえば意味が無いので
調子に乗ることもなく毎日鍛錬に励んでいた。可愛げがないと言われたが仕方ない。
たとえ称号を得ても差別は消えない。むしろ評価が高くなるほど噂は醜くなる。
「上層部に身体を差し出してる」
「発情期を利用したに違いない」
「Ωは便利でいいなぁ」
Ωを利用しただと?Ωは便利?
(………この身体を私がどれほど憎んできたかも知らないくせに。)
何のメリットもないΩとして生まれたこの身体を、誰よりも鍛え、誰よりも酷使してきた。筋肉や脂肪があまりつかなかったが、技術と体力と耐久力なら負けない。
現にお前らに鍛錬で負けたことがない。
それでもΩというだけで否定されるのなら、
私は、騎士であることだけはこれからも譲らない。この先で何が待っているかなど知らない。ただ一つだけ、確かなことがある。
――私は、Ωでも、国を守る騎士だ。
「皆の者、直ちにホールへ集まれ。」
上官の声が休憩中の騎士団にかかる
その深刻な様子、団長である兄が私を見る目を見てわかった。戦争が近々始まるのだと。
隣国のエルグラド王国は、今まで穏やかで中立的な国だったが、クーデターで国王が変わってから他国に無茶な要望を仕掛けて、断られれば力で黙らせる。という動きをしていると聞いた。それがついに、 隣国であるルミエール王国に牙がかかったのだろう。
半年後、エルグラド王国との戦争が始まる。
それを知らされたのは、騎士団本部の冷たいホールだった。上官から入りたての騎士まで
総勢150人がホールに集まる。
この国の戦力は、兵士1万以上、エリート騎士150人で成り立っている。
過去の記録を見ても、この騎士団のおかげで戦争には負けたことがないらしい。
前方の壁に大きく張り出された大きな
地図の上に引かれた赤い線を皆が注目する
作戦、陣形、後方支援部隊、精鋭前線部隊に配属される者の名が貼りだされているのだ。
皆が必死に自分の名前を探す。
兄は団のトップなので団を指揮する者として司令部がある後方に行くようだ。
「前線部隊を再編する。各々、確認するように。」
兄である団長の声は淡々としていた。
その「前線」の中に、私の名が含まれていることは、前からわかっていたので、特に驚くことはなかった。
周りの奴らが私のことを見てくる。
その視線は、憎悪、悔恨、侮辱、そういったものがほとんどだった。
私を祝う者は誰もいない。
発表が終わり、廊下を歩いていると更に視線が重くなる。
「……Ωを前線に出すなんてな」
「どうせ捨て駒だろ」
「兄上様の最後のプレゼントだろうよ」
「恥ずかしい」
聞こえないふりをして歩く。
いつものことだ。
ただ一つ、違っていたのは――父の存在だった。
元騎士団の団長だったオルフェン伯爵である父はこの会議に参加していたようで、
発表の場にもいた。そして、廊下ですれ違った一瞬、視線が交わった。
その目には、初めて期待というものが篭っているように思えた。
侮蔑でも軽蔑でもない、初めて私に期待するような、そんな目をしていた。
―敵国エルグラドの英雄、ラグナ・ヴァレリアン。
王族側近騎士団団長。
数々の戦場で名を馳せる怪物。
父は分かっているのだろう。
私がその男と前線で相まみえる可能性が高いことを。
(……そうか)
胸の奥が静かに冷えた
父が私に望んでいるのは、生還ではない。
勝利ですらない。
-----英雄に、傷を一つでもつけること。
そして、名誉ある戦死。
Ωの息子が、敵国の英雄に一矢報いた末に散る。それ以上に美しい「処分」はない
私は、ゆっくりと息を吐く
不思議と悲しみや怒りは湧かなかった。
期待されない人生には、慣れていた。
◇◇◇◇
アル・ド・オルフェン
私の兄は、騎士団団長だ。
αで、実力もあり周囲からの信頼も厚い。
そして、昔から私のことを嫌っている。
「剣なんてやめておけ。
お前がやっても、どうせ無駄だ。」
そう言われるたび、私は更に剣を強く握った。見下されているのだとずっと思っていた。
しかし、出征命令が下りた夜、兄は私を呼び止めた。
「……エル」
周囲に人はいなかった
初めて団長ではなく、兄の顔、兄の声で話しかけられた。
「本当は、前線に行かせたくなかった。」
心から悔しそうな声でそう言うから
真意が掴めず困惑する
「………私が、Ωだからですか?」
そう返すと、兄は一瞬言葉を詰まらせた。
そして、視線を逸らす。
「……戦場には、ほとんどαしかいない…。
戦争は何ヶ月も続き、最悪数年かかるかもしれない。もし、αのフェロモンにあてられてヒートがきたら、どうするんだ…?」
「……私にはヒートがまだ来ていません。
ヒートがこない体質かもしれまさんし…、
万が一ヒートが来ようものなら、その場で舌を噛み切って自害します。決して、兄様や父
様に恥はかかせません。」
「………違うんだ、……俺がどれだけ、この作戦が決まってから悪夢を見るか知っているか…?…お前が、猛獣のようなαに襲われる夢を何度も見る。首を噛まれると、番になるんだぞ…敵国の奴と番になんてなれば…お前は、国には戻れなくなる」
兄の声と手は微かに震えており、
勇ましく冷酷な兄の本心だと理解した。
「こんな日が来るのが怖くて、だから、今まで剣から遠ざけたかった。」
――知らなかった。
兄の言葉の裏にそんな感情があったなんて
けれど、もう遅い。
「兄様」
私は静かに兄の目を見た
「私は、剣を捨てません。
Ωとして戦場へ行くのではなく、
ルミエール王国の騎士として、貴方の部下として、貴方の弟として闘います。」
兄は傷ついた目をして、唇を強く噛み締めていた。そんな兄に背を向けるのは胸が痛んだがもう、仕方ないのだ。
騎士になったからには、戦争は避けられないのだから。
◇
その日の夜、部屋で一人で剣を磨きながら、ふと母を思い出した。元騎士のΩだった母。
病には勝てなかったけれど、誰よりも誇り高かった。
そんな母が亡くなる前に、死なないでと泣きつく幼い私の手を握り、こう言った。
『Ωとしてαの娼婦になるくらいなら、騎士として孤独に生きなさい。』と
幼い私にはその意味がよくわからなかったけど、ただ、これから沢山の壁に当たったときに必ず思い出すべき言葉だと思った。
そして、死という壁を目の前にした今なら、わかる。
この言葉は、私に与えられた唯一の道。
αの都合のいい娼婦として生きることを拒み、家の道具として扱われることを拒み、
誰にも認められない剣を選んだ。
たとえ、その先に待つのが孤独でも死でも。
剣身に映る自分の瞳は、紫色に冷えている。
赤い髪は炎のように揺れていた。
敵国の英雄が、どれほどの男かは知らない。
だが、もし剣を交えるのなら、命をかけても傷のひとつくれてやる。
――私は騎士だ。
Ωとしてでも、捨て駒としてでもない。
-------
------
----
半年が過ぎ、予定通り戦争が始まった。
ルミエール王国とエルグラド王国の境界線が殺戮の舞台になる。
戦争とは小競り合いなどではない。
国と国が、互いの喉元に刃を突きつける、本物の殺戮だ。
前線の空気は重く、湿っている。
血と土と鉄の匂いが混ざり合い、肺の奥に絡みつく。
私は、そこに立っていた。
白い鎧を纏い、怯えることなく勇ましく。
すると、敵国エルグラドの部隊が、霧の向こうに現れる。整然とした陣形。
そして、その中心に立つ一人の存在が目に入る。
……大きい。
距離があるのに、圧が伝わってくる。
あれは、ただの兵士ではない。
黒い鎧はまるで悪魔のような不気味なオーラを放っていた
「突撃!!!!!!!!!!!!!!!!」
その者の怒号で、ついに戦場が崩れ落ちた。
剣が交わる音、悲鳴、怒号、爆発音。
様々な音が耳を壊す
開戦を合図した巨体の黒い鎧の男は
案の定私に向かって斬りかかってきた。
キィインッ!!!!!
重い一撃を受け止めた瞬間、腕が痺れた。
今まで受けた剣とは格別に違う。
相手は、全身を黒銀の鎧で包んでおり、
顔も兜に覆われて見えない。
だがすぐに分かった。
こいつはエルグラドの英雄だと。
相手が一歩下がるその隙を、逃さない。
力では敵わないなら、私は速度で懐に潜り込む。
その瞬間だった
キィン!!!!
重い衝撃が頭部を揺らした
視界が歪むと共に金属が弾ける音が耳に響く。
――しまった。
次の瞬間、顔の鎧が外れ地面に転がった。
冷たい空気が、剥き出しの肌を撫でる。
結っていた髪がほどけ、視界を横切った。
静寂が一瞬だけ落ちる。
正面に立つ敵兵――黒銀の鎧を纏った大男が、動きを止めていた。
兜の奥から覗く赤い瞳は大きく見開かれ
射抜くような目で私を凝視していた。
そして、低く、感嘆するように言った。
「美しいな」
突然の賛美に思わず胸が跳ねた
戦場で向けられる言葉ではない。
侮辱でも、嘲笑でもない。
純粋な――賛美。
「Ωか?」
その一言で空気が変わった。
血の匂いに混じって、αの存在感が、じわりと迫る。本能が警鐘を鳴らす。
私は剣を構え直した
(答える必要など、ない。)
踏み込み、刃を振る。
男の喉元を狙った一撃は上一重で逸れた。
男は愉快そうに息を吐く
「速いな……俺でなければ殺られていた!」
その声には警戒よりも興味と悦が滲んでいた。
「名は?」
「死にゆく者に名乗る必要はない」
私は冷たく言い返し距離を取る
男は怒った様子もなく、
ただ赤い瞳で、私を見据えたまま笑った。
「 俺は強気な美人な好きなんだ。」
「っ!」
侮辱された、と怒りが湧く
すると、少し離れた後方で同志の切迫した叫びが戦場の喧騒を割った。
「オルフェン!!!!!!囲まれてる奴を援護しろ!!!!!」
一瞬だけ、周りに視線を走らせる。
煙の向こう、数に押し返されつつある味方
このままでは、前線が突破される。
チッ、と舌打ちをして囲まれている同志に加勢しに行くため後方へ向き、脚を前へ出した。
(…チッ、今は英雄より加勢かっ、)
しかし、先程剣を交えた英雄は私の動きを見逃さなかったらしい。
「へぇ」
愉しげに口角を上げる
「仲間想いとは、随分余裕だな」
その言葉に相手をすることなく、
私は崩れかけた陣形の中を走っていた。
先程外れた顔の鎧は拾えない。
拾う余裕も、戻る余裕もなかった。
しかし、突如背後で空気が変わる。
ぞわり、と皮膚の内側を撫でるような奇妙な圧。あの英雄だ
――近い!
振り向くより早く、剣がぶつかる。
金属音が乾いた音を立て、腕に衝撃が走った。
重い一撃に体のバランスを崩す
真正面から受ければ、弾かれる。
私は半歩ずらし相手の剣を流す。
踏み込み、浅く、深く、間合いを切り刻む。
相手はそれを理解している。
無駄に追わない。
確実に、私の逃げ道を削ってくる。
段々呼吸が荒くなる
――やはり、怪物は強い。
これまでのどの敵とも違う
技量だけではない
戦場そのものを支配しているような
圧倒的な力
その時だった
ふわり、と。熱を帯びた空気が流れ込む
血生臭い戦場に似合わない匂いが鼻を掠めた。
濃厚で重いムスクのような…そんな不思議な香りがして、深く息を吸い込むだけで心臓が跳ねた。気を抜くと意識が持っていかれるような、そんな気分になった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
(…αのフェロモン!)
αの濃いフェロモンだと気づいた時にはもう遅い。今まで嗅いだことのない、圧倒的なフェロモンのにおい。理性より先に身体が反応してしまう。
視界がぐらっと揺れた。
「……ぐっ、うぅっ」
歯を食いしばる
ここで崩れるわけにはいかない
こんな戦場のど真ん中で、敵のフェロモンに当てられて崩れるなど、功績を残さず死ぬよりも恥ずかしい。
残りの力で剣を振るが、僅かに遅れる。
その遅れを男は逃さなかった。
キィン!!!
「ぐっ!」
肩口を掠める一撃に鎧が軋み痛みが走る
「集中しろ。」
低い声が耳元で響いた
叱責でも、嘲笑でもない。
まるで、対等な剣士に向ける言葉。
それが余計に混乱を招く。
フェロモンがさらに濃くなる。
意図的ではない。
戦いの昂揚で制御が外れているんだろう。
――まずい。
熱が腹の奥に溜まり、下腹部が勝手に反応しようとする。何故か尻の奥がじんじん痺れて、濡れぼそっているような気持ち悪さがある。
(……うそ、だろ…?これは、ヒートだ…)
私は恐怖を覚え後退する
剣で牽制しながら、距離を取る。
彼自身も、異変に気づいたようだ。
赤い瞳が本能と戦うように苦しげに細められた。空気がぴんと張り詰める
「……ははっ、まさか戦場にΩがいるとはな。」
その一言で、確信した。
このαは、私を狩る気だ。
本能がそうさせようとしているのだ
濃くなっていく血と泥と強いαのフェロモンの香りで、ついに理性が限界を越え、膝がガクガクと激しく震えた。
(もう…、だめだ……)
剣を地面に突き立て身体を支えるが、すでに視界が白く滲んでいる。
こんな無様な姿を英雄にも見せたくなどない
同じく戦場に立つ身として、情けない。
1回どこかに避難してヒートを抑えなければと周りを見渡す。近くに森がある。
私は、最後の力を振り絞って身を翻し、近くの森へ走った。
少し先に洞窟があったはずだ、そこで少し身を休めてまたあの英雄に挑もうと思っていたが、森に入ると、背後で重い足音が追ってくるのがわかった。
それは、本能に突き動かされた獣の気配。
森に飛び込み、記憶を辿りながら小さな洞窟に走った。肺が焼けるように痛い。
頭がふわふわする、気を抜いたら倒れてしまう。強力なαのフェロモンが、追ってくる。
逃げても、逃げても、消えない。
(母上……)
ふと、あの言葉が脳裏をよぎる。
――「Ωとしてαの娼婦になるくらいなら、騎士として生きなさい。」
私は、持ってきた剣を握りしめた。
たとえ、この先で何が起きても。
たとえ、本能に飲み込まれそうになっても。
私は、騎士だ。
洞窟に入った瞬間空気が変わった。
湿った石と土の匂い。暗い穴、
戦場とは切り離されたはずの場所なのに、
私の身体はまるで逃げ場を失ったかのように熱を持つ。熱くて熱くて狂いそうだ。
(…これが、ヒートってやつなのか…?)
そう思ったときには、もう遅かった。
腹の奥が今までより強くじくりと疼いた。
これは痛みではない。快感だ
体験したこともないほどの熱だ
内側から、ゆっくりと、確実に身体を侵食してくる。指先が痺れ膝が笑う。
「……っ、は……」
呼吸がうまくできない。
息を吸うたび、空気が甘く感じる。
ヒートだと認めた瞬間、理性が一段階剥がれ落ちたのがわかった。
私は背中を石壁に預け座り込んだ
鎧越しでもわかるほど心臓が早鐘を打っている。喉が渇き、皮膚がやけに敏感になる。
ヒート中のΩの花の蜜のような甘いフェロモンが、自分でもわかるほど漏れ出している。それがひどく恐ろしかった。
(絶対に、来るなよ………)
誰にともなく心の中で呟く。
αの気配が洞窟の入り口で止まっているのがわかる。近づいてこないが消えもしない。
それが、余計に気味悪かった。
英雄、敵国の兵士、味方、
αが過半数を占めるこの戦場では
誰がこのフェロモンを辿ってきたのか想像がつかない。誰であろうがいやだが。
身体がそのαの気配を求めてしまう。
本能が恥も誇りも引き剥がそうとする。
「……っ、く……」
じくじくと体の中心部が痛む
熱くて死んでしまいそうで、鎧を脱いでしまった。中に着ていた薄く質素な服だけになると、少し体が涼しくて気持ち良かった。
触りたい、触りたい、触られたい、
達したい、気持ちよくなりたい
そんな思考が巡り、歯を食いしばる。
喉から情けない声が漏れそうになるのを必死で抑えた。
「……ぐぅ、っあ、んっ、」
じわっ、と下着が濡れたような気がした。
尻から分泌液が出ている気がする
息をしているだけでも、気持ちいい。
私は、剣を抱きしめるように引き寄せた。
冷たい金属が、唯一現実に繋ぎ止めてくれる。
「はあっ、はっ、はぁっ…」
「っ!!!ぐあ!」
あまりの熱に意識が朦朧と仕掛けた瞬間、
いつの間にか荒い息が頭上から聞こえ
慌てて見上げるが、
時すでに遅く、抵抗できないほどの力で引っ張られ地面に張り倒される。
鎧を着ていない状態で地面に叩きつけられたのだから、当然痛かった。
犬のように四つん這いになりうつ伏せにされた状態で、恐る恐る首だけで背後を見上げると、鎧をとった、赤い目を血走らせ今にも目の前の獲物を食い殺さんとする強烈な殺気を放ちならふーっふーっと荒い息を吐く男、先程まで剣を交わしていたエルグラドの英雄が私を組み敷いていたのだった。
英雄、ラグナ・ヴァレリアンだ。
「はぁ、はあっ、離せ、ヴァ、レリアン!」
「……ふーっ、ふっ、俺の事知ってるのか?」
「…っは、はぁ、英雄様だろ…?」
「ははっ、お前の名は?」
「……名乗る必要は、ないっ、」
「名乗らせてやるよ、今から。」
びりっ、ビリッと布を破る音が響く
「なにを!」
服が、破かれていた。ズボンと下着は脱がされて下半身はもはや何も纏っておらず
上半身もほとんどボロボロに破られた服が残っているだけで、更に羞恥心を擽る。
先程から違和感があった後孔がうずき、たらりと分泌液のようなものが垂れたのが分かった。体が熱くなると同時に動悸が速くなり
私の普段まったく触れない役たたずのペニスは勃ち上がって、固くなった乳首の先端が残った布切れにすれただけで電流が走る。
「ひっ、あっ!」
「…はぁ、匂い、すごいな…」
「な、にを、やめろっ!汚いから!」
無理矢理背後を盗み見ると、
完全に理性が壊れたヴァレリアンは、私のはしたない後孔に顔を近づけ、あろうことか、長く太い舌で蜜を垂らす後孔にしゃぶりついたのだ。
じゅるじゅるじゅる!!
「ああっ!!いっ、く、あああっ、っあ!やめ、おねが、」
身体がビクビクと痙攣する
その衝撃で射精してしまったようで、
腹にいつの間にか自身の精液がついていた。
後孔を舐められること5分少し
その時間は恐ろしく長く感じ、拷問にでもあっているような気分だった。
「はぁ、は、ふー、おいしいな」
じゅるっ!!じゅるるる!!!
「あああああっ!!!やだぁあ!!!!!!また、いく、っあ、ああああ!!!!」
びゅるっ、とさっきより少ない量の精液がまた出ると、体の力が抜け、くたっ、と崩れ落ちてしまう。
「……まだこれからだろ?」
愛撫され濡れぼそった自身の後孔から溢れる蜜液を指に絡ませ、ヴァレリアンの太く逞しい指が、ぬぷっ、といやらしい音を立てながら中に侵入してくる。
「あぁあっ!!!!!!!!」
ぐちゅ、ぐちゅと中を掻き回され、
何かを探すような動きでうねる内壁を触られる。暫く好き勝手された後、ヴァレリアンは中で指を折り曲げた。
こりっ
「あ"あっ!!!!!!!!」
指の腹が体内のしこりを探り当て、電流が流れたような衝撃に体が痙攣する。
「やだっ、それっ、あああっ!」
くりくりくりっとそこを念入りに刺激され、
気持ちよすぎて頭がおかしくなりそうだった。また達してしまいそうになる
「やっ……も、さわるなっ……さわるなあっ……! あっ……はっ……やあっ……!!」
また立ち上がるペニスをぐちゃぐちゃといやらしい水音をたてて触られながら、気持ちいいしこりをコロコロと刺激されひっきりなしに体がしなった。鋭敏な神経を詰め込んだようなしこりは、触れる角度を変えられる度に脳や腰の奥に重く響く。
(なんだこれは、一体どうなっているんだ!!!!)
体がまったく言うことを聞かない。勝手に腰がくねる。女のような高い声が止まらない。腹筋が波打ち体内が収縮を繰り返し、何度も何度も出さずに達してしまう。
「あ"ぁ"ッ!!ぃ、嫌ッ!!また、出ちゃう!、あああっ!!」
ぴゅるっ、と透明に近い精液が飛び散る
「ふーーっ、いれるぞ」
「え?」
後孔に感じる熱は、もしかして。
「あ゛っ!!ぁっ!ああぁっ!!!」
熱い、太い、大きい、怖い、苦しい、
子どもの腕ほどあるヴァレリアンの昂りが
濡れぼそった後孔に容赦なくねじ込まれていく。限界まで拡がった肉壁がみちっと嫌な音を立て、愛撫で蕩けた内壁がヴァレリアンの昂ったペニスを締め付ける。
地面に爪を立てて、快感を逃そうとするが、強烈な快感に頭が真っ白になり、意識が朦朧としてきた。
「ぐっ、ぅ、これは、すごいな」
ぱちゅ!ぱちゅ!ぱちゅ!!
と洞窟内に反響する肉同士がぶつかる音
容赦なく腰を振られ、もうなすがままの人形のようだ。
「あ、あ゛、あああっ!!きもち、ぃ!!あああっ!!!おかしくなる!!!!もう!!あああっ!!やめて!!」
ばちゅ!!ばちゅ!!ばちゅ!!
「あっ!はあっ、ううっ、あああっ、!!」
「ふっ、うっ、ウヴヴッ……」
唸るような声が聞こえ、沈みかかっていた意識を戻そうとした瞬間、
ガリッ!!!!!
「ひっ!!!ぐうっ!!!!??あぁあああああああああああぁぁぁ!!!!!!!」
項に走る激痛
目の前が真っ赤に染まる
温かい血が項からだらだら流れているのがわかった。背中に伝う血の感覚に寒気がする
「はぁっ、はぁっ、 はっ、俺の、番だ」
「え、?あっ、うう、え、つ、がい?」
番、αとΩが番うと、今後死ぬまで番同士のフェロモンだけに反応し、他人との発情交尾をしようとすると異常な拒否反応が起こる。噛み跡(番痕)は一生うなじに刻まれ、番がいる証となる。
国の騎士として、終わりだ。
もう国には帰れない
ぷつん、と意識が途絶える。
2時間ほど、いやもしかしたらもっと長い時間、揺さぶられていた気もする。
何度も何度も、中に温かい精液が出されて、その度にこの身体は喜んだ。
意識も朦朧とし、理性が完全に壊れてしまう。
「っ、あ、また出る、ヴっ!」
また中で射精したようで、既に降りてきているΩの子宮にドクドクっと精液を浴びせられたのがわかった
「ぁぅう……あっ、はら、んじゃ、っ、う」
「はぁ、はぁっ、孕めばいいだろっ、」
「いやっ、あっ、…んんっ、んんんっ!」
初めてだったキスもヴァレリアンに奪われて、長く太い舌で喉の奥までしゃぶられる。
じゅっ、じゅるっ、ちゅ、
「ん、むぅっ、んんんっ」
私を見下ろす赤い瞳が、きゅっと瞳孔を絞って縮んだ。
「名前は?」
「んっ、あっ、はあっ、え、る、える」
「……ははっ、エルか。エル、お前を連れて帰る。」
「ひ……っ!」
獲物を捕えた獣の顔で、ヴァレリアンが笑った。私の最後の記憶は、そのこまでだった。
◇◇◇◇◇
意識が戻ったとき、最初に感じたのは静けさだった。戦場の騒音も、悲鳴もない。
……天井?
洞窟ではない、布張りの簡素だが清潔な天幕の内側。
私は混乱しながらも頭を整理しようとゆっくりと瞬きをした
身体が重い。熱は引いているが、芯に残る倦怠感が否応なく現実を突きつけてくる。
(……私は…生きている)
その事実にまず安堵してしまった自分を内心で叱った。そして次に気づいたのは動けないということだった。
首に、冷たい感触がある
視線を落とすと、首に鉄の拘束具が見えた。
「目が覚めたか」
低い声
視線を上げると、ヴァレリアンがいた。
戦場で剣を交えた、黒い鎧の主。
そして、洞窟で私を犯し、項を噛んだ張本人。今は鎧を外し簡素な服に身を包んでいるが、やはり背が高く筋肉が凄い。
背は2mあるのではないかというほど高く、
筋肉は兄よりもついている気がする。
少し癖のある銀の髪、褐色の肌、赤い瞳。
間違いない。敵国エルグラドの英雄
ラグナ・ヴァレリアンだった
「……私は敵の騎士だぞ…、殺さないのか?」
事後特有の掠れた声でそう問う
男は、一瞬だけ目を細めそれから肩をすくめた。
「お前は俺の番だぞ?殺すわけがないだろ。」
理解できない
捕虜なら、尋問か、処刑か、交換材料だ。
ましてや私は、Ωで、敵国の騎士。
「お前が気に入ったんだ。」
男はあまりにもあっさりとそう言った。
反射的に身体が固まる。また犯されるかもしれない、と恐怖を覚えたのだ。
「剣の速さも、気高さも、その赤い髪とアメジストの瞳も、全て気に入った。」
「……ここは?」
「俺の部屋だ」
敵の陣営にいると理解し、心臓が嫌な音を立てた。逃げ場はない。
「安心しろ。お前を、誰にも触れさせない」
とにかく体が重くて、もう一度眠ってしまいたくなった。自暴自棄になっているのかもしれない。私は天幕の天井を見つめた。
生きている。
――母上、
あなたが望んだ「騎士として生きる」という選択は、こんな形で、私を生かすのか。
----
ここに連れてこられてから、何週間たったか分からない。天幕の中には、常に一定の明るさが保たれていて、昼も夜も曖昧だった。
それが、意図されたものだと気づくのにそう時間はかからなかった。
時間の感覚を喪わせ、逃げる気力を削ぐためだ。
「……入るぞ。」
布越しに低い声がする
入ってきたのはラグナではなかった。
1日2回、食事を持ってきてくれる兵士だ。
彼はβのようで、忙しいラグナの代わりに彼に身を清めて貰う事もあった。
しかし彼は敵だ。私は反射的に身体を強張らせた。信じられるわけがない。
ここは敵国の陣営で、私は捕虜で、Ωだ。
兵士は淡々と、私の体をお湯で湿らせた布で拭いていく。丁寧に、丁寧に。
「……下は、自分でできる」
そう言うと、兵士は一瞬だけ困ったような顔をした。
「ラグナ団長の命令だ」
布が下腹部に触れる、あまり生えていない下生えからくたっ、と萎んでいるペニスから、尻まで丁寧に拭かれる。
優しい動きで粗暴さは一切ない
それが、何よりも屈辱だった。
自分の身体が、敵に「扱われるもの」になった実感。
私は歯を食いしばり視線を逸らした
その後、食事も運ばれてきた。
温かいスープとパンだ。
戦場で捕虜に出されるものではない
食べなければ、弱ってしまう。
体力を失うと、ラグナの隙をついて逃げられなくなる。逃げなければ、もう一度立て直して、ラグナの首を討つのだ。
黙々と食事を口に運ぶ
味が美味いことに腹が立った
夜になると、ラグナは来る。
疲れきった顔で、私の隣にどさっ、と倒れ込み私の長い髪を愛おしそうに撫でるのだ。
「……私は捕虜だぞ….、」
「捕虜だが、俺の番だ。」
「……………戦況は…?」
「………こちらが優勢だ」
「……っ、」
「お前の国はお前を探さない」
すると、淡々とそう告げられた。
「……何?」
「前線で姿を消した騎士は、“戦死扱い”になる。死体が確認できなければ行方不明。
だが、お前の国は、行方不明のΩ騎士をわざわざ探す余裕はないだろう。」
オルフェン伯爵家の次男に産まれ
疎まれ、差別され、名誉ある死を期待されていた。
「戦場で消えたなら、
“そういうこと”だと処理される」
探されない
弔われもしない
私という存在は、完全に消える。
胸の奥が冷たくなった。
怒りも、悲しみも、
声になる前に凍りつく。
「……そうか」
やっとそれだけを絞り出した
逃げ場のない結論
私は静かに目を閉じた。
孤独に剣を握っていた頃より、
今の方が、ずっと苦しい。
◇◇◇◇◇
【アル・ド・オルフェン視点】
[前線部隊エル・ド・オルフェン 行方不明]
報告書はひどく薄かった
それは、戦死者名簿の束の中に簡単に挟まれていた。騎士団団長である俺はその紙を手に取った瞬間、指先の感覚が消えた。
「……確認は?」
声が思った以上に低く出た
報告に来た部下は言いづらそうに視線を逸らす
「敵軍との衝突後、所在不明です。
前線は酷く劣勢で…ご遺体の確認は、できませんでした。」
「……オルフェン家…いや、俺の、弟だぞ。」
口にしてからしまったと思った。
部下の表情がわずかに硬くなる。
「存じておりますが、その…上から……」
その先は聞かなくてもわかる
上官から捨て置けという命令があったのだろう。Ωの騎士など国には必要ないと
俺は、紙を机に置いた。
力を入れすぎて端が歪んでいた。
「…………何故、剣を選んだんだ……エル。」
呟いた声は誰にも届かない
守る方法を、間違えた。
結果として最悪の形で失った。
いや――
本当に、死んだのか?
エルは強く、そして誰よりも速かった。
α相手でも、一瞬で間合いを詰める。
あいつが、何の痕跡も残さず死ぬとは思えない。
「団長」
部下が恐る恐る声をかける
「オルフェン伯爵様には……」
「俺が行く」
もちろん即答だった
父に報告しなければならない
あの人が何を思うかも、何を言うかも、わかっている。
「前線に立てただけでも栄光の死だ」
そう言って満足するだろう
胸の奥が焼けるように痛んだ。
剣を持たせなければよかった
(いや、違う。)
剣を持たせても、
最後まで、守ってやればよかったんだ。
上からの命令を無視して、後衛に置いていれば、俺の手の届く場所に置いておけば死なずに済んだかもしれないのに。
ぐしゃっ、と報告書を握り潰した。
「……エル」
もし、生きているなら。
もし、どこかで捕らえられているなら。
誰も探さないとしても、
国が切り捨てたとしても。
――俺は、探す。
それが、愚かな兄にできる、
たった一つの贖罪だった。
◇◇◇◇◇◇
【エル視点】
番として。捕虜として連れ帰られてから、
毎日ラグナに抱かれていた。
首に着けられた鎖をジャラジャラと鳴らし、
今日も昂ったラグナに、凶悪なペニスを挿入され揺さぶられていた。
脚を大きく広げられ、奥を貫かれる。
「もっ、ゃ、あ!!ぁ"あ"、あああっ!!」
ぐちゅ!ぐちゅっ!と中を突かれるたびに、激しい快感から逃げたくて縋るようにラグナの背中にしがみつき、爪を立て傷を残す。
「あッ、あ"ぁ"!あう、また、出るっ、」
気持ちいいしこりを亀頭でゴリゴリと刺激され、もう何度目か分からないが達してしまった。ラグナも限界が近いのか、昂ったペニスを更に大きくし腰を振る動きが激しくなる。
「だっ、だめだ、 ! 外にっ!!中は、だめっ!あ"、あ"ぁ"っ!!」
私の懇願は虚しく終わり、ラグナは腹の奥に大量の精を吐き出した。腹の中に感じる熱に涙を流し啜り泣く。
ラグナはしばらく最奥へ精液を擦り付けるような動きをしたあと、少しだけ小さくなったペニスを中から抜いてベットから下りる。
今から戦いにいくのだ
「また夜にくるからな。」
そうして、恐らく3ヶ月がたっただろう。
扉は常に閉じられているが、鍵は見えない。
逃げようと思えば物理的には可能なのだろう。けれど、外には敵国の兵士がいる。
私は捕虜で、Ωで、そしてラグナの管理下にある存在だ。
そんな中で戦況が、変わった。
「ルミエール王国が、降伏した。」
ラグナの口から告げられたその言葉は、
まるで他人事のように耳に落ちた。
(……負けた。)
私の国は、私が、命を賭して守ろうとした場所は崩れ落ちたのだ。
「もうすぐ、ここも撤退する。」
淡々とした声
その意味を理解した瞬間、胸がざわついた。
その夜、身体に違和感があった。
異常な吐き気、微熱、めまい、下腹部の張り、異常な眠気。ただの体調不良だと、最初は思った。だが、それにしては――おかしい。
(……嘘だ)
否定しようとしてできなかった。
Ωとして生まれてしまった身体。
誰よりも憎んできたこの性は、1度でもヒートが来れば、その後妊娠が可能だ。
初めてヒートがきてから、両手で数えきれないほど抱かれ続けた。3ヶ月間ほぼ毎日中に精を出された。
腹の奥に微かな熱を感じる
「…………そんな、」
騎士として生きると決めた
母の言葉を誇りにしてきた
それなのに
国は負け、私は捕虜で、
そして――
敵の命を宿しているかもしれない。
ラグナの顔が脳裏をよぎる。
国はもう、私を必要としない。
騎士団は私を「行方不明」にしているだろう。
それでも、この命だけは――確かに、ここにある。
まだ薄い腹に手を当てる
この子に、罪はないと。
この子と共に、新しい人生を歩むのも良いのではないかと。
暫くは撤退準備で、陣営は騒がしかった。
物資の整理、負傷兵の移送、24時間指示を飛ばす怒号が聞こえ静けさは消えていた。
ラグナはほとんど部屋に戻らなかった。
英雄であり、団長である彼は今や戦後処理の中心にいる。
(――今しかない)
首の鎖さえ取れれば。
身体を清める時間に、いつもの彼がやってきた。
「首がおかしいんだ、痒くて、ヒリヒリしていて、鎖が擦れていたい、」
今にも泣きそうな表情と声でそう懇願すると
噛まれた傷が膿んでいる可能性があるからと、手当をすると首の鎖に彼の手が伸びた。
手首の鎖が外され、金属音がやけに大きく響いた。
考えるより先に、身体が動いた。
鎖を外した瞬間、彼の首元に素早く腕を回し体重をかけて引き倒す。
「ぐっ――!」
彼か声を上げる前に肘を首へ叩き込んだ
一瞬の躊躇もなかった。
躊躇すれば、終わる。
彼の身体が床に崩れ落ちる
気絶している
それを確認してから、私は立ち上がった。
手足は元から自由だ
彼から脱がせた団服と外套を着る
鎧はない、剣もない。
それでも行くしかない。
扉の外は忙しなく人が行き交っていた。
その中に紛れ、団員として足早に陣営から離れる。
――見つかるな。
――呼び止められるな。
心臓の音がうるさい
夜の撤退前の陣営は、明かりが多い。
だが、その分影も濃い。
私は近くの森へ向かって走った
【ラグナ視点】
俺が見つけた俺だけの番に逃げられた
それを認めた瞬間腹の奥が煮え立った
「捕虜がいない」
「部屋で兵士が倒れている」
「――馬を出せ」
「はっ!!」
怒鳴るように命じ、エルが繋がれていたベットに腰を下ろす。撤退準備の喧騒の中でたった一人の捕虜が消えた。
(…誇り高き騎士が逃げるとは思わなかった…、完全に油断した。)
鼻腔を震わせ意識を研ぎ澄ます
エルの匂いは忘れようがない。
恐怖と、少しの諦めと、それでも折れなかった強き心。白百合のような清廉で美しい香り。
外に出てその匂いを確かめる。
空気と地面に残留している僅かな匂いに神経を研ぎ澄ませる。
「団長!!馬です!」
「俺が連れてきた捕虜だ、俺が責任をもって連れて帰る。」
「はっ!!ご武運を!!」
「……なんと責任感のあるお方だ……」
「かっこいい……」
何故か頬を赤らめる部下たちを尻目に、
馬を走らせ香りが仄かに漂う森へ向かう。
枝を裂き、夜気を切り裂きながら匂いを追う。
(…剣だけでなく、逃げ足の速さも一流だな。)
皮肉混じりに思う
だが、すぐに異変に気づいた。
中心に向かうにつれて匂いが薄くなっていく。
いや――ある場所で明確に消えている。
急に断ち切られたように。
馬を止め、地面に目を落とすと蹄の跡があった。馬の糞も、焚き火の跡も、
人がいたんだ。
「……チッ」
途中から馬に乗せられたんだ。
匂いが途切れたのはそのせいだ。
一体誰だ
この撤退直前の混乱に乗じて、
俺の捕虜を攫ったのは。
胸の奥で何かが爆ぜた音がした
冷静さが剥がれ落ちる。頭が怒りで沸騰する
あれはただの捕虜じゃない
ただのΩでもない
戦場でこの俺と真正面から剣を交えた騎士
俺が認めた、俺が――手に入れた番だ。
「……必ず奪い返す。」
声が低く唸る
「敵味方問わず、馬の動きを洗い出す。」
勝利だろうが、撤退だろうが、関係ない。
俺の戦いはまだ終わっていない
夜の森をもう一度睨みつける
(――逃げ切れたと思うな。)
お前がどこに行こうと、誰の手に渡ろうと。
あれは、俺が見つけた。
俺が、番にしたんだ。
あの長く艶のある赤い髪は、アメジストのような瞳は、雪のように白い肌は
すべて俺のものになったんだ。
初めて欲しいものができたんだ。
地位でも、金でも、力でも、尊敬でも満たされなかった心が満たされた気がした。
それは、愛情というやつなのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
【エル視点】
森の中心で、気を失った所までは覚えていた。数ヶ月歩いておらず、妊娠の初期症状のようなものに苦しめられていた為、体力が限界だったのかもしれない。
ぼんやり浮上する意識の中、自身が森の真ん中で寝ている訳ではないと分かった。
馬の揺れ、顔にあたる夜風。
誰かの腕に強く抱えられている感覚。
(……ラグナに捕まった……?)
そう思った瞬間身体が強張った
だが、次に耳に入ってきた声で思考が止まる。
「……目を覚ましたか、エル。」
低く疲れきった掠れた声
聞き慣れているはずなのに、もう二度と聞かないと思っていた声。
「……兄、さま……?」
喉が、うまく動かない。
「喋るな。今は……いい。」
昔と変わらないぶっきらぼうで、冷たい声。
けれど、私を抱える腕は、驚くほど震えていた。
逃げ込んだあの森は、敵陣営の森だった。
そうだ、思い出した。
力尽きたあの場所に、焚き火の跡や
馬の糞の跡、蹄の跡があったんだ。
その光景に安心して、意識を失ったんだ。
撤退後も、兄はどうやらここでずっと潜んでいたらしい。こんな敵陣営の森の真ん中で。
「……どうして…、」
絞り出すように言うと、兄は一瞬黙った。
「……死体だけでも、持って帰りたかったんだ。」
悲痛な声に胸がきしりと痛む
「お前は、行方不明扱いで、捜索も早くに打ち切られた。」
やっぱり、と思った。でも不思議と悲しみも驚きもなかった。
「だから、俺は探しに来たんだ。」
兄は私を馬に乗せ、陣営から離れる方向へと走らせた。途中、何度か休みながら、夜が明け、日中には見知らぬ屋敷の前に辿り着いた。
「……ここは……?」
「俺の私有地だ。本家からも、王都からも遠い。」
小さな屋敷
けれど、手入れはされている。
「家には帰れない」
兄の言葉は断定だった
父の顔が脳裏をよぎる。
兄は私を屋敷の中へ運ぶ
清潔なベッドに横たえられた瞬間、張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。
天井が涙で滲む
泣いたことなど、母が死んでから一度もなかったのに。何故か今、涙が溢れた。
「……なぜ、っ、兄様の…忠告も聞かずに、…敵に捕まった愚かな私を、助けてくれたのですか?」
「俺は、お前の家族だからだ。お前が行方不明だと聞いて、生きた心地がしなかった…。」
即答だった
「だから……生きていてよかった」
それは今まで一度も聞いたことのない言葉だった。
胸の奥がじわりと熱くなる
涙が溢れ、兄の顔がよく見えない。
騎士として、オルフェン家の次男としては
終わった。これからも、国には帰れない。
でも、この命はまだ終わっていない。
私の命も、腹の中の命も。
腹の奥に微かな存在を感じながら、私は静かに目を閉じた。
--------
----
この屋敷に連れられてきて1ヶ月が経った
季節は、確実に進んでいる。
窓の外の木々の色が変わり、朝の空気が酷く冷たくなった。
吐き気は毎朝あった。食事の匂いだけで嘔吐してしまう日も多い。
剣を握っていた頃のように、気合でどうにかなるものではない。
水を飲んでも戻してしまい、食べられる量は日ごとに減っていく。
兄は、何も言わない。
ただ、私の顔色を見る回数が増え、食事の内容を変え、夜中にも何度か様子を見に来る。
ある日、兄は信頼できる医師をよんでくれた。
「俺が世話になっていた元医療隊の医師だ、口は堅い。」
短くそう言われ私は頷いた
白髪混じりの医者は、状況を一目で察したようだった。余計なことは聞かない。
視診、触診、αと性行為をした日を詳細に聞かれ、すべての検査が終わると医師は静かに息を吐く。
「……100%の確率で、ご懐妊でございます。」
その言葉は予想していたはずなのに、
胸の奥に重く沈んだ。
「時期から見ても、11週目でしょう。初期の段階なので、悪阻が酷いのも仕方ありません。」
兄は私の横で微動だにしない
でも、私には分かった。
私と同じ、兄のアメジストの瞳の中では、私を犯した英雄への憎悪がメラメラと燃えていたことに。
「今はとにかく安静が必要です。
ストレスや運動は禁物ですぞ。」
医者はそう言い残し屋敷を去った
悪阻に効く薬草や、栄養補給に良い栄養剤まで置いていってくれた。
「……ラグナ・ヴァレリアンか?」
兄が低く言った。
私は、頷くことしかできなかった。
それからの兄は、食事は一日何度も食べやすいようにペースト状にされたものを持ってきてくれて、吐いたあとには必ず水と、新しい布を持ってくる。とにかく甲斐甲斐しく世話をやいてくれた。
「無理するな」
「横になれ」
「寒くないか」
同じ言葉を何度も
夜中吐き気で目を覚ますと、
椅子に座ったまま眠っている兄の姿がある。
(過保護すぎないか…?)
でも――拒めなかった。
兄に優しくしてもらえて、嬉しかった。
兄と一緒にいる時間は、かけがえなの無い尊いものだと痛感する。
幼い頃は得られなかった温もりを、今、やっと感じられる喜び。
そして、椅子で眠る兄に毛布をかけて、
兄を起こさないように静かに眠りについた。
【ラグナ視点】
「なぜ、あのΩにそこまで執着するのですか。」
俺の右腕であり副団長の男、シェルに何度もそう聞かれた。理由を並べろと言われたら、拍子抜けするほど単純だ。
――まず、顔だ。
戦場で鎧が外れた瞬間に見えた
風に靡く燃えるような赤い髪。
血や泥に塗れてもなお、色を失わない。
むしろ、戦場の灰色の中で、その赤は異様なほど鮮烈だった。
そして、アメジストの瞳。
恐怖に潰されるでもなく、助けを乞うでもなく、まるで――栄誉ある死を、静かに待っているような目。
正直に言えば一目惚れだった
だが、決定的だったのは――匂いだ。
剣を握り続けた者の、鉄の匂いに混じった白百合のように清廉な香り。そして、誇りと、諦念とそれでも折れなかった意志の匂い。
αの本能がはっきりと告げてきた
――逃がすな
――手に入れろ
「ラグナ・ヴァレリアン、直ちに帰還せよ。」
王命は、絶対だ。
撤退後、部下に迷惑をかけながらもエルの捜索を続けていた俺は半ば引きずられるように国へ戻された。
王は言った
「英雄は、国の象徴だ。暫くは祝いの席が続くだろう。必ずすべて出席するように」
戦争は終わった後も、英雄は忙しい。
玉座の前で俺は静かに頭を下げた。
――今は、従う。
だが、自由になった瞬間、俺は必ず動く。
誰の手にあろうが、あれは、俺が惚れたΩだ。
----
----
それから4ヶ月が経ち、王命という名の鎖がようやく外れた。
「長期休暇を許可する」
そう告げられた瞬間、頭の中で地図が広がった。4ヶ月、何もしていなかった訳がない。
部下を派遣して情報収集を行っていた。
そして、ようやく目星をつけた場所に向かう。
俺は馬を走らせた。護衛も随行もいらない。
英雄としてではなく、ただの人間として探しに行くのだ。
戦争の痕跡はほとんど消えている。
折れた枝も、踏み荒らされた地面も、
自然に飲み込まれつつあった。
誰がエルを連れていったのか
Ωに目をつけた商人か、ルミエール王国の残党か、雇われた傭兵か。
それとも――
ふと思い至る
エルの剣筋は基礎が異様に整っていた。
幼い頃から訓練を受けていたに違いない
エルの血筋を調べると伯爵家だった
数々の名だたる騎士を排出した、名門一族。
「……オルフェン」
調べによると、エルは次男だった
長男は、エルが属する騎士団の団長。
そして、 弟の行方不明を受け入れずに、
帰国後姿を消したαの兄がいるという噂。
伯爵家が公式に所有していない土地がある
王都からも本邸からも離れた場所
アル・ド・オルフェン名義の、私有地。
「……ここだ、」
胸の奥が久しぶりに熱を持つ
怒りでも、焦りでもない。
狩りに入る前の静かな高揚。
「待っていろ」
俺の番だ
すべて、回収しに行く。
【エル視点】
妊娠7ヶ月
腹は、はっきりとわかるほど膨らんできた。
鎧を着ていれば誤魔化せただろう形も、今は簡素な布越しで確かな存在を主張している。
指先でなぞると、わずかに内側が応える気がする。
今でも騎士だった頃の夢を見ることがある
剣を握り、前線に立ち、誰にも劣らない速さで踏み込む夢。
目が覚めるたび、現実との落差に息が詰まる。
「……惨めだな」
ぽつりと漏れた言葉は、誰にも聞かれなかった。騎士としては、もう終わっている。
逃亡者で、Ωで、腹に敵の子を宿している。
死にたいと思う日も何度もあった
剣を失い、誇りを置き去りにして、
生き延びているだけの自分がどうしようもなく情けなくなる。
それでも
腹の奥にある、この命に――罪はない。
親や周囲に蔑ろにされる想いは決してさせたくない
その時、腹の内側がふと動いた。
はっきりとした衝撃ではない。
水の中で、小石が転がるような感覚。
「…え、……?」
思わず息を止める
もう一度、小さく、確かに。
自分の存在を主張するような、振動。
――確かに生きている。
涙が勝手に溢れた
騎士としての私はもう戻らない
でも生きる理由が、もうここにある。
それが、どれほど残酷な物語であっても。
腹を抱きしめ、誰に言うでもなく、小さくそう呟いた。
「……大丈夫」
外では風が木々を揺らしていた
そして最近、兄の様子が少しだけ変わった。
会話は減っていない。過剰な世話も、警戒も何一つ変わらない。
ただ、屋敷の外を見る時間が増えた。
「…… どうしたのですか?」
そう聞いても兄は首を振るだけだ
「何でもない」
長く歩くと息が上がるようになった。
身篭った身体は、こんなにも重いのかと時々愕然とする。
悪阻も落ち着いたので、運動がてら庭を歩いていると、ふいに背筋がぞくりとした。
気のせいだと思おうとした。けれど、屋敷の隣の森から、何かがこちらを見ているような感覚が消えない。
(……まさか)
脳裏に浮かぶ赤い瞳
すぐに、首を振る。
もう、戦争は終わった。
彼は英雄で、私は――消えた捕虜だ。
彼が私を探す理由などない。
腹に手を当てると、小さな動きが返ってくる。
完全に切り離したはずの過去が、すぐ隣まで迫ってくる気がした。
「……今は、来ないでくれ…」
小さく呟く
この生活を、壊されたくない。
兄の足音が背後で止まった
「エル」
名前を呼ばれて振り返る
「しばらく、外に出るな。」
私は腹を庇うように腕を回す
逃げる準備をしなければならないのか。
それとも――もう、逃げきれないのか。
【ラグナ視点】
屋敷は森に溶け込むように建っていた
小さいが、手入れは行き届いている。
誰かが住んでいることは間違いない。
――当たりだ。
馬を森の奥に繋ぎ、足音を殺して近づく。
小さな庭園が見えた、その瞬間
視界が焼けた。
腰まで届く、長い赤髪が風に靡く。
間違えようがない
「……エル」
名前が、無意識に零れた。
庭園をゆっくりと歩く横顔。
戦場で見たときより線が柔らかい
生きている。
傷もなく、痩せ細んでもいない。
それだけで胸の奥が一気に満たされた。
だが――次の瞬間息が止まる。
腹部の膨らみが目に入った
明らかにオーバーサイズの白いシャツの下が膨らんでいる。懐妊している。
「……っ」
視線がそこから一切離れない
錯覚じゃない。角度を変えても、そこは確かに膨れていた。
時が、止まったように感じた。
――妊娠。
誰の、もしや兄の子ではないだろうな?
いや、番になったエルは兄のフェロモンは感じ取れなくなっているはず。
男のΩはヒート中しか子宮が降りてこないと聞いたことがある。ヒート中に交わったのは、恐らく俺だけ。
時期も、条件も、一致しすぎている。
怒りでも、喜びでもない。
もっと、生々しい感情が湧き上がる。
――俺の子だ
根拠なんていらなかった
でも、それを理解したと同時に、
別の感情が込み上げる。
……逃げたのか。
俺に、初期症状を知らせることもなく。
拳を、強く握りしめる。
腹に宿る命を、俺から隠す理由は、何だ。
俺が、子を殺すと思ったのか?
それとも、敵の子を宿すなど恥だと思ったのか?
俺は、一歩、前に出かけて――止まった。
エルの背後に兄がぴったりとついていたからだ。兄の身に何か起これば、ショックを受けたエルと子の命に危機が及ぶかもしれない。
機会を伺うべきだ
だから、今日は退く。
だが確認はした。エルは生きている。
そして――俺の子を宿している。
森の闇に身を戻しながら、その確信だけが、心の深くに、焼き付いた。
数日監視を続けていると
ある日の朝、屋敷から人の気配が一つ消えた。
――兄だ。
足りなくなった物資を取りに行くのだろう。
馬に跨り、剣幕な顔で近くの街へ向かった。戻るまでには少し時間はかかる。
待っていた瞬間だった
俺は森を抜ける
息を殺し、裏手へ回る。
鍵を力づくで壊し、中に侵入する。
扉を閉める音すら立てない。
室内は、薬草と木の匂い。
そして――エルの甘い香り。
1番奥の部屋に入ると、赤い髪が肩から背に流れている。
エルが大きくなった腹を庇うように椅子に腰かけていた
突然の気配に振り向いたその瞬間
紫の瞳が、俺を捉える。
「……っ!?」
声になる前に距離を詰めた
「静かにしろ」
口を優しく塞ぐ
驚きと恐怖が、混ざった表情。
逃げようとした足が止まる
――腹が重くて走れないのだろう。
「 ……何を、ら、ぐな。」
怯え、掠れた声
俺は暖かい外套をエルに優しく着せる。
「抵抗するな、子に響く。」
その一言で身体が固まったのが分かった。
エルを抱き上げる
エルは男にしては軽い
でも確かに二人分の重さを感じて胸がじんと痺れる。
エルは何も言わない。子の負担を考え、抵抗する意思はないのだろう。
「……兄様は無事か…?」
「勿論だ、お前の兄は街に出ていった。」
それだけ告げて屋敷を出た
馬はすでに用意してある。
鞍に横抱きで乗せ、更に自分の外套で包み込む。腹に圧がかからないよう、腕の位置だけは慎重に調整した。
「……この子を、どうするつもりだ?」
エルの声は震えている
「 お前が思っているような、酷いことなどしない。俺とお前の大事な子だぞ。」
エルグラド王国に向かって馬を走らせる
大事に、取り戻した宝物を抱きしめながら。
【エル視点】
私は、ラグナの馬の前に乗せられ、
背後から彼の腕に囲われている。
拒むことも、振り払うこともできない。
馬が走り出すと身体が大きく揺れた。
「……っ」
腹の奥がきゅっと締めつけられる。
妊娠してから長く馬に乗ることは避けてきた。兄も決して無理はさせなかった。
上下する振動が容赦なく腹に響く
気持ちが悪い。
吐き気が、喉までせり上がる。
「………っう、気持ち悪い、」
声は弱々しく掠れていた
ラグナの抱きしめる腕が強くなる
「……あと、もう少しだ」
そう言われても、どれほど「少し」なのか、分からない。
息を整えようとしても、馬の動きに合わせて、内臓が揺れる。
ラグナはなにも言わない。
ただ、私の腹に直接負担がかからないよう、
腕の位置を変えたのが分かった。
少し気分が楽になり、吐き気がわずかに引く。
やがて景色が変わった
森を抜け、見知らぬ道を進み、高い塀と、重厚な門が見えてくる。
「……ここは……」
「俺の屋敷だ」
敵国、ラグナの領地。
――戻れない。
門をくぐると、馬が止まった。
「降りるぞ」
抱き上げられると。ラグナの胸元に顔が近づき、あの甘い匂いが鼻を突いた。
忘れたはずのものが一気に蘇る。
そのままラグナに横に抱えられながら屋敷の中に移動した。屋敷の中は静かだった。
使用人たちが主を見て、すぐに頭を伏せる。
柔らかく豪華なベッドに下ろされても、腹の張りはまだ続いている。
私は、天井を見つめながら静かに息を吸った。
医師が来たのはその日のうちだった
敵国の屋敷、敵国の医師。
それだけで私は身構えてしまう。
けれど、医師の診察は淡々としていて、
余計な視線も言葉もなかった。
腹に冷たい器具が当てられ、
心臓の音が確かに聞こえる。
――とくん
――とくん
それは、私のものじゃない。
私の中にいる命の音だ
「胎児に異常はありません」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。
「馬での移動による一時的な張りでしょう。
安静にしていれば問題ありません」
私は安堵して深く息を吐いた
……よかった。
それだけで胸がいっぱいになる。
医師は、少しだけ間を置いてから、
続けた。
「それから――性別ですが。
腹の張り方、音、それらで分かる時点では」
私は思わず腹に手を当てる
「男の子ですよ」
その一言が、胸の奥に静かに落ちた。
……男の子。
騎士の血を引く、英雄の子。
私が守るべき私の子。
医師が下がったあと、
部屋には私とラグナだけが残った。
彼は、ベッドの脇に立ったまま私の腹から目を離さない。
「……良くここまで育ててくれた。」
「……この子は、どうなる?」
すると、ラグナははっきりした声で言った。
「俺が守る」
思わず顔を上げる。
「お前も、子も。」
迷いのない言い切りだった。
「お前にも、この子にも、この屋敷で決して不自由はさせない」
……優しい声と、言葉に弱った心がじんと痺れたのが分かった。
「……、」
感謝すべきなのか、拒絶すべきなのか。
分からない。
ラグナは、
私の沈黙を責めなかった。
私の頭を優しく撫でた後、膨らんだお腹を
壊れ物に触れるかのように優しく触った。
そしてラグナは、部屋を出る前に振り返って言った。
「今日はもう休め、エル。」
名前を呼ばれる
その優しい声が、どうしようもなく胸に刺さった。
豪華な扉が閉まると
私は、腹を撫でながら目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇
【ラグナ視点】
医師の報告を聞いた瞬間、
胸の奥が熱を持った。
無事だ。子も、エルも。
それだけで、戦場で勝った時より、強い安堵が来るとは思わなかった。
――男の子。
その言葉が何度も頭の中で反芻される
俺の血を引く子
そして、あの赤い騎士の命。
きっと、強い子に育つだろう?
執事と見張りの部下に命令を出す
「部屋の外に監視を置け。決して中には入るな。あいつの尊厳は必ず守ってやれ。」
執事と部下は一瞬だけ驚いた顔をしたが、
すぐに跪いた。
「「了解しました」」
エルに用意したのは豪華な寝室
天蓋付きの寝台、柔らかい絨毯。
部屋には浴室とトイレが完備してある
湯はいつでも使える。水も、薬も、食事も、最上のものを用意させた。
それが、俺に出来るせめてもの誠意だ。
扉の前には二重の警備
窓も鍵を壊し、開けられないようにした。
逃げ道はない
そんな完全警備を施された部屋の中で、エルが腹を抱えて座っている姿を思い出すと、胸の奥がぎりと軋む。
騎士の道は捨て、Ωとして、母として生きろ、決して死を選ぶな。
俺と共に生きてくれ
◇◇◇◇
【エル視点】
扉が、ノックもなく開いた..
入ってきたのは、分かっていた。
この屋敷で私の部屋に自由に入ってくるのは一人だけだ。
ラグナは、部屋を見回してから静かに扉を閉めた。ラグナは、静かに私に近づいた。
本能的に肩が強張る。
だが、彼はそれ以上距離を詰めなかった
「兄のところに戻りたいか?」
「……戻りたい、と言えば戻れるのか?」
「………無理だな」
断られても、辛くはなかった。
ずっと、あの屋敷で兄に守られながら
毎日後悔に蝕まれていたから、ここにきてそのストレスは軽減していた。
「……兄様は、ルミエール王国に必要なお方だ…。いつまでも、愚かな弟の面倒なんて見させられない…。だから、もう戻れない。」
「子どもが無事に産まれたら、会いに行こう。」
「……え、」
予想していなかった言葉に、思考が一時停止する。冗談かと思ってラグナを見上げれば
ラグナは真剣な表情で、決して冗談には見えなかった。
「産まれたら、すぐにお前の兄上に遣いを出そう。手紙を書いておいてくれ、必ず渡すと約束する。」
「………ふ、ふふっ、なんだよ、それ…
あははははっ!!なんでっ、そんなに優しいんだよ……英雄。」
「……あ、え、どうして、泣いているんだ?」
涙が溢れる
だけど笑いも止まらない
不思議な感情を初めて知った。
こんなに大声で笑ったことがあっただろうか?否、今までの人生で笑ったことなんて一度もなかった。ルミエール王国で生きてきて、泣いたことも、笑ったこともない。
騎士の名家に産まれた出来損ないと罵られ、Ωが騎士を目指すなと侮辱され、悔しい、悲しい、辛い、寂しいと思ったことの方が多かった。
始まりこそ強引だったが、私はラグナに
傷つけられたことも、侮辱されたことも、辛く苦しい思いをさせられたことがなかった。
むしろ、優しく触れられ、抱きしめられ、
口付けをされ、何度も何度も抱かれた。
気持ち良かった。痛い思いなどしていない。
そして、再び誘拐されたものの、
私と子どものことを最優先に考えてくれて、毎晩私の側で眠って、眠る寸前まで腹を撫でていた。聞いた事のない、エルグラド王国の子守唄を唄って、いつの間にか名付けたこの名前を呼びながら腹を撫でる姿はもう既に
父親の顔だった。
『ミカエル』
そうラグナは名付けた
『この国では 祝福の天使という意味が込められているんだ。天使のように慈悲深く、美しく、そして強い子に育つだろう。』
「……ラグナ。」
「……なんだ?」
「……ミカエルは、お前に似て、きっと強い子になるだろうな。」
そう言うと、ラグナは大きな口を開けて笑った。こんな笑い方じゃハンサムが台無しだ
「ははっ!きっとお前に似て気の強い美人になるだろう!」
「……それもいいな。」
その日の夜、変化が訪れた。
最初はただの違和感だと思った。
腹の奥が、いつもより重い。
張りとも痛みとも違う、じわりとした圧。
「……っ」
息を吸った瞬間、はっきりとした痛みと圧迫感の波が来た。
――これは。
扉の向こうに向かって声を張り上げた。
「……医師を……呼んで…くれ…!」
扉の前の監視たちが走り出した音が聞こえ
安心してベッドの上で丸まり痛みに耐える
冷や汗が止まらない、歯を食いしばっていなければ悲鳴が出そうになる。
バン!!!!!
「エル!!!!医師を呼んだぞ!」
扉が勢いよく開き、彼の赤い瞳が私を捉えた瞬間表情が変わった。
「陣痛か…」
私はベッドの縁を掴み、歯を食いしばる。
次の波が来る。
「……っ、ぐっ、あ……!」
ラグナが私の横に膝をついた。
「医師は、もう来る」
「……ラグ、ナ、は…外にで、てて、いい、からぁ、」
弱々しく拒絶をしたものの、それでも彼は動かなかった。
「離れない」
低くはっきりした声
腰を摩られて、多少痛みが緩和する。
腹が、強く、強く、痛む。
身体が、産む準備を始めているのだ。
医師が到着し部屋は一気に慌ただしくなった。
指示が飛び交い、メイドや執事が部屋を慌てて行き来する。湯や沢山の清潔な布が運ばれ、いつ産まれてもいいように準備されていた。
私は、ただ、耐える。
――この子のために。
「……エル、呼吸を合わせろ」
ラグナの声がすぐ耳元で響く。
「俺は、ここにいる。」
次の瞬間、彼の手を強く握りしめていた。
離したら、気が壊れてしまいそうだった。
それから、どれくらい、時間が経ったのか分からない。
5時間かもしれないし、7時間かもしれない
もしかしたら10時間経ったのかもしれない。
ただ、最後の力を振り絞った瞬間――
…、っ、おぎゃあああ!!!
「……産まれたぞ!!!!!」
赤子の元気な泣き声が空気を震わせた
「元気な男の子です」
その言葉を聞いた途端、全身の力が抜けた。
……ああ。
私は、生きている。
この子も、生きている。
視界が涙で滲む
抱き上げられた赤子が、私の胸元に連れてこられる。
小さな身体。
温かく、ラグナと同じ褐色の肌、でも髪は赤い。私たちの子だ。
「……可愛いな、……」
声が震える
ラグナはその光景を息を詰めて見つめていた。
それは、エルグラドの英雄の顔じゃない。
ただの父親の顔だった。
「……よく、頑張ってくれた。」
誰に向けた言葉か分からないが
その言葉はとても嬉しかった。
ラグナに赤子を渡すと、たどたどしい手つきで優しく赤子を抱っこした。
優しく微笑み、子を眺めるラグナに胸が熱くなる。
この子は、ミカエルは、敵国同士の血が混じった混血でも、戦争の結果でもない。
ただ、私が命をかけて産んだ子だ。
それからは、私の体は見るからに変わっていった。母乳が出るのだ。
Ωの機能は実に神秘的だと実感する。
…男なのに、少し胸が膨らんでいるのだ。
乳首も明らかに大きくなった。
胸に張りが出て、ミカエルが泣くたび身体が反応する。
最初は、正直戸惑った。
剣だけを握ってきた手で子を抱くことも
男である身でありながら授乳することも。
でも――考える暇はなかった。
ミカエルは待ってくれない
「……ほら」
小さな口が必死に乳を探す。
吸いつく力はまだ弱いのに、生きようとする意思だけは驚くほど強い。
「……大きくなるんだぞ。」
思わず声が柔らかくなる
飲み終わると、安心したように力を抜き、そのまま小さく寝息を立てる。
私は、その重みを感じながら背中をゆっくり撫でた。
……騎士を目指していた頃の私が見たら、
この景色をどう思うだろう。
剣の代わりに命を抱いている。
それでも、もう惨めだとは思わなかった。
夜中、ミカエルは理由もなく泣くことがある。抱いても、授乳してもなかなか泣き止まない。
そんな時は胸に乗せて一定のリズムで揺らす。
「……大丈夫、大丈夫、大丈夫だから。」
言葉はきっと分からないだろうが、それでも声は届く。やがて小さな手が私の指を掴む。
その瞬間、胸の奥がきゅっとなる。
……ああ。
私はこの子に必要とされている。
「……ミカエル」
名を呼んでみると、偶然か小さく口が動いた。愛おしくて仕方ない。
「おやすみ、ミカエル。」
この子は、私が命に変えても守ってやる。
◇◇◇◇◇◇
【ラグナ視点】
扉の前で足が止まった。
中から聞こえるのは、小さな啜り泣きと、
それを宥める低く柔らかな声。
……エル。
扉を少しだけ開ける
室内は静かで、月光が柔らかく差し込んでいる。エルは、椅子に座り胸元に子を抱いていた。赤い髪が月光に照らされ、炎のように燃えているように見えた。
その姿を見た瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。
エルの指がミカエルの背中をゆっくり撫でる。その手つきは、戦場で剣を振るっていた騎士のものとはまるで違う。
俺は、そっ、と扉を閉めた。
翌朝、王のもとへ向かった。
「願いがあります。」
謁見の間で膝をつく
王は不思議そうな顔でこちらを見下ろした。
俺は一度も自ら願いを申し出たことがなかったので、興味があるのだろう。
「ほう…珍しい。構わん、申せ。」
「我が子が、生まれました。」
一瞬場が静まる
「……ほう!!長期休暇をとっていたのはその為だったのか!めでたいのぉ!!!」
「はい。なのでしばらく戦場を離れたいのです。父として子を育てる時間をいただきたい」
周囲のざわめきを無視して王はすぐに笑った
「英雄の子か」
玉座に肘をつく
「それは、大事に育てねばなるまい!」
「許可する。ラグナ、お前は十分に戦った」
頭を垂れる
「感謝します、我が王よ。」
その瞬間、戦場で得たどんな勲章より、
重いものを受け取った気がした。
屋敷に戻ると、俺は更に子育てに関わった。
エルの代わりに、不器用にミカエルを抱く。
エルは寝不足なので、日中はエルに寝てもらい、俺や執事やメイドであやしている。
……軽い。
怖くて力の入れどころが分からない。
「首を支えるんだ。」
エルが眠気と戦いながら教えてくれた
「……こうか」
「違う。もう少し、優しく」
言われた通りにすると、ミカエルが
小さく微笑んだ。
「…なんで、笑ってるんだ?」
「ラグナに抱っこされて嬉しいんだろう」
素っ気ない返答。
それなのに、胸がどうしようもなく満たされる。
夜は泣き止まない時もある
俺が抱くと余計に泣くこともある。
そのたびエルに戻される。悔しい。
ミカエルが眠り、エルが疲れた顔で目を閉じる。この2人を守りたいと強く思う。
英雄としてではなく、番として、父として、神に誓う。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇
【3年後――】
春の風が庭の花を揺らしていた
「……みー、ぇる!」
まだ少し舌足らずな声が石畳に弾む
小さな影が、よちよちとけれど確かな足取りで前へ進む。赤い髪は柔らかく、陽を受けてきらきらと光っている。
「こら、ミカエル走るな。」
そう言いながらも声は咎める色を持たない
エルは木陰の椅子に腰掛け、剣ではなく、絵本を手にしていた。視線は常に子どもの背中を追っている。
ミカエルは3歳になった。
よく食べ、よく眠り、よく笑う。
歩けるようになった頃から、世界はすべて遊び場になったらしい。
「とぅさ、ま!」
振り返ってミカエルが大声をあげる。
庭の端、訓練用の木剣を持ったラグナがぴたりと動きを止めた。
「どうした?ミシェル」
「みて! はやい!」
小さな胸を張って、また数歩進む。
その足取りは危なっかしいが、誇らしげだ。
「……ああ、速いな!」
そう言ってラグナはミカエルを撫でた
その瞬間、ミカエルは満足そうに笑い
今度はエルの方へと向かう。
「かあさま!はゃい?」
「速い速い、って、転ぶぞ。」
抱き留めると、小さな身体が腕の中にすっぽり収まった。温かく確かな重み。
健康的な褐色の肌はラグナに似て、
燃えるような赤い髪と紫色の瞳は私。
2人の血を混ぜた、天使だった。
この子が健やかに育っている。
それだけで今も胸が満たされる。
その時だった
屋敷の門の方が静かにざわめいた。
執事が足早に近づきラグナに耳打ちする。
「……お客様です。」
ラグナの表情が一瞬だけ硬くなる。
「……名は?」
「アル・ド・オルフェン様、と」
ミカエルを撫でる手がぴくりと止まってしまい、抱かれていたミカエルが不思議そうに私を見上げる。
「……かあさま?」
――兄様。
ラグナは、少しの沈黙の後はっきりと言った。
「通せ」
◇◇◇◇◇◇
中庭に現れた兄は、記憶の中と変わらず背筋が伸び、凛々しい騎士の装いをしていた。
だが、目だけが、少しだけ柔らかくなった。
「……エル」
名を呼ばれエルは立ち上がった
「兄様……」
その距離を、誰よりも早く縮めたのはミカエルだった。
「……おに、いちゃ、だれ?」
赤い髪と、褐色の肌。大きな紫の瞳が真っ直ぐに兄を見上げる。
兄は息を呑んだ
「……この子が……」
「俺の子だ」
一歩前に出てラグナが言う
「そして、エルの子だ。」
兄はゆっくりと膝を折り
ミカエルと同じ目線になる。
「……名前は?」
「みかえる!」
元気よく答える
アルの喉が微かに鳴った。
「……そうか」
しばらく、ただ見つめ合い――
そして、兄は静かに頭を下げた。
「……産まれてきてくれて、ありがとう。」
その言葉に、私の視界が涙で滲む。
やっと会えた、ずっと会いたかった。
ミカエルに会って欲しかったんだ。
「……兄様」
「ラグナ・ヴァレリアン。エルとミカエルに会わせてくれて心から感謝する。
エル、……遅くなってすまなかった。敗戦した後、王政が揉めてな。国を抜けられなかったんだ。」
「…兄様、ご無事で何よりです。」
「………当たり前だ。俺はお前を残して死なない。」
「王都からここまで遠かっただろう。
ゆっくりしていってくれ、お義兄様。」
ラグナが涙を流す私にハンカチを渡し、
兄に近づき友人のように肩を組む。
「……お義兄様、か…。
ラグナ。」
肩にかけられたラグナの逞しい腕を外し、
兄はラグナの前に行き、頭を深く下げた。
「…エルを、ミカエルを、何卒…頼む。」
英雄と呼ばれる男に向けられた、1人の兄としての切実な願い
ラグナはゆっくりと頷いた
「言われずとも、そのつもりだ。」
◇◇◇◇◇◇
その後庭は不思議なほど穏やかだった。
ミカエルは、兄の指を掴み、屋敷の庭を案内して回る。
「ここ! はな!」
「それから、あっち!」
小さい子に慣れていない兄は、戸惑いながらもその小さな歩幅に合わせて歩いた。
「…エル、兄上は、弟であるお前の世話をしたことがないのか?子どもに不慣れすぎるぞ。」
「ははっ、兄様は幼い頃から稽古漬けだったんだ。大目に見てやってくれ。」
「伯爵家の長男は大変なんだな。」
兄は1週間ほど泊まっていき、ついに別れの時が来た。
兄は泣きじゃくるミカエルの前に屈む
「……ミカエル、また会いに来てもいいか?」
「ぅっ、ううううっ、うん!!!またきてね!!ある、おに、いちゃ、ん!」
兄が愛しいものを見るような目でミカエルを優しく抱きしめる
次にエルに視線を向ける
「……エル、体調に気をつけて過ごすんだぞ。」
「……はい、兄様。」
私たちは、兄弟であり唯一の家族。
この先もずっと繋がり続けるのだろうと
兄の目を見て、確信した。
夜になると、ミカエルは今日の泣き疲れで早く眠った。小さな寝息が、部屋を満たす。
ラグナは隣でその寝顔を見つめていた
「……ラグナ。兄様に、会わせてくれてありがとう。」
「…これからは俺のお義兄様でもあるんだ。当然だろ?」
ラグナはエルの肩に毛布をかける
「お前が望むなら、ルミエール王国と同盟を組んでやってもいい。」
私は驚きラグナを見つめる。
そして、笑った。
「……英雄様は、随分と丸くなったな。」
「当たり前だ。英雄ではなく父親だからな」
照れもなく言い切るその声に笑った
「……愛してるよ、ラグナ。」
「…!!……俺もだ、エル。」
剣ではなく命を抱く道を選んだ
その選択を一度も後悔していない
ラグナは、眠る子と 私を抱き寄せる。
「……一生守る。」
「……頼もしいな」
静かな夜。
戦争も、憎しみも、ここにはない。
ただ、愛されて生まれ、
愛されて育つ子がいる。
――それでいい。
【END】
番外編 ミカエル・ヴァレリアン視点
私の名前はミカエル・ヴァレリアン
エルグラド王国に住んでいる
最近ついに10歳になった
騎士になるための訓練を始めてもう三年目だ。木剣はもう軽い。最近は鉄の剣も許されるようになった。
「…ミカエル!相変わらず姿勢がいいな。」
訓練場の端から国王が声をかけてくる
白髪混じりの王は、俺を見るといつも目を細める。これは「英雄の子」というより、「孫」を見る目だと思う。
「日々、精進しております!」
返事をすると王は満足そうに頷いた
俺がαだと分かったのは7歳の時だった
王は笑ってこう言った
「当然だろう。あの二人の子なのだから」
その言葉が今でも胸に残っている。
訓練が終わると俺は屋敷へ戻る
庭の奥、日当たりのいい場所に母がいる。
――母、エル・ヴァレリアン。
遠くからでも目立つほど美しい
赤い髪は腰まで伸び、陽に透けると炎みたいに揺れる。剣を持たなくなって久しいようで、身体はすらりと細くなったらしい。
昔は騎士だったと聞いているが今は誰よりも繊細で美しい人だ。
母は男だけど、Ωという性を持ち子を成したらしい。そして、今もまたお腹の中に命を宿している。 私に妹ができるのだ。
大きくなったお腹を撫でながら私を見つめる紫色の瞳がこの世で1番大好きだ。
「ミカエル、おかえり。」
微笑まれるだけで胸の奥が温かくなる
「ただいま、母上。」
昔は「かあさま」と呼んでいたが、
騎士を目指すようになってからは少し照れくさくてこう呼ぶ。
母はくすっと笑った
「今日も王に会ったか?」
「うん。また剣を褒められた」
「さすが、英雄ラグナの息子だ。」
白い手が私の汗を拭いてくれる。
その仕草が丁寧で、柔らかい。
……母は私の誇りだ。
そして――父。
エルグラドの元英雄、ラグナ・ヴァレリアン。身長は脅威の2mもある。
隣に立つと、俺はまだ父の腹にも届かない。
相変わらず凛々しく精悍な顔をしているが、
母の前では驚くほど柔らかく崩れるから見ていて面白い。
「ミカエル、遅かったな。」
「訓練が長引いたんです。」
「ははっ、無理はするなよ?」
父は優しいが、剣の扱いは誰よりも厳しい。
だが怪我をすれば誰よりも早く駆けつける。
「父上、 この構えどう?」
「……悪くない。だが、脇が甘い。
もっと締めろ、攻撃の隙を与えるな。」
「……はい、」
「だが、10歳にしては上出来だ。」
その一言で胸が熱くなる。
認めてもらえるのが、何より嬉しい。
◇◇◇◇◇◇
夜は必ず3人で食卓を囲む。
母は私に食べさせるものには愛情を込めたいらしく、メイドや執事を掃除と洗濯のみの仕事にしている。我が家では料理は母が作るのだ。そして、母の料理は相変わらず美味しい。父は黙々と食べるが時々ちらちらと母を見ている。
二人は今でも互いをとても大切にしている
私にとってこの家は、温かくて、静かで、守られた場所だ。
食事を終え、母がデザートの用意に部屋を出ていくと、父が私を真剣な顔で見つめた。
「ミカエル」
「なんです?」
「……お前が騎士になりたい理由は、何だ?」
少し考える
「……守りたいから」
「誰を?」
「母を、父を、……この国を。」
父はゆっくりと頷いた
「ならば、十分だ。」
父がそっと私の頭を撫でる
「お前なら大丈夫」
その手は温かくて、柔らかい。
◇◇◇◇◇◇
眠る前、私は窓から夜空を見る。
月は静かで、遠くで光っている。
――私は、英雄の子だ。
――でも、それだけじゃない。
親や周りに愛されて育ったただの人間だ
いつか剣を取り、誇りを胸に守るべきものの前に立つ。
その時もきっと―この2人は俺の帰る場所だ。
「……おやすみ、父上、母上」
静かな部屋で、そう呟いた。
【END】
【登場人物】
エル・ド・オルフェン
偉大な騎士を数多く排出するオルフェン伯爵家の次男で、Ωとして産まれてまい、父親には見放され育った。唯一味方だった母は6歳の時に結核で死亡してしまう。
そこからは孤独に努力し、18歳でルミエール王国の騎士団に入った。
長い赤髪を後ろで束ねている。瞳は紫色
背は176cmと高めだが、体の線は細く色白。Ωは筋肉が付きにくいので、αばかりの騎士団で幼少期からの努力だけでのし上がった努力家。Ωとして差別を受けている。
敵国エルグラドの英雄、ラグナ・ヴァレリアン。25歳という若さで、王族側近騎士団団長。数々の戦場で名を馳せる怪物。
背は198cmと恵まれた体格。褐色の肌と銀色の髪と赤い瞳が特徴。
他国からはエルグラドの怪物と恐れられているが、孤児だったところを前団長に拾われた温厚でコミュニケーション能力が高い人気者。団員や国民からの支持率が高い。
元々恋愛対象は男なので、勇ましく美しいエルに一目惚れしてしまった。
アル・ド・オルフェン
エルの兄でオルフェン家長男
24歳で王国騎士団団長に上り詰めたエリートα。弟には昔から冷たい言葉をかけてきたが、本当は弟思いの優しい男。
背は182cm、赤髪短髪で筋肉質な体格。
-----------
-------
――私の名は、エル・ド・オルフェン。
偉大な騎士を幾人も輩出してきた、オルフェン伯爵家の次男として生まれ、そして不幸にもΩだった。
Ω、という第2の性。その事実だけで私の価値は最初から決まっていた。
7歳のときに行われた検査でΩと判明した瞬間、父は私を見下ろし短く息を吐いた。
「……使えんな。」
それが、父が私にかけた最後の言葉だった。
一方、兄であるアルはオルフェン家に相応しいαとして期待され、幼い頃から剣を教えられ、褒められ愛された。
私はその背中を、ただ遠くから見ていた。
同じ家に生まれ、同じ血を引いていても立つ場所は最初から違った。
唯一、私の味方だったのは母だけだ。
母は赤い髪のΩで、元騎士だったそうだ。父とは同じ団で働いていたという。
母はいつも穏やかに笑っていた。
「大丈夫…、大丈夫だよ…私の可愛いエル。」
そう言って、私の頭を撫でた手の温度を今でも忘れない。
母は私が9歳の冬に当時の流行病で死んだ。
それからの日々は、孤独な地獄だった。
誰も私を叱らない、誰も褒めない。まるで最初から存在しなかったかのように扱われた。
だから私は、あえて剣を選んだ。
Ωは筋肉がつきにくい。体格も、力も、αには敵わない。それでも、速さなら誰にも負けないと信じた。
朝も夜も寝る暇なく剣を振った。
手の皮が裂けても、血が滲んでも、やめなかった。剣を持たない時は、近くの森を数時間も走り込んだ。スピード、体力、持続力では負けないように。
「Ωの分際で騎士を目指すなんて…」
「でも、亡くなった奥様もΩで騎士だったとか…」
「あの方は特別だっただけよ…」
「…可哀想だな。」
その言葉を聞くたび、私の剣はさらに速くなった。そして何度も受け続けた試験に合格し、18歳でルミエール王国騎士団に入団することができた。入れたこと自体が奇跡だと、人々は言った。
「ルミエール王国の若き焔よ、貴殿は燃える場所すら選べんぞ。」
騎士になる瞬間、国王にそう言われ王にも歓迎されていないのだと悟った。この奇跡は人々の理解を拒むのだと。
「どうせ体で取り入ったんだろ」
「伯爵家のコネに決まっている」
「Ωのくせに、前線に出る気か?」
「もしかして、自分の兄に抱かれてるんじゃないかー?」
「おい、団長のことは穢すな!」
数々の低俗な視線が、背中に突き刺さる。
廊下を歩けば、声は自然と低くなり、私の名が混じる。笑い声は、刃物のように歪んでいた。
聞こえていないふりはもう慣れた
反論もしない
弁解もしない
意思は剣で示せばいい
それだけが、私に許された表現だった。
模擬戦で、私は何度もαを打ち負かした。
力ではない。一瞬の隙、呼吸の乱れ、踏み込みの癖を見極め、反応できない速度で相手を斬る。
入団して暫くすると上司らに実力が認められ
「王国の焔」と期待されるようになった。
赤髪が燃えるような赤色だからだとか、
剣筋が炎のように見えるからだとか。
異名など、死んでしまえば意味が無いので
調子に乗ることもなく毎日鍛錬に励んでいた。可愛げがないと言われたが仕方ない。
たとえ称号を得ても差別は消えない。むしろ評価が高くなるほど噂は醜くなる。
「上層部に身体を差し出してる」
「発情期を利用したに違いない」
「Ωは便利でいいなぁ」
Ωを利用しただと?Ωは便利?
(………この身体を私がどれほど憎んできたかも知らないくせに。)
何のメリットもないΩとして生まれたこの身体を、誰よりも鍛え、誰よりも酷使してきた。筋肉や脂肪があまりつかなかったが、技術と体力と耐久力なら負けない。
現にお前らに鍛錬で負けたことがない。
それでもΩというだけで否定されるのなら、
私は、騎士であることだけはこれからも譲らない。この先で何が待っているかなど知らない。ただ一つだけ、確かなことがある。
――私は、Ωでも、国を守る騎士だ。
「皆の者、直ちにホールへ集まれ。」
上官の声が休憩中の騎士団にかかる
その深刻な様子、団長である兄が私を見る目を見てわかった。戦争が近々始まるのだと。
隣国のエルグラド王国は、今まで穏やかで中立的な国だったが、クーデターで国王が変わってから他国に無茶な要望を仕掛けて、断られれば力で黙らせる。という動きをしていると聞いた。それがついに、 隣国であるルミエール王国に牙がかかったのだろう。
半年後、エルグラド王国との戦争が始まる。
それを知らされたのは、騎士団本部の冷たいホールだった。上官から入りたての騎士まで
総勢150人がホールに集まる。
この国の戦力は、兵士1万以上、エリート騎士150人で成り立っている。
過去の記録を見ても、この騎士団のおかげで戦争には負けたことがないらしい。
前方の壁に大きく張り出された大きな
地図の上に引かれた赤い線を皆が注目する
作戦、陣形、後方支援部隊、精鋭前線部隊に配属される者の名が貼りだされているのだ。
皆が必死に自分の名前を探す。
兄は団のトップなので団を指揮する者として司令部がある後方に行くようだ。
「前線部隊を再編する。各々、確認するように。」
兄である団長の声は淡々としていた。
その「前線」の中に、私の名が含まれていることは、前からわかっていたので、特に驚くことはなかった。
周りの奴らが私のことを見てくる。
その視線は、憎悪、悔恨、侮辱、そういったものがほとんどだった。
私を祝う者は誰もいない。
発表が終わり、廊下を歩いていると更に視線が重くなる。
「……Ωを前線に出すなんてな」
「どうせ捨て駒だろ」
「兄上様の最後のプレゼントだろうよ」
「恥ずかしい」
聞こえないふりをして歩く。
いつものことだ。
ただ一つ、違っていたのは――父の存在だった。
元騎士団の団長だったオルフェン伯爵である父はこの会議に参加していたようで、
発表の場にもいた。そして、廊下ですれ違った一瞬、視線が交わった。
その目には、初めて期待というものが篭っているように思えた。
侮蔑でも軽蔑でもない、初めて私に期待するような、そんな目をしていた。
―敵国エルグラドの英雄、ラグナ・ヴァレリアン。
王族側近騎士団団長。
数々の戦場で名を馳せる怪物。
父は分かっているのだろう。
私がその男と前線で相まみえる可能性が高いことを。
(……そうか)
胸の奥が静かに冷えた
父が私に望んでいるのは、生還ではない。
勝利ですらない。
-----英雄に、傷を一つでもつけること。
そして、名誉ある戦死。
Ωの息子が、敵国の英雄に一矢報いた末に散る。それ以上に美しい「処分」はない
私は、ゆっくりと息を吐く
不思議と悲しみや怒りは湧かなかった。
期待されない人生には、慣れていた。
◇◇◇◇
アル・ド・オルフェン
私の兄は、騎士団団長だ。
αで、実力もあり周囲からの信頼も厚い。
そして、昔から私のことを嫌っている。
「剣なんてやめておけ。
お前がやっても、どうせ無駄だ。」
そう言われるたび、私は更に剣を強く握った。見下されているのだとずっと思っていた。
しかし、出征命令が下りた夜、兄は私を呼び止めた。
「……エル」
周囲に人はいなかった
初めて団長ではなく、兄の顔、兄の声で話しかけられた。
「本当は、前線に行かせたくなかった。」
心から悔しそうな声でそう言うから
真意が掴めず困惑する
「………私が、Ωだからですか?」
そう返すと、兄は一瞬言葉を詰まらせた。
そして、視線を逸らす。
「……戦場には、ほとんどαしかいない…。
戦争は何ヶ月も続き、最悪数年かかるかもしれない。もし、αのフェロモンにあてられてヒートがきたら、どうするんだ…?」
「……私にはヒートがまだ来ていません。
ヒートがこない体質かもしれまさんし…、
万が一ヒートが来ようものなら、その場で舌を噛み切って自害します。決して、兄様や父
様に恥はかかせません。」
「………違うんだ、……俺がどれだけ、この作戦が決まってから悪夢を見るか知っているか…?…お前が、猛獣のようなαに襲われる夢を何度も見る。首を噛まれると、番になるんだぞ…敵国の奴と番になんてなれば…お前は、国には戻れなくなる」
兄の声と手は微かに震えており、
勇ましく冷酷な兄の本心だと理解した。
「こんな日が来るのが怖くて、だから、今まで剣から遠ざけたかった。」
――知らなかった。
兄の言葉の裏にそんな感情があったなんて
けれど、もう遅い。
「兄様」
私は静かに兄の目を見た
「私は、剣を捨てません。
Ωとして戦場へ行くのではなく、
ルミエール王国の騎士として、貴方の部下として、貴方の弟として闘います。」
兄は傷ついた目をして、唇を強く噛み締めていた。そんな兄に背を向けるのは胸が痛んだがもう、仕方ないのだ。
騎士になったからには、戦争は避けられないのだから。
◇
その日の夜、部屋で一人で剣を磨きながら、ふと母を思い出した。元騎士のΩだった母。
病には勝てなかったけれど、誰よりも誇り高かった。
そんな母が亡くなる前に、死なないでと泣きつく幼い私の手を握り、こう言った。
『Ωとしてαの娼婦になるくらいなら、騎士として孤独に生きなさい。』と
幼い私にはその意味がよくわからなかったけど、ただ、これから沢山の壁に当たったときに必ず思い出すべき言葉だと思った。
そして、死という壁を目の前にした今なら、わかる。
この言葉は、私に与えられた唯一の道。
αの都合のいい娼婦として生きることを拒み、家の道具として扱われることを拒み、
誰にも認められない剣を選んだ。
たとえ、その先に待つのが孤独でも死でも。
剣身に映る自分の瞳は、紫色に冷えている。
赤い髪は炎のように揺れていた。
敵国の英雄が、どれほどの男かは知らない。
だが、もし剣を交えるのなら、命をかけても傷のひとつくれてやる。
――私は騎士だ。
Ωとしてでも、捨て駒としてでもない。
-------
------
----
半年が過ぎ、予定通り戦争が始まった。
ルミエール王国とエルグラド王国の境界線が殺戮の舞台になる。
戦争とは小競り合いなどではない。
国と国が、互いの喉元に刃を突きつける、本物の殺戮だ。
前線の空気は重く、湿っている。
血と土と鉄の匂いが混ざり合い、肺の奥に絡みつく。
私は、そこに立っていた。
白い鎧を纏い、怯えることなく勇ましく。
すると、敵国エルグラドの部隊が、霧の向こうに現れる。整然とした陣形。
そして、その中心に立つ一人の存在が目に入る。
……大きい。
距離があるのに、圧が伝わってくる。
あれは、ただの兵士ではない。
黒い鎧はまるで悪魔のような不気味なオーラを放っていた
「突撃!!!!!!!!!!!!!!!!」
その者の怒号で、ついに戦場が崩れ落ちた。
剣が交わる音、悲鳴、怒号、爆発音。
様々な音が耳を壊す
開戦を合図した巨体の黒い鎧の男は
案の定私に向かって斬りかかってきた。
キィインッ!!!!!
重い一撃を受け止めた瞬間、腕が痺れた。
今まで受けた剣とは格別に違う。
相手は、全身を黒銀の鎧で包んでおり、
顔も兜に覆われて見えない。
だがすぐに分かった。
こいつはエルグラドの英雄だと。
相手が一歩下がるその隙を、逃さない。
力では敵わないなら、私は速度で懐に潜り込む。
その瞬間だった
キィン!!!!
重い衝撃が頭部を揺らした
視界が歪むと共に金属が弾ける音が耳に響く。
――しまった。
次の瞬間、顔の鎧が外れ地面に転がった。
冷たい空気が、剥き出しの肌を撫でる。
結っていた髪がほどけ、視界を横切った。
静寂が一瞬だけ落ちる。
正面に立つ敵兵――黒銀の鎧を纏った大男が、動きを止めていた。
兜の奥から覗く赤い瞳は大きく見開かれ
射抜くような目で私を凝視していた。
そして、低く、感嘆するように言った。
「美しいな」
突然の賛美に思わず胸が跳ねた
戦場で向けられる言葉ではない。
侮辱でも、嘲笑でもない。
純粋な――賛美。
「Ωか?」
その一言で空気が変わった。
血の匂いに混じって、αの存在感が、じわりと迫る。本能が警鐘を鳴らす。
私は剣を構え直した
(答える必要など、ない。)
踏み込み、刃を振る。
男の喉元を狙った一撃は上一重で逸れた。
男は愉快そうに息を吐く
「速いな……俺でなければ殺られていた!」
その声には警戒よりも興味と悦が滲んでいた。
「名は?」
「死にゆく者に名乗る必要はない」
私は冷たく言い返し距離を取る
男は怒った様子もなく、
ただ赤い瞳で、私を見据えたまま笑った。
「 俺は強気な美人な好きなんだ。」
「っ!」
侮辱された、と怒りが湧く
すると、少し離れた後方で同志の切迫した叫びが戦場の喧騒を割った。
「オルフェン!!!!!!囲まれてる奴を援護しろ!!!!!」
一瞬だけ、周りに視線を走らせる。
煙の向こう、数に押し返されつつある味方
このままでは、前線が突破される。
チッ、と舌打ちをして囲まれている同志に加勢しに行くため後方へ向き、脚を前へ出した。
(…チッ、今は英雄より加勢かっ、)
しかし、先程剣を交えた英雄は私の動きを見逃さなかったらしい。
「へぇ」
愉しげに口角を上げる
「仲間想いとは、随分余裕だな」
その言葉に相手をすることなく、
私は崩れかけた陣形の中を走っていた。
先程外れた顔の鎧は拾えない。
拾う余裕も、戻る余裕もなかった。
しかし、突如背後で空気が変わる。
ぞわり、と皮膚の内側を撫でるような奇妙な圧。あの英雄だ
――近い!
振り向くより早く、剣がぶつかる。
金属音が乾いた音を立て、腕に衝撃が走った。
重い一撃に体のバランスを崩す
真正面から受ければ、弾かれる。
私は半歩ずらし相手の剣を流す。
踏み込み、浅く、深く、間合いを切り刻む。
相手はそれを理解している。
無駄に追わない。
確実に、私の逃げ道を削ってくる。
段々呼吸が荒くなる
――やはり、怪物は強い。
これまでのどの敵とも違う
技量だけではない
戦場そのものを支配しているような
圧倒的な力
その時だった
ふわり、と。熱を帯びた空気が流れ込む
血生臭い戦場に似合わない匂いが鼻を掠めた。
濃厚で重いムスクのような…そんな不思議な香りがして、深く息を吸い込むだけで心臓が跳ねた。気を抜くと意識が持っていかれるような、そんな気分になった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
(…αのフェロモン!)
αの濃いフェロモンだと気づいた時にはもう遅い。今まで嗅いだことのない、圧倒的なフェロモンのにおい。理性より先に身体が反応してしまう。
視界がぐらっと揺れた。
「……ぐっ、うぅっ」
歯を食いしばる
ここで崩れるわけにはいかない
こんな戦場のど真ん中で、敵のフェロモンに当てられて崩れるなど、功績を残さず死ぬよりも恥ずかしい。
残りの力で剣を振るが、僅かに遅れる。
その遅れを男は逃さなかった。
キィン!!!
「ぐっ!」
肩口を掠める一撃に鎧が軋み痛みが走る
「集中しろ。」
低い声が耳元で響いた
叱責でも、嘲笑でもない。
まるで、対等な剣士に向ける言葉。
それが余計に混乱を招く。
フェロモンがさらに濃くなる。
意図的ではない。
戦いの昂揚で制御が外れているんだろう。
――まずい。
熱が腹の奥に溜まり、下腹部が勝手に反応しようとする。何故か尻の奥がじんじん痺れて、濡れぼそっているような気持ち悪さがある。
(……うそ、だろ…?これは、ヒートだ…)
私は恐怖を覚え後退する
剣で牽制しながら、距離を取る。
彼自身も、異変に気づいたようだ。
赤い瞳が本能と戦うように苦しげに細められた。空気がぴんと張り詰める
「……ははっ、まさか戦場にΩがいるとはな。」
その一言で、確信した。
このαは、私を狩る気だ。
本能がそうさせようとしているのだ
濃くなっていく血と泥と強いαのフェロモンの香りで、ついに理性が限界を越え、膝がガクガクと激しく震えた。
(もう…、だめだ……)
剣を地面に突き立て身体を支えるが、すでに視界が白く滲んでいる。
こんな無様な姿を英雄にも見せたくなどない
同じく戦場に立つ身として、情けない。
1回どこかに避難してヒートを抑えなければと周りを見渡す。近くに森がある。
私は、最後の力を振り絞って身を翻し、近くの森へ走った。
少し先に洞窟があったはずだ、そこで少し身を休めてまたあの英雄に挑もうと思っていたが、森に入ると、背後で重い足音が追ってくるのがわかった。
それは、本能に突き動かされた獣の気配。
森に飛び込み、記憶を辿りながら小さな洞窟に走った。肺が焼けるように痛い。
頭がふわふわする、気を抜いたら倒れてしまう。強力なαのフェロモンが、追ってくる。
逃げても、逃げても、消えない。
(母上……)
ふと、あの言葉が脳裏をよぎる。
――「Ωとしてαの娼婦になるくらいなら、騎士として生きなさい。」
私は、持ってきた剣を握りしめた。
たとえ、この先で何が起きても。
たとえ、本能に飲み込まれそうになっても。
私は、騎士だ。
洞窟に入った瞬間空気が変わった。
湿った石と土の匂い。暗い穴、
戦場とは切り離されたはずの場所なのに、
私の身体はまるで逃げ場を失ったかのように熱を持つ。熱くて熱くて狂いそうだ。
(…これが、ヒートってやつなのか…?)
そう思ったときには、もう遅かった。
腹の奥が今までより強くじくりと疼いた。
これは痛みではない。快感だ
体験したこともないほどの熱だ
内側から、ゆっくりと、確実に身体を侵食してくる。指先が痺れ膝が笑う。
「……っ、は……」
呼吸がうまくできない。
息を吸うたび、空気が甘く感じる。
ヒートだと認めた瞬間、理性が一段階剥がれ落ちたのがわかった。
私は背中を石壁に預け座り込んだ
鎧越しでもわかるほど心臓が早鐘を打っている。喉が渇き、皮膚がやけに敏感になる。
ヒート中のΩの花の蜜のような甘いフェロモンが、自分でもわかるほど漏れ出している。それがひどく恐ろしかった。
(絶対に、来るなよ………)
誰にともなく心の中で呟く。
αの気配が洞窟の入り口で止まっているのがわかる。近づいてこないが消えもしない。
それが、余計に気味悪かった。
英雄、敵国の兵士、味方、
αが過半数を占めるこの戦場では
誰がこのフェロモンを辿ってきたのか想像がつかない。誰であろうがいやだが。
身体がそのαの気配を求めてしまう。
本能が恥も誇りも引き剥がそうとする。
「……っ、く……」
じくじくと体の中心部が痛む
熱くて死んでしまいそうで、鎧を脱いでしまった。中に着ていた薄く質素な服だけになると、少し体が涼しくて気持ち良かった。
触りたい、触りたい、触られたい、
達したい、気持ちよくなりたい
そんな思考が巡り、歯を食いしばる。
喉から情けない声が漏れそうになるのを必死で抑えた。
「……ぐぅ、っあ、んっ、」
じわっ、と下着が濡れたような気がした。
尻から分泌液が出ている気がする
息をしているだけでも、気持ちいい。
私は、剣を抱きしめるように引き寄せた。
冷たい金属が、唯一現実に繋ぎ止めてくれる。
「はあっ、はっ、はぁっ…」
「っ!!!ぐあ!」
あまりの熱に意識が朦朧と仕掛けた瞬間、
いつの間にか荒い息が頭上から聞こえ
慌てて見上げるが、
時すでに遅く、抵抗できないほどの力で引っ張られ地面に張り倒される。
鎧を着ていない状態で地面に叩きつけられたのだから、当然痛かった。
犬のように四つん這いになりうつ伏せにされた状態で、恐る恐る首だけで背後を見上げると、鎧をとった、赤い目を血走らせ今にも目の前の獲物を食い殺さんとする強烈な殺気を放ちならふーっふーっと荒い息を吐く男、先程まで剣を交わしていたエルグラドの英雄が私を組み敷いていたのだった。
英雄、ラグナ・ヴァレリアンだ。
「はぁ、はあっ、離せ、ヴァ、レリアン!」
「……ふーっ、ふっ、俺の事知ってるのか?」
「…っは、はぁ、英雄様だろ…?」
「ははっ、お前の名は?」
「……名乗る必要は、ないっ、」
「名乗らせてやるよ、今から。」
びりっ、ビリッと布を破る音が響く
「なにを!」
服が、破かれていた。ズボンと下着は脱がされて下半身はもはや何も纏っておらず
上半身もほとんどボロボロに破られた服が残っているだけで、更に羞恥心を擽る。
先程から違和感があった後孔がうずき、たらりと分泌液のようなものが垂れたのが分かった。体が熱くなると同時に動悸が速くなり
私の普段まったく触れない役たたずのペニスは勃ち上がって、固くなった乳首の先端が残った布切れにすれただけで電流が走る。
「ひっ、あっ!」
「…はぁ、匂い、すごいな…」
「な、にを、やめろっ!汚いから!」
無理矢理背後を盗み見ると、
完全に理性が壊れたヴァレリアンは、私のはしたない後孔に顔を近づけ、あろうことか、長く太い舌で蜜を垂らす後孔にしゃぶりついたのだ。
じゅるじゅるじゅる!!
「ああっ!!いっ、く、あああっ、っあ!やめ、おねが、」
身体がビクビクと痙攣する
その衝撃で射精してしまったようで、
腹にいつの間にか自身の精液がついていた。
後孔を舐められること5分少し
その時間は恐ろしく長く感じ、拷問にでもあっているような気分だった。
「はぁ、は、ふー、おいしいな」
じゅるっ!!じゅるるる!!!
「あああああっ!!!やだぁあ!!!!!!また、いく、っあ、ああああ!!!!」
びゅるっ、とさっきより少ない量の精液がまた出ると、体の力が抜け、くたっ、と崩れ落ちてしまう。
「……まだこれからだろ?」
愛撫され濡れぼそった自身の後孔から溢れる蜜液を指に絡ませ、ヴァレリアンの太く逞しい指が、ぬぷっ、といやらしい音を立てながら中に侵入してくる。
「あぁあっ!!!!!!!!」
ぐちゅ、ぐちゅと中を掻き回され、
何かを探すような動きでうねる内壁を触られる。暫く好き勝手された後、ヴァレリアンは中で指を折り曲げた。
こりっ
「あ"あっ!!!!!!!!」
指の腹が体内のしこりを探り当て、電流が流れたような衝撃に体が痙攣する。
「やだっ、それっ、あああっ!」
くりくりくりっとそこを念入りに刺激され、
気持ちよすぎて頭がおかしくなりそうだった。また達してしまいそうになる
「やっ……も、さわるなっ……さわるなあっ……! あっ……はっ……やあっ……!!」
また立ち上がるペニスをぐちゃぐちゃといやらしい水音をたてて触られながら、気持ちいいしこりをコロコロと刺激されひっきりなしに体がしなった。鋭敏な神経を詰め込んだようなしこりは、触れる角度を変えられる度に脳や腰の奥に重く響く。
(なんだこれは、一体どうなっているんだ!!!!)
体がまったく言うことを聞かない。勝手に腰がくねる。女のような高い声が止まらない。腹筋が波打ち体内が収縮を繰り返し、何度も何度も出さずに達してしまう。
「あ"ぁ"ッ!!ぃ、嫌ッ!!また、出ちゃう!、あああっ!!」
ぴゅるっ、と透明に近い精液が飛び散る
「ふーーっ、いれるぞ」
「え?」
後孔に感じる熱は、もしかして。
「あ゛っ!!ぁっ!ああぁっ!!!」
熱い、太い、大きい、怖い、苦しい、
子どもの腕ほどあるヴァレリアンの昂りが
濡れぼそった後孔に容赦なくねじ込まれていく。限界まで拡がった肉壁がみちっと嫌な音を立て、愛撫で蕩けた内壁がヴァレリアンの昂ったペニスを締め付ける。
地面に爪を立てて、快感を逃そうとするが、強烈な快感に頭が真っ白になり、意識が朦朧としてきた。
「ぐっ、ぅ、これは、すごいな」
ぱちゅ!ぱちゅ!ぱちゅ!!
と洞窟内に反響する肉同士がぶつかる音
容赦なく腰を振られ、もうなすがままの人形のようだ。
「あ、あ゛、あああっ!!きもち、ぃ!!あああっ!!!おかしくなる!!!!もう!!あああっ!!やめて!!」
ばちゅ!!ばちゅ!!ばちゅ!!
「あっ!はあっ、ううっ、あああっ、!!」
「ふっ、うっ、ウヴヴッ……」
唸るような声が聞こえ、沈みかかっていた意識を戻そうとした瞬間、
ガリッ!!!!!
「ひっ!!!ぐうっ!!!!??あぁあああああああああああぁぁぁ!!!!!!!」
項に走る激痛
目の前が真っ赤に染まる
温かい血が項からだらだら流れているのがわかった。背中に伝う血の感覚に寒気がする
「はぁっ、はぁっ、 はっ、俺の、番だ」
「え、?あっ、うう、え、つ、がい?」
番、αとΩが番うと、今後死ぬまで番同士のフェロモンだけに反応し、他人との発情交尾をしようとすると異常な拒否反応が起こる。噛み跡(番痕)は一生うなじに刻まれ、番がいる証となる。
国の騎士として、終わりだ。
もう国には帰れない
ぷつん、と意識が途絶える。
2時間ほど、いやもしかしたらもっと長い時間、揺さぶられていた気もする。
何度も何度も、中に温かい精液が出されて、その度にこの身体は喜んだ。
意識も朦朧とし、理性が完全に壊れてしまう。
「っ、あ、また出る、ヴっ!」
また中で射精したようで、既に降りてきているΩの子宮にドクドクっと精液を浴びせられたのがわかった
「ぁぅう……あっ、はら、んじゃ、っ、う」
「はぁ、はぁっ、孕めばいいだろっ、」
「いやっ、あっ、…んんっ、んんんっ!」
初めてだったキスもヴァレリアンに奪われて、長く太い舌で喉の奥までしゃぶられる。
じゅっ、じゅるっ、ちゅ、
「ん、むぅっ、んんんっ」
私を見下ろす赤い瞳が、きゅっと瞳孔を絞って縮んだ。
「名前は?」
「んっ、あっ、はあっ、え、る、える」
「……ははっ、エルか。エル、お前を連れて帰る。」
「ひ……っ!」
獲物を捕えた獣の顔で、ヴァレリアンが笑った。私の最後の記憶は、そのこまでだった。
◇◇◇◇◇
意識が戻ったとき、最初に感じたのは静けさだった。戦場の騒音も、悲鳴もない。
……天井?
洞窟ではない、布張りの簡素だが清潔な天幕の内側。
私は混乱しながらも頭を整理しようとゆっくりと瞬きをした
身体が重い。熱は引いているが、芯に残る倦怠感が否応なく現実を突きつけてくる。
(……私は…生きている)
その事実にまず安堵してしまった自分を内心で叱った。そして次に気づいたのは動けないということだった。
首に、冷たい感触がある
視線を落とすと、首に鉄の拘束具が見えた。
「目が覚めたか」
低い声
視線を上げると、ヴァレリアンがいた。
戦場で剣を交えた、黒い鎧の主。
そして、洞窟で私を犯し、項を噛んだ張本人。今は鎧を外し簡素な服に身を包んでいるが、やはり背が高く筋肉が凄い。
背は2mあるのではないかというほど高く、
筋肉は兄よりもついている気がする。
少し癖のある銀の髪、褐色の肌、赤い瞳。
間違いない。敵国エルグラドの英雄
ラグナ・ヴァレリアンだった
「……私は敵の騎士だぞ…、殺さないのか?」
事後特有の掠れた声でそう問う
男は、一瞬だけ目を細めそれから肩をすくめた。
「お前は俺の番だぞ?殺すわけがないだろ。」
理解できない
捕虜なら、尋問か、処刑か、交換材料だ。
ましてや私は、Ωで、敵国の騎士。
「お前が気に入ったんだ。」
男はあまりにもあっさりとそう言った。
反射的に身体が固まる。また犯されるかもしれない、と恐怖を覚えたのだ。
「剣の速さも、気高さも、その赤い髪とアメジストの瞳も、全て気に入った。」
「……ここは?」
「俺の部屋だ」
敵の陣営にいると理解し、心臓が嫌な音を立てた。逃げ場はない。
「安心しろ。お前を、誰にも触れさせない」
とにかく体が重くて、もう一度眠ってしまいたくなった。自暴自棄になっているのかもしれない。私は天幕の天井を見つめた。
生きている。
――母上、
あなたが望んだ「騎士として生きる」という選択は、こんな形で、私を生かすのか。
----
ここに連れてこられてから、何週間たったか分からない。天幕の中には、常に一定の明るさが保たれていて、昼も夜も曖昧だった。
それが、意図されたものだと気づくのにそう時間はかからなかった。
時間の感覚を喪わせ、逃げる気力を削ぐためだ。
「……入るぞ。」
布越しに低い声がする
入ってきたのはラグナではなかった。
1日2回、食事を持ってきてくれる兵士だ。
彼はβのようで、忙しいラグナの代わりに彼に身を清めて貰う事もあった。
しかし彼は敵だ。私は反射的に身体を強張らせた。信じられるわけがない。
ここは敵国の陣営で、私は捕虜で、Ωだ。
兵士は淡々と、私の体をお湯で湿らせた布で拭いていく。丁寧に、丁寧に。
「……下は、自分でできる」
そう言うと、兵士は一瞬だけ困ったような顔をした。
「ラグナ団長の命令だ」
布が下腹部に触れる、あまり生えていない下生えからくたっ、と萎んでいるペニスから、尻まで丁寧に拭かれる。
優しい動きで粗暴さは一切ない
それが、何よりも屈辱だった。
自分の身体が、敵に「扱われるもの」になった実感。
私は歯を食いしばり視線を逸らした
その後、食事も運ばれてきた。
温かいスープとパンだ。
戦場で捕虜に出されるものではない
食べなければ、弱ってしまう。
体力を失うと、ラグナの隙をついて逃げられなくなる。逃げなければ、もう一度立て直して、ラグナの首を討つのだ。
黙々と食事を口に運ぶ
味が美味いことに腹が立った
夜になると、ラグナは来る。
疲れきった顔で、私の隣にどさっ、と倒れ込み私の長い髪を愛おしそうに撫でるのだ。
「……私は捕虜だぞ….、」
「捕虜だが、俺の番だ。」
「……………戦況は…?」
「………こちらが優勢だ」
「……っ、」
「お前の国はお前を探さない」
すると、淡々とそう告げられた。
「……何?」
「前線で姿を消した騎士は、“戦死扱い”になる。死体が確認できなければ行方不明。
だが、お前の国は、行方不明のΩ騎士をわざわざ探す余裕はないだろう。」
オルフェン伯爵家の次男に産まれ
疎まれ、差別され、名誉ある死を期待されていた。
「戦場で消えたなら、
“そういうこと”だと処理される」
探されない
弔われもしない
私という存在は、完全に消える。
胸の奥が冷たくなった。
怒りも、悲しみも、
声になる前に凍りつく。
「……そうか」
やっとそれだけを絞り出した
逃げ場のない結論
私は静かに目を閉じた。
孤独に剣を握っていた頃より、
今の方が、ずっと苦しい。
◇◇◇◇◇
【アル・ド・オルフェン視点】
[前線部隊エル・ド・オルフェン 行方不明]
報告書はひどく薄かった
それは、戦死者名簿の束の中に簡単に挟まれていた。騎士団団長である俺はその紙を手に取った瞬間、指先の感覚が消えた。
「……確認は?」
声が思った以上に低く出た
報告に来た部下は言いづらそうに視線を逸らす
「敵軍との衝突後、所在不明です。
前線は酷く劣勢で…ご遺体の確認は、できませんでした。」
「……オルフェン家…いや、俺の、弟だぞ。」
口にしてからしまったと思った。
部下の表情がわずかに硬くなる。
「存じておりますが、その…上から……」
その先は聞かなくてもわかる
上官から捨て置けという命令があったのだろう。Ωの騎士など国には必要ないと
俺は、紙を机に置いた。
力を入れすぎて端が歪んでいた。
「…………何故、剣を選んだんだ……エル。」
呟いた声は誰にも届かない
守る方法を、間違えた。
結果として最悪の形で失った。
いや――
本当に、死んだのか?
エルは強く、そして誰よりも速かった。
α相手でも、一瞬で間合いを詰める。
あいつが、何の痕跡も残さず死ぬとは思えない。
「団長」
部下が恐る恐る声をかける
「オルフェン伯爵様には……」
「俺が行く」
もちろん即答だった
父に報告しなければならない
あの人が何を思うかも、何を言うかも、わかっている。
「前線に立てただけでも栄光の死だ」
そう言って満足するだろう
胸の奥が焼けるように痛んだ。
剣を持たせなければよかった
(いや、違う。)
剣を持たせても、
最後まで、守ってやればよかったんだ。
上からの命令を無視して、後衛に置いていれば、俺の手の届く場所に置いておけば死なずに済んだかもしれないのに。
ぐしゃっ、と報告書を握り潰した。
「……エル」
もし、生きているなら。
もし、どこかで捕らえられているなら。
誰も探さないとしても、
国が切り捨てたとしても。
――俺は、探す。
それが、愚かな兄にできる、
たった一つの贖罪だった。
◇◇◇◇◇◇
【エル視点】
番として。捕虜として連れ帰られてから、
毎日ラグナに抱かれていた。
首に着けられた鎖をジャラジャラと鳴らし、
今日も昂ったラグナに、凶悪なペニスを挿入され揺さぶられていた。
脚を大きく広げられ、奥を貫かれる。
「もっ、ゃ、あ!!ぁ"あ"、あああっ!!」
ぐちゅ!ぐちゅっ!と中を突かれるたびに、激しい快感から逃げたくて縋るようにラグナの背中にしがみつき、爪を立て傷を残す。
「あッ、あ"ぁ"!あう、また、出るっ、」
気持ちいいしこりを亀頭でゴリゴリと刺激され、もう何度目か分からないが達してしまった。ラグナも限界が近いのか、昂ったペニスを更に大きくし腰を振る動きが激しくなる。
「だっ、だめだ、 ! 外にっ!!中は、だめっ!あ"、あ"ぁ"っ!!」
私の懇願は虚しく終わり、ラグナは腹の奥に大量の精を吐き出した。腹の中に感じる熱に涙を流し啜り泣く。
ラグナはしばらく最奥へ精液を擦り付けるような動きをしたあと、少しだけ小さくなったペニスを中から抜いてベットから下りる。
今から戦いにいくのだ
「また夜にくるからな。」
そうして、恐らく3ヶ月がたっただろう。
扉は常に閉じられているが、鍵は見えない。
逃げようと思えば物理的には可能なのだろう。けれど、外には敵国の兵士がいる。
私は捕虜で、Ωで、そしてラグナの管理下にある存在だ。
そんな中で戦況が、変わった。
「ルミエール王国が、降伏した。」
ラグナの口から告げられたその言葉は、
まるで他人事のように耳に落ちた。
(……負けた。)
私の国は、私が、命を賭して守ろうとした場所は崩れ落ちたのだ。
「もうすぐ、ここも撤退する。」
淡々とした声
その意味を理解した瞬間、胸がざわついた。
その夜、身体に違和感があった。
異常な吐き気、微熱、めまい、下腹部の張り、異常な眠気。ただの体調不良だと、最初は思った。だが、それにしては――おかしい。
(……嘘だ)
否定しようとしてできなかった。
Ωとして生まれてしまった身体。
誰よりも憎んできたこの性は、1度でもヒートが来れば、その後妊娠が可能だ。
初めてヒートがきてから、両手で数えきれないほど抱かれ続けた。3ヶ月間ほぼ毎日中に精を出された。
腹の奥に微かな熱を感じる
「…………そんな、」
騎士として生きると決めた
母の言葉を誇りにしてきた
それなのに
国は負け、私は捕虜で、
そして――
敵の命を宿しているかもしれない。
ラグナの顔が脳裏をよぎる。
国はもう、私を必要としない。
騎士団は私を「行方不明」にしているだろう。
それでも、この命だけは――確かに、ここにある。
まだ薄い腹に手を当てる
この子に、罪はないと。
この子と共に、新しい人生を歩むのも良いのではないかと。
暫くは撤退準備で、陣営は騒がしかった。
物資の整理、負傷兵の移送、24時間指示を飛ばす怒号が聞こえ静けさは消えていた。
ラグナはほとんど部屋に戻らなかった。
英雄であり、団長である彼は今や戦後処理の中心にいる。
(――今しかない)
首の鎖さえ取れれば。
身体を清める時間に、いつもの彼がやってきた。
「首がおかしいんだ、痒くて、ヒリヒリしていて、鎖が擦れていたい、」
今にも泣きそうな表情と声でそう懇願すると
噛まれた傷が膿んでいる可能性があるからと、手当をすると首の鎖に彼の手が伸びた。
手首の鎖が外され、金属音がやけに大きく響いた。
考えるより先に、身体が動いた。
鎖を外した瞬間、彼の首元に素早く腕を回し体重をかけて引き倒す。
「ぐっ――!」
彼か声を上げる前に肘を首へ叩き込んだ
一瞬の躊躇もなかった。
躊躇すれば、終わる。
彼の身体が床に崩れ落ちる
気絶している
それを確認してから、私は立ち上がった。
手足は元から自由だ
彼から脱がせた団服と外套を着る
鎧はない、剣もない。
それでも行くしかない。
扉の外は忙しなく人が行き交っていた。
その中に紛れ、団員として足早に陣営から離れる。
――見つかるな。
――呼び止められるな。
心臓の音がうるさい
夜の撤退前の陣営は、明かりが多い。
だが、その分影も濃い。
私は近くの森へ向かって走った
【ラグナ視点】
俺が見つけた俺だけの番に逃げられた
それを認めた瞬間腹の奥が煮え立った
「捕虜がいない」
「部屋で兵士が倒れている」
「――馬を出せ」
「はっ!!」
怒鳴るように命じ、エルが繋がれていたベットに腰を下ろす。撤退準備の喧騒の中でたった一人の捕虜が消えた。
(…誇り高き騎士が逃げるとは思わなかった…、完全に油断した。)
鼻腔を震わせ意識を研ぎ澄ます
エルの匂いは忘れようがない。
恐怖と、少しの諦めと、それでも折れなかった強き心。白百合のような清廉で美しい香り。
外に出てその匂いを確かめる。
空気と地面に残留している僅かな匂いに神経を研ぎ澄ませる。
「団長!!馬です!」
「俺が連れてきた捕虜だ、俺が責任をもって連れて帰る。」
「はっ!!ご武運を!!」
「……なんと責任感のあるお方だ……」
「かっこいい……」
何故か頬を赤らめる部下たちを尻目に、
馬を走らせ香りが仄かに漂う森へ向かう。
枝を裂き、夜気を切り裂きながら匂いを追う。
(…剣だけでなく、逃げ足の速さも一流だな。)
皮肉混じりに思う
だが、すぐに異変に気づいた。
中心に向かうにつれて匂いが薄くなっていく。
いや――ある場所で明確に消えている。
急に断ち切られたように。
馬を止め、地面に目を落とすと蹄の跡があった。馬の糞も、焚き火の跡も、
人がいたんだ。
「……チッ」
途中から馬に乗せられたんだ。
匂いが途切れたのはそのせいだ。
一体誰だ
この撤退直前の混乱に乗じて、
俺の捕虜を攫ったのは。
胸の奥で何かが爆ぜた音がした
冷静さが剥がれ落ちる。頭が怒りで沸騰する
あれはただの捕虜じゃない
ただのΩでもない
戦場でこの俺と真正面から剣を交えた騎士
俺が認めた、俺が――手に入れた番だ。
「……必ず奪い返す。」
声が低く唸る
「敵味方問わず、馬の動きを洗い出す。」
勝利だろうが、撤退だろうが、関係ない。
俺の戦いはまだ終わっていない
夜の森をもう一度睨みつける
(――逃げ切れたと思うな。)
お前がどこに行こうと、誰の手に渡ろうと。
あれは、俺が見つけた。
俺が、番にしたんだ。
あの長く艶のある赤い髪は、アメジストのような瞳は、雪のように白い肌は
すべて俺のものになったんだ。
初めて欲しいものができたんだ。
地位でも、金でも、力でも、尊敬でも満たされなかった心が満たされた気がした。
それは、愛情というやつなのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
【エル視点】
森の中心で、気を失った所までは覚えていた。数ヶ月歩いておらず、妊娠の初期症状のようなものに苦しめられていた為、体力が限界だったのかもしれない。
ぼんやり浮上する意識の中、自身が森の真ん中で寝ている訳ではないと分かった。
馬の揺れ、顔にあたる夜風。
誰かの腕に強く抱えられている感覚。
(……ラグナに捕まった……?)
そう思った瞬間身体が強張った
だが、次に耳に入ってきた声で思考が止まる。
「……目を覚ましたか、エル。」
低く疲れきった掠れた声
聞き慣れているはずなのに、もう二度と聞かないと思っていた声。
「……兄、さま……?」
喉が、うまく動かない。
「喋るな。今は……いい。」
昔と変わらないぶっきらぼうで、冷たい声。
けれど、私を抱える腕は、驚くほど震えていた。
逃げ込んだあの森は、敵陣営の森だった。
そうだ、思い出した。
力尽きたあの場所に、焚き火の跡や
馬の糞の跡、蹄の跡があったんだ。
その光景に安心して、意識を失ったんだ。
撤退後も、兄はどうやらここでずっと潜んでいたらしい。こんな敵陣営の森の真ん中で。
「……どうして…、」
絞り出すように言うと、兄は一瞬黙った。
「……死体だけでも、持って帰りたかったんだ。」
悲痛な声に胸がきしりと痛む
「お前は、行方不明扱いで、捜索も早くに打ち切られた。」
やっぱり、と思った。でも不思議と悲しみも驚きもなかった。
「だから、俺は探しに来たんだ。」
兄は私を馬に乗せ、陣営から離れる方向へと走らせた。途中、何度か休みながら、夜が明け、日中には見知らぬ屋敷の前に辿り着いた。
「……ここは……?」
「俺の私有地だ。本家からも、王都からも遠い。」
小さな屋敷
けれど、手入れはされている。
「家には帰れない」
兄の言葉は断定だった
父の顔が脳裏をよぎる。
兄は私を屋敷の中へ運ぶ
清潔なベッドに横たえられた瞬間、張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。
天井が涙で滲む
泣いたことなど、母が死んでから一度もなかったのに。何故か今、涙が溢れた。
「……なぜ、っ、兄様の…忠告も聞かずに、…敵に捕まった愚かな私を、助けてくれたのですか?」
「俺は、お前の家族だからだ。お前が行方不明だと聞いて、生きた心地がしなかった…。」
即答だった
「だから……生きていてよかった」
それは今まで一度も聞いたことのない言葉だった。
胸の奥がじわりと熱くなる
涙が溢れ、兄の顔がよく見えない。
騎士として、オルフェン家の次男としては
終わった。これからも、国には帰れない。
でも、この命はまだ終わっていない。
私の命も、腹の中の命も。
腹の奥に微かな存在を感じながら、私は静かに目を閉じた。
--------
----
この屋敷に連れられてきて1ヶ月が経った
季節は、確実に進んでいる。
窓の外の木々の色が変わり、朝の空気が酷く冷たくなった。
吐き気は毎朝あった。食事の匂いだけで嘔吐してしまう日も多い。
剣を握っていた頃のように、気合でどうにかなるものではない。
水を飲んでも戻してしまい、食べられる量は日ごとに減っていく。
兄は、何も言わない。
ただ、私の顔色を見る回数が増え、食事の内容を変え、夜中にも何度か様子を見に来る。
ある日、兄は信頼できる医師をよんでくれた。
「俺が世話になっていた元医療隊の医師だ、口は堅い。」
短くそう言われ私は頷いた
白髪混じりの医者は、状況を一目で察したようだった。余計なことは聞かない。
視診、触診、αと性行為をした日を詳細に聞かれ、すべての検査が終わると医師は静かに息を吐く。
「……100%の確率で、ご懐妊でございます。」
その言葉は予想していたはずなのに、
胸の奥に重く沈んだ。
「時期から見ても、11週目でしょう。初期の段階なので、悪阻が酷いのも仕方ありません。」
兄は私の横で微動だにしない
でも、私には分かった。
私と同じ、兄のアメジストの瞳の中では、私を犯した英雄への憎悪がメラメラと燃えていたことに。
「今はとにかく安静が必要です。
ストレスや運動は禁物ですぞ。」
医者はそう言い残し屋敷を去った
悪阻に効く薬草や、栄養補給に良い栄養剤まで置いていってくれた。
「……ラグナ・ヴァレリアンか?」
兄が低く言った。
私は、頷くことしかできなかった。
それからの兄は、食事は一日何度も食べやすいようにペースト状にされたものを持ってきてくれて、吐いたあとには必ず水と、新しい布を持ってくる。とにかく甲斐甲斐しく世話をやいてくれた。
「無理するな」
「横になれ」
「寒くないか」
同じ言葉を何度も
夜中吐き気で目を覚ますと、
椅子に座ったまま眠っている兄の姿がある。
(過保護すぎないか…?)
でも――拒めなかった。
兄に優しくしてもらえて、嬉しかった。
兄と一緒にいる時間は、かけがえなの無い尊いものだと痛感する。
幼い頃は得られなかった温もりを、今、やっと感じられる喜び。
そして、椅子で眠る兄に毛布をかけて、
兄を起こさないように静かに眠りについた。
【ラグナ視点】
「なぜ、あのΩにそこまで執着するのですか。」
俺の右腕であり副団長の男、シェルに何度もそう聞かれた。理由を並べろと言われたら、拍子抜けするほど単純だ。
――まず、顔だ。
戦場で鎧が外れた瞬間に見えた
風に靡く燃えるような赤い髪。
血や泥に塗れてもなお、色を失わない。
むしろ、戦場の灰色の中で、その赤は異様なほど鮮烈だった。
そして、アメジストの瞳。
恐怖に潰されるでもなく、助けを乞うでもなく、まるで――栄誉ある死を、静かに待っているような目。
正直に言えば一目惚れだった
だが、決定的だったのは――匂いだ。
剣を握り続けた者の、鉄の匂いに混じった白百合のように清廉な香り。そして、誇りと、諦念とそれでも折れなかった意志の匂い。
αの本能がはっきりと告げてきた
――逃がすな
――手に入れろ
「ラグナ・ヴァレリアン、直ちに帰還せよ。」
王命は、絶対だ。
撤退後、部下に迷惑をかけながらもエルの捜索を続けていた俺は半ば引きずられるように国へ戻された。
王は言った
「英雄は、国の象徴だ。暫くは祝いの席が続くだろう。必ずすべて出席するように」
戦争は終わった後も、英雄は忙しい。
玉座の前で俺は静かに頭を下げた。
――今は、従う。
だが、自由になった瞬間、俺は必ず動く。
誰の手にあろうが、あれは、俺が惚れたΩだ。
----
----
それから4ヶ月が経ち、王命という名の鎖がようやく外れた。
「長期休暇を許可する」
そう告げられた瞬間、頭の中で地図が広がった。4ヶ月、何もしていなかった訳がない。
部下を派遣して情報収集を行っていた。
そして、ようやく目星をつけた場所に向かう。
俺は馬を走らせた。護衛も随行もいらない。
英雄としてではなく、ただの人間として探しに行くのだ。
戦争の痕跡はほとんど消えている。
折れた枝も、踏み荒らされた地面も、
自然に飲み込まれつつあった。
誰がエルを連れていったのか
Ωに目をつけた商人か、ルミエール王国の残党か、雇われた傭兵か。
それとも――
ふと思い至る
エルの剣筋は基礎が異様に整っていた。
幼い頃から訓練を受けていたに違いない
エルの血筋を調べると伯爵家だった
数々の名だたる騎士を排出した、名門一族。
「……オルフェン」
調べによると、エルは次男だった
長男は、エルが属する騎士団の団長。
そして、 弟の行方不明を受け入れずに、
帰国後姿を消したαの兄がいるという噂。
伯爵家が公式に所有していない土地がある
王都からも本邸からも離れた場所
アル・ド・オルフェン名義の、私有地。
「……ここだ、」
胸の奥が久しぶりに熱を持つ
怒りでも、焦りでもない。
狩りに入る前の静かな高揚。
「待っていろ」
俺の番だ
すべて、回収しに行く。
【エル視点】
妊娠7ヶ月
腹は、はっきりとわかるほど膨らんできた。
鎧を着ていれば誤魔化せただろう形も、今は簡素な布越しで確かな存在を主張している。
指先でなぞると、わずかに内側が応える気がする。
今でも騎士だった頃の夢を見ることがある
剣を握り、前線に立ち、誰にも劣らない速さで踏み込む夢。
目が覚めるたび、現実との落差に息が詰まる。
「……惨めだな」
ぽつりと漏れた言葉は、誰にも聞かれなかった。騎士としては、もう終わっている。
逃亡者で、Ωで、腹に敵の子を宿している。
死にたいと思う日も何度もあった
剣を失い、誇りを置き去りにして、
生き延びているだけの自分がどうしようもなく情けなくなる。
それでも
腹の奥にある、この命に――罪はない。
親や周囲に蔑ろにされる想いは決してさせたくない
その時、腹の内側がふと動いた。
はっきりとした衝撃ではない。
水の中で、小石が転がるような感覚。
「…え、……?」
思わず息を止める
もう一度、小さく、確かに。
自分の存在を主張するような、振動。
――確かに生きている。
涙が勝手に溢れた
騎士としての私はもう戻らない
でも生きる理由が、もうここにある。
それが、どれほど残酷な物語であっても。
腹を抱きしめ、誰に言うでもなく、小さくそう呟いた。
「……大丈夫」
外では風が木々を揺らしていた
そして最近、兄の様子が少しだけ変わった。
会話は減っていない。過剰な世話も、警戒も何一つ変わらない。
ただ、屋敷の外を見る時間が増えた。
「…… どうしたのですか?」
そう聞いても兄は首を振るだけだ
「何でもない」
長く歩くと息が上がるようになった。
身篭った身体は、こんなにも重いのかと時々愕然とする。
悪阻も落ち着いたので、運動がてら庭を歩いていると、ふいに背筋がぞくりとした。
気のせいだと思おうとした。けれど、屋敷の隣の森から、何かがこちらを見ているような感覚が消えない。
(……まさか)
脳裏に浮かぶ赤い瞳
すぐに、首を振る。
もう、戦争は終わった。
彼は英雄で、私は――消えた捕虜だ。
彼が私を探す理由などない。
腹に手を当てると、小さな動きが返ってくる。
完全に切り離したはずの過去が、すぐ隣まで迫ってくる気がした。
「……今は、来ないでくれ…」
小さく呟く
この生活を、壊されたくない。
兄の足音が背後で止まった
「エル」
名前を呼ばれて振り返る
「しばらく、外に出るな。」
私は腹を庇うように腕を回す
逃げる準備をしなければならないのか。
それとも――もう、逃げきれないのか。
【ラグナ視点】
屋敷は森に溶け込むように建っていた
小さいが、手入れは行き届いている。
誰かが住んでいることは間違いない。
――当たりだ。
馬を森の奥に繋ぎ、足音を殺して近づく。
小さな庭園が見えた、その瞬間
視界が焼けた。
腰まで届く、長い赤髪が風に靡く。
間違えようがない
「……エル」
名前が、無意識に零れた。
庭園をゆっくりと歩く横顔。
戦場で見たときより線が柔らかい
生きている。
傷もなく、痩せ細んでもいない。
それだけで胸の奥が一気に満たされた。
だが――次の瞬間息が止まる。
腹部の膨らみが目に入った
明らかにオーバーサイズの白いシャツの下が膨らんでいる。懐妊している。
「……っ」
視線がそこから一切離れない
錯覚じゃない。角度を変えても、そこは確かに膨れていた。
時が、止まったように感じた。
――妊娠。
誰の、もしや兄の子ではないだろうな?
いや、番になったエルは兄のフェロモンは感じ取れなくなっているはず。
男のΩはヒート中しか子宮が降りてこないと聞いたことがある。ヒート中に交わったのは、恐らく俺だけ。
時期も、条件も、一致しすぎている。
怒りでも、喜びでもない。
もっと、生々しい感情が湧き上がる。
――俺の子だ
根拠なんていらなかった
でも、それを理解したと同時に、
別の感情が込み上げる。
……逃げたのか。
俺に、初期症状を知らせることもなく。
拳を、強く握りしめる。
腹に宿る命を、俺から隠す理由は、何だ。
俺が、子を殺すと思ったのか?
それとも、敵の子を宿すなど恥だと思ったのか?
俺は、一歩、前に出かけて――止まった。
エルの背後に兄がぴったりとついていたからだ。兄の身に何か起これば、ショックを受けたエルと子の命に危機が及ぶかもしれない。
機会を伺うべきだ
だから、今日は退く。
だが確認はした。エルは生きている。
そして――俺の子を宿している。
森の闇に身を戻しながら、その確信だけが、心の深くに、焼き付いた。
数日監視を続けていると
ある日の朝、屋敷から人の気配が一つ消えた。
――兄だ。
足りなくなった物資を取りに行くのだろう。
馬に跨り、剣幕な顔で近くの街へ向かった。戻るまでには少し時間はかかる。
待っていた瞬間だった
俺は森を抜ける
息を殺し、裏手へ回る。
鍵を力づくで壊し、中に侵入する。
扉を閉める音すら立てない。
室内は、薬草と木の匂い。
そして――エルの甘い香り。
1番奥の部屋に入ると、赤い髪が肩から背に流れている。
エルが大きくなった腹を庇うように椅子に腰かけていた
突然の気配に振り向いたその瞬間
紫の瞳が、俺を捉える。
「……っ!?」
声になる前に距離を詰めた
「静かにしろ」
口を優しく塞ぐ
驚きと恐怖が、混ざった表情。
逃げようとした足が止まる
――腹が重くて走れないのだろう。
「 ……何を、ら、ぐな。」
怯え、掠れた声
俺は暖かい外套をエルに優しく着せる。
「抵抗するな、子に響く。」
その一言で身体が固まったのが分かった。
エルを抱き上げる
エルは男にしては軽い
でも確かに二人分の重さを感じて胸がじんと痺れる。
エルは何も言わない。子の負担を考え、抵抗する意思はないのだろう。
「……兄様は無事か…?」
「勿論だ、お前の兄は街に出ていった。」
それだけ告げて屋敷を出た
馬はすでに用意してある。
鞍に横抱きで乗せ、更に自分の外套で包み込む。腹に圧がかからないよう、腕の位置だけは慎重に調整した。
「……この子を、どうするつもりだ?」
エルの声は震えている
「 お前が思っているような、酷いことなどしない。俺とお前の大事な子だぞ。」
エルグラド王国に向かって馬を走らせる
大事に、取り戻した宝物を抱きしめながら。
【エル視点】
私は、ラグナの馬の前に乗せられ、
背後から彼の腕に囲われている。
拒むことも、振り払うこともできない。
馬が走り出すと身体が大きく揺れた。
「……っ」
腹の奥がきゅっと締めつけられる。
妊娠してから長く馬に乗ることは避けてきた。兄も決して無理はさせなかった。
上下する振動が容赦なく腹に響く
気持ちが悪い。
吐き気が、喉までせり上がる。
「………っう、気持ち悪い、」
声は弱々しく掠れていた
ラグナの抱きしめる腕が強くなる
「……あと、もう少しだ」
そう言われても、どれほど「少し」なのか、分からない。
息を整えようとしても、馬の動きに合わせて、内臓が揺れる。
ラグナはなにも言わない。
ただ、私の腹に直接負担がかからないよう、
腕の位置を変えたのが分かった。
少し気分が楽になり、吐き気がわずかに引く。
やがて景色が変わった
森を抜け、見知らぬ道を進み、高い塀と、重厚な門が見えてくる。
「……ここは……」
「俺の屋敷だ」
敵国、ラグナの領地。
――戻れない。
門をくぐると、馬が止まった。
「降りるぞ」
抱き上げられると。ラグナの胸元に顔が近づき、あの甘い匂いが鼻を突いた。
忘れたはずのものが一気に蘇る。
そのままラグナに横に抱えられながら屋敷の中に移動した。屋敷の中は静かだった。
使用人たちが主を見て、すぐに頭を伏せる。
柔らかく豪華なベッドに下ろされても、腹の張りはまだ続いている。
私は、天井を見つめながら静かに息を吸った。
医師が来たのはその日のうちだった
敵国の屋敷、敵国の医師。
それだけで私は身構えてしまう。
けれど、医師の診察は淡々としていて、
余計な視線も言葉もなかった。
腹に冷たい器具が当てられ、
心臓の音が確かに聞こえる。
――とくん
――とくん
それは、私のものじゃない。
私の中にいる命の音だ
「胎児に異常はありません」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。
「馬での移動による一時的な張りでしょう。
安静にしていれば問題ありません」
私は安堵して深く息を吐いた
……よかった。
それだけで胸がいっぱいになる。
医師は、少しだけ間を置いてから、
続けた。
「それから――性別ですが。
腹の張り方、音、それらで分かる時点では」
私は思わず腹に手を当てる
「男の子ですよ」
その一言が、胸の奥に静かに落ちた。
……男の子。
騎士の血を引く、英雄の子。
私が守るべき私の子。
医師が下がったあと、
部屋には私とラグナだけが残った。
彼は、ベッドの脇に立ったまま私の腹から目を離さない。
「……良くここまで育ててくれた。」
「……この子は、どうなる?」
すると、ラグナははっきりした声で言った。
「俺が守る」
思わず顔を上げる。
「お前も、子も。」
迷いのない言い切りだった。
「お前にも、この子にも、この屋敷で決して不自由はさせない」
……優しい声と、言葉に弱った心がじんと痺れたのが分かった。
「……、」
感謝すべきなのか、拒絶すべきなのか。
分からない。
ラグナは、
私の沈黙を責めなかった。
私の頭を優しく撫でた後、膨らんだお腹を
壊れ物に触れるかのように優しく触った。
そしてラグナは、部屋を出る前に振り返って言った。
「今日はもう休め、エル。」
名前を呼ばれる
その優しい声が、どうしようもなく胸に刺さった。
豪華な扉が閉まると
私は、腹を撫でながら目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇
【ラグナ視点】
医師の報告を聞いた瞬間、
胸の奥が熱を持った。
無事だ。子も、エルも。
それだけで、戦場で勝った時より、強い安堵が来るとは思わなかった。
――男の子。
その言葉が何度も頭の中で反芻される
俺の血を引く子
そして、あの赤い騎士の命。
きっと、強い子に育つだろう?
執事と見張りの部下に命令を出す
「部屋の外に監視を置け。決して中には入るな。あいつの尊厳は必ず守ってやれ。」
執事と部下は一瞬だけ驚いた顔をしたが、
すぐに跪いた。
「「了解しました」」
エルに用意したのは豪華な寝室
天蓋付きの寝台、柔らかい絨毯。
部屋には浴室とトイレが完備してある
湯はいつでも使える。水も、薬も、食事も、最上のものを用意させた。
それが、俺に出来るせめてもの誠意だ。
扉の前には二重の警備
窓も鍵を壊し、開けられないようにした。
逃げ道はない
そんな完全警備を施された部屋の中で、エルが腹を抱えて座っている姿を思い出すと、胸の奥がぎりと軋む。
騎士の道は捨て、Ωとして、母として生きろ、決して死を選ぶな。
俺と共に生きてくれ
◇◇◇◇
【エル視点】
扉が、ノックもなく開いた..
入ってきたのは、分かっていた。
この屋敷で私の部屋に自由に入ってくるのは一人だけだ。
ラグナは、部屋を見回してから静かに扉を閉めた。ラグナは、静かに私に近づいた。
本能的に肩が強張る。
だが、彼はそれ以上距離を詰めなかった
「兄のところに戻りたいか?」
「……戻りたい、と言えば戻れるのか?」
「………無理だな」
断られても、辛くはなかった。
ずっと、あの屋敷で兄に守られながら
毎日後悔に蝕まれていたから、ここにきてそのストレスは軽減していた。
「……兄様は、ルミエール王国に必要なお方だ…。いつまでも、愚かな弟の面倒なんて見させられない…。だから、もう戻れない。」
「子どもが無事に産まれたら、会いに行こう。」
「……え、」
予想していなかった言葉に、思考が一時停止する。冗談かと思ってラグナを見上げれば
ラグナは真剣な表情で、決して冗談には見えなかった。
「産まれたら、すぐにお前の兄上に遣いを出そう。手紙を書いておいてくれ、必ず渡すと約束する。」
「………ふ、ふふっ、なんだよ、それ…
あははははっ!!なんでっ、そんなに優しいんだよ……英雄。」
「……あ、え、どうして、泣いているんだ?」
涙が溢れる
だけど笑いも止まらない
不思議な感情を初めて知った。
こんなに大声で笑ったことがあっただろうか?否、今までの人生で笑ったことなんて一度もなかった。ルミエール王国で生きてきて、泣いたことも、笑ったこともない。
騎士の名家に産まれた出来損ないと罵られ、Ωが騎士を目指すなと侮辱され、悔しい、悲しい、辛い、寂しいと思ったことの方が多かった。
始まりこそ強引だったが、私はラグナに
傷つけられたことも、侮辱されたことも、辛く苦しい思いをさせられたことがなかった。
むしろ、優しく触れられ、抱きしめられ、
口付けをされ、何度も何度も抱かれた。
気持ち良かった。痛い思いなどしていない。
そして、再び誘拐されたものの、
私と子どものことを最優先に考えてくれて、毎晩私の側で眠って、眠る寸前まで腹を撫でていた。聞いた事のない、エルグラド王国の子守唄を唄って、いつの間にか名付けたこの名前を呼びながら腹を撫でる姿はもう既に
父親の顔だった。
『ミカエル』
そうラグナは名付けた
『この国では 祝福の天使という意味が込められているんだ。天使のように慈悲深く、美しく、そして強い子に育つだろう。』
「……ラグナ。」
「……なんだ?」
「……ミカエルは、お前に似て、きっと強い子になるだろうな。」
そう言うと、ラグナは大きな口を開けて笑った。こんな笑い方じゃハンサムが台無しだ
「ははっ!きっとお前に似て気の強い美人になるだろう!」
「……それもいいな。」
その日の夜、変化が訪れた。
最初はただの違和感だと思った。
腹の奥が、いつもより重い。
張りとも痛みとも違う、じわりとした圧。
「……っ」
息を吸った瞬間、はっきりとした痛みと圧迫感の波が来た。
――これは。
扉の向こうに向かって声を張り上げた。
「……医師を……呼んで…くれ…!」
扉の前の監視たちが走り出した音が聞こえ
安心してベッドの上で丸まり痛みに耐える
冷や汗が止まらない、歯を食いしばっていなければ悲鳴が出そうになる。
バン!!!!!
「エル!!!!医師を呼んだぞ!」
扉が勢いよく開き、彼の赤い瞳が私を捉えた瞬間表情が変わった。
「陣痛か…」
私はベッドの縁を掴み、歯を食いしばる。
次の波が来る。
「……っ、ぐっ、あ……!」
ラグナが私の横に膝をついた。
「医師は、もう来る」
「……ラグ、ナ、は…外にで、てて、いい、からぁ、」
弱々しく拒絶をしたものの、それでも彼は動かなかった。
「離れない」
低くはっきりした声
腰を摩られて、多少痛みが緩和する。
腹が、強く、強く、痛む。
身体が、産む準備を始めているのだ。
医師が到着し部屋は一気に慌ただしくなった。
指示が飛び交い、メイドや執事が部屋を慌てて行き来する。湯や沢山の清潔な布が運ばれ、いつ産まれてもいいように準備されていた。
私は、ただ、耐える。
――この子のために。
「……エル、呼吸を合わせろ」
ラグナの声がすぐ耳元で響く。
「俺は、ここにいる。」
次の瞬間、彼の手を強く握りしめていた。
離したら、気が壊れてしまいそうだった。
それから、どれくらい、時間が経ったのか分からない。
5時間かもしれないし、7時間かもしれない
もしかしたら10時間経ったのかもしれない。
ただ、最後の力を振り絞った瞬間――
…、っ、おぎゃあああ!!!
「……産まれたぞ!!!!!」
赤子の元気な泣き声が空気を震わせた
「元気な男の子です」
その言葉を聞いた途端、全身の力が抜けた。
……ああ。
私は、生きている。
この子も、生きている。
視界が涙で滲む
抱き上げられた赤子が、私の胸元に連れてこられる。
小さな身体。
温かく、ラグナと同じ褐色の肌、でも髪は赤い。私たちの子だ。
「……可愛いな、……」
声が震える
ラグナはその光景を息を詰めて見つめていた。
それは、エルグラドの英雄の顔じゃない。
ただの父親の顔だった。
「……よく、頑張ってくれた。」
誰に向けた言葉か分からないが
その言葉はとても嬉しかった。
ラグナに赤子を渡すと、たどたどしい手つきで優しく赤子を抱っこした。
優しく微笑み、子を眺めるラグナに胸が熱くなる。
この子は、ミカエルは、敵国同士の血が混じった混血でも、戦争の結果でもない。
ただ、私が命をかけて産んだ子だ。
それからは、私の体は見るからに変わっていった。母乳が出るのだ。
Ωの機能は実に神秘的だと実感する。
…男なのに、少し胸が膨らんでいるのだ。
乳首も明らかに大きくなった。
胸に張りが出て、ミカエルが泣くたび身体が反応する。
最初は、正直戸惑った。
剣だけを握ってきた手で子を抱くことも
男である身でありながら授乳することも。
でも――考える暇はなかった。
ミカエルは待ってくれない
「……ほら」
小さな口が必死に乳を探す。
吸いつく力はまだ弱いのに、生きようとする意思だけは驚くほど強い。
「……大きくなるんだぞ。」
思わず声が柔らかくなる
飲み終わると、安心したように力を抜き、そのまま小さく寝息を立てる。
私は、その重みを感じながら背中をゆっくり撫でた。
……騎士を目指していた頃の私が見たら、
この景色をどう思うだろう。
剣の代わりに命を抱いている。
それでも、もう惨めだとは思わなかった。
夜中、ミカエルは理由もなく泣くことがある。抱いても、授乳してもなかなか泣き止まない。
そんな時は胸に乗せて一定のリズムで揺らす。
「……大丈夫、大丈夫、大丈夫だから。」
言葉はきっと分からないだろうが、それでも声は届く。やがて小さな手が私の指を掴む。
その瞬間、胸の奥がきゅっとなる。
……ああ。
私はこの子に必要とされている。
「……ミカエル」
名を呼んでみると、偶然か小さく口が動いた。愛おしくて仕方ない。
「おやすみ、ミカエル。」
この子は、私が命に変えても守ってやる。
◇◇◇◇◇◇
【ラグナ視点】
扉の前で足が止まった。
中から聞こえるのは、小さな啜り泣きと、
それを宥める低く柔らかな声。
……エル。
扉を少しだけ開ける
室内は静かで、月光が柔らかく差し込んでいる。エルは、椅子に座り胸元に子を抱いていた。赤い髪が月光に照らされ、炎のように燃えているように見えた。
その姿を見た瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。
エルの指がミカエルの背中をゆっくり撫でる。その手つきは、戦場で剣を振るっていた騎士のものとはまるで違う。
俺は、そっ、と扉を閉めた。
翌朝、王のもとへ向かった。
「願いがあります。」
謁見の間で膝をつく
王は不思議そうな顔でこちらを見下ろした。
俺は一度も自ら願いを申し出たことがなかったので、興味があるのだろう。
「ほう…珍しい。構わん、申せ。」
「我が子が、生まれました。」
一瞬場が静まる
「……ほう!!長期休暇をとっていたのはその為だったのか!めでたいのぉ!!!」
「はい。なのでしばらく戦場を離れたいのです。父として子を育てる時間をいただきたい」
周囲のざわめきを無視して王はすぐに笑った
「英雄の子か」
玉座に肘をつく
「それは、大事に育てねばなるまい!」
「許可する。ラグナ、お前は十分に戦った」
頭を垂れる
「感謝します、我が王よ。」
その瞬間、戦場で得たどんな勲章より、
重いものを受け取った気がした。
屋敷に戻ると、俺は更に子育てに関わった。
エルの代わりに、不器用にミカエルを抱く。
エルは寝不足なので、日中はエルに寝てもらい、俺や執事やメイドであやしている。
……軽い。
怖くて力の入れどころが分からない。
「首を支えるんだ。」
エルが眠気と戦いながら教えてくれた
「……こうか」
「違う。もう少し、優しく」
言われた通りにすると、ミカエルが
小さく微笑んだ。
「…なんで、笑ってるんだ?」
「ラグナに抱っこされて嬉しいんだろう」
素っ気ない返答。
それなのに、胸がどうしようもなく満たされる。
夜は泣き止まない時もある
俺が抱くと余計に泣くこともある。
そのたびエルに戻される。悔しい。
ミカエルが眠り、エルが疲れた顔で目を閉じる。この2人を守りたいと強く思う。
英雄としてではなく、番として、父として、神に誓う。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇
【3年後――】
春の風が庭の花を揺らしていた
「……みー、ぇる!」
まだ少し舌足らずな声が石畳に弾む
小さな影が、よちよちとけれど確かな足取りで前へ進む。赤い髪は柔らかく、陽を受けてきらきらと光っている。
「こら、ミカエル走るな。」
そう言いながらも声は咎める色を持たない
エルは木陰の椅子に腰掛け、剣ではなく、絵本を手にしていた。視線は常に子どもの背中を追っている。
ミカエルは3歳になった。
よく食べ、よく眠り、よく笑う。
歩けるようになった頃から、世界はすべて遊び場になったらしい。
「とぅさ、ま!」
振り返ってミカエルが大声をあげる。
庭の端、訓練用の木剣を持ったラグナがぴたりと動きを止めた。
「どうした?ミシェル」
「みて! はやい!」
小さな胸を張って、また数歩進む。
その足取りは危なっかしいが、誇らしげだ。
「……ああ、速いな!」
そう言ってラグナはミカエルを撫でた
その瞬間、ミカエルは満足そうに笑い
今度はエルの方へと向かう。
「かあさま!はゃい?」
「速い速い、って、転ぶぞ。」
抱き留めると、小さな身体が腕の中にすっぽり収まった。温かく確かな重み。
健康的な褐色の肌はラグナに似て、
燃えるような赤い髪と紫色の瞳は私。
2人の血を混ぜた、天使だった。
この子が健やかに育っている。
それだけで今も胸が満たされる。
その時だった
屋敷の門の方が静かにざわめいた。
執事が足早に近づきラグナに耳打ちする。
「……お客様です。」
ラグナの表情が一瞬だけ硬くなる。
「……名は?」
「アル・ド・オルフェン様、と」
ミカエルを撫でる手がぴくりと止まってしまい、抱かれていたミカエルが不思議そうに私を見上げる。
「……かあさま?」
――兄様。
ラグナは、少しの沈黙の後はっきりと言った。
「通せ」
◇◇◇◇◇◇
中庭に現れた兄は、記憶の中と変わらず背筋が伸び、凛々しい騎士の装いをしていた。
だが、目だけが、少しだけ柔らかくなった。
「……エル」
名を呼ばれエルは立ち上がった
「兄様……」
その距離を、誰よりも早く縮めたのはミカエルだった。
「……おに、いちゃ、だれ?」
赤い髪と、褐色の肌。大きな紫の瞳が真っ直ぐに兄を見上げる。
兄は息を呑んだ
「……この子が……」
「俺の子だ」
一歩前に出てラグナが言う
「そして、エルの子だ。」
兄はゆっくりと膝を折り
ミカエルと同じ目線になる。
「……名前は?」
「みかえる!」
元気よく答える
アルの喉が微かに鳴った。
「……そうか」
しばらく、ただ見つめ合い――
そして、兄は静かに頭を下げた。
「……産まれてきてくれて、ありがとう。」
その言葉に、私の視界が涙で滲む。
やっと会えた、ずっと会いたかった。
ミカエルに会って欲しかったんだ。
「……兄様」
「ラグナ・ヴァレリアン。エルとミカエルに会わせてくれて心から感謝する。
エル、……遅くなってすまなかった。敗戦した後、王政が揉めてな。国を抜けられなかったんだ。」
「…兄様、ご無事で何よりです。」
「………当たり前だ。俺はお前を残して死なない。」
「王都からここまで遠かっただろう。
ゆっくりしていってくれ、お義兄様。」
ラグナが涙を流す私にハンカチを渡し、
兄に近づき友人のように肩を組む。
「……お義兄様、か…。
ラグナ。」
肩にかけられたラグナの逞しい腕を外し、
兄はラグナの前に行き、頭を深く下げた。
「…エルを、ミカエルを、何卒…頼む。」
英雄と呼ばれる男に向けられた、1人の兄としての切実な願い
ラグナはゆっくりと頷いた
「言われずとも、そのつもりだ。」
◇◇◇◇◇◇
その後庭は不思議なほど穏やかだった。
ミカエルは、兄の指を掴み、屋敷の庭を案内して回る。
「ここ! はな!」
「それから、あっち!」
小さい子に慣れていない兄は、戸惑いながらもその小さな歩幅に合わせて歩いた。
「…エル、兄上は、弟であるお前の世話をしたことがないのか?子どもに不慣れすぎるぞ。」
「ははっ、兄様は幼い頃から稽古漬けだったんだ。大目に見てやってくれ。」
「伯爵家の長男は大変なんだな。」
兄は1週間ほど泊まっていき、ついに別れの時が来た。
兄は泣きじゃくるミカエルの前に屈む
「……ミカエル、また会いに来てもいいか?」
「ぅっ、ううううっ、うん!!!またきてね!!ある、おに、いちゃ、ん!」
兄が愛しいものを見るような目でミカエルを優しく抱きしめる
次にエルに視線を向ける
「……エル、体調に気をつけて過ごすんだぞ。」
「……はい、兄様。」
私たちは、兄弟であり唯一の家族。
この先もずっと繋がり続けるのだろうと
兄の目を見て、確信した。
夜になると、ミカエルは今日の泣き疲れで早く眠った。小さな寝息が、部屋を満たす。
ラグナは隣でその寝顔を見つめていた
「……ラグナ。兄様に、会わせてくれてありがとう。」
「…これからは俺のお義兄様でもあるんだ。当然だろ?」
ラグナはエルの肩に毛布をかける
「お前が望むなら、ルミエール王国と同盟を組んでやってもいい。」
私は驚きラグナを見つめる。
そして、笑った。
「……英雄様は、随分と丸くなったな。」
「当たり前だ。英雄ではなく父親だからな」
照れもなく言い切るその声に笑った
「……愛してるよ、ラグナ。」
「…!!……俺もだ、エル。」
剣ではなく命を抱く道を選んだ
その選択を一度も後悔していない
ラグナは、眠る子と 私を抱き寄せる。
「……一生守る。」
「……頼もしいな」
静かな夜。
戦争も、憎しみも、ここにはない。
ただ、愛されて生まれ、
愛されて育つ子がいる。
――それでいい。
【END】
番外編 ミカエル・ヴァレリアン視点
私の名前はミカエル・ヴァレリアン
エルグラド王国に住んでいる
最近ついに10歳になった
騎士になるための訓練を始めてもう三年目だ。木剣はもう軽い。最近は鉄の剣も許されるようになった。
「…ミカエル!相変わらず姿勢がいいな。」
訓練場の端から国王が声をかけてくる
白髪混じりの王は、俺を見るといつも目を細める。これは「英雄の子」というより、「孫」を見る目だと思う。
「日々、精進しております!」
返事をすると王は満足そうに頷いた
俺がαだと分かったのは7歳の時だった
王は笑ってこう言った
「当然だろう。あの二人の子なのだから」
その言葉が今でも胸に残っている。
訓練が終わると俺は屋敷へ戻る
庭の奥、日当たりのいい場所に母がいる。
――母、エル・ヴァレリアン。
遠くからでも目立つほど美しい
赤い髪は腰まで伸び、陽に透けると炎みたいに揺れる。剣を持たなくなって久しいようで、身体はすらりと細くなったらしい。
昔は騎士だったと聞いているが今は誰よりも繊細で美しい人だ。
母は男だけど、Ωという性を持ち子を成したらしい。そして、今もまたお腹の中に命を宿している。 私に妹ができるのだ。
大きくなったお腹を撫でながら私を見つめる紫色の瞳がこの世で1番大好きだ。
「ミカエル、おかえり。」
微笑まれるだけで胸の奥が温かくなる
「ただいま、母上。」
昔は「かあさま」と呼んでいたが、
騎士を目指すようになってからは少し照れくさくてこう呼ぶ。
母はくすっと笑った
「今日も王に会ったか?」
「うん。また剣を褒められた」
「さすが、英雄ラグナの息子だ。」
白い手が私の汗を拭いてくれる。
その仕草が丁寧で、柔らかい。
……母は私の誇りだ。
そして――父。
エルグラドの元英雄、ラグナ・ヴァレリアン。身長は脅威の2mもある。
隣に立つと、俺はまだ父の腹にも届かない。
相変わらず凛々しく精悍な顔をしているが、
母の前では驚くほど柔らかく崩れるから見ていて面白い。
「ミカエル、遅かったな。」
「訓練が長引いたんです。」
「ははっ、無理はするなよ?」
父は優しいが、剣の扱いは誰よりも厳しい。
だが怪我をすれば誰よりも早く駆けつける。
「父上、 この構えどう?」
「……悪くない。だが、脇が甘い。
もっと締めろ、攻撃の隙を与えるな。」
「……はい、」
「だが、10歳にしては上出来だ。」
その一言で胸が熱くなる。
認めてもらえるのが、何より嬉しい。
◇◇◇◇◇◇
夜は必ず3人で食卓を囲む。
母は私に食べさせるものには愛情を込めたいらしく、メイドや執事を掃除と洗濯のみの仕事にしている。我が家では料理は母が作るのだ。そして、母の料理は相変わらず美味しい。父は黙々と食べるが時々ちらちらと母を見ている。
二人は今でも互いをとても大切にしている
私にとってこの家は、温かくて、静かで、守られた場所だ。
食事を終え、母がデザートの用意に部屋を出ていくと、父が私を真剣な顔で見つめた。
「ミカエル」
「なんです?」
「……お前が騎士になりたい理由は、何だ?」
少し考える
「……守りたいから」
「誰を?」
「母を、父を、……この国を。」
父はゆっくりと頷いた
「ならば、十分だ。」
父がそっと私の頭を撫でる
「お前なら大丈夫」
その手は温かくて、柔らかい。
◇◇◇◇◇◇
眠る前、私は窓から夜空を見る。
月は静かで、遠くで光っている。
――私は、英雄の子だ。
――でも、それだけじゃない。
親や周りに愛されて育ったただの人間だ
いつか剣を取り、誇りを胸に守るべきものの前に立つ。
その時もきっと―この2人は俺の帰る場所だ。
「……おやすみ、父上、母上」
静かな部屋で、そう呟いた。
【END】
31
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
届かない「ただいま」
AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。
「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。
これは「優しさが奪った日常」の物語。
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる