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閑暇に行ず 4
しおりを挟むあるたいそう風の強い日に、美那子と命子はあえて突堤まで行き、髪や服を激しくはためかせて吹きまくられた。
なにもかもが清々しかったけれど、やがて美那子の耳がおかしくなったので、帰路についた。すると、靴を打ちつけて砂を取っていた防波堤の陰に、どこから来たのか茶色なカマキリの幼虫がいた。
小さくて、羽などもまだまったくできていなかったけれども、いっちょまえにカマキリのかたちをしていた。
こんなお天気にこんなところでなにをしているのと美那子が尋ねれば、カマキリは命子の声を借りて、自分探しであると答えた。それで美那子が、そんなつまらないことはおやめなさいと言って、しかし強いて茂みに戻してやることはせず、健闘を祈って帰った。
あのカマキリは自分を見つけたかしらと言いながら、美那子が、徒然なるままにシャープペンシルの芯を逆様からしりしり入れている。日記をつけようと言って買ったけれどもけっきょく続かなかったシャープペンシルだった。
命子が取ろうとして来るのでかわしたり隠したりした。最後には胸に隠したけれど奪われてしまった。それで命子が日記帳になにか絵を描いているので覗くけれど、なんの絵なのかよくわからない。
「なに描いてるの」
「ひっくり返ったまるむし」
「まるむし?」
「ダンゴムシのこと。裏側のここに、二つ白い丸があるの」
「その丸は目?」
「知らない。……こうやって、子どもがいっぱいついてる時もあるの」
描き込み過ぎてなにがなんだかわからなくなった。美那子にペンを返すので美那子も描いた。
「それ、どうなってるの?」と命子。美那子が答えて、
「百万年前の巨大まるむし――が、おなか痛いところ」
引っ越しに伴った美那子の便通のダイヤの乱れは、いったん小康を見せたもののけっきょく治らず、すっかり胃腸の弱い人のようになってしまっていた。
またそれに随伴して、イネであるかブタクサであるか花粉症の症状が強烈に来、朝な夕な、かたちのいい鼻の穴に綿棒を突っ込んでワセリンなど塗っていた。
命子はそこに自分を原因とするものがあるにしても、相殺できるはずだと信じて時々美那子の腹に手を当てていた。
臓物や自律神経が健康になるよう、元に戻るよう、眉間にしわを寄せて念ずる。次いで鼻を覆うように手を当てて、もう少し鈍感になりなさいと念ずる。
念じられながら、《忘れられないお話》は読んでるかと聞けば、読んでると言う。
「今どのへん?」
「今はどこだったかな――そうだ、近所に熊が出て、主人公がすごい怖がるでしょ、『大きな犬が出た』って。だけど例のおとなりのおばさんが『あれは犬じゃない、熊だよ』って教えたら、『なんだ、熊にしたらそう大きくもないや』って、安心するとこ」
「なるほどね」
しかしこの主人公のような、物のわかったようなわからないような状態でないと、果たして自分はいえようか、と美那子は思う。校則を知らないまま登校しているような。じつはみんなに笑われていたり、迷惑がられていたりしやしないか。
赤銅の団地に住んでいるのも、本当はお役所の手違いで、なにか明るみに出たら追い出され、のみならず手が後ろに回るようなことにならないと断言できようか?……
それにしても《忘れられないお話》は相変わらず、いっこも覚えていない。《思い出せないお話》なんじゃないかしら。
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