【完結】『人間が太陽と呼ばれている世界で求婚されたけど、それを知らなかった所為で監禁される事になった話』

塚銛イオ

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3章

屋敷 ①

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 アンセルが目を覚ますと、見たことのない白い天井が見えた。
 アンセルが住んでいるのは花屋の畑の隅にある古い納屋の一室だ。
 

 花の苗や種、肥料や農薬。
 雨、風などから花々を守るビニールシートなど細かな物が雑多に置いてある納屋は少しの隙間もなかった。けれど、奥の奥にちょっとした部屋が設けられていて、小さなベッドに小さな蛇口の付いた水回りが付いていた。コンロは簡易的なものではあったがお湯ぐらいは沸かせられる代物でアンセルにとってはお城のように立派な部屋がアンセルに与えられていた。


 花屋の主人は給料はあまり出せないが、その部屋を貸してくれると言ってアンセルを雇い入れた。
 誤算だったのは給料からこの部屋代が差っ引かれていた事だ。
 格安で貸してくれると言ってはいたが、給料自体が少なかったのでアンセルの生活はいつも困窮の中にあった。


 ここはアンセルの部屋とは似ても似つかない美しい部屋だ。
 目覚めた時に見えた白い高い天井は、アンセルが見た事のないような複雑な模様が刻まれている。
 アンセルが寝ていたベッドは天蓋付きの大きなもので、薄い向こうが透けるようなベールが何重にも垂れ、豪奢な雰囲気を醸し出していた。

(こ、ここはっ……)

「ぐっ……。」


 身体を起こそうとしたアンセルは激しい痛みに呻き、動きを止めた。
 指先から背筋をピリリと走った痛みは脳髄まで届くほどの鋭い痛みで、起き上がろうとした意思はあっても実際には指先ひとつ動いてはいない。

 
 呻き声を上げて気付いたが、どうやら口も大きく開けられないほど、顔が腫れているようだ。
 そう言えば、自分はユーゴに殴り飛ばされたんだ、と思い出す。


 どこもかしこも痛い。

 動こうとする意思はあっても、ほんの少しの動きで息が止まりそうな程の痛みを感じるのではどうしようもない。
 自分がどういった状況にあるのか気にはなったが成るようになるしかない、とアンセルはしょうがない、とばかりに目を閉じた。


 ほう、と小さく息を吐いた所で、ドアが控えめにコンコンと鳴って、誰かが入ってきた。

 頭も動かせないアンセルは、ぎろりと眼球だけをドアの方へ向けてその人物を見た。


「ああ、お気づきになられましたか。」


 ロマンスグレーの髪をきっちりと撫でつけ、モーニングコート姿の男性が見えた。
 前が短く後ろが長い黒いコートに白いシャツ、ベスト、ネクタイ。かっちりと正しく整えられた身なりに一目でこの家の中枢を担う人物だと知れる。


 アンセルはあまり物事を知らない人間ではあったが、目の前の人物の格式高い仕草にきっと偉い人なのだろうと思い身を縮めた。
 ここは何処で、彼は何者なのか。全く分からない状態では相手が敵か味方かさえ判別がつかない。
 ただ、男性の雰囲気は決して冷たいものではなく、寧ろアンセルの容態を案じているかのように見えた。


「アンセル様、私はエドマンドと申します。ここはソーンヴェイル家のお屋敷で私はここで執事をしている者です。」


 丁寧にお辞儀をされ名乗られる。不審な人物ではないようだ。
 アンセルは同じように丁寧に答えたかったが、自分に苗字などない事に気付き益々身を縮めた。
 そんなアンセルの姿を見てもエドマンドはにこやかに話を続けた。


「痛みなどはどうでしょうか。昨夜こちらに運び込まれてから失礼ながら応急処置をさせていただいたのですが、なにせアンセル様の意識はなく充分な治療が出来たとは言えず心配しておりました。」

 
 エドマンドの言葉にアンセルは自分がソーンヴェイルという人物の屋敷にいる事が分かった。
 アンセルにとって初めて聞く名だ。最もアンセルの知り合いは片手で足りるほど少なかったのだが。


 エドマンドはテキパキと動き、こちらの回答は特に問題にしていないようだった。
 起き上がって気になる事を質問しようと思うのに、身体はまるで鉛を飲み込んだようにピクリとも動かない。

 焦ったアンセルは小さく声を出す。


「ぁ、あの……。」


 それはそれは、とても小さく。
 昨夜の居酒屋でユーゴに対抗して出た声の半分もしない音量だった。
 そうして、そんな自分の声にもまたなぜかアンセルは居たたまれない気持ちになるのだった。


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