【完結】『人間が太陽と呼ばれている世界で求婚されたけど、それを知らなかった所為で監禁される事になった話』

塚銛イオ

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13章

字を覚えたら ①

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 アンセルが字を習う場所は屋敷の応接間から少し離れた比較的こじんまりとした部屋が選ばれた。
 あまり大きな部屋だとアンセルが落ち着かないし、かと言って小さすぎる部屋は辺境伯の奥方を通すには不適切だと判断されたらしい。

 小柄なアンセルがイゾルデをどうこうするなど、この世界中の誰も思いはしないだろうが、異性が同室で過ごす以上少なくとも数人の侍女や侍従が傍で仕える事になる。
 小さな部屋はその意味でも選択肢から外された。


『それに、あの部屋は陽当たりが良いからな。アンセルもあの部屋ならば気持ち良く勉強が出来るだろう。』


 そうイスカンダーの言葉をエドマンドが伝えると、イゾルデはその溺愛ぶりに呆れたような顔をした。


「まぁ、イスカンダーったら本当にアンセルの事を大事に扱っているのね。」

「それはもちろんの事でございます。イスカンダー様にとって最大の癒しです。」


 エドマンドの大袈裟な言葉にアンセルは頬を染めた。


 車いすに乗った状態のアンセルは、その性能に驚いた。
 どういう仕組みなのか分からないが椅子に取り付けられたレバーを押すと前に進み、後ろに倒すとブレーキがかかる仕様になっている。
 これならスピードが出過ぎる事もなく安全に移動出来るだろう。


 動力源が何なのかはイゾルデに聞いても教えてはもらえなかった。
 ただ、時折誤作動が起きるから2、3日に一回はメンテナンスをするように、とエドマンドに伝えていたのが聞こえた。


「さ、それじゃ始めましょうか。」


 車いすに座ったまま机の傍まで進める。これは確かに便利だ。
 わざわざ椅子に座り直す必要がない。
 それはつまり、わざわざイスカンダーを呼び寄せる必要がないという事だ。
 イスカンダーの仕事の邪魔をしないで済むと分かるとアンセルの笑みは深まった。


「そうね、それじゃぁアンセルは字をどのぐらい知っているかしら?イスカンダーの話ではお店の商品や簡単な計算は出来るって聞いているの。」

「は、はいっ。僕は街の花屋で働いていました。その際、仕事で使う花や草木の名前は書けるように覚えさせれられました。計算もそうです。お客さまから頂くお代を間違えてはいけませんから。」

「そうなのね。」


 大人しくアンセルの話を聞いていたイゾルデだったが街で働く者たちがどんな暮らしをしているかなど想像も出来ない。
 日々、生きていくだけで精一杯なアンセルの日常はイゾルデにとって未知の世界なのだ。


「じゃぁアンセルはまるで字を知らないって訳じゃないわね。直ぐに字を覚えられるわ、きっと。」


 イゾルデの言葉を聞いてアンセルは嬉しそうに頷いた。
 この世界でも底辺にいるような自分が字を覚えられるかもしれない。
 それは今まで生きてきて何よりも心躍る出来事だ。


「ふふ、アンセルは字を覚えて何をしたいと思っているの?」


 イゾルデの言葉にアンセルは答えをゆっくりと、でもしっかりと答えた。


「僕、字を覚えて本を読みたいんです。たくさん、たくさん読みたい本があって知りたい事もあるんです。そしてイスカンダー様のお役に立ちたいんです。」

「本を読むことが?」

「ええ。僕、イスカンダー様に温室で花を育てるよう仕事を頼まれました。それは凄く育てるのが難しい花だと言っていました。だから花についての本も読みたいし、温室についての本も読みたい。あの温室で上手に育てるにはどうしたらいいのか、学びたいんです。」


 目をキラキラとさせて話すアンセルの話に思う所があったがイゾルデはアンセルの言葉に深く頷いた。


「そうね、本は様々な事を私たちに教えてくれるわ。きっとアンセルの答えも教えてくれる。」

「はいっ。」


 アンセルはやる気に満ち溢れ、イゾルデが用意してくれた本を開いた。



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