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育てる ①
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「頑張って育つんだぞ。」
チョロチョロと水がじょうろから流れ落ちる。
アンセルは1人、温室の中で今日も花を育てていた。
草木は温かな日差しを受けて、葉の隅々にその命の源を張り巡らせていた。
「うん、今日は調子が良さそうだね。この葉っぱの色艶。君ってば食いしん坊なのかな。昨日、栄養剤をたくさんあげちゃったからかな。でも今日はダメだよ。昨日は応急処置なんだからね。」
その姿は楽し気で、声だけ聴いていれば親しい誰かと話をしているように思えただろう。
現実は、アンセルがただ一人、鉢植えに向かって話し掛けているだけだ。
「いいかい、何でも持ちすぎるのは良くないんだ。自分の身の丈にあったものを少しだけ持つ。それが一番いいんだよ。」
花に話しかける内容ではないように思えるが、アンセルは真剣だった。
「何にでも適正ってものがあるんだよ。多すぎても少なすぎてもいけないらしいよ。難しいよね。だって自分にとっての適正量?ってどうやって分かるんだろうね。少なくとも僕にはよく分からないんだ。」
そう言って黙り込む。アンセルの瞳はジッと鉢植えを見ていたけれど、その瞳は何も映していないようだった。
「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしちゃった。」
ふと気付いたようにアンセルはそう言うと、じょうろを片付けだす。
午前中の水やりはこの子で最後だった。
温室はさすがに広すぎて、もとから隅々まで水やりが出来るスプリンクラーが配置されていた。
だが、アンセルはそういった装置を使わない。
以前、もの珍しさからスプリンクラーも使った事があった。しかし、そうすると植物たちの発育速度がまるで違う事に気付いたからだ。
アンセルが手ずから水を与え、世話をした植物はすくすくと成長した。
花屋で働いていた時も同じように感じたものだが、この温室という環境ではさらに顕著にその成長の違いが表れた。
「本当、この温室は素晴らしい場所だね。設備も整えられているし、何より植物たちが安心して過ごせる環境が本当に素晴らしい。外で育てていた時は、天気に左右されたし、花も中々咲かない事が多かったけどここで育てるとほぼ全ての植物がちゃんと花を咲かせてくれるもんな。」
アンセルは感心したようにそう呟いた。
アンセルが言うように温室は今や花が咲き誇り、春の陽気のようであった。
むせ返るような花の香りにアンセルは心が湧き立つような気がした。
「赤も黄色も紫も。本当に色とりどりの花が咲く。」
アンセルはそう言うと、温室の中のある場所に目を向けた。
「なのにどうしてかな……。イスカンダー様から預かったあの花だけはまだ芽が出ない。」
そうなのだ。
見た事のない花の種。
地植えが良いのか鉢植えが良いのか、まずはそこから迷う事になった。
それでもイゾルデからもらった図鑑を何度も読み、種の形状から同じような花の種類を予想した。
それによると、花とは言っても比較的大きく成長するらしい。
株分けも出来るみたいだが、ある程度大きくなるまでは鉢植えのほうが世話もしやすいか、と最初は鉢に植える事にした。
種は慎重に慎重を重ねて鉢に植えた。
土にも神経を使って吟味したものを使ったけれど、いまだ種は芽を出さない。
通常であればもうそろそろ芽が出る兆候があってもよい頃なのだが。
種が埋まっている土はまるで動いた様子がない。
「もう、そろそろ芽が出てもいい頃なのに。土……水……日光、充分に与えているはずなんだけどな。」
顎に手を置いて思案顔で鉢植えを眺めているアンセルの耳に、カチッという音が聞こえた。
チョロチョロと水がじょうろから流れ落ちる。
アンセルは1人、温室の中で今日も花を育てていた。
草木は温かな日差しを受けて、葉の隅々にその命の源を張り巡らせていた。
「うん、今日は調子が良さそうだね。この葉っぱの色艶。君ってば食いしん坊なのかな。昨日、栄養剤をたくさんあげちゃったからかな。でも今日はダメだよ。昨日は応急処置なんだからね。」
その姿は楽し気で、声だけ聴いていれば親しい誰かと話をしているように思えただろう。
現実は、アンセルがただ一人、鉢植えに向かって話し掛けているだけだ。
「いいかい、何でも持ちすぎるのは良くないんだ。自分の身の丈にあったものを少しだけ持つ。それが一番いいんだよ。」
花に話しかける内容ではないように思えるが、アンセルは真剣だった。
「何にでも適正ってものがあるんだよ。多すぎても少なすぎてもいけないらしいよ。難しいよね。だって自分にとっての適正量?ってどうやって分かるんだろうね。少なくとも僕にはよく分からないんだ。」
そう言って黙り込む。アンセルの瞳はジッと鉢植えを見ていたけれど、その瞳は何も映していないようだった。
「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしちゃった。」
ふと気付いたようにアンセルはそう言うと、じょうろを片付けだす。
午前中の水やりはこの子で最後だった。
温室はさすがに広すぎて、もとから隅々まで水やりが出来るスプリンクラーが配置されていた。
だが、アンセルはそういった装置を使わない。
以前、もの珍しさからスプリンクラーも使った事があった。しかし、そうすると植物たちの発育速度がまるで違う事に気付いたからだ。
アンセルが手ずから水を与え、世話をした植物はすくすくと成長した。
花屋で働いていた時も同じように感じたものだが、この温室という環境ではさらに顕著にその成長の違いが表れた。
「本当、この温室は素晴らしい場所だね。設備も整えられているし、何より植物たちが安心して過ごせる環境が本当に素晴らしい。外で育てていた時は、天気に左右されたし、花も中々咲かない事が多かったけどここで育てるとほぼ全ての植物がちゃんと花を咲かせてくれるもんな。」
アンセルは感心したようにそう呟いた。
アンセルが言うように温室は今や花が咲き誇り、春の陽気のようであった。
むせ返るような花の香りにアンセルは心が湧き立つような気がした。
「赤も黄色も紫も。本当に色とりどりの花が咲く。」
アンセルはそう言うと、温室の中のある場所に目を向けた。
「なのにどうしてかな……。イスカンダー様から預かったあの花だけはまだ芽が出ない。」
そうなのだ。
見た事のない花の種。
地植えが良いのか鉢植えが良いのか、まずはそこから迷う事になった。
それでもイゾルデからもらった図鑑を何度も読み、種の形状から同じような花の種類を予想した。
それによると、花とは言っても比較的大きく成長するらしい。
株分けも出来るみたいだが、ある程度大きくなるまでは鉢植えのほうが世話もしやすいか、と最初は鉢に植える事にした。
種は慎重に慎重を重ねて鉢に植えた。
土にも神経を使って吟味したものを使ったけれど、いまだ種は芽を出さない。
通常であればもうそろそろ芽が出る兆候があってもよい頃なのだが。
種が埋まっている土はまるで動いた様子がない。
「もう、そろそろ芽が出てもいい頃なのに。土……水……日光、充分に与えているはずなんだけどな。」
顎に手を置いて思案顔で鉢植えを眺めているアンセルの耳に、カチッという音が聞こえた。
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