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屋敷の外 ②
暫く走り続けると広い小麦畑がどこまでも続いている場所に出る。
聞くと、イスカンダーが治めている領地では小麦の栽培が盛んなのだという。
「素晴らしいですね。小麦の穂がこんなに見事に育っていますよ。イスカンダー様の領地は豊かな土地なのですね。」
花屋で働くばかりで殆ど他の場所に行った事がなかったアンセルはこの場所について何も知らない。ただ毎日花を育て、わずかばかりの食糧を食べ、その日暮らしの生活をしていたのは周りも同じであった。
自分の住む領地がどんな場所でどんな物が特産なのか、そんな情報を知らずとも生きていけた。
イスカンダーの屋敷に来て初めて文字を知り、物事を知り、知識を得た。
そのお陰で今のアンセルにはイスカンダーがどれほどの地位にいる人物なのか朧気ながらも知る事が出来た。
正直、こんな風に気安く話す事が出来るような人物ではない。
ただひたすら頭を下げ、眼を合わせたりすることなど出来ない。
それほど身分の高い人物のはずなのだ。
ところが何故かイスカンダーはアンセルを傍に置く。
アンセルを優しく抱き寄せ、軽く抱き上げ、どこかに触れている。
それがアンセルには不思議なのだった。
「アンセル、今日は東にある農地を見てお前を連れて行きたい場所がある。」
「連れて行きたい場所ですか?」
「そうだ。それとも、何処か行きたい場所があったのか?」
イスカンダーの瞳がキラリと光った。
その鋭い光に背筋が一瞬震えたが、アンセルはブンブンと顔を横に振った。
「そ、そんな場所ありません。」
アンセルの顔をジッと見ていたイスカンダーだったが、アンセルが嘘を言っているように見えなかったのか表情を緩めアンセルの頬にそっと触れた。
「アンセル……私はね、お前が私以外の事を考えていると思うだけで心が焼かれてしまうほど嫉妬に駆られてしまうんだ。お前の瞳に映るのは私だけでいいとそう思うほどに。だからね、私から離れようなんて思ってはいけない。お前は私の傍にいればいい。」
囁くように告げられる言葉に、アンセルの身体は身動き一つとれない。
頬に触れているイスカンダーの指が熱を持ったかのように熱く感じられる。
何度も何度もその感触を確かめるように頬を撫でるイスカンダーのその仕草が優しい。
「イ、イスカンダー様……僕、イスカンダー様のお傍を離れません。」
自分に対して執着染みた感情をみせるイスカンダーにアンセルは優しく微笑んだ。
本当はずっと寂しかった。
誰かに傍にいて欲しかった。
そんな想いを秘めていたアンセルにとって、戯れであってもイスカンダーの自分に対する独占欲は嬉しいものだった。忙しいイスカンダーにとって自分のような存在は目新しい玩具と同じだ、とそうは思っても、アンセルはイスカンダーの愛着が欲しかった。
(花が咲くまで……。花が咲くまでだ。)
だから、イスカンダーがアンセルを求め続けてくれるなら、頼まれた花が咲くまでは傍にいようとそう思う。
それなら自分がイスカンダーの近くにいても誰にも何も言われないだろう。
「傍を離れません。」
「いい子だ……。」
イスカンダーは今度こそ頬を緩めると、アンセルの唇にキスを落とした。
まるで何かの誓約のように……。
決して破られない契約のように……。
馬車は速度を落とさず目的地へ向かって走り続ける。
2人はその大きな揺れの中、強く抱き合いながら口付けを交わし続けた。
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