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花 ②
しおりを挟む「アンセル……。」
突然イスカンダーの声が聞こえた。
アンセルは咄嗟に身体を捻り鉢植えを抱え込んだまましゃがみ込みイスカンダーから花を隠した。
「イ、イスカンダー様っ。」
今日は一日屋敷を空けると聞いていたのに、耳が拾ったのは確かにイスカンダーの声だった。
「泣くな、アンセル。お前には泣いて欲しくない。」
イスカンダーの声は次第に近づいてくる。
アンセルはそれが恐ろしかった。
幻滅される事が恐ろしかった。
「こ、来ないでくださいっ。ご、後生ですからっ。」
ぎゅぅっと鉢植えを抱きしめ身体を更に縮こませる。
「ぼ、僕、イスカンダー様に申し訳なくて…。僕、花をっ、花をっ。」
花は枯れてしまった。
蕾のまま花を咲かせることなく。
何色だっただろう。どんな形をしていただろう。
どんな香りをしていただろう。
どんな種を持っていただろう。
今ではそれを知る術はない。
すべて一緒に見るつもりだった。
イスカンダーと共に、笑い合って過ごすつもりだった。
もう叶わない願いはアンセルの心を締め付ける。
「花はっ、枯れてしまいました…‥。ぼ、僕はっ、こんな事も上手く出来ないっ。も、もうっお側にいる事はできませっ…‥んっ。」
最後まで言い切る前にアンセルはイスカンダーに抱きしめられていた。
しゃがみ込むアンセルの後ろから覆いかぶさるように腕を広げ、アンセルの首に手を添え後ろを向かせると唇を奪う。
「んっ、んんっ……。」
こじ開けられた口内はアンセルの興奮を宥めるように優しく撫でられた。
イスカンダーの舌は何度もアンセルの舌を誘い、落ち着かせるようにゆっくりと絡め合わせる。
「ふぅ、んぅ。」
鼻から抜けたような声がアンセルの口から出ると、イスカンダーはゆっくりと唇を離した。
「アンセル……お前は私の『太陽』だ。何があってもお前を離したりはしない。お前がどんなことを悔い、諦め、失望したとしても私の傍から離れる事だけは許さない。」
「え…‥。」
「アンセルの存在そのものが私にとっては尊いものなのだ。お前が私の目の前から消え失せたとしたならば、きっと私は気が狂ったようにお前を追い求め、地の果てまでも追いかけるだろう。」
そう言ってぎゅっとアンセルの身体を抱きしめる。
「花が咲かない事など問題ではない。お前が傍にいる事が何より大事なのだ。」
「僕、花を咲かせることも出来ないのに?このまま一緒にいてもいいんですか?」
「ああ、共にいて欲しい。」
「無能で何の役にも立たないのに?」
「そんな事はない。お前がいてくれるだけで私の心には花が咲く。芳しい香りと色鮮やかな見目麗しい花が咲くんだ。アンセル……それでも納得できないならば、何度でも挑戦すればいい。自分が納得いくまで何度でも。」
その言葉にアンセルは驚いてイスカンダーの顔をマジマジと見つめた。
「ぼ、僕……ずっとイスカンダー様のそばにいるには相応しくないって思って……。なんの取り柄もない僕はイスカンダー様のそばにいる資格がないって。」
「資格とはなんだ。私がお前を望むのだ。アンセル、お前は私の唯一。私の『太陽』なのだから。」
その言葉にアンセルの身体から力が抜ける。
アンセルにとって何より嬉しかったのは、アンセルの気持ちを尊重してくれた事だ。
アンセルが納得いくまで何度でもやり直せばいい、と。
アンセルがアンセルたりえるように望むようにすればいい、と。
そう言ってくれたのだから。
「僕が『太陽』だから側に置いておきたいんですか?」
それでも一つ気がかりな事をアンセルは戸惑いながら聞いた。
もしアンセルが『太陽』じゃなかったらイスカンダーはアンセルを捨て置いていくのだろうか。
価値のないものとして扱うのだろうか。
「アンセル、確かに『太陽』だから惹かれるという事を否定は出来ない。それは我々獣人の本能だからだ。でもお前の優しさや思いやり深いところ、無垢で純粋なところ、その全てを愛しいと思っているよ。私はね、お前がお前だから惹かれるんだ。」
ああ、その言葉で充分だ。
アンセルはイスカンダーへの深い愛を感じた。
アンセルもまた、イスカンダーがイスカンダーだから愛おしいのだ。
「イスカンダー様っ、僕も、僕もあなたを愛しています。僕にとってもあなたは『太陽』なんです。」
感極まりイスカンダーの胸へ飛び込むように身体を捻ったところで、胸に抱き込んでいた鉢植えの存在を思い出した。
もう枯れてしまったけれど、2人にとって大切な花だ。
アンセルは鉢植えを床に置いて改めてイスカンダーへ向かい合う。
「イスカンダー様、僕、イスカンダー様が好きです。」
「ああ、私もアンセルを愛している。」
そうして、2人は初めて、『太陽』としてかたく抱き合った。
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