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18.ルークの獣性
目を瞑り顔を伏せてルークの身体にしがみ付く。
ぶんぶんと僕の身体は上に下に振り回されて気を抜くと何処かへ飛んで行ってしまいそうだった。
ルークはさっきまで歩いていた道を逆走していた。先へ進んだら僕が聞いた話声の主たちと遭遇する危険があるからだそうだ。
でも元の場所に戻ってしまったら僕たちはどうやってこの地の底から出たらいいんだろう。
上空にぽっかり空いた穴が出入口の役目を担って、先にも後にも進めなくなる。
それでもルークはどこか余裕のある表情で走っているから、きっと何か考えがあるんだろう。
ほどなくして、僕たちが落ちた穴の真下に着いた。
落ちた時はまだ外は明るかったはずなのに、今は薄暗い空が小さく見えるだけだ。
随分時間が過ぎてしまったらしい。
ルークは僕をそっと地面に降ろすと、僕たちを繋ぐロープを解いた。
「まだ安心できる場所じゃないけどな。ちょっとここからは繋がってない方がやりやすい。」
ルークの言葉は理解出来なかったけれど、僕は指示通りにルークから少し離れた。
僕が充分距離を取って離れたのを確認してから、ルークは急に足を大きく開いて両脚を踏ん張り、何かに耐えるように前屈みの姿勢になった。
「ど、どうしたの、ルーク。」
僕の問いかけに返事をする余裕もないのか、ルークの口から唸り声のような低い音が漏れ聞こえる。
ヴヴ、ウヴと酷く苦しそうな声だ。
「ル、ルーク、大丈夫っ。」
僕は見たことのないルークの様子にオロオロとするばかりで。
ルークの傍に近寄ろうとしたけれど、バッと片手を僕に向けて伸ばし「来るな」という意思表示をされた。
どうしたらいいのか分からず、その場に突っ立ったままでいた僕は、ルークがひと際大きな声で雄たけびを上げるのを見てその衝撃から腰を抜かした。
「あわ、あわわ…。」
一瞬パッと光り輝いたルークの身体は次の瞬間巨大な熊へと姿を変えていた。
眩しさに目を手の平で覆っていた僕は、次第に慣れた視界の中で変貌したルークの姿を見た。
「えっ、ええっ。ルークなのっ。」
目の前で獣体へとルークは姿を変えていた。
自分の属性である獣に姿を変えられるっていうのは余程力の強い獣人じゃないと出来ない事なんだ。
ルークはそれが出来る。強い獣人なんだ。
ルークの身体は姿を変える前より3倍ほど大きくなっていた。
やや暗いブラウンの毛色をして、ぶ厚い掌と鋭い爪を持っている。
耳は丸っこい形で、時折興奮して飛び出してきていたルークの耳そのもので今もピクピクと動いていた。
「す……ごぃ……。」
その力強さとつい触りたくなる可愛らしさに僕は身悶えた。
「ルーク、獣体に変化出来たんだね。ふふ、可愛い。」
「くぅ…。」
どうやら話すことは出来なくなるらしい。鼻をすんすん鳴らして返事をしている。
ルークとしての意識はあるのか僕と視線を合わせてそのつぶらな瞳で訴えてくる。
「う…そんな瞳で見ないで。めちゃめちゃ可愛いんだけど。そんな場合じゃないのにモフモフしたくてしょうがなくなるぅ~。」
くぅ~と悔しがる僕の姿に何だかルークの目が呆れているような気がする。
いや、こんな事している場合じゃない。
「ね、その姿になったって事はあの落ちてきた穴から外に出るつもりなんだね。」
僕がそう言うとルークは正解、とばかりに頷いた。
「わかった。ルークが飛び出た後で僕を引き上げてくれるの?ロープ、あったよね。」
そう言ってルークの持っていたマジックバッグを探ろうとしたらルークのモフモフの手が僕の手に触れた。
「わっ、肉球あったかい。」
獣体のルークはどこもかしこもカッコいい&可愛くて僕のテンションは上がりまくる。
「え、そうじゃないの?わっ、わわっ。」
ぐいっと僕の腕が引かれ、僕は縦抱きのままルークの腕に囚われた。
顔にあたるルークの柔らかい毛が気持ち良い。
つい顔を埋めてしまった僕の背に優しくルークの分厚い掌が添えられて、そのまま一気に―――――。
「うわぁっっっ。」
次の瞬間、僕とルークは穴の外に飛び出していた。
ルークの一度の跳躍で。
獣体って凄い。
*
「ルーク、まだそのままなの?」
僕は抱かれたまま山を下りている。
獣体前の身体でもルークの身体能力は高かったけれど、熊の姿になったルークはその何倍も強く、早かった。
なにせ一度の跳躍で数百メートルは移動できるみたい。いや、これ企画外。
智の宝玉探しはひとまず置いておいて、とにかくルークが見つけた「ヤバイもの」を何とかしないとって事らしい。
山を一目散に降りた所で、ルークは獣体を解いて元の姿に戻った。
もっとあの姿でモフモフしたかった僕としては残念だけど今はそれどころじゃないから、いずれ時間がある時にもう一度獣体へ変化してもらおうと密かに心に決めた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
ルークの息遣いが荒い。獣体を解いても中々興奮は治まらないみたいだ。
目はギラギラと血走り、口は開いたままで僕を見て涎を垂らす。
あ、僕、餌だと思われてない?大丈夫?
不安な気持ちが表情に出ていたのか、ルークは僕を見てギュッと拳を握りしめて何かを必死に耐えていた。
「ル、ルーク?」
声を掛けると、カッと目を見開いてマジックバッグから大量の水を取り出した。
「え!」
バシャっ
ルークは思いっきり自分の頭の上から水をかけた。それこそ水が入った筒が無くなるまで。
そうしてルークと僕の周りが水浸しになったころ、ルークは大きく息を吐いて落ち着いた声で口を開いた。
「ノア、すまなかったな。獣体へ変化した後に姿を戻すと、その獣性に引っ張られて理性の糸が恐ろしく細くなるんだ。下手すると見境なく襲うようなこともあるらしい。俺は普段はそんな事ないんだが、傍にいたのがノアだったからな。番相手じゃ勝手が違う。理性を保つのにギリギリだった。」
だからこその水攻めだったみたいだ。
近くにいた僕も水浸しになってしまったけれど、そこまでして僕の為に我慢してくれたルークの気持ちが嬉しい。
「ううん、僕を守ってくれてありがとうルーク。」
心の底から感謝してそう伝えると、ルークが照れたように笑った。
「くしゅっん」
「はっくしょん」
同時にクシャミが出て、僕たちはまた笑い合い、マジックバッグから出したタオルで身体を拭いたあとこの後の予定を話し合う。
ルークとしてはここから一番近い街まで戻って王都へ早馬で戻りたいらしい。
連絡手段は他にもあったけれど、漏洩すると困るから、と自分で事のあらましを伝えたいらしかった。
王都まで戻る意味は何だろう、と思ったけれどどうやらルークが指示を仰ぎたいのは王太子殿下らしい。
それだけルークの見つけたものは大事な物なんだろう。
僕自身はそれを見てはいないけれど、一刻も早い対処が必要になりそうだ。
足手まといになるから、と一度僕だけ街に残ろうか、と提案したけれど、それはルークが良しとしなかった。
「ノアと離れるなんて気が狂う。例え連れて行く事で何十倍も負担が増えようと俺はノアと一緒がいい。」
僕、何十倍もの負担になるのか…と実際凹んだけどそれでも僕と一緒にいたいと思ってくれたルークの気持ちを尊重して僕はお荷物役を引き受けた。
そうして、僕とルークは早馬に乗り王都へ向かって戻ることになった。
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