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39.捕まっちゃった。
「ちょっと。僕たちを手荒に扱ったらどうなるか分かってるんだろうね。」
ファビアン様は気丈にもそう言ってキッと伯爵を睨む。
それでも綺麗な銀色の耳が緊張のためピンと張り詰めたままなのが見える。
いつもは艶やかな尻尾も今は伯爵に見えない位置でピクピクと小刻みに震えている。本当はとても怖いんだ。
僕は獣人じゃないらしいから、普通に圧を掛けられれば”怖い”や”恐ろしい”って気持ちは感じるけれど、獣人が感じる圧はきっともっと本能的な恐ろしさじゃないかと思う。
それこそ、命の危機を感じるような。
だから力の強い獣人に弱い者は逆らえないのだ。
逆らいたくとも身体が言う事を利かない状態になると言う。
デジット伯爵もまた力の強い獣人だろう。
黒い斑点がトレードマークの豹の獣人だ。足音を消して、気配を消して、急に現れ急所をグサリ。暗殺者にも向いてそうなしなやかな動きだ。
僕はてっきりこの事件の黒幕はもっと年齢が高くて美味しい物をたらふく食べてでっぷり太ったおじさんだと思っていた。ほら、悪者のイメージじゃん。知らないけど。
なのに、目の前の人物はそんなイメージとは似ても似つかないスマートな身体付きをしていた。一見すると品の良い紳士に見える。裏切っているのは鋭くて冷たい目の光だけ。
自分以外の誰がどうなっても構わないとでもいうような無機質な視線だ。
何を考えているのかも分からない。
「ぼ、僕たちをどうするつもりなんですか?もう、僕たちが何者か知っているようですし、こんな事してただじゃ済まないって事、分かってますよね。」
「はは、随分と威勢のいい。分かってるんですか?今の自分たちの状況を。」
そう言うと、伯爵はいやらしく笑う。
「君たちが誰かなんてもちろん知ってますよ。あなた方は切り札だ。ここを探り当てられた事でもう終わりだと思ったけれど、まだ運があった。最後の最後に運が向いてきた。」
そう言われて周りを見る。
ここは大きなお屋敷のはずなのに、使用人の類が全く見えない。
デジット伯爵はお忍びでここに来たという事なんだろう。
そして、薄汚れた絨毯の向こう、扉が開けっ放しになっていて廊下が見える。
手入れのされていない埃だらけなのはこの部屋だけじゃなかったようだ。
沢山の足跡が入り乱れて残されている事からこの屋敷はここ最近人の出入りが激しくなってきた事が分かる。
それはきっとファビアン様とルークが捕らえられた時の物だろう。
「ここがルークたちを捕らえて連れて来た場所なんでしょう?」
「ああ、そうだよ。よく分かるね。」
僕への返事はまるで子供に対するそれだった。僕の容姿が幼いからだろうか。
「なんでここに連れてきたの?こんな所に連れてきてどうするつもりだったの?」
デジット伯爵は僕の質問に眉を上げたけれど、それでも答えてくれた。
小さい子だと思って侮っているのだろうか。
「そんな事、君が知る必要はないけれど、そうだな。この先ちょっと長い旅路になりそうだし、君にも大人しくしておいてもらわないとならない。少し説明は必要か…。」
デジット伯爵はそう言うと、にこやかに笑って僕に手を伸ばしてきた。
その手の動きにゾワっとして思わず後ずさる。
「はは、警戒心が強いね。それぐらい警戒心が強いのなら最初からこんな危ない場所には近づかなければ良かったのに。ここはね、サミラの加工品の保管場所だよ。もっと街に近い場所の方が本当は良いんだけど、秘密が漏れるからね。ここなら普段から使われてないから誰も近寄らないし、僕だけの権限で出荷量や出荷先を決められるからね。僕にとって最適な場所さ。」
「サミラの保管場所……。」
「そう、君も知ってるだろ?凄く興奮して気持ち良くなるおクスリ。」
「クスリ?」
「そう。触れたらゾクゾクしてどうにかしてもらいたくなる。誰でもいいから。何とかしてってね。」
ニヤリと笑う伯爵は僕とファビアン様の身体を舐めるように見た。まるで服の上から裸にされたような気分になった。
「ルークの番候補が殿下の番探しのパーティーでサミラのクスリにやられたってのは、社交界でも有名な話でね。ま、その所為で目に留まって詮索されるようになったんだけどね。」
本当、厄介な奴だよ……。
デジット伯爵の声は低く聞き取れない。けれどその言い方は酷く憎々し気だった。
「ファビアン様とルークを捕らえてきたのはイレギュラーな事だったんだよ?勘のいいアイツが色々探っているのは分かっていたけれど、こちらも馬鹿じゃない。誤魔化して有耶無耶に出来る用意はあったんだ。なのに私の部下が雇った何処かのバカどもが2人を攫ってきてしまった。こっちはそれを望んでいないのにね。その上、2人をどうやって殺そうかと相談している内にルークたちの姿が消えて逃げられてしまった。焦ったよ、それはね。盛大に。この場所も直ぐに足が付く。だから全てを無くしてしまおうと私だけ戻ってきたんだ。」
そう言って僕とファビアン様の周りをぐるぐると周り出す。ゆったりと、ゆっくりと。
自分に自信があって、勝利を確信している者の動きだ。
「出来るだけサミラの加工品は持っていきたかったけれど、流石に全部は無理だから泣く泣く諦めるんですよ。まぁ、種子は採ってあります。また向こうで栽培できるでしょう。」
「む、向こう?」
「貴様、どこか別の場所に逃げる気だなっ。」
ファビアン様が激昂すると、「ピンポーン」と嬉しそうに伯爵は笑った。
「さすがファビアン様は察しがいいですね。そうです、もう国を捨ててしまおうと思って。それが一番手っ取り早い。」
「なっ……。」
「いけませんか?この国で私は犯罪者というレッテルを貼られ、罰を受ける。身分はありますから死刑という事は無いかも知れない。けれどそんな制約で縛られる人生には価値がない。それなら違う国で全く違う人物になってしまえばいいんです。」
「そんな事出来る訳ないじゃないですかっ。」
「出来ますよ。簡単です。そう、あなた方がいればね。」
「え?」
「あんたっ、僕たちを使ってオーレリアを脅すつもりなんじゃ。」
よく分かっていない僕をよそに、ファビアン様はデジット伯爵の意図に気付いたようだった。
「ふふ、頭の回転が速い子は好きですよ。そう、あなた方がこちらの手にいればオーレリア殿下もルークも無暗に私に手は出せない。出したらどうなるか…分かっているでしょうから。」
「オーレリアはそんな脅しに乗らないっ。」
「ルークだって。」
僕たちは伯爵に向かって断言する。何よりも強く、正しい行いを重んじる2人はそんな脅しに乗る訳ない。
「そうですか?番は何より大切なものですよ。それこそ、自分の命よりも大切なんです。獣性の強い獣人は番に対する執着も強い。そして番を失った時の喪失感も図り知れない。あなた達に傷一つつけようものなら、私の命がないも同然。」
「それだけ恐ろしい目に遭う事が分かっているのに、僕たちを手に掛けようとするんですか?」
「いえいえ、丁重に扱いますよ、もちろん。あなた方も傷一つ付けずに帰します。だから、私がこの国から姿を消す事を見逃してもらいたいんですよ。ええ、ほんの少しでいいんです。」
「何がほんの少しでいいだよっ。そんな事許せるはずがないだろう。」
「そうですよ。犯罪者を黙って見逃すなんて出来ません。まして、あなたはサミラをまだ大量に持っているはずです。さらに被害者が出る事は必至です。それが分かっているのに見逃すなんて出来っこない。」
そう言いながらも余裕のある表情のデジット伯爵の態度が僕を焦らせた。
僕の存在がルークの足枷になってしまっているって。その指摘の正しさに気付いたからだ。
このままデジット伯爵の言いなりになってはいけない。何とかファビアン様と一緒にここから逃げ出さないといけない。
そう必死で考えていたら、ふと僕の荷物入れの中にはある物が入っている事を思い出した。
都合のいい事に部屋の扉は開いたままだ。
デジット伯爵は供の者を連れてはおらず、自分1人で逃げ出そうとしていたようだったのも僕たちにとってみればラッキーだ。
だって、伯爵さえ何とか出来れば僕とファビアン様は彼の元から逃げ出す事が可能だから。
「きっと追手が来ます。僕たちを連れての移動ならあなたのスピードは遅い。それはどうするつもりなんです?」
僕は何とかファビアン様にそれを思い出して欲しくて手荷物入れを伯爵に分からないようにポンポンと叩いた。口では伯爵の意識を僕に引き寄せて置くために何度も話しかける。
「追手ねぇ…。ルークたちにはここよりももっと魅力的な場所はあるでしょうから。例えばヴェリタス山脈の近くの村とか。ソーン子爵の邸宅とかね。」
「そっちに餌を蒔いたって事?」
「あなたも賢い子なんですね。顔も可愛らしいし。正直ファビアン様よりも好みですよ。」
そう言って僕を見つめる視線に身体が震える。気持ち悪い……。
心底嫌そうな顔をして見つめていると、気に入らなかったのか徐々に不機嫌になるのが分かった。
「そうですね。ちょっとぐらいなら味見してもいいでしょうか。まだ時間もありそうですし。サミラのクスリもほら、ここにある。」
そう言って伯爵は懐から何か小瓶を取り出した。
「ほら、これは純正のサミラの粉ですよ。普段は他にどうでもいい粉を混ぜて売ってたりするんですけどね。コレはそんな粗悪品とは違う。純粋にサミラのみ。だから効力も他のものよりも強い。あなたも直ぐに気持ちよくなりますよ。」
舌なめずりしながらそう言うデジット伯爵は完全に僕をターゲットにしたみたいだ。
ニヤニヤとした顔をしながらゆっくりと僕に近づいてくる。
ええいっ、ままよっ
バンッ
僕は荷物入れの中から手探りで取り出した催涙弾を取り出して伯爵に向かって撃った。
そうして、大きな煙を上げたのだった。
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