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40.逃げ出す
至近距離で撃った弾はデジット伯爵の身体に当たったと思ったら途端に弾けて大きな噴煙を上げた。
「な、何だっ、こっ、ゴホっ、ゴホッ。な、目がっ、目が痛っ。」
「ファビアン様、こっちです。」
苦しんでいるデジット伯爵の横をファビアン様と一緒にすり抜けた。
煙を吸わないように鼻と口を抑えて、とにかく全速力で駆け抜ける。
「待ちなさいっ。」
伯爵がそう言って僕たちを追いかけてくる。
足取りはフラついて、顔も催涙弾のせいで出てくる涙でデロデロの状態なのに僕たちを追いかけてくる。
(え、効いてないの?)
(いや、大丈夫、効いてるよ。あれは本能だと思う。)
とファビアン様とアイコンタクトを取りつつ逃げる。
あれが本能って、どれだけ獣性の能力が強いものなのか分かる。
至近距離の攻撃にも耐えてしまうだなんて、僕みたいな弱い人間や力の弱い獣人だったら敵いっこない。
とにかく捕まっちゃダメだ。
さっきだって、デジット伯爵がたまたま油断していただけだ。もう一回チャンスがやってくるとは思わない方がいいだろう。
だったら、もう逃げるしかできない。
2人で転がるように部屋を出ると、そこは長く長く続く廊下だった。
年代物らしい重厚なカーテンは垂れ下がり、隙間からチラチラ差し込む光の筋で辛うじて内部の様子を見る事が出来た。
扉が開いたままの部屋の中をチラリと見えたが、大きな布が掛けられたまま捨て置かれた家具らしきものがうっすらと見えた。
グリーン色の絨毯はここでも使われていたようだ。
廊下の端から端まで敷かれている。部屋にあったグラデーションが多彩だったものと違いこちらは単色一本。それほど価値がある代物ではなさそうだ。
「ファ、ファビアン様ッ、ど、どっちに、逃げればいいんですか?」
「えっ、ぼ、僕だって、はっ、し、知らない、よっ。」
まずは屋敷の外に出たい。一人で逃亡を図ろうとしていた伯爵は侍従など供の者を連れてきてはいなそうだった。
自分の身は自分で守れるという自信の表れだろうか。
誰もこの屋敷内にいない事は、僕たちにとってメリットとデメリット両方あった。
メリットは相手をするのがデジット伯爵だけだと言うこと。
彼から逃れられさえすれば、僕たちが助かる可能性は高い。
デメリットは、もし追いつかれて捕まってしまったとしたら、誰も僕たちが何処にいるのか、どうなったのかを知るすべがないと言うこと。誰にも知られる事なくこの世から葬られる可能性が高い。
もう、僕たちが助かるには、逃げるしかないんだ。
必至に走って角を曲がる。後ろから追ってくるデジット伯爵の足取りは最初はヨロヨロと覚束なかったのに、催涙弾の効果が治まってきたのか、徐々にしっかりとした足取りに変わってきているように感じる。
完全に体調が戻ってしまったら、僕たちにあっという間に追いつくだろう。
マズい、マズい。
早く外に出て、誰かに助けを求めないと。
「ふぁ、ファビアン様っ。外っ、外ですよっ。まずは屋敷をっ、でなきゃっ。」
「あ、ああ。」
外への道筋はよく分からないけれど、グルグルと同じ場所を周っているような錯覚を受ける。
あれ?さっきもあの花瓶あったよね?
同じ花瓶があるものだろうか。それもあんなに大きな花瓶。
それとも貴族の家ではよくある事なのだろうか。
「ノアッ、こっちだ。もう同じ所を何度も回ってる。」
ファビアン様がそう言って僕の手を引っ張る。
近くの部屋に飛び込んで窓まで走って外を見る。
助かったのはここが1階だった事。窓さえ開ければ外に出れるだろう。
僕はその時、思い出しもしなかった。
どうやってここに来たのか。
それを思い出していたら、間違った選択をしなかっただろうし、あんな最悪の結果を招く事もなかったのに……。
窓枠は硬い金属で出来ていて、錠のついた立派なものだった。
外敵からの侵入を警戒していた風が見える。
もちろん今も錠はかかったままで。
僕とファビアン様の非力な力では押しても引いても窓が動くことはなかった。
「もう、破りましょうっ。四の五の言ってる場合じゃないですよ。」
「そうだね、力業でいくしかない。」
そう言って家具に掛けられたカバーを剥がして見るけれど、家具の一つ一つが重厚で綿密な飾りの施された造りだった。これを持ち上げて窓に叩きつける事が出来るかと少々不安になるほどに。
それでも僕は一番小さな踏み台らしきものを見つけて窓へ力一杯投げつけた。
これで窓ガラスが割れさえすれば逃げられる。それしか頭にはなかった。
「なっ、なんでっ。」
ゴンッ
大きな音がした。
そう、音だけは大きかったのに。
見つめた窓にはヒビ一つ入っていなかった。
「も、もう一度っ。」
さっきはちょっと遠慮があったけれど、今度はもっと思いっきりやってやる!
そう思って力を込める。
さぁどうだっ。
「ど、どうして……。」
窓は依然としてキラキラと輝いている。
曇りもなく、外の世界を覗かせる。
きっと、僕の力が弱いせいだ…。
僕の力が弱いから窓さえ割れないんだ。
「うっ、ううっ………。」
悔しさに涙が出てくる。
僕の所為でファビアン様を危険に晒して、オーレリア殿下にどうお詫びしたらいいんだ。
それに、僕も。
僕もルークに会えなくなる。
城から出ないでって言われてたのに。
僕が勝手な事をしたから……。
打ちひしがれて床に膝を付く。
もうどうしようもない……。
悔しさと絶望に僕の意識は支配され、外の音が遮断されていた。
後から聞くと、
ファビアン様は必死に後ろからやってくるデジット伯爵の姿を見て僕に逃げるように叫んでいたらしい。
その声に全く気付かず、僕は目の前の絶望に飲み込まれていた。
そう、僕の身体が誰かに抱きしめられるまで――――――。
「死ね―――――っ!!!!!」
「ノアッ!!!!」
嗅いだのは、愛しい番の匂いと、鉄錆びのような生臭い血の匂いだった………。
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