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静寂の共鳴 ― エレベーターに響く終わりの音色
しおりを挟む「――では、本日の打ち合わせは以上ということで。ありがとうございました」
会議室に響いたその声は、私にとって救いの福音に聞こえるはずだった。時計の針は午後3時を少し回ったところ。予定より30分も延びた午後の戦略会議。私は笑顔で会釈を返し、手早くノートPCを閉じる。心の中では、一秒でも早くこの場を立ち去りたいという焦燥が渦巻いていた。
(……まずい。思ったより、ずっと来てる)
原因は分かっている。会議が始まる直前、気合を入れるために飲み干したブラックコーヒー。そして、空調が効きすぎて冷え切った会議室。おまけに、議論が白熱してトイレに立つタイミングを完全に失ってしまった。
席を立ち、会議室を出る。廊下を歩く振動が、下腹部に溜まった重苦しい水分を揺らす。
(大丈夫、まだ耐えられる。自分のデスクに戻る前に、2階下の多目的フロアのトイレに寄ればいい)
私は平静を装いながら、エレベーターホールへと急いだ。幸い、エレベーターはすぐにやってきた。乗り込み、行き先ボタンを押す。
「ふぅ……」
密室になった瞬間、緊張が少しだけ解け、それと同時に抑え込んでいた感覚が主張を強めた。
ツン、と鋭い刺激が膀胱の出口を突く。
「……っ」
思わず下腹部に手を当てた。
まだ「波」というほどではない。けれど、確実に、そして着実に、限界の器から水面が溢れようとしているのが分かった。
(落ち着いて。あと数分。エレベーターを降りて、角を曲がればそこはトイレ。個室に入って、スカートを下ろして……)
頭の中でシミュレーションを繰り返す。その「解放」の瞬間を想像するだけで、腰のあたりがゾクゾクと痺れるような感覚に襲われた。
チーン、と到着を告げる電子音が響く。
扉が開く。私は早足で、しかし走って刺激を与えないよう慎重に、目的の場所へと向かった。
だが。
「……え?」
視界に入ってきた光景に、私は絶句した。
清潔感のある白いタイルの廊下。その先に続く女子トイレの入り口から、蛇行するように伸びる列。
「うそ、でしょ……?」
そこには、私と同じように、あるいは私以上に、青い顔をして足をもじもじとさせている女性たちが、5人も並んでいたのだ。
「……嘘、でしょ……?」
廊下の曲がり角で、私は立ち尽くした。
清潔なタイルが冷たく光るその先、女子トイレの入り口から、蛇行するように伸びる5人の列。
いつもなら、この時間は空いているはずだった。なのに、今日は運悪く近くの会議室での大型セミナーが終わった直後だったらしい。
(あ、これ……まずい。本当に、まずい。)
一歩、慎重に踏み出し、最後尾につく。
歩くたびに、下腹部の奥で溜まりに溜まった液体がタプン、と嫌な重みを持って揺れる。
その振動が、膀胱の出口を鋭く突いた。
「くっ……!」
思わず奥歯を噛みしめ、内腿を固く閉じる。
前を見れば、並んでいる女性たちも一様に、顔を強張らせていた。
私のすぐ前に並んでいる20代くらいの女性は、短いスカートの裾をぎゅっと握りしめ、片足をもう片方の足の甲に乗せるようにして、小刻みに体重を入れ替えている。
そのさらに前の女性は、壁に背中を預け、上を向いて荒い呼吸を繰り返していた。
(みんな、同じなんだ……。みんな、限界なんだ……)
「……っ、まだ?……ねえ、まだ開かないの?」
先頭の方から、絞り出すような、掠れた声が聞こえた。
個室は3つ。なのに、一つも扉が開く気配がない。
密閉された空間の向こう側で、誰かが用を足している。その「音」を想像するだけで、私の身体は勝手に反応してしまった。
(……あ、来た。大きな波……っ!)
下腹部の底から、突き上げるような熱い衝動がせり上がってくる。
それは、今この瞬間にでも、堰(せき)を突き破って溢れ出そうとする濁流。
「ふ、うぅ……っ。無になれ、無になれ……」
私は必死に自分に言い聞かせ、膝を内側に折り込むようにして重ねた。
スカートの上から、下腹部を強く、強く手のひらで押さえつける。
少しでも圧迫を和らげようとする本能。けれど、指先に伝わってくるのは、パンパンに膨らみ、石のように硬くなった「それ」の感触だった。
(コーヒー……効きすぎ。……あと、何分? あと何秒、持つの?)
『……カチッ。』
ようやく、一番奥の個室の鍵が開く音がした。
列が、わずか一人分だけ、前へ進む。
けれど、そのたった一歩の「動き」が、今の私には地獄の苦しみだった。
「ひ、っ……あ……っ」
足を動かした瞬間、括約筋が悲鳴を上げた。
一瞬、熱い「何か」が数滴、こぼれそうになる。
私は慌てて腰を折るように丸め、全身を震わせながらその場に固まった。
(……あと4人。……あと4人も、待てない……ッ!!)
「……っ、はやく。お願い、誰か出てきて……っ!」
私の前で、一人の女性が震える声で呟いた。その声は、もはや祈りに近い。
しかし、現実は非情だった。ようやく開いた個室から出てきたのは、清掃員。彼女は申し訳なさそうに、入り口に黄色い立て札を置いた。
「すみません、一番奥の個室、配管の故障で逆流しちゃって……。 今から業者を呼ぶので、当分使えません」
その言葉に、列に並んでいた全員の肩が絶望に震えた。
3つしかない個室のうち、1つが死んだ。ただでさえ遅い列が、さらに停滞する。
「うそ……でしょ……?」
目の前が真っ暗になった。
下腹部の熱い塊は、今やズキズキと脈打つような痛みに変わっている。
脳内は、透明な液体が溢れ出すイメージで支配され、視界がチカチカと火花を散らす。
(もう、無理。ここで待ってたら……確実に、終わる)
私は決断した。
ここより上、3階上のオフィスフロアなら、まだ空いているはず。
一刻を争う。私は腰を折り、内股をこれ以上ないほど硬く密着させたまま、ペンギンのような歩幅でエレベーターホールへと引き返した。
『ピンポーン』
扉が開く。
中には、すでに数人の女性が乗っていた。
彼女たちの顔を見て、私は息を呑んだ。
(……みんな、同じだ)
手すりにしがみつき、前屈みになって耐えるOL。
バッグを股の間に挟み込み、顔を真っ赤にして小刻みに震える制服姿の女性。
エレベーターの密室は、言葉にできない**「極限の我慢」**の熱気に包まれていた。
全員が、各階のトイレを求めて彷徨っている「難民」なのだ。
「……っ、ふ、ぅぅ……ッ」
誰かの漏らした、熱い吐息が聞こえる。
エレベーターが上昇を始める。そのわずかな加速のG(重力)が、私の膀胱を容赦なく押し潰した。
(あ、これ……出る。……一歩でも動いたら、出ちゃう……ッ!)
私はエレベーターの壁に背中を預け、ずるずると腰を落としそうになるのを必死でこらえた。
手は自然と、スカートの上から股間の「付け根」を強く押さえつけていた。
そうでもしなければ、今すぐこの場で、熱い奔流が床を濡らしてしまいそうだったから。
(はやく。はやく……! 扉、開いて……!!)
「……っ、う、うぅ……。……あ、あぁ……ッ」
私の隣で、誰かが耐えきれずに喉を鳴らした。
その切迫した音色が、私の限界をさらに引き上げる。
「……っ、ふ、ぅぅ……ッ」
狭い箱の中、重苦しい沈黙を破るのは、数人の女性たちが漏らす、切迫した吐息だけだった。
全員が、各々の下腹部に宿った「時限爆弾」を抱え、一秒でも早い扉の開放を願っている。
私もまた、手すりをつかむ指が白くなるほど力を込め、内腿をこれ以上ないほど硬く密着させていた。
(あと、少し。扉が開いたら、そこには……っ!)
脳裏には、真っ白な陶器の便座が浮かんでいた。
そこに腰を下ろし、すべての力を抜き、堰を切ったように……。
想像するだけで、腰の奥が熱く痺れ、括約筋のコントロールが甘くなりかける。
(だめ、考えちゃ……あ、あぁ……ッ!)
その時だった。
『ガコンッ!』
鈍い衝撃とともに、足元の床が嫌な揺れを見せた。
一瞬の浮遊感の後、エレベーターは不自然な位置でピタリと動きを止めた。
「……え?」
「……っ、うそ、でしょ……?」
誰かの悲鳴のような呟きが漏れる。
直後、非常灯がパッと点灯し、無機質なアラート音が鳴り響いた。
『――緊急停止しました。安全確認を行っております。そのままお待ちください』
「待てない……待てるわけ、ない……ッ!!」
隣にいた女性が、ついに堪えきれず、その場に蹲った。
股の間を両手で必死に押さえ、肩を大きく上下させている。
その動作が、狭い空間に「尿意」という名の伝染病を撒き散らした。
(嘘。嘘、嘘、嘘!! ここで止まるなんて……!)
私は壁に背中を預け、ずるずると腰を落としそうになるのを必死で耐えた。
画像のように、両手で下腹部を強く、強く圧迫する。
そうでもしなければ、今この瞬間にでも、熱い奔流がストッキングを伝い、床に水溜りを作ってしまう。
「はやく……はやく。お願い。開いて……!!」
独り言が漏れる。もはや周囲の目など気にする余裕はない。
下腹部の奥では、出口を求める液体が、ドクン、ドクンと心臓の鼓動に合わせて暴れている。
**シャー……シュイー……**と、私の頭の中で、どこか遠くで流れる水の音が幻聴のように響き渡る。
(あ、これ……出る。今、一歩でも動いたら、絶対に出ちゃう……ッ!)
顔は真っ赤に火照り、額からは脂汗が滲む。
潤んだ瞳の先には、無情にも赤く点灯した「停止」の文字。
(神様、お願い、あと10秒だけ持たせて……。……あ、あああああ……ッ!!)
一番大きな「波」がやってきた。
それは、今までの比ではない、圧倒的な決壊への予兆だった。
エレベーターの中に閉じ込められたのは、私を含めて計7人の女性たち。
誰もが言葉を失い、ただ荒い呼吸と、衣類が擦れる音だけが狭い箱の中に充満している。
「……っ、ふ、ぅぅ……ッ」
私のすぐ隣で、手すりにしがみついていた事務服の女性が、ついに力尽きたようにその場に崩れ落ちた。
彼女は膝を固く閉じ、両手で股間を必死に圧迫している。だが、その顔はすでに蒼白を通り越して、陶器のように無機質だ。
(……だめ。見ちゃ、だめ。見たら、私も……ッ!)
私は必死に視線を泳がせ、天井の非常灯を見つめた。
けれど、嗅覚が、そして聴覚が、残酷なまでに「その瞬間」を伝えてくる。
『――ッ、……ぁ、……あぁ……っ』
隣の彼女の喉から、震えるような吐息が漏れた。
次の瞬間。
「……シュイー……、……シャー……」
静まり返った密室に、あまりにも鮮明な、熱い液体が布を透過する音が響き渡る。
それは、細く、けれど途切れることのない確実な「解放」の音。
彼女の足元から、じわりと、けれど急速に、色の濃い水溜りが広がっていく。
「……っ!? ……あ、……あぁ……」
その音は、他の5人にとっても、死刑宣告と同じだった。
一人が決壊したことで、張り詰めていた空気の糸が、ぷつりと切れる。
「……むり、もう、むりぃ……ッ!」
反対側の角で蹲っていた学生らしき女の子が、顔を覆って泣き出した。
直後、彼女の足元からも、**「……ジュイー……」**という、ストッキングを熱く湿らせる音が漏れ聞こえる。
(うそ、でしょ……? なんで、みんな……っ!)
パニックになりそうな心を、下腹部の激痛が引き戻す。
一人、また一人と、足元を濡らしていく。
その湿り気を帯びた空気と、水の音が、私の膀胱を容赦なく蹂躙した。
(あ、これ……来る。……最強の、波が……ッ!)
私は画像のように、両手で必死に下腹部を押さえつけた。
もはや、立っているのが奇跡に近い。
腰をくねらせ、内腿をこれ以上ないほど硬く、骨が軋むほど密着させる。
けれど、脳内ではすでに、温かい液体が堰を越え、太ももを伝い落ちる感覚がシミュレーションされていた。
「は、やく……っ。……だれか、だしてぇ……ッ!!」
私の声か、それとも他の誰かの声か。
密室は、もはや「我慢」の限界を超えた、湿った絶望の溜り場と化していた。
(あと一秒……。あと一秒も、持たない……ッ!!)
額から滴る汗が、目に入る。
けれど、それを拭う余裕さえない。
今、指先一つでも動かせば、私のプライドも、理性も、すべてが**「シャー」**という音と共に、この床にぶちまけられてしまう。
(お願い、神様……っ。……あ、……あ、あ、……ッ!!)
エレベーターの籠の中に、湿った、重苦しい空気が沈殿していく。
すでに二人。足元に広がる色の濃い染みが、非常灯の鈍い光を反射していた。
「……っ、ふ、ぅぅ……ッ、……は、ぁ……っ」
私の正面。手すりを握りしめ、眉間に深い皺を寄せて耐えていた、キャリアウーマン風の女性。彼女は先ほどまで、誰よりも冷静に「大丈夫、救助を待ちましょう」と声をかけていたはずだった。
けれど、今。彼女の瞳は焦点が定まらず、ただ一点、何もない空間を見つめている。
その細い指先が、小刻みに、ガタガタと震え始めた。
(……あ、……この人も……っ)
私は、自分の股間を両手で必死に圧迫しながら、彼女の異変を悟った。
彼女の膝が、カクン、と力なく折れる。
内腿をこれ以上ないほど硬く擦り合わせ、腰を不自然に突き出すようにして、彼女は喉の奥で「……っ、……ぅ、……ッ」と、押し殺した悲鳴を上げた。
その瞬間。
「……シュイー……、……シャー…………」
密室の静寂を切り裂く、細く、けれど力強い水音が響いた。
彼女のタイトスカートの裾から、熱を帯びた液体がじわりと染み出し、重力に従ってストッキングを伝い落ちる。
「……あ、……ぁ、……あぁ……っ……」
彼女は顔を真っ赤に染め、けれどどこか、魂が抜けたような、恍惚と絶望が混ざり合った表情で、その場に力なく膝をついた。
床に広がる水溜りが、私のパンプスのすぐそばまで伸びてくる。
(やめて、……その音、聞かせないで……ッ!!)
脳が、その「音」を自分の解放の合図だと勘違いしそうになる。
下腹部の奥で、パンパンに膨らんだ器が、ミシミシと音を立てて軋んでいる。
シャー……、シュイー……。
隣からも、前からも、絶え間なく聞こえてくる「終わり」の音色。
「……っ、う、うぅ……。……だめ、だめだめだめ……ッ!!」
私は画像のように、狂ったように下腹部を押し込んだ。
もう、指の感覚がない。
けれど、そうしていなければ、今この瞬間にでも、私の股間からも同じような、熱く、激しい奔流が溢れ出してしまう。
(あと、……あと何人? ……次は、私なの……!?)
エレベーターの中、まだ「踏み止まっている」のは、私を含めてあと数人。
けれど、その全員が、蛇に睨まれた蛙のように、足元に広がる「海」を見つめながら、絶望的な痙攣を繰り返していた。
「……っ、う、うぅ……ッ! ……あ、あああ……っ」
私のすぐ横で耐えていた、大学生くらいの女の子までがついに崩れ落ちた。
「……シュイー……、……シャー…………」
布地を勢いよく透過する、熱く、重い水音が、閉鎖された空間に四人目の「敗北」を告げる。
足元はすでに、誰のものかも分からない液体の海が広がり、独特の熱気を含んだ湿った匂いが鼻を突く。
(あと、……三人。……まだ、まだ……ッ!)
私は、自分の下腹部をこれ以上ないほど強く、拳を食い込ませるようにして押し潰していた。
もはや尿意というレベルではない。腹の中に、熱く煮えたぎる鉛を流し込まれたような、鋭い激痛。
限界という壁は、とっくに粉々に砕け散っている。ただ、剥き出しの精神力だけで、決壊の「口」を無理やり塞いでいる状態だった。
その時。
『――ガタッ!!』
突然の大きな衝撃が、エレベーターを襲った。
続いて、消えていた天井の照明がチカチカと点滅し、重苦しく沈黙していたモーターが、唸りを上げて回り始める。
「あ……っ、……動いた……?」
誰かが、希望とも絶望ともつかない声を漏らした。
だが、今の私たちにとって、その「動き出し」こそが、最後の一撃だった。
エレベーターが上昇を再開する。その瞬間に生じる、下向きのわずかな加速のG(重力)。
それが、限界を超えて膨張しきった私の膀胱を、容赦なく真上から押し潰した。
「ひ、っ……あ、……ああああああッ!!」
声にならない悲鳴が漏れる。
内腿の筋肉が、Gの衝撃で一瞬だけ緩んだ。
その、コンマ数秒の隙を見逃さず、溜まりに溜まった奔流が、堰の向こう側で狂ったように暴れ出す。
(だめ、まだ、……ここで出したら、全部……っ!)
私は画像のように、狂ったように腰を折り曲げ、両手で股間を万力のように締め付けた。
だが、エレベーターが目的の階に向かって加速するたび、腹の底で液体がタプン、タプンと波打ち、その振動が「出口」を内側から激しく叩く。
「……っ、ふ、ぅぅ……ッ! ……あ、……ぁ、……ッ」
私の視界が、生理的な涙で白く濁る。
五人目、六人目が、上昇の衝撃に耐えきれず、相次いで**「……ドボボボ……、……シュイー……」**と、もはや隠そうともしない激しい放尿の音を響かせ始めた。
(あと……私だけ……。……うそ、……もう、……っ)
目的の階の表示灯が、ゆっくりと、けれど確実に近づいてくる。
だが、扉が開くのが先か、私のプライドが爆発するのが先か。
太ももの付け根で、一滴、また一滴と、熱い雫がこぼれ落ちるのを、私は戦慄と共に感じていた。
『――ピンポーン』
無機質な電子音が、地獄のような密室に響き渡る。
ゆっくりと、けれどあまりにも無情に、銀色の扉が左右にスライドした。
(あ……っ、開いた……。助か……っ)
扉の向こう側に見えたのは、見慣れたオフィスのフロア。そして、そこへ向かおうとする数人の社員たちの姿。
その光景を見た瞬間、私の脳を支配していた「極限の緊張」が、ふわりと一瞬だけ緩んでしまった。
それが、すべての終わりだった。
「……あ。」
一歩、踏み出そうとした。ただそれだけの動作。
けれど、内腿に込めていた最後の力さえ、今の私には残されていなかった。
「――……シュイー、…………シャー…………」
自分の意志とは無関係に、熱い、熱い奔流が堰を突き破った。
「っ、……あ、……あぁぁぁ……っ!!」
私はその場に立ち尽くし、画像のように下腹部を両手で必死に押さえつけた。けれど、もう何も止められない。
タイトスカートの裾から、溜まりに溜まった透明な熱流が、勢いよく溢れ出す。
ストッキングを熱く湿らせ、膝を伝い、パンプスの中を熱い液体で満たしていく。
「…………シャー…………、……シュイー…………」
止まらない。
コーヒーの利尿作用と、限界まで膨張していた圧力のせいで、細く、けれど力強い水音が、静まり返ったエレベーターホールに響き渡る。
エレベーターの床、すでに他の6人が作り出していた水溜りに、私の「熱」が混ざり合い、さらにその範囲を広げていく。
「……っ、ふ、ぅぅ……、……あ、……あぁ……っ」
扉の前で待っていた社員たちが、絶句してこちらを見ている。
けれど、もうどうでもよかった。
羞恥心さえも、絶え間なく溢れ続けるこの熱い解放感の中に溶けて消えていく。
下腹部の激痛が、ゆっくりと引いていく。
代わりに訪れるのは、抗いようのない喪失感と、自分を包み込む湿った温度。
私は潤んだ瞳を虚空に向け、ただ、自分の内側からすべてが流れ出していく音を、夢遊病者のように聴き続けていた。
「………………シャー……、………………」
音が細くなり、やがて滴るような音へと変わるまで。
私は、開いた扉の前で、誰よりも長く、激しく、その場を濡らし続けていた。
「……全く、遅いなあ。点検でも入ってるのか?」
営業部の佐々木は、イライラと腕時計に目をやりながら、10階のエレベーターホールでボタンを連打していた。午後の外回りまであと数分。同僚の女子社員数名も、同じようにエレベーターを待っている。
「さっき、一瞬揺れましたよね? 止まってたのかも」
「あ、動き出しましたよ。……10階に来ます」
赤く点灯した上昇のインジケーターが、ゆっくりと、けれど着実に自分たちの階へと近づいてくる。
やがて、『ピンポーン』という軽やかな電子音が鳴り、重厚な銀色の扉が左右に開いた。
「――っ!?」
扉が開いた瞬間、外で待っていた全員が、言葉を失って凍りついた。
まず鼻を突いたのは、もわりとした、異常なまでの湿り気と、どこか生々しい熱を帯びた独特の匂い。
そして視界に飛び込んできたのは、静止画のような、けれどあまりにも凄惨な光景だった。
「……え、なに、これ……」
籠の中には、7人の女性。
誰もが虚ろな表情で、ある者は手すりにしがみつき、ある者は床に膝をついている。
そして何より異常だったのは、エレベーターの床一面を覆い尽くし、扉が開いたことで廊下へとじわりと溢れ出してきた、大量の「液体」だった。
「…………シュイー…………、…………シャー…………」
沈黙に支配されたホールに、場違いなほど鮮明な、激しい水音が響き渡る。
一番手前に立っていた女性(主人公)が、両手で必死にスカートの上から股間を押さえたまま、顔を真っ赤にして小刻みに震えている。
彼女の足元からは、今まさに、滝のような熱い奔流が溢れ出し、タイルを濡らし続けていた。
「あ、あぁ……っ……」
彼女が漏らした、絶望的な吐息。
その隣では、すでに「出し切った」のであろうスーツ姿の女性が、魂が抜けたような顔で床の水溜まりの中に座り込んでいる。
「これ、全部……トイレ、なの……?」
女子社員の一人が、信じられないものを見るような目で呟いた。
7人全員の服が、腰から下にかけて無残に色を変えている。
密室の中で、彼女たちがどれほどの地獄を味わい、そしてどのように連鎖的に崩壊していったのか――。
溢れ出してきた液体の量と、今なお目の前で鳴り止まない**「シャー」**という生々しい音が、すべてを物語っていた。
「……見ちゃ、ダメだ。おい、別の階段を使おう……っ」
佐々木は顔を背け、後退りした。
扉が閉まるまでのわずかな数秒。
誰も一歩も動けないまま、ただ熱い液体が広がる音だけが、冷房の効いた廊下に空虚に響き続けていた。
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