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6.この仕事、順調である。

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「▲5五角、△7三桂、▲7五歩……」

 私、『紀国安奈きのくにあんな』改め『キノコの山』は、今のところ順調に勝率を上げていた。

 パソコンでもスマホでも、誰もが気楽にネット将棋を楽しめる『将棋バトルオンライン』は、元々メインアカウントを所有していたので操作感覚はバッチリだった。

 それにしても、仕事で将棋が指せるというのは何とも妙だった。本来将棋が大好きな私だけど――いや、愛していると言っても過言ではないのだけれど、ここって会社だよ?

「――▲4三飛成、△5二金、▲4四桂打、△4三金、▲2一角打、はい、詰み筋!」

 このブツブツ言いながら将棋を指した方が強くなるってのはネット将棋プレイヤーの特権かしらね。プロなら自分の脳内で全て処理しないと、相手に思考がバレちゃうから。
 5分切れ負け(制限持ち時間が0になると負けになる)ルールなら相手が高段位でも何とか勝負になるわ。

「ふぅー」

「アンナ、調子はどう?」

 そう言ってお茶を運んでくれたのは千春。彼女はいくら笑顔を振りまいても元気さを失わない、部署内でも貴重な存在だった。
 カジュアルなオフィスなだけに、千春はラフなピンクシャツにショール、ひざ丈までのホワイトスカートと、相変わらず爽やか美人だわ。

 あれから一週間が経過した。私は午後一番、眠くなるであろう昼食後に、あえて将棋を指していた。対局中の集中力は常人よりも研ぎ澄まされているから、少しでも有利になるだろう時間帯を狙ってね。

「ありがとう千春。勝ち越してはいるけど、いつも特定の人とマッチングすると負けちゃうのよね……」

 千春は将棋については全くといってよいほど知らない。それでも私が連勝を止められてしまう相手がいることは察してくれた。

「そっかぁ。アンナでも負けることあるのね」

「……どうしてもプロ級の相手と当たると負けちゃうわね」

 現在、私の成績は50勝11敗。勝率は実に8割以上をキープしている。段位は7段。アマチュアだけどプロの四段に満たないくらいの棋力はあると自分では思っている。

 まぁ、要するに一般的には強豪だけど、プロ程の実力ではないと言ったところかな。
 こんなことで日本一になんてなれるのかな。なれなくても商品が有名になればいいんだよね。

 ……こんなことで商品が有名になるのかな。

「ところでさ、今夜はアンナも参加するんだよね?」

 あ、付加疑問文だ。なんだっけ、今夜は何があったっけ?

「忘れてる顔だなそれは。今夜は新入社員歓迎会! つまり、飲み会よ!」

「……えっ? あっ……」

 すっかり忘れていた。
 ヤバい。私、お酒苦手なんだよね。

「しっかりしてよキノコの山ちゃん! 楽しみだね!」

 私は髪をバサッと前に垂らした。
 あぁ、お酒じゃなくて、将棋で頭の中を一杯に満たしたい。
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