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第一章「悪役の運命」

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 時を遡ること三日前、ガーラ帝国に住む三大公爵家が一つビターミネント公爵令嬢はテンプレのような前世の記憶を取り戻した。

 お約束の通り、乙女ゲームのメイン攻略対象キャラである皇子と出会った日に、だ。
 
「うわ、めんどっ」
 
 記憶を取り戻しての第一声はそれだった。

 その発言の衝撃は皇子にとってとてつもなく大きいものであったが、少女は異世界転生ものあるあるで倒れ込み、御披露目という名のお見合いは中止となった為気付くこともなかった。
 
 前世の記憶を元に現状を振り返れば、どうやら自分は『苦しみながら逝け!』という通称『くるいけ』の乙女ゲームに出てくる悪役令嬢ククーナ・ビターミネントであることが分かった。
 物語は至って単純で、ある日帝国に異世界から聖女がやってきて攻略対象を攻略しつつ悪役令嬢を断罪しハッピーエンドを迎えるというものだ。
 変わった点があるとするなら悪役が悪役令嬢だけでなく、メインである皇子もそうだという点だろうか。
 悪役皇子を聖女の優しさで浄化しハッピーエンド──
 なんて言えば聞こえはいいが、要はこのゲーム……皇子を救う為だけに考えられたストーリーしかないのである。

 どの攻略対象のルートに入っても結局は皇子を悪の道に導き操っていた悪役令嬢をやっつけ、どのルートでも皇子を救う。
 バッドエンドでは勿論ヒロインが返り討ちにあって死ぬが、ハッピーエンドはどれも皇子とヒロインで締め括られる……乙女ゲーマー達からかなり批判を食らったゲームでもあるのだ。

(確か悪役令嬢は……何かヤバいアイテムっぽいのを取り出しちゃってそのヤバい何かを皇子に布教して闇落ちさせるんだったような……ないような……)
 
 しかし、うろ覚えでなんとなく理解していても、悪役になり婚約破棄される運命だと知っていても……彼女は動かなかった。
 ──そんなことに費やす労力さえ面倒だと思ったから。
 婚約されてもされなくても面倒だから放っておこう。
 ククーナはただ日々を気怠げに過ごしていった。

 三日後、婚約が成立。
 これには流石のククーナもびっくり仰天。ベッドから逆向きに三回転してひっくり返る程驚いてしまった。
 真っ向から「面倒」と言った相手に対し、不快感を抱いているはずだと考えていたからだ。よもやイケメンあるある「……ふっ、面白い」など言うタイプであるかと問われると答えはNO。
 婚約者となった第一皇子シルヴィ=クイント・ガーラはとにかくねちっこいタイプのはずで、悪役に相応しい少々ネガティブな傲慢皇子。
 ポジティブに「褒められた!?」と冷罵さえも賛辞として受け取るようなことは無い性格だ。
 そうだったら少しポジティブすぎやしないか、と彼女は遠くを見やった。
 傲慢令嬢に俺様皇子……両者とも屑な性格。
 そういう設定だった。

 が、本編が始まる前についてはあまり触れられていないのも特徴的なゲームで、くるいけはとにかく二次創作が盛り上がっていた。下手したら公式グッズよりも同人誌の方が人気、と言える程。
 
(……本編前……人気だったのは悪役令嬢と皇子の組み合わせだったなー、懐かし)
 
 あまりにも他人事のようにしている少女を見て、周りは困惑していた。

 はて、ククーナはこんな性格だったか? と。
 家族の知るククーナは甘えたがりの妹系お嬢様、そして周囲の知るククーナは好奇心旺盛なお転婆お嬢様であった。

 その彼女がお見合いの日以降、ぴたりと止んだかのように動かない。喋らない、目も合わせない。

 これには両親も目を見開いて医者を呼んだものだった。至って健康体であった為、意味を成さなかったが。
 
「お嬢様」
 メイドがノックをして来客を知らせる。
 
「皇太子殿下がお見舞いに参られました」
 
 少女は重い腰を持ち上げて一言呟く。
 
「ああ……そう」
 
◆◆◆
 
「うわ、めんどっ」
 
 そう言った目前の少女に、思わずびっくりしてしまった。
 ──面倒? だって?
 皇太子相手になんてことを言うんだ、下手したら何かあれな罪に問われてもおかしくない。
 
 だが、興味を持ったのも事実だった。
 
(まさか同じめんどくさがり屋が僕の周辺にいるとはね……)
 
 倒れた少女を抱えてビターミネント公爵家の者達に任せる。
 
 婚約者候補として僕が会ったのは三人だった。
 実は既に有力候補以外とは面会を終わらせている。だが、最後の三日間に1日一人という形で順を追って会うことになっていたから少なかっただけなのだ。
 だとしても……
 
(最後の最後で仲間を見つけるとは思いもしなかった……)
 
 正直、婚約者探しに僕は乗り気じゃなかった。
 皇太子にされたのにも不満がある。

 だって? 僕一番記憶力無いし。

 それに?
 弟の方が優秀で父様……父上からも愛されてるし。

 何故僕が。という思いが今でもいっぱいだ。
 面倒だから放っておいてほしい……勉強量、あれ以上増えるなんて勘弁してよ。何の冗談?

 まあなった以上、無理なのも分かってはいるので……というか派閥的にかーなーり後が面倒だし降りるにも降りられないとか。これで婚約者候補全員が我が儘だったら最悪だった。

 だから良かった、一人でもマシ……まともそうな人がいて。

 他の令嬢なんか嫉妬心強そうな子達ばかりで「殿下ぁ~」とかアピールがうざ……もとい鬱陶しかった。その事もあってすぐビターミネント公爵令嬢を婚約者として即決したのだ。
 倒れてる最中に決めるのは些か卑怯だけど、まあ同じタイプみたいだから大丈夫かなと思った。それでも気が休まらなかった為、今こうして連絡も無しに会いに行くなどという非常識な振る舞いをしている。

 周囲はこれで「シルヴィ皇太子殿下はビターミネント公爵令嬢に一目惚れした」と噂することだろう。

 それはそれで一向に構わない、どうぞ? するといい。

 他の令嬢達を選ぶより面倒ではないからね。

「体調はどうだい、ビターミネント公爵令嬢。あぁ、婚約者になったのだからククーナとお呼びしても?」
「あー……皇太子殿下、此度はお見舞いありがとうございます。我が父も……あー、何だっけ……まあいいや。ありがとうございます、殿下のお好きなように呼んでください」
 
 何ともめんどくさそうに至って普通の礼をしてどこかボーッとしている少女。

 明らかに周りとは違う蛍光色の黄緑髪、明らかに彩度も高く発色が良すぎる紫の目。
 その姿に強い親近感を覚える。
 
「……やはり、僕と同じか……」
 
 ──僕も蛍光色の黄色に近い金髪で発色の良すぎるピンク目なんだよな……ここまでお揃いだとちょっと仲間意識、芽生える。

 ボソッと呟いたつもりが聞こえていたらしい。
 
「ひょっとして……殿下も面倒ごとは嫌いで?」
「当たり。シルヴィって呼んでいいよ、面倒だろう」
「有り難きお言葉……けどそれでも面倒なのでシじゃ駄目ですか、シッシッ」
「分かるけど間違いなく君の首が飛ぶよそれ」
 
 冗談です、と笑う姿が思っていたよりも控えめでいい。

「では」といって彼女が決めた愛称は「ルー」だった。まさかのそこから!? 驚きで凝視するとまたもやくすりと笑っていた。
 ……予想以上に相性がいいらしい、これはこの先も離さない方が僕の為にも彼女の為にもなるね。
 
「でも私、不敬罪より更に面倒なこと知ってるんですよね」
「なんだって……?」
 
 信じられるかはお任せしますが、と言って話してくれた内容がとてつもなくめんどくさかった。
 今目の前にいるククーナ嬢は前世の記憶を持っていて、その記憶によればここは乙女ゲームとやらの世界と酷似している。小説でいうところの女性主人公は異世界からやって来た聖女で、聖女は一人の男性を選び皇子を救い、帝国を救うんだとか。

 今は本編前で、彼女でも本編が始まるまでの話はよく分からないんだとか。
 
「何その面倒ごと」
「ね。面倒だよね、悪役皇子がナカーマで良かったです」
「ちょっと色々聞き捨てならないんだけど? 悪役皇子? 僕、その演劇か小説だかでは悪役なの?」
「ラストボス……ラスボスですよ。つまり物語の最後に倒す敵」
 
 マジか……マジか……。

 開いた口が塞がらない。とは言ってもこの面倒事に拒絶反応を示しているこの頭の前では、常に口が塞がっていないような気はするけど。

 気を取り直して問い掛ける。
 
「因みに君は? 面倒と言った理由がそれなら君にも役目があるんでしょ?」

 舌打ちが響く。

 仮にも公爵令嬢が舌打ちなんて駄目だぞ! あれな罪で問われても自己責任だからね!
 
「すんなり受け入れるのは考えるのが面倒だからですよね、否定するのも面倒だし時間の無駄……」
「あ、あーそれそれそれ……分かる? 分かってくれる? ほんとそれ」
「ルー、語彙力無いね。私もだけど」
「面倒だから口調崩したね、分かるよ」
 
 再び舌打ち。なんて海賊みたいな態度なんだ! この横暴な振る舞いはほんとに令嬢じゃないな。
 輪廻転生、受け入れよう。
 
「悪役令嬢ククーナ、どのルートでも婚約破棄され断罪されるわるーい魔女。それが私の役目です」

 ……少なくとも海賊にはなれそうだと思ったよ。
 でも断罪だって? 魔女で断罪って……最悪死ぬってことじゃないか!

 自分の死すらめんどくさがる彼女を見て、呆れを通り越して焦りが生じた。

「それは流石に回避するように努力すべきでは……因みに、どんな死因?」
「……えーと、ぐちゃぐちゃ? とかざくざくっと全員から何度も剣とか槍とかで刺されたり、火炙りだったり毒殺だったり」
 
 あまりにもとんでもない内容だったので慌ててストップをかける。
 
「いやちょっと待って待って! えらくドギツい内容だね!? 頑張って先を読んで行動した方が……」
「でも、めんどくないですか? 行動するのって」
 
 分っかるーーーー……!
 けど君の命かかってるんだし放置は流石の僕でも寝覚め悪いよ、多分。
 
「……分かるけど」

「正直今から死んでループものなのか一回きりなのか確かめたいくらいめんどいです」
「待って、待って。簡単に死のうとしたら……いやまあ確かに前世っていうのがあるんじゃ来世もあるのか試して来世が悪役令嬢じゃなかった、ってなったら君の物語も早く終わるね。悪役じゃなくなるし」
 
 理には敵っている。ループ? とかはよく分からないけど、来世もあるのかは気になるよな。
 
「そうですよ。ねー、うろ覚えだしルーが婚約破棄して私を殺すことになってもその時はさっくり殺っていただければ」
 
 何てこと言うんだほんと。頭が痛くなってきて眉間のしわを指で二つまみするように押さえる。
 もう既に僕の頭はキャパシティオーバー寸前だ。
 
「物騒なこと言わないで? 君は僕を罪人にするつもりかい、分からなくもないけど」
「分からなくもないあたりが悪役ですね皇子」
「だって面倒なときは早く終わらせたい一心に負けるかもしれない」
「分っかるー……」
 
 ふと気になった。そのゲームとやらの僕はどんな性格なのかと。
 
「……それの中だと、どんな性格なの僕達」
 
 聞いた途端、言いにくそうにするククーナ嬢。何だ、一体どんな怠惰な性格になっているんだ? 怠け者皇子? でもそれだと悪役としては……
 
「あー……傲慢な俺様強い! 一番! な皇子です、言うなればアホ……独裁者ですね」
「今アホって言ったよね、ハッキリと聞き取れたよ? ……うわ、でもあー、マジかそれ……ちょっと全く実感湧かない」
「私も傲慢な我が儘令嬢ですけど、クーナ? の周囲の評判とは全く違うんですよねー……皇子は似ても似つかない性格だし」 
「っていうか何でそうなったの? 何がきっかけで僕達は悪役になるの?」
 
 知りたい。流石に「わーっはっはっ! 我に逆らう民など不要! 愚民は滅べ!」とかいう? タイプに僕がなるとは思えない。
 一人称が俺様っていうのも……ないない。そんな態度取る方が後が面倒……ないない。
 後名前のクの数が一つ足りてないよ……と言おうかと思ったが、記憶力の無さがヤバい僕が言えた義理ではないか。
 言わないでおこう。
 
「ヤバい何かを手に入れたら終わるんですよ、私達」
「……ヤバい何か? ヤバいことしか分からない」
「私がこう、もやややーんどぉうわーーーっとしたヤバいのを手に入れたらもれなくルーも悪に染まるんです」
 
 そこまで聞いて分かった。
 
「……?」
 
 何も、分からない。
 対策を講じようにも恐らく、二人して問題の将来に関し──何も分かってないことだけが……分かったのだ……。
 
 
 
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