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第一章「悪役の運命」
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しおりを挟む対策を考えることすら出来ない、それはつまりククーナの死と悪役の誕生を意味している。
このままそのゲームとやらが始まってしまえば、自分の望んでいない結末を向かえてしまうのだろう──
しょぼい風魔法を使い、とても長すぎるマントの中で手を使わずメモを取りながら、必死に記憶力の無さをカバーするシルヴィ。
彼は日常から危険視される程の記憶力の無さを隠す為、常に髪ファサアをさせては乙女ゲームイケメンあるある「謎のそよ風」を発動させている。
これがなければ彼は会話すら(忘れすぎて)まともに成立させることさえ出来ない。
その為、必ず誰かは問い質したい思いに駆られるのだ。
「あの殿下何でいつも髪ファサアしてるんだろう」
と。
しかし、そんな野暮な質問が出来る立場の者はそういない。ましてや未来の皇帝に「謎のそよ風」を質問するなど、あってはならない不敬。
断頭台に立つ可能性がある以上、そう易々と訊けるものではないのだった……。
そうして謎のそよ風の正体を知る者が皇帝、皇后しかいない中、死に物狂いでククーナと話した内容を整理し終えたシルヴィは一息つく。
◆◆◆
──ヤバい、会話内容を覚えることに必死になりすぎて他を忘れそう。
両立という両立が苦手すぎる、これは大問題だ。
散々弟からも指摘されてきたことだというのに僕は今……何を訊けばいいのか、分からなさすぎてアレのソレがすぐに出なかった。
あ、咄嗟に思い付いた質問だけどこれにしよう。
屍のようにソファで仰向けになり脱力している彼女に言う。
「……ところで、聖女は誰かを選んで僕を救うと言ってたよね? まさかとは思うけど、一応念の為訊くよ? 最終的に皇后になるとか……無いよね……?」
この帝国で聖女というのは、教会がしん……神託……を受けた後に登場する千年に一度あるかないかくらいの奇跡だ。神の使い……みたいな……何かとも呼ばれていて、とんでもなく地位が高かった気がする。うろ覚えだけど。
まさかそんな人間国宝だからって恋人がいるかもしれない人を皇族で囲い込もうとしないよね、いくらなんでも──そんな不安を的中させるかの如く、ククーナ嬢が答える。
「皇后……になったかは分かりませんけど、どの男性でもリードと仲良しです。確か、こう、スチルきらきら愛の囁きみたいな」
スチルきらきら愛の囁き。
その言葉がとても気になって仕方なかったがそれよりも愛の囁き……だって……?
つまり、物語が終わった後に皇后になった可能性は誰を選んだ先でもあると。
側室に向かえるにしても、恋人がいる人をー……? えぇ、嫌だなあそれ。
別の悪役が誕生しそうで怖いよ。
「あー、あー。他に……何か、覚えてることとか、無いのかな?」
同類な時点で無理な期待だが、状況が状況なだけに期待を込めずにはいられない。
「……悪の道に走るのはヤバババーンなそれのせいで」
「さっき聞いた。驚く程分からなかったし、というかバの数多くなってない?」
「んー、でも後は……」
「せめて僕がラストスパートだか何だかになった元凶とか、何か無い?」
お先真っ暗で風前の灯火になっている僕の頭。
決して知識的な意味ではない。
決して。ソレがそういうアレではない。
新しい言葉は難しいね……。
目の前にある紅茶は既に冷めている。それくらい、時間が経っていたようだ。
ククーナ嬢がソファの背もたれに向かって寝返りを打つ。
「ラスボスですね。それだったら私さくっと殺れば解決ですよ、元凶私なんで」
どうしてそこまで生きる気力が無いのか。
分からなくもないが、にこっと笑って言ってのける彼女を見て、同類ながら決心する。
(……とりあえず彼女の生きる気力の無さをどうにかしよう)
ヤバいくらいに面倒な案件だが、一番の面倒事はククーナ嬢がそのゲーム通りに死んだ場合だ。
聖女を我が物にと画策する皇帝を前提に考えると、帝位継承権争いが勃発する可能性が高い。
ガーラ帝国の皇族は、産まれたその日に誕生祭で神託を受け、神からミドルネームを与えられるのが通例。これは庶民や貴族には与えられない特別なものであるとされている。
僕が『クイント』だったから皇太子に選ばれてしまい、弟の第二皇子ゼアはミドルネーム『ユニコント』だったが為に帝位継承権第二位になったのだ。
それさえ無ければゼアの方が完璧な皇子であることは明白だし、きっと皇太子に選ばれていたことだろう。
妹四人、弟五人と多すぎて詳しくは思い出せないが、女性皇族は継承法の適用外の為、ミドルネームはほぼほぼお飾り。まず争いに巻き込まれる心配は無いだろう。
確か、男性皇族が全員死亡した場合のみ女帝になれるような感じのはずだし……それに、弟と父上が強すぎてその可能性は限りなく無いに等しい。
だからこそ、面倒な予感がぷんぷんしている。
聖女との結婚は、ミドルネームよりも帝位継承に響くのだ。
僕を皇太子にしたいなら婚約者がいなくなった時点で聖女を押し付けてくるだろうし、そうじゃなくても我こそはと帝位継承権第一位の座を勝ち取る為、派閥を優勢にする為に何かしらの悪事へ走る者が出てくることだろう。
あっちも胃痛、こっちも胃痛、じゃあククーナ嬢と毎日エンジョイして人生を謳歌した方がめんどくさくない。
当分の目標を決めた僕は大きく息を吸って、吐く。
吸って、吐く。
頭を落ち着かせた僕は気を紛らわしたくて突っ込みを入れた。
「ひとまず……リードって誰」
「あれ、違った? ラーニングじゃなかったっけ?」
更に遠ざかる人物の名前らしき何か。
その何かに思い当たりすっとんきょうな声で聞き返す。
「え? まさか僕? 僕のことなの?」
「はい」
何てことなさそうに答えられてしまった……。一文字も掠らないんだけど。
「ええ……シルヴィだよ、シ・ル・ヴィ」
「分かってますよ。ナンナの婚約者でしょう」
唇をゆっくり動かして正しい答えに扇動するも、虚しく散る。
誇らしげに自分の名前さえも間違える婚約者を前にして、頭を抱えない者がいたなら是非教えてほしい。
ご教授のソレを願いたいです──……
「自分の名前くらいは覚えてーー!」
◆◆◆
目を閉じて微動だにしなかった時の皇太子は、正に不自然だった。
いつもの髪ファサアはもはや突風と化し、彼の周りにだけ強風を呼んでいたのだ。
(嵐を呼ぶ悪役皇子。……ちょっと格好悪いかも)
この時シルヴィはククーナを失った場合の面倒事を考えていただけであったが、ククーナの目には台風の中傘も壊れて髪しか飛ぶものが無い悪天候の被害者として映っていた……。
翌日、皇太子に明確な変化が起こった。
あろうことか外に出ることも面倒だと感じる少女に庭で話さないかと持ちかけてきたのだ。
勿論ククーナの答えはNO。返事を返すまで一秒もかかっていないだろう。
その次の日も、更に次の日も連絡無しに彼女目当てに訪ねてくるシルヴィ。
「折角の人生なんだから楽しもうよ、面倒事は避けてさ」
生きる楽しさを得てほしいと願ったシルヴィの手により、庭へ強制的に連れ出された少女。
少女は、不機嫌だった。
「殿下。……十歩以上なんて、歩きたくないです」
一歩を踏み出す労力をも惜しむ、ククーナ。
ごくりと唾を呑む。
これ程までの怠惰魔が、悪役になったらどうなってしまうのだろうと……。果たしてその時自分はどんな傲慢皇子になっているのだろうかと……。
シルヴィは事の鬼門さに頭を抱えていた。
「ま、まぁ、そんな日もあるさ……では、僕が抱えて運ぼうか? 婚約者なのだし」
「じゃあお願いします」
「えっ」
あっさりと了承する彼女に驚きを隠せなかった皇太子。そこまで動くことすら面倒なのか……と共感と呆れを交え、庭で会話する時には持ち運ぶことが決定。
内心、ふわりと当たる髪にそこそこ秀麗な美少女の顔が近くにあることから気が気でなかったシルヴィだったが、未来の面倒事を回避する為だと己に言い続けることで気を持ち直した。
お互い自分の欠点を隠せていないのに隠せていると自信過剰に思い込んでいる二人の日々は、案外平凡に過ぎていった。
(ククーナにとって)甘い言葉を囁いては好きなものを当ててみせようとプレゼントを贈っては失敗し、ドレスは面倒でもアクセサリーなら大丈夫だろうと贈っては失敗し、なら甘いケーキならどうだと一流のパティシエに作らせてみたものの反応が乏しく、それでもめげずに頑張る皇太子。
彼女の返答はさておき、ビターミネント公爵家の者達は当然色めき立った。
「皇太子殿下がお嬢様に首っ丈だ!」
噂はすぐに広まり、社交界でも広がるようにして広がっていったらしい。
病弱と偽り「身体が弱くなったから表舞台に出ることは無くなった令嬢」と噂を作り上げた成果によりお茶会も全てやり過ごし、あまりにも移動範囲が狭かった為何事もなく向かえてしまった十二歳の誕生日。
引きこもり真っ只中の少女へ異を唱える者が現れた。
公爵であるククーナの父親だ。
「ククーナ……一体どうしてしまったというんだ」
シルヴィや顔見知りのメイド以外は無礼な態度を咎めるに違いない──その思いがある限り、両親に対してまだ喋る気は無い少女。
叱られる=面倒なのだ。全てのベストは虚無。虚無なのである。
首を傾げて彼女は疑問の意を示した。
「……?」
「まだ喋れないのか……可哀想に、余程あのことがショックだったんだな……すまない。私が不甲斐ないばかりに、お前に嫌な思いをさせてしまった」
少女の自室にある大きなベッドの前で申し訳なさそうな表情を浮かべるビターミネント公爵。
どうやらメイドが何も伝えていなかったのか、ショックで声を出すことが出来ないと勘違いをしているようだった。
あのこととやらが何なのか分からなかった少女は、分からないことは考えないでおこう、とそれを頭から外へと追いやる。
「だが、シルヴィ皇太子殿下がお前を溺愛してくださっているのは分かるだろう?」
見てても分かる、と言いたげな公爵に対し顔をしかめるククーナ。
「?」
「いい、いいんだ。私は分かっているさ、照れ隠しで頑なに外へ出ないんだろう」
「……!?」
雲行きの怪しさに思わず身構える。
「図星か。懐かしいな……私も若い頃はククーナと同じで、彼女と目を合わせることさえ恥ずかしくなってな……同じことをやらかしたものだ」
謎の語りが始まり、少女は喋ろうか悩み出していた。
しかし公爵の語りは止まらず、両片想いの前提条件さえ覆ることなく語りが続く。
「それでも彼女はめげずに私に会いに来てくれたのだよ……そう、丁度今の殿下のようにな」
過去の自分達と重ねる両親の姿は流石のククーナにも衝撃が大きかったらしい。
口を開けたままぽかんとする。
「しかし、お前は私よりもシャイなのだろう? 大人が手を貸してやらねばと思ってな……速やかに手配しておいた」
一体何を──訊く前に、部屋の扉が開く。
「初めまして、ビターミネント公爵令嬢。我が父から頼まれまして貴方の外出のお手伝いをさせていただくことになりました、三大公爵家が一つスイートヘリー公爵次男、オマット・スイートヘリーです。よろしく」
ククーナに手を差し出して柔らかな笑みを浮かべる少年。
現れたその少年は、発色の良すぎるオレンジ髪、輝きすぎて光を放っている水色目を持つ……後に天才魔術師と呼ばれるくるいけの攻略対象で、間違いなかった。
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