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第一章「悪役の運命」

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 一週間後、時は満ちうんたらら。
 皇太子と未来の皇太子妃が夜会に出席するという天変地異の前触れのような話は瞬く間に広がっていた。
 やれ「遂にお目にかかることが出来るのか、噂のお二人に……!」やら、やれ「ああどうしましょう! ご挨拶したいのに体調が心配で出来そうにありませんわ!」やら。ラブストーリーを形成した社交界の者達は総じて野次馬根性を募らせていき、既にシルヴィ×ククーナのファンクラブが結成されていた。
 前世同様、くるいけ二次創作として皇太子×悪役令嬢という組み合わせが現実でも流行りだしているのはもはや奇妙としか言いようがない。
 ガーラ帝国城内にある玉座の間。力強く、荘厳なインテリアが施された造りは流石洋風ファンタジー。世界観の外観だけは無駄に大切にしているようだ。
 その巨大な玉座の前で、耽美な容姿と毒舌を併せ持つ第二皇子ゼアは父親である皇帝へ意見を求めた。
 
「父上……初ではないですか? 兄上が婚約者と共に出席するというのは」
「ふむ。そうだな……あのシルヴィが大人しくビターミネント公爵令嬢を連れてくるのは珍しい。しかし良い機会ではないか? お前にとっても、シルヴィにとっても」
「それはそうですが。少しばかり不安ですね、我が兄ながら何を考えているのか分からないもので」
「あやつの考えを読める者はそうおらん。今回の出席は珍しいことではあるが……例の症状が軽くなってきたのやもしれんな」
「兄上の婚約者の、ですか。ふむ……」
 
 今まで断ってきた社交界への参加。理由はいつも同じ「婚約者が病弱だから」である。
 普通なら疑われるであろうこの理由も、ビターミネント公爵の誤解により真しやかになっていた為、特に疑われることもなく継続していたのだ。ククーナは喋れなくなってしまったのだと……人前では生まれたての小鹿のように震え、怯えきって余計に体調が悪化するのだと……。
 残念ながら実際の彼女は何事にも動じない(物理)なのだが、それを知る者はここに誰もいなかった。
 
「今宵は楽しむがよいゼア。件のことは考えるでないぞ」
「有り難きお言葉」
 
 ガーラ帝国を毎年騒がせている当の本人達はどうしているかというと、
 
「ドレス着たくない……」
「我が儘言わない! 社交界! 社交界だから!」
「寝巻きが良いです」

 ドレスを嫌がる公爵令嬢vs説得したい皇太子の熱い闘い()が繰り広げられていた。
 そもそもの話、踊れるのか? という疑問をオマットもシルヴィも抱いていた為、試しに社交ダンスを練習することにしたのだがククーナが頑なに練習するならオマットが良いと譲らず、これに対し皇太子は反発。
 結果的にオマットが仲裁に入り、「よくよく考えてみればククーナ嬢の体力的に無理では?」と言った為、二人揃って「確かに」と息を揃え「病弱で押し通そう」という結論へ落ち着くに至った。
 言葉遣いの問題に関しては無口で押し通せるので除外し、作法はスパルタ式なオマットの授業でどうにかすることに。
 
「そこ! 角度が違う」
 
「足の動かし方がまるでなってない!」
 
 しかし面倒臭がり屋の彼女が少しでも簡略化しようものならすぐお咎めが入るので、段々とククーナの顔がしかめっ面になり「……一度くらい良いじゃないですか。許さないなら止めますよ?」と投げ出しそうになった為、熱が入りすぎていたオマットは「申し訳ない」と秒で謝罪。
 とりあえず形だけそれっぽく見える程度で妥協をし、見事見かけ倒しな作法が完成した。
 
「にしても何で急に出席……? いや、父上達は喜んでたみたいだけど」
 
 あまりにも突然の手のひら返しだったからか、納得出来ていない面持ちなシルヴィ。
 これに対しククーナ、ドレス選びを回避しながら答える。
 
君に会いたい、ただそれだけです」
「目的はゼアかー……っ」
「だったら尚更、ドレスは着た方が良いぞククーナ嬢。あの方は誠実性に拘ると聞く。服装も厳しく確認してくることだろう」
 
「……姑……?」
 
 現実の第二皇子への期待値が少し下がる。
 実は彼女のくるいけ唯一の推しがゼア=ユニコント・ガーラなのである。
 だからこそ会ってみたいという思いもあれど面倒が積み重なってはその前に動く気力を失くしかねない。
 彼女の面倒ゲージがカンストしないよう、二人は細心の注意を払って説得を続けていった。
 
◆◆◆
 
 ──どうにか間に合った……。
 
 ドレスを着て貰わなければ参加することすら出来るか怪しく、不安で押し潰されそうだった僕の胃は崩壊寸前の手前で何とか繋ぎ止めることが出来た。
 ただ、気に食わない点が幾つかある。
 ドレスやアクセサリー選びの時悉く僕の選んだ物を選ばず、自分で選んだこと。エスコートをかなり嫌がったこと。
 
 いや一人で堂々と現れる皇太子妃(予定)って何?
 
 絵面もヤバければこちらの体裁的にもヤバい。
 というか気のせいか、前より僕への態度がかなり雑になってきている気がする。一体何があったんだ……いや、オマットが何か言ったとかちょっと考えたけど、流石にそれで「はい」って頷くような子じゃないしなあ……。
 
 少しずつ彼に対し嫉妬心と警戒心が上がってきてはいる。けれど彼自身がよくやってくれているのは知っているし、魔法の天才ともあれば利便性的に彼女が頼……頼……ってる? のも無理はないだろう。
 作法とか教えるに僕は適してなかったからね!
 流石に大勢の前でメモを見るのは無理だと踏んでいる僕はメモを部屋に隠し、己の記憶力に身を委ねた。
 
 ていうか今更だけど、隠しキャラであるゼアと会わせて大丈夫なんだろうか……?
 
 悪役になるきっかけ待ちとはいっても、ゲームはこうしている間にも進んでいるのかもしれない。どう動くのが正解なのかが今一つ分からなくなってきたからと居間にあるソファーに座って足を組み、彼女を待つ。
 
「皇太子殿下、お待たせ致しました。お嬢様の支度が整いましたのでどうぞこちらへ」
「ありがとう」
 
 こつこつ、とヒールの足音が響き現れた彼女の姿に思わず息を呑む。
 きめ細かな肌を引き立てるピンクの口紅、発色の良すぎる黄緑髪を落ち着かせてくれるラベンダー色と黒色が混じり合ったドレス。アクセントとして選んだアクセサリーは三日月に象られた水晶のネックレス。
 その姿はまるでククーナ・ビターミネント公爵令嬢そのものを表しているかのようだった。
 
「……凄く、綺麗だよ。ククーナ嬢」
 
 お世辞ではなく本心だったのだけど、彼女には通じなかった。
 というより無言だった。
 
(あ、そっか人前じゃ喋らないんだったね……)
 
 理解をしても何か違和感を感じた。
 目線から向けられている意味は好意でも納得でもなく、冷めきったような厳しいものだったから。
 
◆◆◆

 急にコスプレしてイケメンごっこをしている弟が登場したものだからついドン引きしてしまった。
 
 聞きました奥さん?
 先程殿下ってばゲームの回想シーンを見事再現してくれちゃったんですって。
 未来の悪役姿でも台詞の再現。お疲れ様です。
 
 キラキラオーラのせいで背景の公爵家すら乙女ゲームの背景により近いものになっているのがこれ又現実味の無いことよ。
 ともあれ思い付かなかったから面倒で未来のナンナの格好を再現したのは成功したみたい。やったね。
 考えなくても似合うデザインが用意されてるのは流石黒幕。悪役ってデザインが良いのが取り柄な気もする。
 
 馬車……で目的地に辿り着き降りると、がいた。普段魔法使いですーって言わんばかりの青色の装飾がされたフードつき白いローブに黒ジャボタイに白いブラウスと黒キュロットって格好だったのに、今日は黒と青のロングコートを着こなし、首元にはシルバーのアスコットタイととにかくお洒落。いつものも似合ってるけど。
 
「ほら行こう」 
 
 殿下に手を差し出され渋々苦い顔をして嫌々三歩進む。
 こちらに気付いたが私の顔を見るなり目を逸らし、やや明後日の方向へ視線を向けて話しかけてくる。
 何故目を合わせないのか不思議──ああ、そっか。皇太子の婚約者として来てるから易々と話しかけられないんだな。
 立場を考えれば……、そういえば位の高い貴族なんだっけ。忘れてた。皇族とかのルールってほんと面倒で嫌すぎる。私は今も彼の移動魔法を欲しているというのに。
 反吐が出る面倒パレードな夜会出席を今からでも辞退しようかと思えるほど私の心は無気力にさせた。
 
「……殿下、ククーナ嬢。今日はまた一段と二人ともお美しいですね」
「それはお世辞かな? なんてね、オマットも格好良いよ。楽しんできてね……エスコートする相手は?」
「生憎、婚約者がいませんので」
「あ。ごめん」
「いえ……では私はこれで」
 
 去り際にちらりと口パクをして何かを言っていたような気がする。
 よ・え・あ・か……呼べば駆けつける?
 ありがとう現世のパシ……友! 
 ほぼほぼ殿下に抱っこされながら素晴らしきパシ……友達に感謝し、面倒になったらすぐ呼んで帰ろうと誓った。
 
「……ねえ、ちょっと体力無さすぎじゃないかな?」
「…………」
 
 結局会場に着くまで抱っこしてもらったのだけど、これでは目立つ。分かってる。抱っこされながら登場──……弟とバカップル認定される……?
 無数の鳥肌が立ちそうになり自力で歩くことを決した。前世の仲は喧嘩しながらも仲の良い姉弟だっただけにそれは……それは辛いものがある。
 そそくさと降りると殿下が安堵した表情で目を閉じていく。
 
「良かった……流石に会場でも抱えたままだとキツかったから……」
 
 中世とかのドレス、かなり重そうだもんな。
 実際に今も重量を体感しているこちらとしては終わるまで辛いんですがそれはどうすれば。
 ともあれ殿下が扉を開くと、予想通りかなりの視線を感じる。会場全体に注目されているのだろうことは手に取るように伝わってきた。
 
「まずは陛下にご挨拶しないとね」
 
 嫌だという顔をしそうになったけど、今の私は病弱でか弱い令嬢なので大人しく静かに頷く。
 ……相手弟なのに挨拶……?
 複雑すぎる心境でも踏ん張れとどこかで誰かが言ってた気がする。踏ん張る気力はどこから調達すれば。
 なんて胃痛にも似た苦痛を味わっている内に豪勢な椅子に座っている王様……皇帝陛下の前まで来た。
 凄い髭だなあとボーッとしていたら「挨拶の作法は?」と小声で注意されたので、スカートの裾を摘まんでそれっぽくお辞儀する。
 
「陛下、此度は突然の参加にも関わらず承諾してくださりありがとうございます」
 
 顔を上げたくなったけど「やめて」と懇願されたのでこのままどうやって寝ようかを考えることにした。前世でお辞儀したまま寝る方法を習得しておけば良かった、なんて後悔をしながら聞き耳を立てる。
 
「よい。顔を上げよ」
 
 威厳たっぷりのおじ様ボイスに釣られて顔を上げてしまったけど今度は大丈夫だったみたいで、特に何も言われなかった。
 
「そなたがククーナ嬢か。見るからに元気が無さそうだが」
「…………」 
 
 そうですね。挨拶なんて面倒なことより推しを見て帰りたいですね。
 
「大丈夫だそうです。初めての出席なので緊張しているのかもしれませんね」
 
 勝手に曲解しないで貰えます?
 じっと殿下を見つめる。陛下にとってはこれが「早く殿下と回りたいです!」という催促に映ったのか「そうか。お前達の仲が良いというのは本当のようだな、思う存分楽しめ」とを持たせた笑みで会場へ戻されてしまった。
 これがガーラ皇族、曲解なんて当たり前……流石悪役が生まれる血筋。悪役の素質が代々あったのかもしれない。
 ゲームでは皇帝はモブだったので描かれることはなかった。皇帝があれほどゴツいおじ様ボイスなら受けも良かったろうに、などとくるいけの作者に「勿体無いことを」と毒づく。
 
 そうこうしていく内に挨拶回りが始まった。
 けどこれが一番大変で、誰かが挨拶しに来て殿下が挨拶を返し、お辞儀をしてと(喋らずとも)回数が多すぎて疲労を蓄積するに十分すぎるものだった。来る度に「お二人のファンです!」とか言われたのも余計にストレスに拍車を掛けたと思う。
 ダンスは予定通り病弱だからで通したものの、二人して息ぴったりに城の外にあるベランダへ出て深呼吸をする。

「……ヤバくない……? 多すぎ……」 
「分かる……無理……」 
 
 はーっと深く溜め息を吐く。
 前世の時もるうと似たような愚痴大会してたなあ、なんて壁にもたれ掛かっていると足音が聞こえてきた。
 誰が来たのだろうと警戒心を強める私達とは裏腹に、笑顔を向ける少年一人。
 きらきらした金髪に紺色の瞳のポニーテール少年……私の推しのケアだ。
 
「兄上、お疲れ様です」
「ゼア……君も休憩してたの?」
「そんなところです。で、そちらが噂の」
 
 ペコリとやってとりあえず喋れないアピール。
 
「……ああ、喋れないんでしたっけ? 可哀想なご令嬢ですよね。兄上にいつ見捨てられてもおかしくないのにまだ婚約者だなんて」
「……ゼア」
 
 あ。大丈夫ですよ殿下。推しの毒舌、罵りはよく理解しているので。というか本当に姑だ。
 無表情、そして何事もなかったかのように振る舞う。ケアルートはこれがよく効くんです、なんて目だけで伝わる訳もないか。
 案の定読み取れなかった殿下が強く言う。
 
「言っていいことと悪いことがあるよ、ゼア。彼女に謝るんだ」
「へえ。そんな震えて役に立ちそうにもない婚約者を……」
 
 笑い飛ばそうとしたみたいだけど私が全く震えていなくて動じてないことに気付いたからか、推しは一瞬目が泳いで言い直した。
  
「……兄上にはもっと相応しい婚約者がいると思いますけどね。今日だって本当は何か企んでいたんでしょう?」
「いや、あのさ……ゼア……?」
「貴方が出席するだけで派閥の動きが変わる、それはよくお分かりのはずですよね」
「……っそれは、……」  
 
 よく分からないけど殺伐な展開が繰り広げられてることは私にも分かる。けど推しの動揺とても可愛かった。やはり観賞用の推しは現実にいても、良い。
 シリアスな気配はする。ただ困ったことに私にはそんな突っ込む気力も関わる気力も無く、見守るだけしか能がない。
 
「それに、魔力の無い者といつまで婚約するつもりです? ……ああ、兄上も無いんでしたっけ? これは失敬」
「な、何でそれを──」
 
 彼のルートでは殿下とのいざこざがメインに描かれる。自分の方が勉強も、魔力も、何もかも上手くやれるのにミドルネーム? が兄の方が優れているというだけで皇太子に選ばれたこと。実際には確かに彼の方が何事にも長けているのだけど、周囲はそれに気付かず兄を完璧と称した。
 常に比べられ自尊心が削られ、自分は本当は駄目な奴なんだろうかと──そう思ったところにヒロインが登場し、ヒロインの相談を聞きお礼を言われていく内に自信を取り戻していく……毒舌なのは自信の無さの表れ……。
 魔力を持った殿下だったら負けてしまうということを分かっているからこそ、魔力の無い今に言いたくなったんだろうな。
 うんうん、と感心していると皇子二人に凝視されていた。どうして。
 
「…………」
「……?」
 
 君って奴は……と呆れられた目線をるうに送られた気がする。けど見て欲しい。推しが又しても動揺している、これはもう観賞用に丁度良すぎる話題。
 気にするだけ無駄と判断したらしい殿下が視線を戻して皇子に訊く。

「それ、誰から訊いたのかな?」
「さあ誰でしょう。あー、でも魔法が得意な兄上と同年代の者とだけ言っておきます。じゃ」
 
「……えっ?」

 というと、かな。
 何だか既視感を感じ、記憶を出来うる限りで辿ってみると本編での雑談の台詞に「昔、殿下とは少しばかり衝突してな」というものがあったことが分かった。
 つまり流れとしてあるものなんだろう。まあ本編では仲が悪くなかったはずなので、放っておいても和解するし問題はない。良かった勝手に和解する奴で。
 
 放心している殿下の肩を叩いて会場に戻ると、私達が戻るなり会場内が静まった。
 ひそひそと何かを言って……あ、これちらっと出てた「魔力が無かったから、僕達は二人揃って見下され、馬鹿にされたんだ」っていう台詞の詳細だったりするのだろうか。
 社交界だと噂が広まるのも早いと聞くし。恐ろしいですね奥さん。
  
「……何で……」
 
 言っている内容が分かったのか、殿下が俯いて私の手を握ったまま移動していく。
 流石の私もあの厚い手のひら返しには驚いた。これが運命の強制的なそれ……ゲームの強制力? なのかも。
 階段を降りたところにいるが見えたので呼ぼうとするとぐいっと後ろへ力強く引っ張られた。
 
「何で呼ぼうと思うの」
 
 るうの見たことの無い苦痛に歪められた表情。
 悲しみ、失望とかが混じった顔は何だか、逃げるように手を振り解いた。
 
「…………」
 
 唇を噛んで悔しそうに走り去っていく殿下を見送ってフル無視して移動した矢先、目が合った彼に口パクで伝える。
 
(か、え、り、た、い)
 
 驚いたように目を見開いた後、辺りに殿下がいないことを知って頷いてくれた。
 殿下がいるなら一緒に帰った方が良いと思ったのは分かるけど、あの殿下と一緒にいては駄目だと直感が囁きかけ……た訳ではなく、やはり馬車より魔法。魔法が良いと思ってつい。
 
 ──でもまあ、様子が変だったな。

 としては殿下といるべきでも、私は私だし。
 今の殿下移動魔法使えないし。
 利便性は大切。ここは譲れない。
 
 何か準備を終えたらしいがこちらへ駆け寄ってくる。
 
「俺の姿と声を見えないようにした。だから黙って着いてきてくれるか、一人で移動しているようにしながら」
 
 瞬きで返事を済まし、階段を降りてホールへ出る。そこから外へ出て庭園の中へ入ったところで彼が立ち止まった。
 
「……先に言っておく。あれは恐らく、陛下の悪ふざけだ」

 もう声を出しても大丈夫だと言われたので疑問に思いながら茂みに隠れて言葉を返す。
 
「皇帝陛下ってそんなことするんですね」
「どう行動するか試すことが時折あるんだ……だから、俺と殿下を試している可能性は高い。純粋に反応を楽しみたいだけかもしれないが」
「へえ。じゃあとりあえず帰りましょう、もう動きたくないです」
「……変わらないな、ククーナ嬢は」
 
 疑わないのかという疑問に対して「裏切るのは未来の私なので」と返すと静かに微笑んだ。
 静かに微笑むということはそれなりに……彼も落ち込んでいる……? 落ち込んでいるという事実に衝撃を受けながら、励ます労力が無い疲労しきった身体では無理だと判断し、その日は大人しく公爵邸に送って貰った。
 それでも何だか不安だったので寝る前に去ろうとするボムットの服の裾を掴む。
 
「あの」
 
「……どうした?」
 
 えーと、こういう時って何て言えば良いんだろう。励ますという行動を前世でもあまり労力的にしなかったから分からない。
 とりあえず思い付いたことを口に出した。
 
「一緒に寝ません?」
「……励ましなら今は──っん……!?」
 
 何か不味いことを口走った気はしないでもない。
 
「寝ません? 今ならもれなく安眠用に子守唄付き。お得ですよ」
 
「……っふ」
 
 思い切り笑い出して息を整えた。
 励ましが思いの外成功したらしく、先程よりすっきりした顔立ちになっている。良かった。
 
「──一緒に、は流石に無理だが、その気持ちは有難い。ありがとう」
 
「いえ。これからも家に来てくれますよね?」
「……殿下が来なくなるのでは」
「多分私も絶賛喧嘩中なので。どの道来ませんよ……それに」
 
 貴方が来なくなったらいよいよを持って気力全部失くなります、と伝えると焦ったように来ることを約束してくれた。

「では、……また明日」
「ありがとうございます。のんびり待ってます」

 一先ずはこれでよしとしよう。
 
 目が覚めた翌日の朝。
 久々に自分から目を開ける。
 豪華なベッドも、横にある謎のデザインをした可愛くない人形も、窓に広がる風景も、私の住んでた世界とは何もかもが違う。
 
 誰も来なくなったら私の人生、家で過ごすか悪役直行な気がするのに気力が未だに前世以下。
 推しに会えば変わるかと期待を持って挑んだ面倒な夜会も「お預けになってただろう過去のイベント(推定)」が発生して、ただ喧嘩が勃発しただけに終わった。

 上手くいかないなあ。
 気力さえ前と同じに出来れば、少なくともるうと和解をする労力はあるのに。
 無意識に溜め息が出ていく。流れ落ちた黄緑の髪さえもどことなく沈んでいるように見える。
 
 そういえば──こんな風に落ち込んでた悪役令嬢が溜め息を吐くシーン、無かったっけ?
 
 背景の場所も覚えてないけど……ひょっとしてイベントが発生した今なら行けるのでは……?
 確信を持てないまま、脱力した手足をどうにか動かして起き上がり公爵邸を目を瞑ったまま探索していく。
 
 私なりに考えたのだ──覚えてないなら目を瞑って探索すればその内見つかるのでは! とか。
 
 まあ今の私が悪役になる運命なら暗闇でも見つかるんじゃないかな(雑)に考えて足を進めていった、はずなのに途中から妙な感覚に囚われた。
 
 ──浮いてる?
 
 ぐらつく足元に違和感を隠しきれず、目を開ける。
 視界が開けた先に映っていたのは公爵家ではなく……城内の何処かだ。嘘でしょ、と辺りを見回して頬をつねっても夢ではないのだと現実を目の当たりにするだけだった。
 こんな誰かの部屋のような場所、乙女ゲームにあった覚えてる限りの背景にも出てきていない。
 奥に置かれている絵画には見覚えがあり、定番の仕掛け「何かいつもゲームって謎解きで絵画の後ろにスイッチ用意するよね」を見つけてしまった。これは押すしかないと指に圧をかけ押していく。
 今度は真ん中に配置されていた王族専用っぽい椅子が動き出し、隠し階段が現れた。
 
「……なんて典型的な仕掛け……」
 
 作者も考えるのを諦めたのだろうな、と面倒臭がって思考放棄しただけでここに来た私が思うこと自体、説得力が凄まじい。
 
 階段を降りた先にあったいかにも古そうな宝箱を開けると、出ました。例のブツ。悪役の運命って凄い。
 ここに来て運命に感謝する日が来ようとは自分でもびっくりだ。

「寝よ」

 考えるのが嫌でその場で寝た結果、無事帰宅。
 目が覚めたらしっかりとペアリングを握ったまま自分のベッドへと戻っていた。
 
 そうして私は、ヤバいアイテムって呼んでいたものの正体である──『古代皇帝のペアリング』を手に入れることが出来たのだった。
 
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※次回からククーナ視点がメインになります。
相変わらず不定期更新ではありますが、よろしくお願いします。
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