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第三章「抗え本編」
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しおりを挟む振り向けばどうしたことか、見飽きた顔が二つこちらへとやって来る。
「おーいシルヴィー!」
「殿下、お待ちください」
──またか、またあいつらか。
一人は挨拶の時にいきなり「殿下って呼ぶの何かかったるいからさ、シルヴィって呼ばせてくれよ!」と友人関係でもない皇太子を堂々と呼び捨て、もう一人は「側近たる者、常に殿下のお側にいなくては」と候補という立場を忘れきっていた奴だ。
あまりの図々しさに我を忘れそうになったけど、その拍子に思い出せた。
図々しいを習得し、今も尚左隣をキープしている緑髪はわんこ属性攻略対象マカロ・ミルキー。騎士団長の長男。
まだ決まってないのに右腕気取りで右隣を埋めてくる茶髪はクール眼鏡攻略対象ベーシュ・チョチップ。宰相の次男だ。
いずれも発色が良い。
すっかり忘れていたが早めに探せばこいつらはすぐに見つけられたかもしれなかった。けど別に推しでもないし、ゲームの頃からこいつらは苦手だ。
オマットは婚約者が死んでからヒロインが振り向かせて結ばれていくが、こいつらの場合は婚約者がいる状態でヒロインとの恋愛が始まる。
つまり、浮気ってことだ。
可愛い婚約者が居て泣かせるなんて。大事にしろよ、未来の奥さんだぞ。
しかも別にヒロインと出会う前から問題があった訳でもなく幼馴染みだったり……家族のようだったりよく覚えてないけど……とにかく、彼女達側には悪いところは無かった。
なのにヒロインと恋人になる。
もう駄目だ。内容は覚えてないのにそこだけは覚えてて腹が立ってきた。
姉ちゃんと二人で対応出来る数にも限りがあることも踏まえると、出来れば出会いたくはなかったんだが……。
「はぁ……」
学園生活を迎えるなりすぐこの地獄は始まった。
何処へ行っても何処で何しようとも付き纏ってくる側近候補。イケメンになったからかどこでも感じる女子生徒の視線と黄色い声。
食堂でさえ休むことも出来ずストレスが溜まる一方だった。
(これを卒業するまでずっと……?)
無理だな。
本編が始まる前に頭痛と胃痛でどうにかなりそうだ。
婚約者の立場上、隣に座って食事をしている姉も、同じように疲れているのか中くらいにはなっていた食欲が以前のように少食に戻りつつあった。
サラダの端だけ食べてぼーっとしている。
「……大丈夫か? 姉ちゃん」
おーい、と小声で話しかけても無反応。
これはいよいよもって限界が来たのか──というのも、学園内では彼女からオマットやゼアに話しかけることが難しいからだろう。あの二人は姉にとって利便性が高すぎた、特にオマット。
さぞかしイケメンになっていること間違いなしの久しぶりの推し。その再会は俺も楽しみにしてることだ。
でも多分、周囲の目があるから話しかける機会をお互いに逃しちゃってるんだよな。同じ側近候補とは言え、マカロは騎士団の中で名を挙げているオマットのことを快く思っていないようだし……俺には話しかけても大丈夫だとしても、あいつがいるから遠慮している可能性は十分にあり得た。
悩ましいなあと対策を考えようとした時、姉が復活して目を開く。
さては面倒事が多すぎて寝たな?
「…………」
眉間にしわを寄せてるってことは、こうか。
「心配してる暇があるならあの二人どうにかして」
「ビターミネント、なんて言ってるんだ?」
「言葉がなくとも通じ合えるお二人ですからね、愛の言葉でも囁きあっているのでしょう」
「ラブラブだなあー」
姉弟で愛の言葉とか……止めてくれ。笑えねえから。
内心白い目を向けても表はちゃっかり笑顔。
シルヴィは薄ら笑いでも笑顔に見えるから便利だよな、顔の作りが。
眉目秀麗な設定に感謝を捧げ、食事を終える。
主に学園で出てきた勉強は現代日本のような科目が多いが、そこは流石魔法ファンタジー。実技の授業が組み込まれていた。
午前は剣術や体術を習うもの。
武器の扱いやアイテムの扱い方もここで出てきたんだが、前から持たせられていなかったことが不思議でならない。
皇族なら護身用の一つや二つ持っていても良いだろうに……そうすればあの時指輪を使わず、契約せずに行くことだって可能だった可能性はある。
強制力が働いて渡されなかったのか、シルヴィは魔法が使えるから大丈夫とでも思っていたのか。恐らく前者だろうが、後者ならシルヴィへの同情を深めるしかない。
午後の授業として問題の魔法授業があった。
しかし、姉とよく何度も指輪の使い方であーだこーだ言ってきた俺達に面倒の死角はない。
「それでは次、シルヴィ殿下。どうぞ」
「はい。その前に……ククーナ嬢」
軽い足取りで彼女の前へ行く。
俺達が魔法を安全に使うにはこれしかないと判断したのだ──
「君の温もりが恋しくて仕方ないんだ……(笑い出そうで辛いけど)少し抱き締めさせておくれ」
バカップルを演じる。
つまり、簡単に言うと前流行ってたらしいラブストーリー通りのシルククを演じようということだ。
「きゃーっ、殿下とビターミネント公爵令嬢のお二人の愛がこの目で見れるなんて!?」
「何て素敵なんでしょう……!」
「これがバカップル……」
周囲を噂話に夢中にさせ、その間にすかさず指輪をどうにかする俺達。
端から見たらククーナが一方的に抱き締められてる形だが、そうすればポケットの中に指輪を忍び込ませてもらうことも嵌めてもらうことも可能になる。姉は嫌そうな顔をしているが、腕の中にいるのだから多少のことじゃバレやしない。
強制力が強いことを逆手に取ったこの作戦。
成功する自信があるのは「強制力によって周りの反応が決まる」ことにあった。
ゲーム通りの設定に直そうとゲーム通りの反応が多いのだから、彼等にとっての俺達は指輪を常に嵌めている俺達ってことだ。
だとすればいきなり指輪を着けてても誰一人疑問には思わないだろう。
「ではあちらに見える的の中心部を狙って攻撃魔法を使ってください。事前に説明した通り、魔法石の使用は許可します」
シルヴィは全属性が使えるラスボス様だ。指輪が無いと魔力がからっきしだったなんて知らなかったけど……ただ、何回もこいつのせいで死んでメモする羽目になったおかげか適正や得意な属性は覚えてる。
得意なのは闇と風の二種類(多分)、苦手なのは光属性。ゲーム内では非道行為がバレていない期間──つまり誰かの個別ルート中盤まで闇魔法を使っていなかったはず。だとすると風魔法が妥当だろう。
軽く魔力を込めた片手を前に出して唱える。
「《突風》」
嫌々バカップルをすることで無事、魔法関連はすり抜け最初の一週間を乗り越えた。
移動手段が俺しかないからとバカップル演じるついでに乗り物扱いを姉から受け、疲れ続けていた俺。休みたい一心で休日は「絶対寝るぞ」と決めていた──はずなのに。
「殿下。ミルキー様とチョチップ様がお見えですが」
「…………」
休日すら付き纏うつもりらしい。
どんだけ図太いんだ。
これからククーナとデートなんだとか誤魔化すか……? いやでも、姉ちゃんも疲れてるだろうし。
平穏な休日にする為、お忍びとして城を抜け出すことにした。二人のことは執事に任せるとして折角の休日、やはりゆっくり出来る場所で過ごすのが一番だ。
とも言うのも学園内の生徒達からこんな噂を聞いたのだ。
「城下町の離れにある運動場がとても快適だ」と。
庶民から脳筋お忍び貴族まで満足しているようだったので様々なターゲット層を狙って成功した場所なのだろう。
前世で陸上部をやっていた俺としては気分転換に持ってこいな……一度はやってみたかった……乗馬レースも練習し放題なんだそうだ!
こりゃ行ってみるっきゃないと重い腰を上げ如何にも庶民的な装いで城下町へと出掛けた。
勿論護衛は二人程着いてきているし、本編でもヒロインとの逢い引きでお忍びしてたし? 恐らくこの発色をどうにかしなくとも大丈夫だと思う。
予想は大体合っていて、町に繰り出すなりじろじろ見られるようなことは無かった。
こんなに目立つ色でもお忍び格好をしている設定の影響力が強いということか、恐るべしゲーム設定。
「ここって何処だ」
「あ、この場所……俺知ってますよ。殿下こういうの興味あったんですね」
部下に知ってる奴が居るとは、なんて道案内に適している人選なのか。
面倒な説明をする必要もなくて良かった。
何事もなく辿り着いた運動場では、自分で走っている奴もいたり……剣の素振りをやっていたり……筋トレしてる奴もいたりと想像以上にむさ苦しい光景が広がっている。
別に脳筋ではないが、走っている人達を見ると走りたい気分はなくもない。元はと言えば高校の時、部活を決めるのが面倒で姉の幼馴染みに助言を貰ったのがきっかけだった。
脳筋からの助言は「運動するものがオススメだよ」という実にシンプルなもの。
あの頃はまさか義兄になるとは思ってもいなかったが……まあ今は元義兄か。
仲良くしてくれただけはあって、どこか寂しく思いながら過去のことだと割り切る。
そうでなければいつか足を掬われる羽目になってしまう。この世界に強制力があろうと、強制力の影響を受けていない間はここが現実。
気を引き締めなおして乗馬レースへ参加を申し込み、馬を決める為に厩舎へと足を踏み入れた。
「坊主、馬に乗った経験は?」
「無い!」
「ならこいつが良い。手慣れてない奴にも優しくしてくれる世話好きな馬だからな」
「へえ……」
何だか上手く言えないけど何処と無く凛々しい目をしている子だ。
恐る恐る鞍目掛けて股がり、上体のバランスを整えていく。初めてにしては上出来だったのか「乗る段階で諦める奴も多いんだが。やるな」と褒められ、素直に嬉しくなった。
「大丈夫ですか……? 怪我しないでくださいよ」
小声で心配する部下に大らかに微笑む。
「へーきへーき。おっちゃんの言う通り、この子優しそうだし」
軽く撫でて頭を擦り付けてくるのは気持ち良かったという表れだろう。心地良さそうな鼻息が聞こえてくる。
「もう懐かれたのか! じゃあ心配は要らないだろうよ、こっちだ。着いてこい」
「了解です。じゃ、また後でな」
部下と別れレース場へと移動する。
何回かやりたいが馬のことを考えるとこの一回だけで済ませた方が良いだろう。他にもこの子と走る初心者がいるかもしれないし。
着いていった先には広々としている整備されたレース場があった。コースはぐるりと円を描いたものと、ハードな曲線のものと幾つかあるようだった。
初心者と言うこともあり一周するだけのコースを勧められたが、皇太子という立場上そう易々と体験出来るものではなかった為、敢えて中級者向けのハードル走へ挑戦。
わくわくしながら対戦相手は誰だろうと待つこと数分、少女が隣に並んだ。
──女の子……? 乗馬が趣味な子なのかな。
見覚えのあるボリューミーな白銀ボブヘアにじろじろと見すぎたのか、挨拶をされる。
「初めまして、よろしくお願いします」
可愛い声にときめきそうな俺がいたが……初対面だし失礼の無いようにしないとな。
「こちらこそよろしくお願いします、経験者の方なんですか?」
「ええ。こういったものが趣味なので……女性なのに、変でしょうか」
「別に良いと思いますよ。変とかじゃなくてやりたいことやれるのが自分にとって一番ですし」
「……本当ですか?」
楽しんだもの勝ちだと思うけど……何か嫌なことでもあったのかな。
でもきっと、自前らしき乗馬服を着てる時点でかなり好きなんだろうし。
「人生一回きりなんだから、後悔しないように楽しまなきゃ。何か言われても無視無視。諦めるのは簡単だ、でも思いきって行動したら景色が変わるだろ? それを楽しめばいい」
深く考えずにもの言うのは止めろ、と散々言われてきて二回目の人生を迎えたのに今正に止められてない俺がいるくらいだからな。
止められないものは譲る必要もないし。
「それを、楽しめば……」
そんな真剣に受け止められるとちょっと恥ずかしくなってくるんだけど。
自分の手を見て何か考え事をしている彼女。
思い当たる節があったのだろう、控え目だった表情は今では堂々と前を向いている。
「準備はいいか?」
「はい」
「はい!」
「では……始めっ!」
互いにスタートを切る。
遅れを取った訳でもないのにいきなり差が開きつつあった。
──早い……っ!
ハードルを飛び越えて追い付くよう姿勢を前屈みにしていく。風に身を任せ、今乗っている相棒を信じるしか無いのが乗馬のネックでもあるが、醍醐味でもある。
あの子達は乗り慣れているし相性も良さそうだ。
何より、生き生きしてる姿が格好いい。
「俺達も負けてられねーな」
勝負は惜しくも敗北。
後もう一方のところでゴールを先取りされたのだ。
おっちゃん達から「経験者相手にあそこまで同等に走れたのは凄い」と励ましを受けたことを考えると、負けて残念がっているだろうと思われていたに違いない。
ただ不思議と悔しくはなく、走っている間の綺麗な景色や楽しさからだろうか。得れたものの方が大きかったように感じる。
レース場から出ると彼女が声を掛けてきた。
「あの、運動お好きですか」
質問の意図が今一つ掴めなかった為、疑問符を浮かべたまま受け答える。
「乗馬以外ってこと……でしょうか? 好きですよ」
「本当ですか! 良かったらその……と、友達になってくださいっ」
ああ。仲良くしたかったのか、なるほど。
勿論、と答えれば安心したように笑顔を浮かべる。
笑うと可愛いな、なんて思ったのはボリューミーすぎるボブの印象が強かったせいだ。
あのマシュマロみたいな髪……どこかで見覚えがあるような──思い当たった矢先、自己紹介をされ確信する。
「改めて、私はファズです」
ファズというのはファジィ・マシュフロ伯爵令嬢の愛称。
目の前にいるこの子は、俺が気になっていた……オマットの婚約者になるはずだったサブキャラだ。
「……僕はルビ。よろしくね、ファズさん」
応援ありがとうございます!
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