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三章 自慢の妹から手紙が届いたのですが
27話 知らされなかった話
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その日の午後。
窓から降り注ぐ太陽の光をいっぱいに浴びて、レイチェルは椅子に座ってゆったりと読書をしていた。
アレクシスが時々レイチェルの好みそうな蔵書を増やしているらしく、書庫へ行くと丁重な手紙とともに分かりやすい場所に数冊の本が置かれているのだ。
選んでくれた書籍はどれもが面白く、数時間で読破する時もあった。
「レイチェル様、何をしてるんですか!?」
「っ!」
不意に聞こえた悲鳴じみた声に、レイチェルはびくりと肩を縮こまらせた。
声がした方を見れば、コートに身を包んだライオネルがさも焦った様子で、開いた扉の前に仁王立ちしていた。
「あと数日で王宮に行くというのに、こんなお日様いっぱいの部屋でのんびり読書なんて羨ましい……! 俺はクソ寒い中、行きたくもない面倒な視察だったのに!」
ライオネルは早口で捲し立て、どっかりと床に座った。
高そうなコートなのに、と思ったがそんなのは瑣末事なのだろう。
「え、っと……?」
レイチェルが何も言えず困惑していると、ライオネルはそこでやっと人心地ついたようだ。
「はぁ……すみません、取り乱して」
小さく溜め息を吐き、疲れた様子で額に手を当てた。
伏せられたライオネルの瞳の下は、気のせいだと軽々しく言えないほどの隈が滲んでいた。
あまり眠っていないのか、はたまた面倒な事が視察をした現地で起こったのか、それとも別の理由があるのか十分に有り得る。
「大丈夫よ」
でも、とレイチェルは続ける。
「ちゃんと眠れてないみたいだけれど……眠くはないの? 何も予定が無ければ少しここで寝ていかない?」
「は!?」
文字通りライオネルは飛び起きるように立ち上がった。
「いやいや、いや! 何を仰ってるんですか!?」
そんな事は許されない、とやや丸みを帯びた茶色い瞳が言っている。
「今日は暖かいからお昼寝をしようと思ったの。丁度膝掛けもあるし」
言いながら、レイチェルは膝掛けをポンと叩く。
精緻な刺繍のされたそれは、体調を崩してはいけないからとここに来る前にクリスティナが持たせてくれたものだ。
「あの、レイチェル様。そんな事をしたら最悪、俺があいつに殺されるんですが……」
「え」
すると、ひくりとライオネルの頬が引き攣った。
なぜかガタガタと震えており、尋常ではない汗が額に浮かんでいる。
「大丈夫? 酷い汗だわ……それに顔も真っ青よ」
あまりの様子にレイチェルは慌てて立ち上がり、ライオネルの傍に寄ろうとする。
「ってゆっくり話してる場合じゃない!」
しかしそれよりも早く、ライオネルが数歩後ずさった。
ライオネルは部屋に入るのもそこそこに、けれどレイチェルの厚意を最大限に活かしつつ、暖かな日の当たる場所に移動した。
レイチェルが日向ぼっこしていた所から、丁度斜めの所だ。
「あれ、聞きました?」
「あれ……?」
こてりと首を傾げつつオウム返しに問い掛けると、ライオネルは深く長い溜め息を吐いた。
「聞いてませんよね! 知ってましたよ!」
がくりと膝を突きそうなところをライオネルは持ち堪え、内緒話をするように耳元に唇を寄せてくる。
「国王陛下がぜひともレイチェル様にお会いしたい、と」
「国王、様が……」
レイチェルはじんわりと目を瞠った。
グランテーレ王国現国王であるユリシスは、軍人としての顔も併せ持つ。
ひとたび戦地へ赴けば、的確な指揮で一国が瞬く間に壊滅すると噂で聞いた事があった。
しかし民の前に出る事はあまりない為か、即位して数年が立つ今も顔を知る者は少ない。
ある者はその白く透き通った肌と髪から夜叉王と呼び、またある者は戦地での行いから英雄王と呼ぶ者もいる。
レイチェルは殿上人とも言える立場の人間、それも国王に謁見するなど足元が竦む心地がした。
「ほ、本当に本当なの……?」
恐る恐るもう一度『国王様が?』と問い掛ける。
「ええ。しかと俺がこの目で、この耳で聞きました。どうやらというか、やっぱりというか……レイチェル様には伝えてないみたいですけど」
アレクシスに用があったため、視察を終えたあと王宮内にある闘技場へ向かったという。
丁度上司らしき年嵩の騎士と何事かを話しており、ここは一度出直そうと思踵《きびす》を返した。
しかしすぐに『陛下はレイチェルと謁見を望んでいる』という旨が耳に入ってしまった、というのだ。
「アレクシス様は、国王様に信頼されているのね」
国王直属の騎士として戦地に赴き、武功を立てている男はそういないだろう。
それは妻として大変喜ばしく、同時に尊敬の念を抱いた。
「というか皇太子殿下が、ですけどね。それはそれは陛下もアレクをお気に入りみたいですが、ちょっと……」
「ちょっと?」
目に見えて渋い顔をするライオネルに、レイチェルはこてりと首を傾げる。
「なんでもありません」
ふふ、と小さく微笑みながらライオネルは一歩下がった。
まるで何かを隠しているようだとも思ったが、あまり聞くのは野暮だろうか。
「嫌だったら俺がそれとなくアレクに伝えますよ。まぁ、国王陛下直々のご命令ですし……断るのは無理でしょうけど」
(わざわざ教えてくれるなんて)
黙って従うしかないはずなのに、ライオネルはこうしてレイチェルを探して伝えに来てくれた。
本来であればアレクシスの友人であり右腕という立場で、レイチェルに直接的な関係は一切無い。
だというのに嫁いでから今までよくしてくれる、その心遣いに泣きそうになった。
「謁見までまだ時間はありますが、一応貴方の意思も聞いておかねばと思いまして。あいつは言葉足らずなので」
窓から降り注ぐ太陽の光をいっぱいに浴びて、レイチェルは椅子に座ってゆったりと読書をしていた。
アレクシスが時々レイチェルの好みそうな蔵書を増やしているらしく、書庫へ行くと丁重な手紙とともに分かりやすい場所に数冊の本が置かれているのだ。
選んでくれた書籍はどれもが面白く、数時間で読破する時もあった。
「レイチェル様、何をしてるんですか!?」
「っ!」
不意に聞こえた悲鳴じみた声に、レイチェルはびくりと肩を縮こまらせた。
声がした方を見れば、コートに身を包んだライオネルがさも焦った様子で、開いた扉の前に仁王立ちしていた。
「あと数日で王宮に行くというのに、こんなお日様いっぱいの部屋でのんびり読書なんて羨ましい……! 俺はクソ寒い中、行きたくもない面倒な視察だったのに!」
ライオネルは早口で捲し立て、どっかりと床に座った。
高そうなコートなのに、と思ったがそんなのは瑣末事なのだろう。
「え、っと……?」
レイチェルが何も言えず困惑していると、ライオネルはそこでやっと人心地ついたようだ。
「はぁ……すみません、取り乱して」
小さく溜め息を吐き、疲れた様子で額に手を当てた。
伏せられたライオネルの瞳の下は、気のせいだと軽々しく言えないほどの隈が滲んでいた。
あまり眠っていないのか、はたまた面倒な事が視察をした現地で起こったのか、それとも別の理由があるのか十分に有り得る。
「大丈夫よ」
でも、とレイチェルは続ける。
「ちゃんと眠れてないみたいだけれど……眠くはないの? 何も予定が無ければ少しここで寝ていかない?」
「は!?」
文字通りライオネルは飛び起きるように立ち上がった。
「いやいや、いや! 何を仰ってるんですか!?」
そんな事は許されない、とやや丸みを帯びた茶色い瞳が言っている。
「今日は暖かいからお昼寝をしようと思ったの。丁度膝掛けもあるし」
言いながら、レイチェルは膝掛けをポンと叩く。
精緻な刺繍のされたそれは、体調を崩してはいけないからとここに来る前にクリスティナが持たせてくれたものだ。
「あの、レイチェル様。そんな事をしたら最悪、俺があいつに殺されるんですが……」
「え」
すると、ひくりとライオネルの頬が引き攣った。
なぜかガタガタと震えており、尋常ではない汗が額に浮かんでいる。
「大丈夫? 酷い汗だわ……それに顔も真っ青よ」
あまりの様子にレイチェルは慌てて立ち上がり、ライオネルの傍に寄ろうとする。
「ってゆっくり話してる場合じゃない!」
しかしそれよりも早く、ライオネルが数歩後ずさった。
ライオネルは部屋に入るのもそこそこに、けれどレイチェルの厚意を最大限に活かしつつ、暖かな日の当たる場所に移動した。
レイチェルが日向ぼっこしていた所から、丁度斜めの所だ。
「あれ、聞きました?」
「あれ……?」
こてりと首を傾げつつオウム返しに問い掛けると、ライオネルは深く長い溜め息を吐いた。
「聞いてませんよね! 知ってましたよ!」
がくりと膝を突きそうなところをライオネルは持ち堪え、内緒話をするように耳元に唇を寄せてくる。
「国王陛下がぜひともレイチェル様にお会いしたい、と」
「国王、様が……」
レイチェルはじんわりと目を瞠った。
グランテーレ王国現国王であるユリシスは、軍人としての顔も併せ持つ。
ひとたび戦地へ赴けば、的確な指揮で一国が瞬く間に壊滅すると噂で聞いた事があった。
しかし民の前に出る事はあまりない為か、即位して数年が立つ今も顔を知る者は少ない。
ある者はその白く透き通った肌と髪から夜叉王と呼び、またある者は戦地での行いから英雄王と呼ぶ者もいる。
レイチェルは殿上人とも言える立場の人間、それも国王に謁見するなど足元が竦む心地がした。
「ほ、本当に本当なの……?」
恐る恐るもう一度『国王様が?』と問い掛ける。
「ええ。しかと俺がこの目で、この耳で聞きました。どうやらというか、やっぱりというか……レイチェル様には伝えてないみたいですけど」
アレクシスに用があったため、視察を終えたあと王宮内にある闘技場へ向かったという。
丁度上司らしき年嵩の騎士と何事かを話しており、ここは一度出直そうと思踵《きびす》を返した。
しかしすぐに『陛下はレイチェルと謁見を望んでいる』という旨が耳に入ってしまった、というのだ。
「アレクシス様は、国王様に信頼されているのね」
国王直属の騎士として戦地に赴き、武功を立てている男はそういないだろう。
それは妻として大変喜ばしく、同時に尊敬の念を抱いた。
「というか皇太子殿下が、ですけどね。それはそれは陛下もアレクをお気に入りみたいですが、ちょっと……」
「ちょっと?」
目に見えて渋い顔をするライオネルに、レイチェルはこてりと首を傾げる。
「なんでもありません」
ふふ、と小さく微笑みながらライオネルは一歩下がった。
まるで何かを隠しているようだとも思ったが、あまり聞くのは野暮だろうか。
「嫌だったら俺がそれとなくアレクに伝えますよ。まぁ、国王陛下直々のご命令ですし……断るのは無理でしょうけど」
(わざわざ教えてくれるなんて)
黙って従うしかないはずなのに、ライオネルはこうしてレイチェルを探して伝えに来てくれた。
本来であればアレクシスの友人であり右腕という立場で、レイチェルに直接的な関係は一切無い。
だというのに嫁いでから今までよくしてくれる、その心遣いに泣きそうになった。
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