神壊の門-ロヴィーナ・モン・ディヴァイン-

湯田光秀

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1話 畜生と紙一重

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すべは練り上げられのりとなり、魔は鍛えられ尚忌まわれる——』





狭い山道を、2台の牛車が進んでいた。

引かれた牛車の中は50数名のボロの布切れを着ている女と子供が鎖で縛られ運搬されており、夜の空気によってそこで済ませた糞尿が凍り始めていた。

満月の月明かりだけが頼りのこの旅路は、下手に松明を点ければ見回りの騎士団が一挙に押し掛け賄賂を要求する為、人買い達は静かにゆっくりとこの山道を通り過ぎようとしている。

年端のいかない少女達は泣き喚いたりはしなかった。

その代わりに、数人の少女は毛が生えたまりの様な物を大事そうに抱えて、この旅が終わるのを切に願っていた。

戦争による人の略奪行為は資産や資源に限らない。

この子等は親を殺され、行き場を失い、捕えられた折、戦勝国の資産家や上流階級の者に売られ、陵辱の限りを尽くされるのだ。

先頭していた牛車の舵取りが、胸元から1枚の小さな絵を取り出した。

描かれていたのは2人の人物で、舵取りの妻と娘が描かれていた。

月明かりに照らされて目に映るその2人は、世の清濁を知らずに育った様な澄んだ目をしており、舵取りには勿体無いぐらいの容姿であった。

「そいつはお前の嫁さんと娘かい?」

右の助手席座る男が舵取りに話し掛けた。

助手席の男の服の左胸元には絢爛豪華な梅の花が象られたかんざしが刺してあり、左小指には翡翠を削って出来た指輪を嵌めていた。

「そうだ。ローリアくにに帰れば俺の帰りを盛大に祝ってくれるんだ。独り身のお前は羨ましいだろ?」

「冗談。もう結婚なんて懲り懲りだ」

自慢をし始めた舵取りに、助手席の男は眉をひそめ、過去の過ちを思い出させた舵取りに苛立った。

助手席の男は足元に置いていた鞄から灰色のへんえんこうが入っていた小振りの瓶と東の国チャナより作られた紫檀製の阿片パイプを取り出すと、葱坊主の様な煙膏入れに阿片を入れ、火が点いたマッチで点火させ、軽く吸引口を唇に触れると、深く煙を吸い込んだ。

すると、助手席の男の目は恍惚こうこつに溺れた様に微睡み始め、ゆっくりと舵取りの膝を枕にしながら横になった。

「おい、まだ山の中だぞ。阿片それをやるなら昼間にやれよ」

「良いじゃねぇか別に……チャナに居たチャナ人は勿論、ジャマトとモウゲンの女子供をモスアに輸送する大仕事が終わるんだ……ここのところ、山賊やらなんやらは上に居る傭兵が撃退してくれたんだ。祝勝会代わりくらいここでしようぜ……」

阿片の効能により、大きな多幸感を得た助手席の男は重い瞼を閉じ、深い眠りに耽た。

舵取りの男はこのやり取りにうんざりしていた。

助手席の男は2ヶ月前に突如掠奪先のチャナと呼ばれる国で阿片を覚え、25キログラムの阿片を怪しいチャナの薬屋で大量購入をした。

無論、助手席の男に大金は持ち合わせていない。

舵取りの男はどうせろくでも無い方法で金を得たのだろうと、助手席の男の簪と指輪を見て深い溜息を吐いた。

阿片は特有のアンモニアの臭いがする薬物であり、刻み煙草と識別するのは造作も無い。

その臭いは鉄格子の窓が取り付けられた牛車の中に入り込むと、その臭いに耐え切れず、遂に3歳程度の男女の幼児2人が超え高々に泣きじゃくり始めた。

そのせいで、牛達の興味は前から後ろに代わり、急速に進行速度が鈍化し始める。

阿片に酔っていた助手席の男は微睡んだ瞼を微かに動かし、簪を左手で抜くと「ん」と1人の傭兵に向かって手首を使って振るうと、傭兵はそれに応じて牛車が止まったのを見計らい、牛車の扉を力強く開いた。

牛車の中には皆全てが恐怖で震えており、傭兵はその中で泣いていた2人を両人差し指で指し示しす。

「そこの2人、怖がらないで一緒に外へ出よう。君達のお母さんとお父さんのところへ行こうか」

傭兵は拙いチャナ語でそう言うと、泣いていた表情から一変し、天真爛漫な年相応の表情に変わった。

「おじさん! お父さんに会えるの⁉︎ お母さんにも?」

「なんだったらおじいちゃんおばあちゃんにも会えるよ。2人を心配してたんだよ。ほら、おいで」

この時、不思議な事に牛車の中に居た4歳以上の子供達はこの2人を祝福したり、妬みの表情をしたり等、一切行わなかった。

そして、幼児2人は傭兵の指示に従い牛車から出ると、突然傭兵は持っていた棍棒で殴打し始めた。

余りの突然な事で、もう1人の幼児は言葉を失い立っていたが、すぐにまた別の傭兵が棒立ちをしていた幼児を金砕棒で左鎖骨を背後から砕くと、叫び声を上げる前に傭兵2人は幼児の口を堅く左掌で覆った。

硬い何かが砕かれる音、水を含んだ何かが破れる音、獣の呻き声の様な微かな悲鳴が牛車の外で響き渡り、助手席の男は交響曲を堪能するかの様に、阿片を吸って惰眠をし始める。
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