竜剣《タルカ》

チゲン

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第三幕 酔いの月は標(しるべ)を照らす

5頁

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 広場で、子供たちが騒いでいる。
 いつもの微笑ましい光景……のはずが、今日は勝手が違った。
「ちょっと、何やってんの!?」
 対峙していたのは、父のトルファンとミランだったのだ。
 トキヤは繋いでいたセカイの手を離し、慌てて輪のなかへ飛び込んでいった。
「あ……」
 置いていかれた左手を、セカイはじっと見つめる。
「二人とも!」
 しかしミランもトルファンも、間に入ってきたトキヤを一顧いっこだにしなかった。
 よほど激しい打ちあいが続いたのだろう。ミランが肩で息をしている。
 対するトルファンも、ミランほどではないにしろ、程々に顔が上気していた。
 ただの稽古にしては緊迫感が違っていた。
「お父さん……」
 止めようとしたトキヤだが、言葉を飲み込まざるを得なかった。
 無言の圧力に負け、そのまま後ろへ下がる。
 トルファンが打ちかかった。
 体重を乗せた、強烈な振り下ろしだ。いくら木刀とはいえ、まともに食らえば軽傷では済まないだろう。
 ミランは正対したまま、木刀で斬撃を受け止めた。
 そのまま体をひねり、右へ受け流す……はずだったのだが、トルファンは即座に跳びのいていた。
 追って、ミランが間合いを詰める。下から木刀を振り上げ、トルファンの下腕を狙う。
 トルファンが、両手を左右に広げた。ミランの木刀が空を切る。
 予測していたのか、ミランが返す刀で打ちかかる。
 するとトルファンは、素早く木刀を両手で構え直し、難なく受け止めた。
 流れるような、一連の動作。
 トルファンが身を捻り、ミランの木刀を受け流した。
「あっ」
 ミランがバランスを崩し、前につんのめった。
 体勢を整えて振り返るが……その眼前に、トルファンの木刀が突きつけられた。
「あ……」
 声をあげたのは、トキヤだった。
 汗が落ちる。
 トルファンの切っ先は、ミランののどに狙いを定めていた。
 勝負あった。
 ミランが無念そうに、強く目を閉じた。
「……参りました」
 子供たちの間から、歓声と拍手が起こった。
「こら!」
 トキヤが見物していた子供から木刀を借りると、勝者の後頭部を小突こづいた。
「何やってんのよ!」
「稽古だって」
 トルファンが、トキヤに弁解する。
「ミランさんはお客さんなのよ。怪我でもしたら、どうするつもりなのよ」
「だってよう……」
「言い訳しない!」
 有無を言わさぬ迫力に、思わず首を引っ込めるトルファン。これでは、どちらが勝者か判らない。
「罰として、お昼ゴハン抜き」
「ええっ!?」
 理不尽りふじんな裁定に、トルファンは抗議の声をあげた。
「なんか文句ある?」
「……いえ」
 抗議は一蹴いっしゅうされた。
「試合に勝って、勝負に負けた……」
 肩を落としたトルファンが、とぼとぼと広場を去っていく。
 子供たちも、彼にまとわりつくように散っていった。
 広場にはミランとトキヤ、そして稽古を傍観ぼうかんしていたセカイだけが残った。
「ごめんなさい。またお父さんが迷惑かけちゃって」
 トキヤが、立ち尽くすミランに深々と頭を下げた。
「あの、怪我とか……」
「いや」
 ミランは、突然きびすを返すと、トキヤに背を向けて歩きだした。
「あ…あの……」
 ミランは足早に去っていく。ちらりと見えた唇は、固く結ばれていた。
 声を掛けられる雰囲気ではなかった。
「ほっときましょ」
「セカイちゃん……」
「そのうち帰ってくるわ」
「うん……」
 それでもトキヤは、遠去かるミランの背中から目が離せなかった。
「早くお昼にしましょう。食い扶持ぶちが減った分、たくさん食べれるわ」
「そ…そうね……」
 セカイにうながされ、トキヤは後ろ髪を引かれる思いで、家に戻っていった。
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