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第34幕
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サンドラとリヨネッタの若い魔女姉妹は、森の小さな家に二人で暮らしていた。
姉のサンドラは、森の植物を使って怪我や病に効く薬を拵えて、近在の村人に良心的な価格で譲っていた。
妹のリヨネッタは占いを得意とし、祭事での吉凶を頼まれたり、ちょっとした相談事を受けたりして生計を立てていた。
二人は倹しいながらも、充足した毎日を送っていた。
「見て、リヨン。こんな奇麗な睡蓮を見つけたのよ」
サンドラは、そう言ってにこやかに笑ってみせた。花のような笑顔で。
「姉さん、また沼の方に行ったの? あそこは危険だって言ったでしょ」
「でも、こんなに奇麗なんですもの」
穏やかで優しい姉と、しっかり者で明晰な妹。性格は違えど、魔女の姉妹は仲睦まじく暮らしていた。
あるとき王が森で狩りをしていた。だが獲物に夢中になる余り、従者とはぐれ、おまけに足を負傷してしまった。
日が暮れ、森はどんどん薄暗くなる。しかもこの森は、魔女がいると噂の場所だ。王の身も心もしだいに冷え、生きた心地がしていなかった。
「あら、どうしました?」
そんなとき、王の前にサンドラが現れた。薬草を採取しに、沼のほとりまで行った帰りだった。
「君はいったい……」
その美しさに、王はひと目で心を奪われた。
「もう遅いし、今夜は私たちの家でお休みくださいな」
サンドラは王を家に招いた。彼女が薬を塗って短く呪文を唱えると、王の怪我は立ち所に回復した。
彼女が魔女だと知っても、王の恋心は揺らがなかった。怪我はすでに治っていたが、王は何かに理由をつけて姉妹の家に滞在した。
そして若き王の、多少強引だが純粋な心に触れていくうち、サンドラもまた恋に落ちてしまった。
だが、やがて臣下が王の居場所を突き止め、ついに城に戻らなくてはならなくなった。
「いっしょに城に来てくれないか。私の側にいてほしい」
王はサンドラに懇願した。王にはすでに妃がいたが、子もなく、その仲は冷え切っていた。ただでさえ激務に追われていた王にとって、サンドラは心の癒しだったのだ。
「いけません。だって私は魔女なんですから」
「黙っていれば誰にも判らない」
「でも妹が一人になってしまいます」
「ならば二人とも連れていこう。何不自由無い生活を約束する」
最初は渋っていたサンドラだったが、やがてその熱意にほだされ、姉妹で城に同行することを決めた。
そんな矢先、乗っていた馬車が横転して王妃があっけなく死んでしまった。失ってようやく気付いたのか、王は嘆き、自らの至らなさを悔やんだ。
失意の王を慰めたのは、サンドラとリヨネッタの姉妹だった。王は二人のいる離宮に入り浸り、しだいに臣下を遠ざけるようになっていった。
しばらくして、リヨネッタが懐妊した。
王との間にできた子だった。リヨネッタもまた、王と恋仲に落ちていたのだ。
「おめでとう、リヨン」
サンドラは驚いたが、二人を祝福した。生まれた娘は、シンシアと名付けられた。
その四年後、リヨネッタが再び娘を産んだ。その子はデイジアと名付けられた。
王に男子がなく、また再婚を拒み続けていたため、内情を知る臣下にとってリヨネッタと二人の姫の存在は重要だった。彼女の周りにはご機嫌を窺う者が溢れていったが、同時に陰口を叩く者も現れだした。
そんな折り、ついにサンドラが王の子を身籠った。
「おめでとう姉さん」
「リヨン、ありがとう」
今度こそ男子が望まれたが、産まれた子はまたも娘だった。だが妖精のように可愛らしい、人を惹きつけて止まない赤子だった。
「私の愛しいレラ」
サンドラは、ようやくできた我が子に惜しみない愛を注いだ。王もまた、政務も忘れるほど娘の虜になった。
そして六年の歳月が流れた。
王はますます離宮に入り浸り、好むと好まざるに関わらず、サンドラの周りにも徐々に取り巻きが集まるようになっていった。サンドラはなるべく避けていたが、そうもいかないのが宮中というもの。
だが、問題はそれだけではなかった。
サンドラとリヨネッタの魔力が、徐々に枯渇し始めていたのだ。
その原因を突き止めたとき、姉妹に戦慄が走った。
「レラが私たちの魔力を吸い取ってる……」
幸せな日々が続いていたせいで、発見が遅れてしまった。レラの魔女としての潜在能力は、姉妹を遥かに凌いでいた。彼女はいわゆる先祖返りだったのだ。
無意識に周囲の魔力を吸収し、レラの力は日毎に増していく。このままでは姉妹が魔力を失うだけではなく、幼いレラの身に何が起きるか判らない。
サンドラとリヨネッタは、力を合わせてレラの魔力を封印した。封印は成功して、レラの能力は抑えられた。これで、ひとまずは安心だった。
だがその矢先に、恐ろしい事件が起きてしまった。
王の実弟による謀反だった。表向きは病死とされているが、王は弟によって弑逆されていたのだ。
襲撃者たちは、離宮に住んでいた魔女姉妹や子供たちの命まで狙っていた。
「リヨン、あなたたちは先にあの井戸から逃げて」
「姉さんは?」
「レラを見つけたら、すぐに後を追うわ」
「……下で待っているわ、姉さん」
燃え盛り、怒号と悲鳴が響きあう離宮のなかを、サンドラは走った。
「レラ、私のレラはどこ!?」
王はすでに亡い。だが反乱の徒は、すぐそこまで迫っている。
娘を必死で探すサンドラの前に、一人の幼い少年が姿を見せた。王の実弟の息子、すなわち彼女の甥にあたるユコニスだった。その背にレラを庇いながら。
「ああ、レラ」
サンドラは身も崩れるほどの強さで、愛しい娘を抱きしめた。
封印の影響からか、レラは意識が朧げな半覚醒状態が長く続いていたが、ユコニスが彼女を守ってくれていたのだ。
「ありがとう、ユコニス」
少年は固い表情で頷いた。彼はお忍びで遊びにきていただけで、謀反に関しては何も知らされていなかった。
サンドラは、ユコニスを安全な場所に隠れさせた。連れて逃げる訳にはいかない。それに反乱軍が、彼に危害を加えることはないはずだ。
「周りが静かになるまで、絶対にここから出ては駄目よ」
そう言い聞かせると、サンドラはレラの手を引いて裏庭の枯れ井戸へ急いだ。
枯れ井戸を下り、暗い地下水路を走る。いつ追っ手が来るかもしれないと思うと、気が気でなかった。
「姉さん」
水路の一画で、リヨネッタたちと合流できた。
「リヨン、無事で良かったわ」
「レラも見付かったようね」
「ええ。ユコニスが守ってくれてたのよ」
「……そう、あのユコニスが。皮肉なものね」
「あの子は悪くないわ。とっても良い子よ」
「姉さんやレラにとっては、でしょう?」
「えっ?」
暗闇のなかに、刃がきらめいた。
「リヨン?」
「どうして姉さんは、私から何もかも奪っていくの?」
「何を……言ってるの?」
「二人も娘を産んだのに、レラが産まれた途端、あの人の愛は全て姉さんとレラに向けられた。誰も私たちを見てくれなくなった」
リヨネッタから溢れる負の魔力。それは、彼女の殺意が本物であることの、何よりの証だった。
「しかも、あの者たちの裏切りを見抜けかった。姉さんだけを殺す計画だったのに、まんまと謀反に利用されてしまった。レラに魔力さえ奪われていなければ、こんなことにはならなかったのに」
「リヨン、まさかあなたが……」
苦しげに、リヨネッタが笑った。妹のこんな顔を、サンドラは初めて見た。
「もうこれ以上、私を苦しめないで。私の幸せを返して……サンドラ姉さん!」
闇のなかで、短剣が振り下ろされた。
姉のサンドラは、森の植物を使って怪我や病に効く薬を拵えて、近在の村人に良心的な価格で譲っていた。
妹のリヨネッタは占いを得意とし、祭事での吉凶を頼まれたり、ちょっとした相談事を受けたりして生計を立てていた。
二人は倹しいながらも、充足した毎日を送っていた。
「見て、リヨン。こんな奇麗な睡蓮を見つけたのよ」
サンドラは、そう言ってにこやかに笑ってみせた。花のような笑顔で。
「姉さん、また沼の方に行ったの? あそこは危険だって言ったでしょ」
「でも、こんなに奇麗なんですもの」
穏やかで優しい姉と、しっかり者で明晰な妹。性格は違えど、魔女の姉妹は仲睦まじく暮らしていた。
あるとき王が森で狩りをしていた。だが獲物に夢中になる余り、従者とはぐれ、おまけに足を負傷してしまった。
日が暮れ、森はどんどん薄暗くなる。しかもこの森は、魔女がいると噂の場所だ。王の身も心もしだいに冷え、生きた心地がしていなかった。
「あら、どうしました?」
そんなとき、王の前にサンドラが現れた。薬草を採取しに、沼のほとりまで行った帰りだった。
「君はいったい……」
その美しさに、王はひと目で心を奪われた。
「もう遅いし、今夜は私たちの家でお休みくださいな」
サンドラは王を家に招いた。彼女が薬を塗って短く呪文を唱えると、王の怪我は立ち所に回復した。
彼女が魔女だと知っても、王の恋心は揺らがなかった。怪我はすでに治っていたが、王は何かに理由をつけて姉妹の家に滞在した。
そして若き王の、多少強引だが純粋な心に触れていくうち、サンドラもまた恋に落ちてしまった。
だが、やがて臣下が王の居場所を突き止め、ついに城に戻らなくてはならなくなった。
「いっしょに城に来てくれないか。私の側にいてほしい」
王はサンドラに懇願した。王にはすでに妃がいたが、子もなく、その仲は冷え切っていた。ただでさえ激務に追われていた王にとって、サンドラは心の癒しだったのだ。
「いけません。だって私は魔女なんですから」
「黙っていれば誰にも判らない」
「でも妹が一人になってしまいます」
「ならば二人とも連れていこう。何不自由無い生活を約束する」
最初は渋っていたサンドラだったが、やがてその熱意にほだされ、姉妹で城に同行することを決めた。
そんな矢先、乗っていた馬車が横転して王妃があっけなく死んでしまった。失ってようやく気付いたのか、王は嘆き、自らの至らなさを悔やんだ。
失意の王を慰めたのは、サンドラとリヨネッタの姉妹だった。王は二人のいる離宮に入り浸り、しだいに臣下を遠ざけるようになっていった。
しばらくして、リヨネッタが懐妊した。
王との間にできた子だった。リヨネッタもまた、王と恋仲に落ちていたのだ。
「おめでとう、リヨン」
サンドラは驚いたが、二人を祝福した。生まれた娘は、シンシアと名付けられた。
その四年後、リヨネッタが再び娘を産んだ。その子はデイジアと名付けられた。
王に男子がなく、また再婚を拒み続けていたため、内情を知る臣下にとってリヨネッタと二人の姫の存在は重要だった。彼女の周りにはご機嫌を窺う者が溢れていったが、同時に陰口を叩く者も現れだした。
そんな折り、ついにサンドラが王の子を身籠った。
「おめでとう姉さん」
「リヨン、ありがとう」
今度こそ男子が望まれたが、産まれた子はまたも娘だった。だが妖精のように可愛らしい、人を惹きつけて止まない赤子だった。
「私の愛しいレラ」
サンドラは、ようやくできた我が子に惜しみない愛を注いだ。王もまた、政務も忘れるほど娘の虜になった。
そして六年の歳月が流れた。
王はますます離宮に入り浸り、好むと好まざるに関わらず、サンドラの周りにも徐々に取り巻きが集まるようになっていった。サンドラはなるべく避けていたが、そうもいかないのが宮中というもの。
だが、問題はそれだけではなかった。
サンドラとリヨネッタの魔力が、徐々に枯渇し始めていたのだ。
その原因を突き止めたとき、姉妹に戦慄が走った。
「レラが私たちの魔力を吸い取ってる……」
幸せな日々が続いていたせいで、発見が遅れてしまった。レラの魔女としての潜在能力は、姉妹を遥かに凌いでいた。彼女はいわゆる先祖返りだったのだ。
無意識に周囲の魔力を吸収し、レラの力は日毎に増していく。このままでは姉妹が魔力を失うだけではなく、幼いレラの身に何が起きるか判らない。
サンドラとリヨネッタは、力を合わせてレラの魔力を封印した。封印は成功して、レラの能力は抑えられた。これで、ひとまずは安心だった。
だがその矢先に、恐ろしい事件が起きてしまった。
王の実弟による謀反だった。表向きは病死とされているが、王は弟によって弑逆されていたのだ。
襲撃者たちは、離宮に住んでいた魔女姉妹や子供たちの命まで狙っていた。
「リヨン、あなたたちは先にあの井戸から逃げて」
「姉さんは?」
「レラを見つけたら、すぐに後を追うわ」
「……下で待っているわ、姉さん」
燃え盛り、怒号と悲鳴が響きあう離宮のなかを、サンドラは走った。
「レラ、私のレラはどこ!?」
王はすでに亡い。だが反乱の徒は、すぐそこまで迫っている。
娘を必死で探すサンドラの前に、一人の幼い少年が姿を見せた。王の実弟の息子、すなわち彼女の甥にあたるユコニスだった。その背にレラを庇いながら。
「ああ、レラ」
サンドラは身も崩れるほどの強さで、愛しい娘を抱きしめた。
封印の影響からか、レラは意識が朧げな半覚醒状態が長く続いていたが、ユコニスが彼女を守ってくれていたのだ。
「ありがとう、ユコニス」
少年は固い表情で頷いた。彼はお忍びで遊びにきていただけで、謀反に関しては何も知らされていなかった。
サンドラは、ユコニスを安全な場所に隠れさせた。連れて逃げる訳にはいかない。それに反乱軍が、彼に危害を加えることはないはずだ。
「周りが静かになるまで、絶対にここから出ては駄目よ」
そう言い聞かせると、サンドラはレラの手を引いて裏庭の枯れ井戸へ急いだ。
枯れ井戸を下り、暗い地下水路を走る。いつ追っ手が来るかもしれないと思うと、気が気でなかった。
「姉さん」
水路の一画で、リヨネッタたちと合流できた。
「リヨン、無事で良かったわ」
「レラも見付かったようね」
「ええ。ユコニスが守ってくれてたのよ」
「……そう、あのユコニスが。皮肉なものね」
「あの子は悪くないわ。とっても良い子よ」
「姉さんやレラにとっては、でしょう?」
「えっ?」
暗闇のなかに、刃がきらめいた。
「リヨン?」
「どうして姉さんは、私から何もかも奪っていくの?」
「何を……言ってるの?」
「二人も娘を産んだのに、レラが産まれた途端、あの人の愛は全て姉さんとレラに向けられた。誰も私たちを見てくれなくなった」
リヨネッタから溢れる負の魔力。それは、彼女の殺意が本物であることの、何よりの証だった。
「しかも、あの者たちの裏切りを見抜けかった。姉さんだけを殺す計画だったのに、まんまと謀反に利用されてしまった。レラに魔力さえ奪われていなければ、こんなことにはならなかったのに」
「リヨン、まさかあなたが……」
苦しげに、リヨネッタが笑った。妹のこんな顔を、サンドラは初めて見た。
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