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第一話 冬王と鞠姫
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木刀の切っ先は、冬王の喉元寸前で止まっていた。
「……」
だが冬王の視線は、すでに壇上の一点で固まっていた。それ故に、高重が複雑そうに眉を寄せていたことには気付かなかった。
「まり……?」
忘れるはずもない。昨日の今日で。
そこにいたのは紛れもなく彼女だった。ただし昨日と違い、上質な白地の小袖に紅梅色の袴、さらにその上に薄紅色の瀟酒な小袖を重ね着している。
見違えるほど艶やかな恰好だったが、それでも間違いなく鞠だった。
「おまえ、何でここに?」
冬王の頭は混乱していた。
混乱しているのは、宴の座にいた武士たちも同じだった。混乱というよりも、皆一様に慄いていると言った方が正しいか。
ざわ、と風が吹いた。
「ホウホウ。これはこれは。あな珍しき。そちが自らこのような場に足を運ぶとは」
沈黙を破り、高時が驚きというよりも好奇に満ちた声をあげた。
その言葉で我に返ったのか、壇上の武士たちが慌てて居住まいを正し、鞠に対して頭を垂れた。
不意に冬王の頭が押さえつけられた。
「んな……」
またしても高重の手だった。
「いいから控えろ」
今度は強引に膝まで突かされた。そして高重自身もその場に膝を突いて畏まった。
鞠がそんな冬王の姿を見て、密かに安堵の息を吐く。
「して、如何なる用向きで参ったのじゃ。そちのあのような大きな声を、余は初めて聞いたぞ」
高時が探るような目を鞠に向ける。
「と…突然の御無礼を、その、どうか御容赦下さいませ」
鞠はしどろもどろになりながらも、慌ててその場に正座し、高時に向かって深々と頭を下げた。
「なあに、案ぜずとも余は怒ってなぞおらぬ。むしろ久々にそちの顔が見れて喜ばしいくらいぞ」
「は…はい」
高重の自分を押さえつける力が少し緩まったので、冬王はバレない程度に目線を上げ、二人のやりとりを窺った。
やはり間違いなく鞠本人だ。
だが彼女は明らかに萎縮していた。声も少し震えている。
一方の高時は飄々とした態度を崩さない。ただその笑みが、妙に張りついているように見えた。先程まで浮かべていたものとは毛色が違っている。
「なぜ鬼子姫が」
「不吉な」
「何事もなければ良いが」
壇上の武士たちが、顔を伏せたまま、ひそひそと囁きあっている。まるで禁忌のものにでも触れるように。
「おい、どうなってんだよ。何であいつがここにいるんだよ」
冬王が小声で高重に問い質した。
「いいから黙っていろ」
高重は先刻よりずっと険しい表情を浮かべている。
「そちも、あれなる童を見よ」
高時が甲高い声をあげる。さすがにそれが自分のことを指しているのだということは、冬王もすぐに判った。
「あれが昨晩、異形を倒しおった童らしいぞ」
「さ…左様でございますか。何とも剛毅な」
鞠は明らかな作り笑いを浮かべている。
「そうであろう」
高時は満足げだ。だがその目の奥は笑っていない。
「これ童よ、面を上げよ。高重、そろそろ放してやれ」
「しかし……」
「放してやれ」
「……御意」
渋々、高重が冬王を解放する。
冬王は改めて鞠を見上げた。
美しい着物姿に、周囲の武士たちの平伏ぶり。これではまるで……。
「我が娘の鞠じゃ」
高時が言った。
「むすめ……」
言葉は自然と弱くなり、冬王は壇上の少女を見つめてしまった。
すると鞠が、今度は作り物ではない、淡い微笑みを浮かべた。
「鞠と申します。どうぞよしなに」
その笑みは、やはりあの鞠のものだった。
「……」
だが冬王の視線は、すでに壇上の一点で固まっていた。それ故に、高重が複雑そうに眉を寄せていたことには気付かなかった。
「まり……?」
忘れるはずもない。昨日の今日で。
そこにいたのは紛れもなく彼女だった。ただし昨日と違い、上質な白地の小袖に紅梅色の袴、さらにその上に薄紅色の瀟酒な小袖を重ね着している。
見違えるほど艶やかな恰好だったが、それでも間違いなく鞠だった。
「おまえ、何でここに?」
冬王の頭は混乱していた。
混乱しているのは、宴の座にいた武士たちも同じだった。混乱というよりも、皆一様に慄いていると言った方が正しいか。
ざわ、と風が吹いた。
「ホウホウ。これはこれは。あな珍しき。そちが自らこのような場に足を運ぶとは」
沈黙を破り、高時が驚きというよりも好奇に満ちた声をあげた。
その言葉で我に返ったのか、壇上の武士たちが慌てて居住まいを正し、鞠に対して頭を垂れた。
不意に冬王の頭が押さえつけられた。
「んな……」
またしても高重の手だった。
「いいから控えろ」
今度は強引に膝まで突かされた。そして高重自身もその場に膝を突いて畏まった。
鞠がそんな冬王の姿を見て、密かに安堵の息を吐く。
「して、如何なる用向きで参ったのじゃ。そちのあのような大きな声を、余は初めて聞いたぞ」
高時が探るような目を鞠に向ける。
「と…突然の御無礼を、その、どうか御容赦下さいませ」
鞠はしどろもどろになりながらも、慌ててその場に正座し、高時に向かって深々と頭を下げた。
「なあに、案ぜずとも余は怒ってなぞおらぬ。むしろ久々にそちの顔が見れて喜ばしいくらいぞ」
「は…はい」
高重の自分を押さえつける力が少し緩まったので、冬王はバレない程度に目線を上げ、二人のやりとりを窺った。
やはり間違いなく鞠本人だ。
だが彼女は明らかに萎縮していた。声も少し震えている。
一方の高時は飄々とした態度を崩さない。ただその笑みが、妙に張りついているように見えた。先程まで浮かべていたものとは毛色が違っている。
「なぜ鬼子姫が」
「不吉な」
「何事もなければ良いが」
壇上の武士たちが、顔を伏せたまま、ひそひそと囁きあっている。まるで禁忌のものにでも触れるように。
「おい、どうなってんだよ。何であいつがここにいるんだよ」
冬王が小声で高重に問い質した。
「いいから黙っていろ」
高重は先刻よりずっと険しい表情を浮かべている。
「そちも、あれなる童を見よ」
高時が甲高い声をあげる。さすがにそれが自分のことを指しているのだということは、冬王もすぐに判った。
「あれが昨晩、異形を倒しおった童らしいぞ」
「さ…左様でございますか。何とも剛毅な」
鞠は明らかな作り笑いを浮かべている。
「そうであろう」
高時は満足げだ。だがその目の奥は笑っていない。
「これ童よ、面を上げよ。高重、そろそろ放してやれ」
「しかし……」
「放してやれ」
「……御意」
渋々、高重が冬王を解放する。
冬王は改めて鞠を見上げた。
美しい着物姿に、周囲の武士たちの平伏ぶり。これではまるで……。
「我が娘の鞠じゃ」
高時が言った。
「むすめ……」
言葉は自然と弱くなり、冬王は壇上の少女を見つめてしまった。
すると鞠が、今度は作り物ではない、淡い微笑みを浮かべた。
「鞠と申します。どうぞよしなに」
その笑みは、やはりあの鞠のものだった。
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