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プロローグ

6 そして神になりました(涙)

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 辺りを沈黙が支配していた。

 原因は、真人が神になりたくないと宣言したせいだ。
 その言葉を聞いてから、女神ルキナは俯いて震えてしまっているため、様子をはっきり窺うことができない。

 想像だが、神にしてやるというのは信頼の証のような物だったのではないだろうか。
 異世界転生も蹴り神になるのも蹴り、自分が原因だからと我慢してきた女神ルキナも、真人の無神経さに腹が立って泣きそうになっているのかもしれない。

「めんどくせぇ……。
 えっとあの、女神ルキナさま、でしたよね。
 さっきは俺の言葉に配慮が足りませんでした。謝りますから許して下さい」

 最初の一言に、真人の気持ちの全てがこもっていることに、本人は気づいていない。
 それでも、ピクリとも動かない女神ルキナに、土下座しなければダメかと思ったとき、

「それは愛の告白だろうかっ」

「……なんだって?」

「だから、私は今、告白されているのかと聞いている!」

 こちらを睨みつけるように見た女神ルキナの顔は、茹でだこのように真っ赤になっていた。
 蒸気した顔は艶っぽさを際立たせる。

 (かわいい。——じゃなくって!)

 神だから電波な発言にも耐えてきたが、今回は真人の予想を遥かに上回る。
 一体、真人の言葉のどこを取れば、告白されているという勘違いができるというのか。

「落ち着け、俺は告白なんてしてない!
 なんでそう思ったんだ?」

「む? そ、そうなのか?
 人間の欲望は恐ろしい、神の仕事は一番多くて大変そう——などと言うから、てっきり『君をお嫁さんにして、神から解放してあげたい』と言ってるのかと思ったんだが」

「あはは……(都合のいい耳だよな)。
 告白されたことはあっても、告白したことがない俺に、いきなりプロポーズは荷が重すぎるって。
 俺は神にはならないって言ったんだ」

 うんと言えば、女神ルキナと付き合えるのかと一瞬思った。
 だが、睡魔に諸手を挙げて降参中の真人は、彼女を作るより寝たいという欲望にすぐさま支配される。

 勘違いだと納得してくれた女神ルキナは、一転して真剣な顔つきになった。

「だが、どちらかを選んでもらわないと困るな。
 異世界転生か神への昇進か。
 消滅はできないわけではないが、冥界のバランスを崩すからしてやれない。
 
 それに君が思っているほど、神の仕事は忙しくはない。
 新世界を創造するまでは、確かに細かい設定が必要になってくるが、軌道に乗れば後は勝手に世界が進化し続けてくれる。
 ある程度の監視と手入れは、必要になってはくるがな」

「……あのさ、正直に聞くけど」

「遠慮はいらない。言ってみろ」

「どっちのほうが、ぶっちゃけ寝れんの?」

「クククッ、そんなに働くのが嫌か?」

「死ねて嬉しいくらいには」

「ふふっ。君には本当に負けるよ。欲がなさすぎる。本当に君は人間なのか?」

「人外にしないで欲しいんだけど」

「悪い悪い。では、私も正直に答えよう。神だ。

 勇者は自分自身の行動で少しは変わるが、生まれて十歳を過ぎる頃には大抵訓練などで多忙になる。
 チートがあると言っても、ある程度確認しておかないと実戦では使えないからな。
 人生の中盤から後半は魔王退治や国の再建に費やすだろうから、楽に暮らせるのは最初の十年間だけの百年ほどの人生だ。

 神は——さっき話した通りだ。
 最初は大変だが、終われば寝て過ごすことも不可能ではない。
 ただし、神になるのだから成長が止まる。
 人間なら永遠にも感じるほど、長い時を過ごすことになるだろう」

 女神ルキナの言葉で、真人の腹は決まった。
 寿命の不利なんて関係ない。
 もちろん、寝て過ごす毎日を取るに決まっている。

 (そのためなら、神にだろうが何だろうがなってやる)

「——じゃあ、神になります」

 真人の口から出たのは、やる気のない決意だった。
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