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第3章 ケットシー編
31 女の子と願い事一つ
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マナトの言葉に、ジュリアンはびくりと耳を震わせて顔を横に逸らした。
一瞬、逃げる気かと思って抱く手に更に力を籠めると、ジュリアンの身体が硬直する。
ジュリアンは、蚊の消え入るような小さな声で呟いた。
「どこ触ってんだよ。手ぇ、離せよ……」
その吐息のような声には熱がこもっていた。
ジュリアンなら元気に怒鳴りそうなのに、と少し訝しみながらも、マナトは言い返す。
「離した途端、逃げた前科のある奴の言うことなんか聞けるか。今度こそ逃がさないからな」
「……に、逃げない、から……。離してくれないと、な、なんか、変な気持ちで、自分が自分じゃなくなっちゃう」
「? なんかお前話し方違う? それに変な気持ちって——んっ?」
返してくれないのなら、勝手に取ってやろうと思ったところで、ジュリアンのうなじ越しにシャツの隙間から素肌に晒しが巻いてあるのが見えた。
晒しは、胸を覆うようにきつく巻かれているようだ。
(怪我をしてるようには見えないけどな……)
ジュリアンに、痛みをこらえるような素振りはなかった。怪我で身体を庇っていたら、さすがにマナトも気づいたはずだ。
怪我をしていないとすれば、わざわざ胸に晒しを巻く理由とは——
「……………………えっ?」
それが意味することを理解した瞬間、マナトは自分の今取っている体勢に動揺した。
ジュリアンを逃さないように後ろから抱きすくめているのは、すでにアウトだがよしとしよう。
だが、マナトの右手は胸を掴み、左手は素肌のお腹——臍の辺りからショートパンツにかけて触れていたのだ。
そう思えば、右手に小ぶりだが男の胸よりもっと柔らかい感触が伝わってくる気がする。
「も、揉むな……」
確認するように無意識に手を動かしたとき、息の上がったジュリアンにタイムリーにそう言われて、マナトは心臓が飛び上がった。
「うわっ!!」
思わずジュリアンを放り出す。たたらを踏んで振り返った顔は、真っ赤になっていた。
「おまえっ……! 女の子だったのか?!」
「はぁ?! なんだよ、それ。見れば分かるだろ、そんなこと」
(分かるかっ!! )
全力でツッコミたい気分だった。
初対面で小刀投げられて、自分を僕と呼んで、男っぽい格好で、生意気に突っかかってきて、無防備に男のベッドに潜り込んで寝る。
それで女の子だと分かれという方が無理だ。
いや、よくよく思い返せば、マシューの発言やバーナードのお転婆という言葉で、ジュリアンが女の子だと気づけたはずなのだ。
マナトがジュリアンを少年だと思い込んでいたのが全ての元凶だ。
(って、言うことは……)
今まで彼女が顔を赤くしたり怒ってきた場面を思い出す。
男同士なら許せる発言とスキンシップだが、十五歳の年頃の女の子相手だと、犯罪以外の何物でもない。
「…………ゆ」
「ゆ?」
聞き取れなかったのかと、ジュリアンがオウム返しに聞き返してくる。
「ゆ、許してください、お願いします」
マナトは深々と頭を下げて謝った。
女の子だって知らなかったんだ、と本当は言いたい。
だが、ジュリアン自身が自分のことを男だと言っていたのならともかく、勘違いしたのはマナトの勝手な都合だ。
それにジュリアンは、胸に晒しを巻いてるものの、自分が女の子なのを別段隠していない素振りを見せている。
その言い訳は最悪の事態を引き起こす。
なので、ここは謝り倒すのがベストだ。
「な、なんだよ突然!」
「煮るなり焼くなり、なんなりしてくれ。許してくれるなら、何でも言うこと聞くから」
「…………」
沈黙がこんなに恐ろしく感じられたことはない。
数秒の沈黙が数分にも感じられ、もっと言葉を重ねないと駄目かと頭を下げたまま思ったとき。
「キャハハハッ!」
笑い声が降ってきた。
年相応の女の子の声だった。
顔をそっと上げると、ジュリアンは大きく口を開けて笑っていた。
初めて見るその笑顔は生気に満ちて明るくて、こんな状況でなかったら、こちらまで楽しい気分にさせてくれそうな。
「おかし……っ。マナト面白すぎるって! あぁ、笑い過ぎてお腹痛い!」
笑い上戸なのか、笑いを止めるのに随分かかった。
乱れた呼吸を正しながら、
「許してあげる。
その代わり、一つ言うこと聞いてよ」
そう提案してきた。
もちろん、それで許してくれるなら、マナトに否などあるはずがない。
「本当か? でも何をすればいいんだ?」
「えーっと……。今は何も思いつかないなぁ。だから、また後でね」
「——ジュリアン!!」
そのとき、遠くからバーナードの怒鳴り声が聞こえた。
イタズラが見つかった子どものように、ジュリアンが首を竦める。
「げっ、見つかったか。
それじゃあ、マナト。狩りに行ってくるから、帰ってきたら僕のお願い一つ聞くの忘れるなよ。約束だからな」
一方的にそう言うとバイバイと手を振って、ジュリアンはバーナードに駆け寄って行く。
頭に拳骨を落とされて頭を押さえながらも、仲は良いようで楽しそうにしていた。
バーナードが申し訳なさそうにこちらに一つ会釈して、ジュリアンの背に手を当てながら狩りに出発するために去っていく。
その様子を微笑ましく眺めていたマナトは、ふと思い出した。
なんのためにこんなことをしたのかを。
「あっ、地図返してもらうの忘れた」
一瞬、逃げる気かと思って抱く手に更に力を籠めると、ジュリアンの身体が硬直する。
ジュリアンは、蚊の消え入るような小さな声で呟いた。
「どこ触ってんだよ。手ぇ、離せよ……」
その吐息のような声には熱がこもっていた。
ジュリアンなら元気に怒鳴りそうなのに、と少し訝しみながらも、マナトは言い返す。
「離した途端、逃げた前科のある奴の言うことなんか聞けるか。今度こそ逃がさないからな」
「……に、逃げない、から……。離してくれないと、な、なんか、変な気持ちで、自分が自分じゃなくなっちゃう」
「? なんかお前話し方違う? それに変な気持ちって——んっ?」
返してくれないのなら、勝手に取ってやろうと思ったところで、ジュリアンのうなじ越しにシャツの隙間から素肌に晒しが巻いてあるのが見えた。
晒しは、胸を覆うようにきつく巻かれているようだ。
(怪我をしてるようには見えないけどな……)
ジュリアンに、痛みをこらえるような素振りはなかった。怪我で身体を庇っていたら、さすがにマナトも気づいたはずだ。
怪我をしていないとすれば、わざわざ胸に晒しを巻く理由とは——
「……………………えっ?」
それが意味することを理解した瞬間、マナトは自分の今取っている体勢に動揺した。
ジュリアンを逃さないように後ろから抱きすくめているのは、すでにアウトだがよしとしよう。
だが、マナトの右手は胸を掴み、左手は素肌のお腹——臍の辺りからショートパンツにかけて触れていたのだ。
そう思えば、右手に小ぶりだが男の胸よりもっと柔らかい感触が伝わってくる気がする。
「も、揉むな……」
確認するように無意識に手を動かしたとき、息の上がったジュリアンにタイムリーにそう言われて、マナトは心臓が飛び上がった。
「うわっ!!」
思わずジュリアンを放り出す。たたらを踏んで振り返った顔は、真っ赤になっていた。
「おまえっ……! 女の子だったのか?!」
「はぁ?! なんだよ、それ。見れば分かるだろ、そんなこと」
(分かるかっ!! )
全力でツッコミたい気分だった。
初対面で小刀投げられて、自分を僕と呼んで、男っぽい格好で、生意気に突っかかってきて、無防備に男のベッドに潜り込んで寝る。
それで女の子だと分かれという方が無理だ。
いや、よくよく思い返せば、マシューの発言やバーナードのお転婆という言葉で、ジュリアンが女の子だと気づけたはずなのだ。
マナトがジュリアンを少年だと思い込んでいたのが全ての元凶だ。
(って、言うことは……)
今まで彼女が顔を赤くしたり怒ってきた場面を思い出す。
男同士なら許せる発言とスキンシップだが、十五歳の年頃の女の子相手だと、犯罪以外の何物でもない。
「…………ゆ」
「ゆ?」
聞き取れなかったのかと、ジュリアンがオウム返しに聞き返してくる。
「ゆ、許してください、お願いします」
マナトは深々と頭を下げて謝った。
女の子だって知らなかったんだ、と本当は言いたい。
だが、ジュリアン自身が自分のことを男だと言っていたのならともかく、勘違いしたのはマナトの勝手な都合だ。
それにジュリアンは、胸に晒しを巻いてるものの、自分が女の子なのを別段隠していない素振りを見せている。
その言い訳は最悪の事態を引き起こす。
なので、ここは謝り倒すのがベストだ。
「な、なんだよ突然!」
「煮るなり焼くなり、なんなりしてくれ。許してくれるなら、何でも言うこと聞くから」
「…………」
沈黙がこんなに恐ろしく感じられたことはない。
数秒の沈黙が数分にも感じられ、もっと言葉を重ねないと駄目かと頭を下げたまま思ったとき。
「キャハハハッ!」
笑い声が降ってきた。
年相応の女の子の声だった。
顔をそっと上げると、ジュリアンは大きく口を開けて笑っていた。
初めて見るその笑顔は生気に満ちて明るくて、こんな状況でなかったら、こちらまで楽しい気分にさせてくれそうな。
「おかし……っ。マナト面白すぎるって! あぁ、笑い過ぎてお腹痛い!」
笑い上戸なのか、笑いを止めるのに随分かかった。
乱れた呼吸を正しながら、
「許してあげる。
その代わり、一つ言うこと聞いてよ」
そう提案してきた。
もちろん、それで許してくれるなら、マナトに否などあるはずがない。
「本当か? でも何をすればいいんだ?」
「えーっと……。今は何も思いつかないなぁ。だから、また後でね」
「——ジュリアン!!」
そのとき、遠くからバーナードの怒鳴り声が聞こえた。
イタズラが見つかった子どものように、ジュリアンが首を竦める。
「げっ、見つかったか。
それじゃあ、マナト。狩りに行ってくるから、帰ってきたら僕のお願い一つ聞くの忘れるなよ。約束だからな」
一方的にそう言うとバイバイと手を振って、ジュリアンはバーナードに駆け寄って行く。
頭に拳骨を落とされて頭を押さえながらも、仲は良いようで楽しそうにしていた。
バーナードが申し訳なさそうにこちらに一つ会釈して、ジュリアンの背に手を当てながら狩りに出発するために去っていく。
その様子を微笑ましく眺めていたマナトは、ふと思い出した。
なんのためにこんなことをしたのかを。
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