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第3章 ケットシー編
33 チート発動
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「こんな効果の薄い回復薬じゃ全然効かない! 他にもっといい回復薬はないのか!
だったら回復魔法を! 誰か早くフィーナ様を呼んできてくれ!」
ジュリアンの周りが慌ただしくなる。
あの大人しいマシューが、ジュリアンの手を握り、気が狂いそうなほど何度も彼女の名前を呼んでいる。
この村で唯一回復魔法が使えるらしいフィーナが呼ばれてやってきて、あちこちに深手を負った我が子の変わり果てた姿に絶句する。
「駄目よ、死んでは駄目!」
そう言って、血に濡れるのも厭わずにジュリアンの身体に触れると、口の中で呪文を唱え始める。
両手に淡い光の玉が幾つも生まれ、彼女の身体の中へと吸い込まれていった。
それでも、ジュリアンの顔に生気は戻らない。
「まだ……全然足りない!」
体内の魔力を絞り出すかのように、苦しげにフィーナは呟き、もう一度、光の玉を生み出す。
それを周りで見ていたケットシーたちのほうが青ざめた。
「もうこれ以上は——フィーナ様のほうが死んでしまう!」
「私は死んでもいい! この子さえ助かるのなら」
マナトは邪魔だと突き飛ばされて立ち尽くしたまま、それを見ていた。
頭が靄がかったように働かない。
寒くもないのに身体が震えて、いうことを聞かない。
マナトの目はジュリアンの土気色の顔に釘付けだった。
(ジュリアン、お前死ぬのか?)
マナトのように?
だが、マナトは神として生まれ変わった。神としてだが生きている。
ジュリアンは違う。彼女は生き返らない。
(俺の目の前からいなくなるのか?)
あの生意気で腹の立つ、でも憎めないあの姿は、もう見れなくなるのか。
マナトの脳裏に、ある光景が蘇った。
ひっそりと静まり返った不気味な夜間の病院。点灯した『手術中』の赤いランプ。
誰もいないベンチで座り込んでいたマナトは、ランプが消えたことに気づいて顔を上げた。よろめくように、手術室の開いた入り口に縋りつく。
看護師たちが去っていく中、出てきた医師の暗い顔を見て、マナトは答えを聞く前に理解した。
——死んだんだ、と。
ジュリアンは自分が創った創造物ではない。
本来なら存在しなかったはずの彼女。
一回は消してしまえればとさえ思ったのに。
実際に会うと、ちゃんと『生きて』いた。
怒ったり悩んだり笑ったり、マナトと何一つ変わらなかった。
存在していることを認識してしまったら、単なる情報だった頃には引き返せない。
(ジュリアンを助けたい!)
マナトは強くそう思った。
__________________________
名前 :ジュリア
種族 :ケットシー
Lv :12
HP :30/528
MP :53/96
攻撃力 :189
防御力 :78
魔法攻撃力:109
魔法防御力:93
素早さ :287
アビリティ:風精の加護 Lv2
:野生の勘 Lv2
:夜目
スキル :[一射必殺]
:[風の矢]
__________________________
「HP 30?! しかも、減り続けてる」
そんなに減るスピードは早くはないが、残り30を切ったHPが0になるのは、もって数十分だ。
もともと他の怪我人を治していてMPが尽きかけていたのか、それもとフィーナの回復魔法はそれほどレベルが高くないのか、どちらにしろジュリアンのHPはほとんど回復していなかった。
そして、0になったとき訪れるのは、完全な死だ。
マナトは、最初に比べれば出す光の量が激減してしまったフィーナの横に膝をついて座った。
苦しげな息をしながら、それでも我が子に縋りついているフィーナの肩にそっと触れる。
「あとは俺が代わりにやります」
「あなた……、回復魔法が使えるの?」
マナトは頷く。
実際に使ったことはないとは言えなかった。
「……娘をよろしくお願いします」
そう言うが早いか、フィーナの身体がぐらりと揺れる。
「フィーナ様!!」
ケットシーたちが駆け寄る。
フィーナは意識こそ失わなかったが、指先一つ動かせないほど疲弊していた。
マナトはそんなフィーナから視線を外す。
と、今度はジュリアンの手を握りしめて無力に苛まれるマシューと顔が合った。
お互い声には出さなかったが、大丈夫だとマナトが頷くと、マシューは縋るような目で頭を下げた。
一瞬のやりとりを終えると、目の前のジュリアンに集中する。
今さっきのフィーナのやり方をなぞるように、彼女の身体に手を置く。
生暖かい血がぬるりとした感触を伝えてきた。
自分のステータスを思い出す。
回復魔法のスキルの名前は確か——
「[神の息吹]」
そう唱えた瞬間、フィーナのときとは比べものにならない眩しい白い光が手から溢れた。
「うわっ!」
「なんだ!」
「きゃっ!」
あちこちでケットシーたちの悲鳴が上がる。
溢れた白い光はジュリアンだけでなく、他の負傷したケットシーをも包み込んだ。
驚きの声は、なんとか一命を取り留めさせようと奮闘していた者たちの声だ。
「あぁ……、神さま!」
その中には、フィーナの感嘆の声も混じっていた。
光はジュリアンの多数の傷に流れ込み、見る見るうちに内側から新しい肉を再生させる。
土気色だった頬に赤みが戻り、浅かった息が穏やかなものに変わる。
光が収まると、血の海はそのままに、ただ眠っているだけかのようなジュリアンの姿があった。
「治った、か?」
ジュリアンのステータスをもう一度覗く。
__________________________
名前 :ジュリア
種族 :ケットシー
Lv :12
HP :528/528
MP :53/96
攻撃力 :189
防御力 :78
魔法攻撃力:109
魔法防御力:93
素早さ :287
アビリティ:風精の加護 Lv2
:野生の勘 Lv2
:夜目
スキル :[一射必殺]
:[風の矢]
__________________________
「おっ、完全に治ってる。
最初からやっとけばよかったな」
マナトは嘯くが、あのときは完全に我を忘れていて、自分が回復魔法を使えるということにまで頭が回らなかったのだ。
一度、自分のステータスをきちんと理解しないとな、と反省した。
マナトの放った魔法は、広範囲に及ぶものだったらしい。
ジュリアンだけでなく、少し離れた場所に重症で寝かされていたケットシーも全回復させていた。
今までのたうつほどの激痛をもたらしていた傷が突然なくなり、まるで狸に化かされたみたいな呆気にとられた声があちこちで上がっていた。
マナトは、ジュリアンの手を握りしめて固まっているマシューに安心させるように笑いかけた。
「もう大丈夫だ、マシュー。ジュリアンは助かる」
「ありがとうございます…………」
その顔がまだ引きつっている。もしかして、あんな重症の傷で助かるなんて嘘だと思われているのだろうか。
「マシュー?」
マシューがごくりと大きく唾を飲み込む。
「……マナトさん、あなたは一体——」
「う……ん…………」
そのときジュリアンが呻き声を上げる。
マナトははっとして、萎縮するマシューから視線を外した。
「ジュリアン」
名前を呼んでみる。
閉じられていた瞼がマナトの呼びかけに反応して震え、ゆっくりと持ち上がった。
曇りのない大きな瞳が現れて、マナトの姿を映す。
「マ……ナト?」
「よかった……」
助かったと思うとマナトの身体から一気に力が抜けて、ジュリアンの上に突っ伏すように上半身を伏せる。
もちろん、彼女に負担をかけないよう、体重をかけないようにだが。
「くすぐったい」
回復したといっても、すぐさま起き上がれるようなものでもないのだろう。
マナトの髪の毛が当たってでもいるのか、いつものジュリアンに比べれば、力のない声で囁くようにそう言って笑う。
彼女の体温が、呼吸が、声がダイレクトに伝わる。
生きていれば当たり前のことが、マナトには嬉しかった。
(この世界の神でよかった)
「マナト……?」
自分の身体の上から離れないマナトに、ジュリアンが少し戸惑っているような気配がする。
感動で込み上げてくる何かを必死に抑え込んで、マナトはようやく顔を上げた。
「怪我すんな」
「なんだよ、それ」
「俺がどれだけ心配したと思ってる。反省しろ」
「マナトが? う、うん。気をつける」
もっと言い返してくるかと思ったが、やはり本調子ではないようだ。
気をつけてどうにかなる訳ではないと理解しつつも、彼女の肯定の返事を聞けてほっとする。
そして目についた、ジュリアンの額にくっついた髪を、血がつかないように慎重に剥がす。
ジュリアンの目が泳いでいることになど、気づかないマナトだった。
だったら回復魔法を! 誰か早くフィーナ様を呼んできてくれ!」
ジュリアンの周りが慌ただしくなる。
あの大人しいマシューが、ジュリアンの手を握り、気が狂いそうなほど何度も彼女の名前を呼んでいる。
この村で唯一回復魔法が使えるらしいフィーナが呼ばれてやってきて、あちこちに深手を負った我が子の変わり果てた姿に絶句する。
「駄目よ、死んでは駄目!」
そう言って、血に濡れるのも厭わずにジュリアンの身体に触れると、口の中で呪文を唱え始める。
両手に淡い光の玉が幾つも生まれ、彼女の身体の中へと吸い込まれていった。
それでも、ジュリアンの顔に生気は戻らない。
「まだ……全然足りない!」
体内の魔力を絞り出すかのように、苦しげにフィーナは呟き、もう一度、光の玉を生み出す。
それを周りで見ていたケットシーたちのほうが青ざめた。
「もうこれ以上は——フィーナ様のほうが死んでしまう!」
「私は死んでもいい! この子さえ助かるのなら」
マナトは邪魔だと突き飛ばされて立ち尽くしたまま、それを見ていた。
頭が靄がかったように働かない。
寒くもないのに身体が震えて、いうことを聞かない。
マナトの目はジュリアンの土気色の顔に釘付けだった。
(ジュリアン、お前死ぬのか?)
マナトのように?
だが、マナトは神として生まれ変わった。神としてだが生きている。
ジュリアンは違う。彼女は生き返らない。
(俺の目の前からいなくなるのか?)
あの生意気で腹の立つ、でも憎めないあの姿は、もう見れなくなるのか。
マナトの脳裏に、ある光景が蘇った。
ひっそりと静まり返った不気味な夜間の病院。点灯した『手術中』の赤いランプ。
誰もいないベンチで座り込んでいたマナトは、ランプが消えたことに気づいて顔を上げた。よろめくように、手術室の開いた入り口に縋りつく。
看護師たちが去っていく中、出てきた医師の暗い顔を見て、マナトは答えを聞く前に理解した。
——死んだんだ、と。
ジュリアンは自分が創った創造物ではない。
本来なら存在しなかったはずの彼女。
一回は消してしまえればとさえ思ったのに。
実際に会うと、ちゃんと『生きて』いた。
怒ったり悩んだり笑ったり、マナトと何一つ変わらなかった。
存在していることを認識してしまったら、単なる情報だった頃には引き返せない。
(ジュリアンを助けたい!)
マナトは強くそう思った。
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名前 :ジュリア
種族 :ケットシー
Lv :12
HP :30/528
MP :53/96
攻撃力 :189
防御力 :78
魔法攻撃力:109
魔法防御力:93
素早さ :287
アビリティ:風精の加護 Lv2
:野生の勘 Lv2
:夜目
スキル :[一射必殺]
:[風の矢]
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「HP 30?! しかも、減り続けてる」
そんなに減るスピードは早くはないが、残り30を切ったHPが0になるのは、もって数十分だ。
もともと他の怪我人を治していてMPが尽きかけていたのか、それもとフィーナの回復魔法はそれほどレベルが高くないのか、どちらにしろジュリアンのHPはほとんど回復していなかった。
そして、0になったとき訪れるのは、完全な死だ。
マナトは、最初に比べれば出す光の量が激減してしまったフィーナの横に膝をついて座った。
苦しげな息をしながら、それでも我が子に縋りついているフィーナの肩にそっと触れる。
「あとは俺が代わりにやります」
「あなた……、回復魔法が使えるの?」
マナトは頷く。
実際に使ったことはないとは言えなかった。
「……娘をよろしくお願いします」
そう言うが早いか、フィーナの身体がぐらりと揺れる。
「フィーナ様!!」
ケットシーたちが駆け寄る。
フィーナは意識こそ失わなかったが、指先一つ動かせないほど疲弊していた。
マナトはそんなフィーナから視線を外す。
と、今度はジュリアンの手を握りしめて無力に苛まれるマシューと顔が合った。
お互い声には出さなかったが、大丈夫だとマナトが頷くと、マシューは縋るような目で頭を下げた。
一瞬のやりとりを終えると、目の前のジュリアンに集中する。
今さっきのフィーナのやり方をなぞるように、彼女の身体に手を置く。
生暖かい血がぬるりとした感触を伝えてきた。
自分のステータスを思い出す。
回復魔法のスキルの名前は確か——
「[神の息吹]」
そう唱えた瞬間、フィーナのときとは比べものにならない眩しい白い光が手から溢れた。
「うわっ!」
「なんだ!」
「きゃっ!」
あちこちでケットシーたちの悲鳴が上がる。
溢れた白い光はジュリアンだけでなく、他の負傷したケットシーをも包み込んだ。
驚きの声は、なんとか一命を取り留めさせようと奮闘していた者たちの声だ。
「あぁ……、神さま!」
その中には、フィーナの感嘆の声も混じっていた。
光はジュリアンの多数の傷に流れ込み、見る見るうちに内側から新しい肉を再生させる。
土気色だった頬に赤みが戻り、浅かった息が穏やかなものに変わる。
光が収まると、血の海はそのままに、ただ眠っているだけかのようなジュリアンの姿があった。
「治った、か?」
ジュリアンのステータスをもう一度覗く。
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名前 :ジュリア
種族 :ケットシー
Lv :12
HP :528/528
MP :53/96
攻撃力 :189
防御力 :78
魔法攻撃力:109
魔法防御力:93
素早さ :287
アビリティ:風精の加護 Lv2
:野生の勘 Lv2
:夜目
スキル :[一射必殺]
:[風の矢]
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「おっ、完全に治ってる。
最初からやっとけばよかったな」
マナトは嘯くが、あのときは完全に我を忘れていて、自分が回復魔法を使えるということにまで頭が回らなかったのだ。
一度、自分のステータスをきちんと理解しないとな、と反省した。
マナトの放った魔法は、広範囲に及ぶものだったらしい。
ジュリアンだけでなく、少し離れた場所に重症で寝かされていたケットシーも全回復させていた。
今までのたうつほどの激痛をもたらしていた傷が突然なくなり、まるで狸に化かされたみたいな呆気にとられた声があちこちで上がっていた。
マナトは、ジュリアンの手を握りしめて固まっているマシューに安心させるように笑いかけた。
「もう大丈夫だ、マシュー。ジュリアンは助かる」
「ありがとうございます…………」
その顔がまだ引きつっている。もしかして、あんな重症の傷で助かるなんて嘘だと思われているのだろうか。
「マシュー?」
マシューがごくりと大きく唾を飲み込む。
「……マナトさん、あなたは一体——」
「う……ん…………」
そのときジュリアンが呻き声を上げる。
マナトははっとして、萎縮するマシューから視線を外した。
「ジュリアン」
名前を呼んでみる。
閉じられていた瞼がマナトの呼びかけに反応して震え、ゆっくりと持ち上がった。
曇りのない大きな瞳が現れて、マナトの姿を映す。
「マ……ナト?」
「よかった……」
助かったと思うとマナトの身体から一気に力が抜けて、ジュリアンの上に突っ伏すように上半身を伏せる。
もちろん、彼女に負担をかけないよう、体重をかけないようにだが。
「くすぐったい」
回復したといっても、すぐさま起き上がれるようなものでもないのだろう。
マナトの髪の毛が当たってでもいるのか、いつものジュリアンに比べれば、力のない声で囁くようにそう言って笑う。
彼女の体温が、呼吸が、声がダイレクトに伝わる。
生きていれば当たり前のことが、マナトには嬉しかった。
(この世界の神でよかった)
「マナト……?」
自分の身体の上から離れないマナトに、ジュリアンが少し戸惑っているような気配がする。
感動で込み上げてくる何かを必死に抑え込んで、マナトはようやく顔を上げた。
「怪我すんな」
「なんだよ、それ」
「俺がどれだけ心配したと思ってる。反省しろ」
「マナトが? う、うん。気をつける」
もっと言い返してくるかと思ったが、やはり本調子ではないようだ。
気をつけてどうにかなる訳ではないと理解しつつも、彼女の肯定の返事を聞けてほっとする。
そして目についた、ジュリアンの額にくっついた髪を、血がつかないように慎重に剥がす。
ジュリアンの目が泳いでいることになど、気づかないマナトだった。
応援ありがとうございます!
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