上 下
34 / 48
第3章 ケットシー編

34 マナト神さま降臨。

しおりを挟む
 ジュリアンの傷も治り、元気になった。
 まだ表示されたままだったステータスを閉じようとしたマナトは、彼女の名前の表記がおかしいことに気がついた。

 (うん? ジュリア?)

 ジュリアンではなく?
 まさか、今まで自分が聞き間違えていたのだろうか。
 それとも、ステータスの情報が間違うことなどあるのだろうかと、ジュリアン本人に聞こうとしたとき、

「マナトさま」

 フィーナに呼ばれた。
 ぎくりとする。突然のさま呼ばわりに嫌な予感しかしない。

 倒れこんでいたフィーナは、介抱するケットシーに、言うことがきかない自分の身体を、土下座のような体勢にするよう指示した。
 違うのは、両腕を伸ばして地面に投げ出しているくらいだ。太古の雨乞いの儀式の、地面に手をついた時に一番似ているだろうか。
 その体勢を手伝ったケットシーや、周りにいた人たちに動揺が広がっていく。

「神よ。我がケットシー族に慈悲を頂いたことに全身全霊で感触致します」

 (なにやっちゃってんの?! なんで土下座してんの?!)

 頭の中は大混乱だ。
 今まで一人娘のためになら命も投げ出す母親の鑑だったのに、突然頭のイカれた人に変身してしまった。

 マナトは元社会人だ。しかも、当時は神なんて信じていない無信仰者だった。
 社会人にとって土下座といえば、とんでもない失敗をして謝るときにするイメージしかない。
 
 ドン引きだ。男でも嫌なのに、女性がしてるなんてあり得ない。
 しかも、その対象が自分——マナトだとは。

 確かに、さっきジュリアンに魔法をかけたときに、フィーナがマナトを神さまと呟いていたのは聞こえた。
 あれは単に、娘が死ぬと一度は覚悟したが、回復魔法を使える通りすがりの旅人が、偶然助けてくれた奇跡に感謝したものだと思っていたのに。

 なぜか、フィーナはマナトが高位回復魔法を使える人間ではなく、神本人だと見抜いている。

 (あれか? 神しか使えない魔法だったのか?)

 確かに[神の息吹ハイヒーリング]は、もう字面からして神の魔法だと分かるが、それはステータスを見ているマナトだからそう思うのであって、フィーナには『ハイヒーリング』としか聞こえなかったはずだ。

 (まさか、フィーナもステータスが見れるのか?)

 だとすれば、マナトを神だと思った理由も説明がつくし、今後マナトはこんな事態に陥らないように、自分のステータスを隠す方法を考えなくてはならなくなる。

 でも、こんな緊迫した状況のなか、マナトのステータスを見て動揺する仕草などなかった気がするが……

「……マナトが、神さま?」

 呆然とジュリアンが呟く声が聞こえる。
 否定したかったが、まずはフィーナだ。
 とりあえずはフィーナが誤解している(本当はしてないが)と仮定して反論してみた。

「俺がそんな高潔な存在に見えます?
 神なんてお伽話ですよ。俺は回復魔法の使える、ただの人間に過ぎません。
 だから顔を上げてください」

「ご冗談を。
 神とは本来、人間の姿で顕現し、暴虐無人であらせられるもの。
 こう言っては不敬に当たりますが、マナトさまは伝承に比べれば、ずいぶんと清廉でいらっしゃる」

 これをフィーナは顔を上げもせず、真面目に言っているのだから尊敬に値する。
 なんで自分のことじゃないのにそんなに自信満々なの?
 と問いたいくらいだ。

 (うわー、ダメだ。全然話が通じる気がしねぇ。
 ケットシーって、実は『誉め殺し』の隠しスキルがあるんじゃ……)

 フィーナといいマシューといい。
 猫なんだったら、もっと気まぐれで自分勝手で、たまにデレっとしてくれたらいいのに、とまた猫基準で考える。
 これだと、デレデレでしかない。

 (そんなのはナルシスト相手にやってくれ。
 小心者の俺のことはそっとしといてくれよ……)

 マナトが思考の渦に嵌っているうちに、フィーナが止めを刺してきた。

「さあ、お前たちも神に感謝を捧げなさい」

 激痛を齎していた傷が光に包まれた途端癒えた奇跡に唖然としていたケットシーたちも、フィーナの言葉でマナトの仕業だと理解する。

 止める間もなく、マナトを中心に、次々と土下座の波が広がっていく。隣にいたマシューもその波に乗ろうとしたので、腕を掴んだ。

 小声で嘆く。

「マジでやめて。恥ずかしすぎて爆死する。マシュー、裏切りは厳禁だからな」

「裏切りって。僕、ケットシーなんですけど」

「ケットシーの前に俺たち友達だろ」

「いや、友達の前にケットシーですよ! めちゃくちゃだ、この人」

「ふふん。今さら気がついたか」

「威張らないでください!
 って、神だっていうのにマナトさん変わらないなぁ、もう」

 と、小声で応酬をする。
 その間にも広がり続けた波は、最後にはマナトに全員頭を下げると止まった。

「これどうすりゃいいんだ……」

 マナトは途方にくれた。

 そういえば、ルキナに会ったとき、マナトの態度に嘆いていたのも分かる気がする。

 (俺にこんなの求められても、逆立ちしたって無理だ。
 ルキナを見習って、「俺を褒め称えるがいい」とでも言ってやろうか)

 それを言ったが最後、冗談では通じずに本気でやられるだろうが。

 (こうなったら、さっさと終わらせるしかない。
 神だと認めて、頭を上げてもらおう。
 あー、めんどくせぇ……。神の仕事って、寝て過ごせる簡単な仕事じゃなかったのかよ)

 騙された気分だ。衆目に晒さるなんて、本当に勘弁して欲しい。

「俺は神——」

「本当に貴方が神さまだというのなら、我らの族長をどうかお助け下さい!」

 神だからそっとしといてくれ、と答えようとして、その言葉に割り込む声があった。重症から回復した、狩りに参加したケットシーの一人だった。

 ざわっと衝撃が走る。

「族長は……殺されたんじゃないのか?」

 誰かが呟く。
 薄情なようだが誰もがその可能性を頭の片隅に置きながら、口にするのを避けて、目の前のことに集中していたのだ。

 そのケットシーは勢いよく首を横に振る。

「族長は俺たちを逃がすために……捕まった」
しおりを挟む

処理中です...